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第四百六十三話「狂信者!」


 キーンを出航した船は順調にコルチズターへと近づいていた。戦争が近い、あるいはもしかしたらもう始まっているかもしれないから、ホーラント王国やフラシア王国の船がヘルマン海をうろついているかと思ったけどまったく見かけることもなかった。


 国力から考えてホーラント王国の方が劣勢だろう。ホーラント王国は海洋国家として海軍に関してはそれなりに優れてるようだけど、大陸国として周辺にその名を轟かし、大国として長年君臨しているフラシア王国と陸戦で勝負して勝てるとは思えない。


 ホーラント王国としては有利な海戦でフラシア側に損害を与えないことには勝機はないように思う。だからヘルマン海に艦隊を出しているかと思ったのに、ここまでまったく見ないなんて何かおかしい気がする。まさかとは思うけど海軍を出さずに陸で迎撃するために全軍陸上に配備してるなんて愚策は採ってないよな?


 陸でフラシアと戦って勝てるはずもなく、しかも制海権を放棄していては沿岸部のどこからいつフラシア側が上陸してくるかわからない。沿岸部全てを防衛して上陸阻止をしようと思ったら、艦隊を出して制海権を確保するよりも難しい。


 ホーラント王国に出来る作戦は、陸上は国境付近で遅滞戦術を行い時間を稼ぎ、優位な海軍によって艦隊決戦を行なって制海権を確保、その後フラシア王国沿岸部を脅かし敵後方を撹乱して相手の戦意を挫く、というくらいしかないと思う。


 俺はホーラント王国の内情も戦力も国力もはっきりと知っているわけじゃない。同じくフラシア王国に関してもそうだ。それでも現在入っている情報と推測を交えて最善の策を考えるのなら他にはない。そのためには早急にヘルマン海に艦隊を展開してフラシア艦隊の動きを掴み、確実に捉える必要があるはずだ。


 それなのにヘルマン海にはホーラント王国の船もフラシア王国の船もいない。もしかして両国が戦争間近、あるいはもしかしたらもう開戦しているかもしれないというのはガセネタだったのか?それとも俺のような凡人には考え付かないような何か凄い作戦でもあるのだろうか?


 俺達にとっては対岸の火事とも言えるかもしれないけど、それでも両国の戦争が起こるのならこのまま黙って放っておくというのもどうかと思う。これ以上フラシア王国が膨張して強大になるのは歓迎出来ない。もともとホーラント王国は俺達が狙っていたんだ。前のお礼参りもしなければならないというのに獲物を横取りされては気分が悪い。


「フロト様、まもなくコルチズターに到着いたします」


「ああ、わかった」


 艦隊司令長官ラモールの言葉で上陸の準備を行なう。ロウディンまで行くにはコルチズターでコグ船に乗り換えてサメス川を上るのが一番手っ取り早い。ガレオン船でもサメス川を上れるかもしれないけど狭いし、橋の問題もある。


 将来的にはサメス川も拡幅工事や川底を浚って水深の確保などもしなければならないだろうけど、今はあちこち工事だらけで手が足りない。労働力はあるんだけど腕利きの職人が足りないというべきか。


 シャルロッテンブルクのメインの工事は終わったから多少職人に余裕は出来たとはいえ、今度はユークレイナ方面にも一度にいくつも町を作らなければならないし暇も人手も足りない。お金の心配はあまりないから良いんだけど、お金だって無限というわけじゃないし……。まぁ毎年税収があるからかなりやりくりは楽だけどね。


「……ん?港に停泊しているあの見慣れない船は……、ホーラント王国の船か?」


「まさか……、そのような……」


 コルチズターの港にうちの船や伝統的なブリッシュ島の船とは違う船が停泊しているのが見える。うちの船に比べて小型のその船は随分昔に一度だけ見たものだ。ラモールも望遠鏡を取り出して覗き込んでいた。


「かつてラモールが乗っていた船の同型艦に見えるが……?」


「確かに……、あれはホーラント王国で造られた船です……。何故コルチズターにホーラント海軍の船が……」


 俺の記憶は確かだったらしい。何年も前に一度見ただけだからもしかしたら似ている別の船だったかもしれないと思ったけど、ホーラント海軍の将で長年関わっていたラモールが認めるということはそうなんだろう。


 フラシア王国と海戦をして船を損傷して漂流の後、偶々コルチズターに辿り着いた……、という可能性は低いだろうな。特に船に戦闘の痕は見受けられない。俺一人でここで考えていてもわかることじゃないし、上陸して事情を聞けばわかるだろう。コルチズターにホーラント海軍の船がいるという事実は変わらない。


 変わらないけど……、何だかとても気になるな……。もしかしてまた面倒事の種じゃないだろうか。とても嫌な予感しかしない。




  ~~~~~~~




「カーザー王様~~~っ!」


「我らが英雄王!ばんざーい!」


「きゃーっ!こっち向いてー!」


 …………俺達の船が港に接近すると、コルチズターにこれほど人がいたのかと思うほどに民衆が集まっていた。皆俺に、いや、伝説のカーザー王に声援を送っている。


「応えてやらんのですか?」


「あ~……」


 ラモールにそう言われた俺は止むを得ず船の縁に立って港に向かって手を上げた。ただそれだけで……。


「きゃーっ!カーザー王様が私に手を振ってくださったわ!」


「違うわよ!私に振ってくださったのよ!」


「カーザー王様、ばんざーいっ!ブリッシュ・エール王国、ばんざーいっ!」


 もう滅茶苦茶なお祭り騒ぎだ。何でここまで熱烈に歓迎されているのか意味がわからない。国を統一した王かもしれないけど、こんなに国民の人気になるような何かをしただろうか?もちろん歓迎されて悪い気分になるはずもないけど、自分がこんなに歓迎されるだけのことをしていないのにここまで歓迎されたら何だか引いてしまう。


 ともかく接岸して上陸した俺達は、一度コルチズターの責任者に停泊しているホーラント海軍の船について聞いて見ることにした。接近してみればやっぱり昔に見たホーラント海軍の船と同型艦だった。細部は多少違うんだろうけど見た目はほとんど変わらない。


 何故こんな所にホーラント海軍がいるのか。それに船はあるけど船の上に船員は誰一人いなかった。国交があるわけでもない相手の国の港に接岸しているというのに、乗組員が全員上陸しているというのもどうにも腑に落ちない。普通なら警戒のためにも半舷上陸という所だろう。まぁ彼らに半舷上陸という概念があるのかは知らないけど……。


「……ということでホーラント王国よりやってきた者達は王都ロウディンへと向かいました。その後ロウディンよりホーラント王国の兵を捕えよと命令があり、船を押さえて乗組員は全員拘束いたしました」


「……そうか」


 何だってーーーっ!って叫びたい!いや、本当に何やってんの!?ホーラント王国から使者がやってきて、交渉したけど決裂したから捕えたってところか?まさかゴトーの手紙にあった奴らってホーラント王国?


 手紙には自分達大国がブリッシュ・エール王国のような小国など属国にしてやる、みたいな要求をしてきたと書いてなかったか?ホーラント王国程度の小国が、ブリッシュ・エール王国のような大国にそんな要求をしてきたのか?まさかそんな馬鹿な奴はいないだろう?


 国土面積、人口、国内産業、生産力、どれを比べてもホーラント王国のような小国と、フラシア王国やプロイス王国と比肩し得るブリッシュ・エール王国のような大国じゃ立場が違うだろう。ホーラント王国がブリッシュ・エール王国に庇護を求めにやってきたの間違いじゃないのか?


「それでその兵達は?」


「はい。現在数箇所にバラバラになるように投獄しております」


 なるほど……。相手が大きな団体になれば反乱や脱走の可能性も高まる。監視するこちらの人員も多くなってしまうけど、相手を小グループに分けて閉じ込めておく方が無難だろう。元々あった牢獄などに分けて収容しているそうだからそれほど負担も増えていないらしい。最近は治安が良くて牢獄がかなり空いているらしいから良い仕事が出来たと喜んでいるそうだ。


「フロ……、カーザー王様、ロウディンへは私も同行して良いでしょうか?」


 一緒に上陸して話を聞いていたラモールがそんなことを言い出した。艦隊司令長官が船から離れるのか?とも思うけど、別に艦長ではないんだからずっとその船に乗っていなければならないということもない。本来ならば司令長官なんて後方でデスクワークをしているような役職だろう。この時代では通信手段が乏しいからそれは無理だけど……。


「よかろう。それではラモール長官にも同行を命ずる」


「はっ!」


 こうして俺達は少数の護衛を伴ってコグ船に乗り換えてロウディンへと向かった。何か俺の知らない所で勝手に物事が進んでいる気がする。


 こうも支配領域が広いと端から端まで全て俺が管理するというのは不可能だ。信用出来る者に任せていくしかない。でもやっぱり自分の知らない所で勝手にこうして物事が進んでいるというのは気持ちの良いものではない。これはそろそろ本格的に遠隔での通信手段も考えなければならない時期だろうか。




  ~~~~~~~




 俺達がロウディンに到着するとロウディンの港でもコルチズターの港と同じことが起こっていた。どうして俺達がこのコグ船に乗って今日やってくるとわかっていたのか。しかも向こうと同じく熱狂的に歓迎されている。これほど歓迎されるようなことをした覚えはないんだけどなぁ……。


 適度に住民達に応えつつ、ロウディンの王城に入って真っ直ぐ謁見の間へと向かった。謁見の間に入るとゴトー達は玉座の下に左右に分かれて控え俺の到着を待っていたようだ。真ん中を通り抜けて段を上り玉座に座る。


「わたっ……、余の不在の間ご苦労であった」


「はっ!もったいなきお言葉!」


 俺が玉座に座って偉そうに口を開くとゴトーが頭を下げてそんなことを言う。いちいち大仰すぎる。多少はそういう演出も必要なんだろうけどあまり俺には向いていない。どちらかというと現代人的精神を持つ俺としてはもっとフランクな関係で良いとすら思ってしまう。


 この時代やそれぞれの国には相応の歴史や作法というものがある。それを否定するつもりはない。でも俺の周りまでこうやってガチガチだと疲れる。現代の会社の上司と部下くらいの、一応礼儀や遠慮や立場はあるけど、多少は言いたいことも言えるくらいの距離感の方が疲れないと思うんだけど……。


「ゴトー、面を上げよ」


「はいっ!失礼いたします!」


 顔を上げたゴトーを見てみる。特に何か隠しているとか動揺しているという様子はない。勝手なことをしたという負い目や悪いことや失敗をしたという感じはなかった。本人はいたって真面目にちゃんとやっていると思っているようだ。ということはもしかしたらホーラント王国の件も何かの手違いや相手が悪いという可能性もある。


「何やら……、他国の使節が参ったそうだが、どうしてこのようなことになっているのか説明してもらおうか」


「はっ!あの虫けら共は我らが神を侮辱し、あまつさえ我らが神がホーラント王国などという矮小な存在に頭を垂れよと命じたのです。ですから身の程を思い知らせてやっているまでのこと。あぁっ!もちろんまだ殺しておりません。その身に自らの罪を自覚するまで五年でも十年でも刻み込んでやりましょう」


 うわぁ……。怖い……。何この狂信者みたいな人達は……。並んでる高官も兵士も皆ゴトーと一緒に狂った笑顔を浮かべてるぞっ!?ブリッシュ・エール王国って何かそんな狂信じみた宗教をやってたっけ?俺が調べた範囲ではもっとゆる~い感じの、もっと気軽な信仰しかなかったはずだけど……。


 宗教というのは一番性質が悪い。宗教対立は根が深く、分かり合えない者同士はどうやっても分かり合えない。そりゃホーラント王国の奴らもブリッシュ・エール王国に属国になれなんて要求したのは馬鹿だと思うけど、その際に宗教で対立したからってゴトー達もここまで豹変するなんて本当に怖い。


 俺もゴトー達の宗教を馬鹿にしないように気をつけよう……。そんなことをしてしまったらいつ寝首を掻かれるかわからない。今は俺が王という形になっているけど、彼らの宗教を否定したり馬鹿にしたら本当に何をされるかわからない。彼らは明らかにそんな顔をしている。ファナティックは本当に何をするかわからないから怖い。


「そっ、そうか……。信心深いのは感心だが、ほどほどにな?」


「はいっ!ありがとうございます!我らが神のためにこれからも一層粉骨砕身努力して参ります!」


 怖い……。いつの間にここはこんな狂信者の巣窟になってしまったんだろうか……。やっぱりすぐにこの場を離れたのはまずかったか……。俺がいない間に変な宗教でも流行ってしまったのか?今からでも修正出来るのかな……?あまり下手なことをしたら神の名の下に俺まで排除されかねないから怖いけど……。


「とっ、とりあえず、ホーラント王国の使節とやらがまだ生きているのなら会って話がしたいのだが……」


「はっ!それではご案内いたします!本来であれば神が御自ら足を運ばれるような場所ではありませんが、我らの忠誠心を見ていただけるとあれば下の者共も喜ぶことでしょう!」


 若干ゴトーの言っていることの意味がわからない。だけど怖いからあまり下手なことは言えない。俺が何もわかっていないとわかったら何をされるかわからない。適当にゴトーに合わせつつホーラント王国の使節達が捕えられているという地下へと向かった。


 でも俺は自分で地下に出向いたことをすぐに後悔することになったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 狂信的な国民性?になったのは 風の魔術で声を拡散したからってのも 要因の一つだろうな 科学技術が発展していない文明レベルなら 神の御業って流布されたら 信じそうだもの
2020/09/08 00:03 リーゼロッテ
[一言] 更新が毎日楽しみです 応援してます
[一言] まあ、アホを相手にするのは疲れるからそういう意味で後悔するのかな
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