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第四百六十二話「逆鱗に触れる!」


 翌朝出された朝食もとても豪華でおいしいものだった。ホーラント王国では国王といえど朝の食事など比較的質素なものが多い。朝から豪華な食事の用意などしていられない。しかしここで出された食事は寝起きの胃腸に配慮されながらも、おいしく豪華なものだった。


「ふむ……。この紅い茶も不思議なものよな」


「そうですね。大陸側では緑の茶ばかりですが……、ブリッシュ島ではこれが標準的な茶なのでしょうか」


 ホーラント王国だけではなく、プロイス王国でもフラシア王国でも、お茶と言えば薄い緑のものが普通だった。ホーラント王国一行の誰もがそれをお茶だと思っている。しかし昨日から出されているこちらのお茶は紅茶と呼ばれており色が紅い。味も独特で今まで飲んでいた物とはかなり違う。


「そもそも種類の多さにも驚きです」


「確かに……」


 こちらのお茶にはアップルティー、レモンティーなどといくつか種類があると説明された。これまでにいくつか飲み比べてみたがそれぞれ特徴がありどれもおいしい。またそのままのお茶にもはちみつを入れたり、砂糖を入れたり、何かの乳を入れたりと飲み方の工夫が多い。


「余がブリッシュ島を手に入れればこの紅茶なる茶も我が国の物となる。卿らも毎日楽しめるようになるであろう」


「それは楽しみですな」


「その際は是非我らにも……」


「くっくっくっ!」


「「は~っはっはっはっ!」」


 ソファというホーラント王国では考えられないほどに素晴らしい座り心地の椅子にどっかりと座り、机を囲んでお茶とお茶請けを楽しみながらこの先について考える。この島を手に入れられればこれから先ずっとこのような生活が出来るのだ。それを思うと笑いが止まらない。


「失礼いたします。王都より迎えの者が参りました」


「おお……」


「うむ……。それでは出向いてやるとするか。暫し待っておれ」


「それでは失礼いたします」


 メイドの知らせを受けてウィレム達はこの国の王都とやらへ出向く準備を始めた。もうウィレム達ホーラント王国一行の中ではホーラント王国が格上、ブリッシュ島が格下であると認識されている。


 本来であれば格下のブリッシュ島の王こそがウィレム王に謁見のために出向いてくるべきだ。しかしウィレム達はこの国に多少なりとも興味を持った。王都というのは一体どのような場所なのか、それを自らの目で確かめたいと思っていた。だから自分達の方から出向いて行くことも許容出来る。


 準備が出来た一行は案内されるままにブリッシュ島のコグ船に乗り込みサメス川を上って行ったのだった。




  ~~~~~~~




「なんじゃ……。王都と言ってもこの程度か……」


 ホーラント王国一行は嘲笑とも落胆とも取れる雰囲気に包まれていた。川を上るために乗り込んだコグ船は極一般的なものでホーラント王国でも珍しくはない。元々はハルク海で多用されている船で、ヘルマン海に面しているホーラント王国の発祥ではないが、それでも昔から貿易でやってきていた慣れた船だ。


 何故ハルク海貿易と繋がりがなかったブリッシュ島に、ハルク海で多用されていたコグ船が流れてきているのかはわからないが、ホーラント王国一行にはそんなことはどうでもよかった。そもそもそんなことに気付いてもいない。


 サメス川を上ってきて見えてきたブリッシュ島の王都というのは非常に寂れた小さな町でしかなかった。これが王都と言われても何の冗談かと思うところだ。


 実際、ロウディンは王都と言うには確かに古めかしく寂れている。元々は既に滅んだエセック王国の王都であったものであり、ウェセック王国に征服されてからは衰退していた。ブリッシュ島の住民達にとってもロウディンはすでに古都であり、繁栄している王都であるとは言い難い。


 ブリッシュ島を統一したカーザー王が統一の過程でエセック王を名乗り、エセック王国の復活を宣言したために、かつての王都であったロウディンを王都としたに過ぎない。その流れのままにブリッシュ島が統一され、遷都も宣言されずに現在に到っている。


 だからブリッシュ島の者達にとってもロウディンは寂れた古都でしかなく、歴史的に国の中心として栄えてきた王都というには無理がある。しかしそんなことなど知る由もないホーラント王国の一行がロウディンを見て、寂れた小さな町だと思うのも無理からぬことだった。


 現在、ロウディンの旧市街よりも上流に新市街が建設中であるが、下流から上ってきた一行には建設中の新市街は見えていない。そして、仮に新市街の建設現場を見たとしても、ホーラント王国一行がその新市街の先進性や将来的な規模に気付くことはなかっただろう。


 どちらにしろ……、すでに欲に目が眩んでいるホーラント王国一行には自分達にとって都合の良い情報しか頭に入らなくなっていた。だからもうこの先の結果はどうあっても変えることは出来なかった。




  ~~~~~~~




「ふん……。町も小さければ城も古びたものだ」


 船を降り町を通り抜けて王城へとやってきた一行は、ホーラント王国の王城とは比べ物にならない古めかしく小汚いロウディンの王城を見上げていた。


「こんな旧式の城など我が軍ならば数ヶ月で陥落させられましょう」


「うむ。もしこやつらが逆らうようならそうなるであろう。準備は怠るなよ」


「ははっ!」


 もう完全に自分達が優位だと思っているホーラント王国一行は、もしブリッシュ島の勢力が自分達に従うのを拒否すれば即座に攻め落としてやろうと考えていた。フラシア王国の侵攻が本格化する前にブリッシュ島を攻略し、兵や物資を徴発してフラシア王国にぶつければ、フラシア王国に勝つことは難しくとも簡単に負けることはないはずだ。


 フラシア王国も戦争が長引き、戦費や物資が嵩み被害が増せば国内に厭戦気分が蔓延するに違いない。そうなれば適当な所で講和を行い国の独立は守られる。戦争の展開次第ではある程度領土割譲を迫られたり、賠償金を要求されるかもしれないが、このままホーラント王国単独で戦っても負ける未来しかない。


 何としてもここでブリッシュ島を手に入れ、その力を我が物としなければ……。ホーラント王国一行はそう考えていた。


 それが理解出来ている軍人達は冷静に相手の城や砦を観察してきた。ロウディンはサメス川沿いにある。ならばホーラント王国海軍の優位性を持って制海権を奪い、サメス川を上ってロウディンへと攻め込んでやればいい。


 河口近くにあるコルチズターは気になるがどうということはないだろう。一泊してみた印象から考えてコルチズターを落とすのは難しくないと判断していた。コルチズターに上陸して占領。そしてコルチズターを拠点にサメス川を上ればロウディンもすぐに落ちる。


「この程度の古城など数ヶ月も必要ないのでは?」


「まぁまぁ……、そこは数ヶ月としておこうではないか。一週間で落とせるとしても、先に一週間で落とせると言うよりも数ヶ月かかると言っていたのに一週間で落とした方が印象も良かろう?」


「なるほど、確かに!」


「「「はははっ!」」」


 完全に浮かれたままドカドカと我が物顔でロウディンの王城へと乗り込んでいく。案内の者の耳に入るほど大きな声で話しているが気にも留めていなかった。


「これはまた……」


「ほぅ……」


「さすがはあの宿泊施設があっただけのことはあるか……」


 城内へと入った一行はその内装の豪華さに感嘆していた。城そのものは旧式のみすぼらしい城だがその内装は中々のものだ。あちこちに飾られた立派な鎧、剣、盾などの武具。壷や絵画、敷かれている絨毯の質など、どれもコルチズターで泊まった施設にあったものよりも優れていた。曲がりなりにも王の住まう地ということだろう。


 真っ直ぐ入って来た一行は大きな扉の前で案内の者と兵士達のやり取りを見ていた。これではまるで自分達がブリッシュ島の王に謁見してもらうみたいではないかと鼻白む。ようやく重厚な扉が開かれ、広い謁見の間の全貌が見えた。真っ直ぐ伸びる赤い絨毯の上を玉座に向かって歩いてみれば……。


「ふむ。其方がこの国の王か?余のために玉座を空けておるとは感心だな」


 謁見の間の最奥まで辿り着くと数段高い玉座の隣に顔の上半分を仮面で覆った男が立っていた。露出している下半分が焼け爛れているのが見えている。あの仮面の下はさぞ醜い顔が隠れているのだろうとホーラント王国一行はニヤニヤと笑っていた。


 その仮面の男は玉座には座らず、その横に立ってウィレムを待っていた。それは即ちその玉座をウィレムに譲るということだろう。殊勝なことだ。こんなみすぼらしい王都の小国にしてはよくわかっているではないかと、ホーラント王国一行はそう解釈した。


「ふっ。生憎私はブリッシュ・エール王国の王ではありませんので……。この玉座が空いているのは我らがカーザー王様のためです。貴方のためではありませんよ?何をどう勘違いすればそのようなことを思うのでしょうか……。そもそも貴方はどこの誰ですか?まずは名乗ったらどうです?」


「なっ!?」


 ヤレヤレとばかりにホーラント王国一行、いや、ウィレム王を小馬鹿にした態度の仮面の男にホーラント王国一行が気色ばむ。しかも仮面の男だけではなく少数配置されている兵達も肩を竦めて笑っていた。


「こっ、このような田舎の小国の分際で!余を誰だと思っておる!大国ホーラント王国国王、そして総督であるホラント=ナッサム家のウィレムなるぞ!」


「ぷっ!」


「ふふっ……」


「なっ!?なっ!?」


 名前を聞けば恐れ戦き跪いて先ほどの非礼を泣いて謝るかと思いきや、名乗ったにも関わらずブリッシュ側の嘲笑は止まらない。


「貴様ら!ホーラント王国の国王陛下が御自らお出ましになられたというのに失礼であろうが!」


 あまりの態度にホーラント側の者達が抗議の声を上げる。それを聞いて仮面の男が口を開いた。


「失礼?ふっ。我らは礼儀もなっていない相手に相応に応えているだけですよ。礼儀も知らず失礼なのはどちらなのか。自ら名乗ることもなく、我らが王の玉座を自分の席だなどと言う輩にどのような礼を示せと?本来であればとっくにつまみ出している所ですよ。それでもまだ話を聞いているだけ恩情をかけている方ですがね?」


「きっ、きさまぁっ……!」


 仮面の男の言葉にホーラント側はますます顔を真っ赤にして吠える。


「ふっ……、くっくっくっ!笑わせよるわ!大国である我らが小国である貴様らにどのような態度を取ろうとも礼を失することになどならんわ!貴様らは大国ホーラント王国に膝をつき、頭を垂れ、最大限の礼をもって遇する必要があるのだ!その程度のこともわからん蛮族が!」


 ウィレムは笑っているのか、怒っているのか、余裕ぶった態度を取りたいのか、怒っていると示したいのか、よくわからない興奮状態で声を荒げていた。


「この場に姿も現さん貴様らの臆病者の王も程度が知れる。さっさと貴様らのカーザー王とやらを連れてきて余の前に跪かせよ!さもなくばこの国を滅ぼしてやるぞ!今日から余がこの国の王だ!カーザーとかいう田舎者は余自ら鞭打ちにした上で路上にでも放り出してくれるわ!さっさとその愚物を連れてまいれ!」


 ウィレムの言葉に謁見の間が静まり返った。先ほどまで笑っていたブリッシュ側の者達は皆黙り込み俯いてる。それをみてホーラント側はようやくブリッシュ側が立場の違いを思い知ったのだと解釈した。


 ウィレム王に直接恫喝され、大国ホーラント王国が本気でこの国を攻め滅ぼしかねない。その現実にようやく思い至り、理解し、恐れて口を閉ざして俯き震えている。そう思っていた。しかし……。


「今更立場を理解した所でもう遅いぞ。この国は今日より我らの属国だ。わかったらさっさと臆病者のカーザー王をこの場に引き摺り出せ!さもなくば我がホーラント王国が……、ひっ!?」


 調子に乗ってウィレム王の言葉を吹いていた外交官は、周囲の者達の表情を見て息を飲み言葉に詰まった。ブリッシュ側の者達の表情は無だ。怒りも嘲笑も悲しみも恐れも何もない。まさに無というに相応しい。


 人は本気で怒った時表情がなくなる。怒りの表情を顕わにしているくらいならまだ本気で怒っているとは言えない。一切の感情がないのかと思うほどに表情が抜け落ち、相手をまるで虫けらのように見詰める。それが本当に怒っている者がする表情だ。


「ブリッシュ・エール王国宰相兼王権代行者ゴトーの名において命ずる。その者共を捕らえよ。ただしすぐに殺すことは許さん。我らが神、カーザー王様を侮辱した罪を思い知るまで何があっても殺すな。その罪をその身に刻んでやれ」


「「「「「はっ」」」」」


 仮面の男、ゴトーは何の起伏もなく抑揚のない声で淡々とそう命じた。命令を受けた兵士達も興奮している様子はない。まるで感情も持っていないのかと思うほどに淡々と命令を実行した。


「きっ、貴様らっ!離せ!」


「使者に向かってなんたる扱いだ!この蛮族どもめ!」


 軍人達は抵抗しようとしたがブリッシュ側の兵士にまったく歯が立たなかった。手加減されて殺さないように、無駄に大怪我を負わせないように取り押さえられる。軍人ですらその様なのだから文官達に何か出来るはずもない。


「離せ!離さぬか!余は!余はホーラント国王ウィレムなるぞ!」


 ズルズルと連れて行かれるホーラント王国の者達を見送るゴトーは、虫けらを見るかのような冷たい目でウィレムを見下ろしていたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] これは国が無くなるな( ˘ω˘ ) (併合的な意味で)
[一言] すっかり忘れてたけどゴスラント諸島でホーラントの私掠船殲滅した時に、ホーラント上層部が腐敗してるって言ってましたな。。。 なるほどなー。
[一言] あちゃ~…。よりにもよってカーザー王(フローラ様)を侮辱しちゃったよ。ゴトーにとっては、カーザー王はまさしく神そのものだから、本当だったら百回……いやそれ以上殺してもし足りないだろうね。死す…
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