第四百六十一話「ウィレム一行!」
「ふん……。なんと薄汚い港だ。我が国の最新設備の整った港とは雲泥の差だな」
ホーラント国王ウィレムはブリッシュ島にある港を遠くから見てそう呟いた。あまり大陸の沿岸沿いに西に向かうとフラシア王国に発見されてしまうかもしれない。そう考えたホーラント海軍やウィレムは大きく北に迂回しながらブリッシュ島へと向かった。
実際にはすでにフラシア王国へルマン海艦隊は壊滅しており、例え沿岸部を悠々と通りフラシア側の沿岸警備に発見されたとしても、ホーラント王国海軍に攻撃を仕掛けるだけの船は残っていない。しかしそんなことなど知る由もないホーラント王国側は慎重に迂回する道を選んだ。
そうして到着したのが南東部、サメス川の河口のやや北側にある港町コルチズターだった。
先進的な海洋国家であるホーラント王国は当然ならが船や港などに力を入れている。ホーラント王国の持つ船は最新鋭であり、単艦での能力は大国フラシア王国の船ですら遥かに凌駕していると自負している。また港の整備にも力を入れており、より効率的で大規模な港を多数整備している。
その大海洋国家であるホーラント王国から見れば、今見えているブリッシュ島の港、コルチズターはあまりに貧相で汚く小さい。それに何やらあちこちで工事を行なっているようだ。多くの人が港で作業をしているがどんな港を作るつもりなのか。ホーラント王国の先進的な港の工事に比べてあまりにおかしな工事を行なっている。
あの工事が終わった所で一体どんなチンケな港が出来上がるのかはわからないが、少なくともこの島が、この国が大した国であるようには見えなかった。ただ一点を除いて……。
「…………ん?あの船は……、はて……、私の目がおかしくなったのでしょうか……?」
「貴殿もそう思うか?どうにも私にもあの船が随分大きく見えるのだが……」
一部の高官や外交官と海軍艦艇を引き連れてコルチズターへとやってきた一行は、コルチズターの港の貧相さこそ笑ったが、そこに停泊している船の縮尺がおかしいことに気付き始めた。これだけ遠くから見ているはずなのにやけに大きく見える。いや、周りの船や建物と比べても明らかにおかしな大きさだ。
「そこの船!止まれ!どこの所属だ!」
そして、自分達が思っていたよりも遥か沖の時点で相手からの迎えがやってきた。自分達から見てようやく相手が見えるようになってまだ間もない。それはつまり相手から見てもこちらが見えるようになって間もないということのはずだ。それなのにもうこんな所にまで迎えの船が来ている。
相手の船がたまたまこの近くにいて、偶然こちらを発見して近寄って来たという可能性もなくはない。しかしこの船は確かに港の方からやってきた。海軍関係者達はその相手の行動の素早さに驚いていたが、高官や外交官や、ましてや国王がそんなことに考えが到るわけもない。
「無礼者め!この船にはホーラント王国の国王陛下がおられるのだぞ!弁えよ!」
迎えに出て来た船では何かゴソゴソと話し合われていたようだが、当然ながら向こうが折れてホーラント王国の船はコルチズターの港に迎えられることになったのだった。
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「でかい……」
「でかすぎる……」
コルチズターの港に入ったホーラント王国一行は、その港に停泊している超巨大船に度肝を抜かれた。港は狭く古めかしい。沖から見えていた通りあちこち工事中のようだが、何やらわけのわからない工事を行なっていてどんな港が出来るのか想像もつかない。どうせこんなチンケな港を作っているような者達だ。この工事が完了しても大したものは出来ないだろう。
しかしここに停泊しているこの超巨大船だけはホーラント王国海軍の者達も驚きを隠せない。ホーラント王国ではこのような巨大船は建造出来ないだろう。
まず一つ目がこれほどの巨大船を作る造船所がない。これだけの船を建造しようと思ったらまずそれに見合う造船所から作らなければならない。
そして次にこれほどの巨大船をもたせるだけの造船技術がない。ただ単純に大きく作れば良いと言う物ではなく、その巨体を支えられるだけの構造や強度が必要になる。ホーラント王国ではこれほどの巨大船が自重に耐えられるだけの構造や建造技術がない。
最後に仮にこれだけの巨大船のガワだけ作れたとしても動かすことが出来ない。この巨大船がどうやって動くのか想像もつかないが、これだけ大きければ動かすための労力も相応にかかるはずだ。櫂で漕いだくらいで動くとは思えず、この船にも帆が張られているがあんなものでこれほどの巨大船が動くとも思えない。
ゆっくりとなら動くのかもしれないが、これほどの巨大船が軽快に動けるはずもなく、これではただのでかい的にしかならない。ホーラント王国では作れないだけではなく作る意味が見出せない役立たずだ。
確かにでかさに驚きはしたが、もし戦争になってもこんな愚鈍なデカブツなど脅威でも何でもない。軽快なホーラント王国の船が衝角で船底に穴を開けるなり、油壺と火矢で火達磨にするなり、戦争では使い物にならないだろう。
ただそうは思ってもやはりこれだけの物を作れるということは国力としてはそれなりである可能性が高い。小国が分裂していると聞いていたブリッシュ島の状況でこんな物を作れるとは思えない。見た目の威圧だけだとしてもこれほどの物を作れるということはそれなりに国力が高まっているということだろう。
「愚鈍なデカブツでも物資の輸送には使えるかもしれませんな」
「我らが制海権さえ確保してやれば、この船で我々に物資を輸送させることも出来る……、ということですね」
ホーラント国王や海軍は取らぬ狸の皮算用を始める。ブリッシュ島の国から支援を受けて、この船でホーラント王国に物資や兵を輸送する。この船自体は大した脅威でもなく速度も出ないとしても、ホーラント海軍がこの辺りの制海権を得ればホーラント本土まで輸送任務に就けるだろう。
「現在王都へ使いの者が向かっております。暫くこちらでお寛ぎください」
「うむ!」
コルチズターで一度上陸したホーラント王国一行はみすぼらしい建物に案内された。古めかしく小さな建物だ。本来であればホーラント国王兼総督であるウィレムを迎えるにはあまりにみすぼらしく釣り合わない。しかしこんな田舎の小さな町ではそれも仕方がないかとホーラント王国一行は我慢してその中へと入った。
「こっ!?これはっ!?」
「なんっ……」
そして中へと入った瞬間に絶句した。建物そのものは確かに古く小さくみすぼらしい。ホーラント王国の王都に比べれば田舎の小さな小汚い建物だと思える。しかしその中はまるで別世界のようだった。
「何という高級な絨毯だ……。このようなものは王城にも……」
「あの部屋の上で輝いている物は何だ?巨大な宝石か?」
「この真っ白な下地に細かく絵が描かれている壷も見事だ……」
内装は豪華どころではない。まるで天国にでも迷い込んでしまったのかと思うほどに何もかも出来が違う。フカフカな上に細かく美しく織られた絨毯。部屋を明るく照らす宝石のような灯り。飾られている壷や絵画はどれも見事で、それ一つでホーラント王国の王都で屋敷が買える値段でも売れるであろう一品ばかりだ。
「ふむ……。この椅子の座り心地も素晴らしい。卿らも座ってみると良い」
「それでは失礼して……」
ウィレム王が座り心地を絶賛した椅子の周りに他の者達も座る。その座り心地は柔らかく、まるで揺り篭に包まれて天を漂っているのかと思うほどの心地良さだった。
「はふぅ……、これは堪りませんな……」
「失礼致します。お茶と軽食をお持ちいたしました」
椅子の座り心地を堪能していると数人の給仕がやってきて飲み物と軽食を並べ始めた。本格的な食事ではなく、お茶とお茶請けというようなものだ。給仕が出て行ってから一行はそれをじっと見詰める。
「まさか毒ということもありますまいが……」
「ここはまず毒見を……」
普通に考えれば大国である自分達ホーラント王国一行に対して、最近出来たばかりのブリッシュ島の小国ごときが毒を盛るなど考えられない。もし自分達に何かあれば本国が黙っていないだろう。そうなればブリッシュ島の小国など吹き飛ぶことになる。
ブリッシュ島を統一してそれなりに大きな国にはなったのかもしれない。しかし歴史も浅ければ国力も低い。この町を見てわかる通り田舎の小国だ。小国が纏まっても所詮は高が知れている。情報ではフラシア王国をも退けた大国が誕生したと聞いていたが、実際に見てみれば大国とは思えない。
フラシア王国に勝ったというのも、精々フラシア王国がこちらに渡ってくるのが面倒で諦めたという程度の話だろう。戦争でブリッシュ島の方が勝ったわけではなく、思いの外抵抗が激しかったからフラシア王国が海を越えての侵攻を諦めたというのが正しいはずだ。
それでもホーラント王国としてはブリッシュ島を味方につけたい。大した足しにもならない小国であったとしても、兵や物資を送らせるだけでもいい。それに捨て駒としてフラシア王国の沿岸部でも荒してくれれば、少しでもそちらにフラシア王国の注意が逸れるのならそれだけでも助かる。
そんなことを考えながら毒見役の一人がお茶とお茶請けの毒見を始めた。
「んっ!?」
「おい!まさか毒か?」
一口含んだだけですぐに声を上げたので周囲の者が即座に身構えた。そんな分かりやすい即効性の毒を入れるほど馬鹿な蛮族だったかと思ったのも束の間……。
「うまいっ!こんなうまい物は食ったことがない!」
「「「「「はぁ……?」」」」」
毒見役の言葉に全員がずっこけそうになった。これらを置いて行った者達が確かパウンドケーキとクッキーだと言っていた。聞いたこともない名前だが見た目が近い物ならば大陸にもある。だがクッキーと言われた方は保存食のようなものでうまいものではなかったはずだ。
「この茶も……、こんな茶は飲んだことがない」
毒見役がうまいうまいと一人で次々に飲み食いしてしまう。それを見て他の者達もゴクリと喉を鳴らした。
「おっ、俺も毒見しよう!」
「ここは私が毒見をいたしましょう」
「いやいや私が……」
皆が並べられているお茶やお茶請けに手を伸ばす。
「んほぉっ!うまいっ!」
「こんなに甘いとは……」
「甘いお茶請けに、すっきりするお茶の相性が抜群だ」
軍人も高官も外交官も、皆がお茶とお茶請けに夢中になる。甘味など貴重なもので貴族といえどそう滅多に食べられるものではない。ないわけではないが砂糖はそれなりに貴重であり、必要な所に必要な量を回せば残りはそれほど多くはない。贅沢に大量の砂糖を使った料理やお菓子など簡単には食べられない。
「卿らよ!余を差し置いて何をしておるか!」
「あっ、いえ、これは毒見でございます!」
「そうです!陛下の御身に何かあってはなりません。まずは我らが毒見を致します!」
「余の分にまで手を出そうとするでない!」
「いやいや、陛下に出されている分こそ毒見をしなければ……」
完全に甘味に魅せられた者達はウィレム王のお茶請けすら食べようと手を伸ばした。言っていることは一見正しいようにも聞こえるが、すでに毒見ではなくただ自分達が食いたいだけだろうというのは明白だった。
「これは余の分だ!控えよ!」
「「「はっ……」」」
奪い合いになりそうになっていたお茶請けだが、王が本気で一喝したことで他の者も正気に戻って手を下げたのだった。
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結局その日はもう時間も遅いということでコルチズターの町で泊まることになった。だがホーラント王国一行に文句はない。豪華な部屋にうまい食べ物、全てが至れり尽くせりだった。
夕食に出された料理はホーラント王国では食べたことがないほどにおいしく、この小汚い建物には王城にもないほどに広く立派な風呂があった。飾りも美しく内装はとても豪華なものだ。しかも巨大な浴槽になみなみとお湯が張られている。こんな贅沢などホーラント王城でも出来はしない。
「町全体は小汚い田舎という所ですが、この施設は中々のものですな」
「食事もうまい。田舎だけあって食い物だけは立派ということであろうか」
食事と風呂の後に再び集まった一行はあれこれと話し合っていた。この国の王都とやらがどの程度のものかはわからないが、この宿より素晴らしい世界があるとは思えない。何ならここを王都にでもすれば良いものをと思いながらまったり寛ぐ。
「ふむ……。よし。ブリッシュ島を余の属国としてやろう。そうすればここの食事も富も全てはホーラント王国の物となる。こんな田舎で暮らすよりも、これらをホーラント王国へと持ち帰る方が卿らもよかろう?」
「「「おおっ!」」」
「それは良いですなぁ」
「こんな田舎の小国にはもったいない物ばかりです!」
「我らが有意義に使ってやりましょう!」
ホーラント王国一行は舌なめずりをして下卑た笑いを浮かべた。歴史ある大国であるホーラント王国が、最近出来たばかりの新興の小国であるブリッシュ島を保護してやる。その代わりにこれらの技術や食べ物や労働力や兵士をホーラント王国に提供させるのだ。
ブリッシュ島を手に入れればホーラント王国でもフラシア王国と対等に戦えるだろう。ブリッシュ島全体の勢力はわからないが、適当に人間を捕まえてフラシア王国との戦争に放り込めば良い。どうせ他所の国の人間だ。何人死のうが知ったことではない。
「ぐふふっ!」
「ぬわ~っはっはっはっ!」
すでにこの島の富と力を手に入れた気になっているホーラント王国一行は、その晩上機嫌なまま眠りについたのだった。




