第四百五十四話「婚約発表会前!」
遊んでばかりもいられないので隙を見て仕事に励む。エレオノーレに見つかるとまたつい遊び相手になってしまうし、クリスタは何だかマルガレーテとルートヴィヒの件についてあれこれ画策しているようだ。皆の遊びに付き合っていたら仕事が進まないので出来るだけ人に見つかっていない間に仕事を進めてしまう。
クイップチャック草原方面だけど、ケーニグスベルクから続く街道は順調に工事が進んでいるらしい。砦は簡易なものしか出来ていないけど、通行するだけの者達が休んだり、緊急時に避難する程度には機能も十分だ。要所要所の大規模砦はこれから順次工事が進んでいくだろう。
あの回廊に当たる部分は国境線が明確じゃない。なのでブルガルー帝国やルーシャ諸国がモンスターが減ったのを良いことに侵出してくる前に確保してしまわなければならない。測量と地図の作成。それから防衛しやすいラインを決めてこちらが守る最低限の国境を決めてしまう。
その先もまだ空白地帯だったとしても、何の障害物もない平原のど真ん中に国境線を引くわけにもいかないだろう。古来より川や山などの自然の線引きが国境線となることが多かった。それは現代のようにGPSで測量してどこからがどの国だということがはっきりわからないからだ。
一先ず谷や山を利用して砦を築き防衛ラインとし、余裕があればその先も調査して確保出来そうな所まではこちらの領地として確保してしまう。これも相手のあることだから知らずに相手が主張する国境を越えてマニ帝国のようにいきなり襲われる可能性もある。
ブルガルー帝国やルーシャ諸国とは付き合いのある者もいるから通訳は頼んでいるけど、この辺りのギリギリの駆け引きは慎重に行なわなければならない。本当なら俺が行って済ませたいけど、あっちもこっちもと全ていちいち現場の折衝に俺が出向くわけにもいかないのが困ったものだ。
そんなわけでクイップチャック草原へと繋がる回廊の確保は順調に進んでいる。まぁ回廊って言うと細長いのかと思ってしまうかもしれないけど、普通に大国が一個入りそうなくらいの広さだけどな……。
一部とはいえポルスキー王国の領土と、その先の空白地帯となっていた領土、そしてクイップチャック草原の占領地を加えれば普通にプロイス王国やポルスキー王国と同程度か、もしかしたら広さだけならこちらの方が広いくらいかもしれない。
まぁクイップチャック草原の方は広さは十分だけど人口も少なく密度も低い。これといった産業もないしただ広いというだけだ。問題はこれをどう活用していくかということになるけど……。
「やはりこれしかありませんか……」
立地と気候から考えてクイップチャック草原は穀倉地帯に向いている。麦などを作って、回廊を通ってケーニグスベルク方面へと穀物の輸送をすればとても重要な場所になるだろう。
クイップチャック草原では稲作は出来ない。俺のプロイス王国領地の方では稲作を行なっているけど、あれだけ乾燥している場所では稲作は不向きだ。代わりに麦やトウモロコシの栽培には向いていると思う。ただ現時点で麦はあるけどトウモロコシがない。
地球ではトウモロコシはアメリカ大陸原産だったっけ……。ジャガイモやトマトは魔族の国を通じて入ってきたけど、他の様々な南北アメリカ原産の物は入ってきていない物が多い。もしかして利用方法がわからないとか、魔族には受け入れられずに持ち込まれることがなかったとか?
詳しいことはわからないけどないものは仕方がない。クイップチャック草原に建設すると決めた町も作業が始まったらしいし、カーン家の征服地を穀倉地帯にすることもユーリー達は認めているらしい。
遊牧民の生活が出来なくなるほど草原全てを荒してしまうわけにはいかないけど、今から作付けしたっていきなりそんな広大な面積になるはずもない。徐々に耕作地を広げて収穫量を増やすにしてもそれはまだまだ先の話となる。
一部には遊牧をやめて定住を希望する者達もいるみたいだし、これから徐々に穀倉地帯として育てていけばいいだろう。
あと資源が色々とありそうだからそれらの調査結果次第では工業が発達する可能性もある。位置的に守りにくく敵に囲まれている場所だから、あまりカーン家の秘密に関わるような工業をさせるわけにはいかないけど……。
それから皆の要望で征服地の名前をつけるように言われている。いつまでもクイップチャック草原方面とか言ってられないからな。いくつか向こうが選んだらしい候補を見て考える。俺にはそういうのを考えるセンスはないから、何らかの由来などがある言葉を向こうである程度絞ってくれるのはありがたい。
「う~ん……。これにしますか……」
名前の理由や由来などと語感も考えて俺が選んだのは……、『ユークレイナ』。向こうの言葉で内地とか国とかいう意味らしい。これからはユークレイナ地方とか方面と呼ぶことにしよう。
ともかく穀倉地帯として農業を拓き資源開発は行なう。でも最新設備とか研究を持って行くには位置や情勢が悪い。そこで出てくるのが……、ブリッシュ・エール王国だ。ブリッシュ・エール王国は島国だからスパイとか技術流出を最小限に抑えることが出来る。
工業化はブリッシュ・エール王国を中心に行い、ユークレイナ方面は穀倉地帯と資源輸出元として頑張ってもらおう。
そして一番大事なのが……、プロイス王国に返上しなければならない可能性がある場所の開発はある程度抑えていかなければならない。もし俺がカーン騎士爵領やカーン侯国を徹底的に開発して、工業化されて、それをプロイス王国に返せと言われたら困ったことになる。
ユークレイナもプロイス王国内の領地も一切工業化を行なわないというわけにはいかない。だけどあまりにやりすぎて他人に奪われたら取り返しがつかなくなってしまう。それもプロイス王国はこれから中央集権、絶対王政にしようと思っているんだ。もし絶対王政となれば俺も領地を取り上げられて法服貴族にされる可能性だってある。
何かあった時に……、住民を避難させて施設や工場や農場なんかを爆破出来る仕掛けでもしておいた方が良いだろうか……。先のことを考えておいた方が良いんだろうけど……、このことを考えると本当に鬱になってくる。
折角自分達で作り上げたものを、他人に取り上げられて利用される。封建社会や封建領主なんてそんなものだと言えばその通りだけど……、他の貴族達が反対する気持ちも良くわかる。何故自分達が発展させた領地を王家に取り上げられなければならないのかと思う。
でもそんなことを言って反発していては中央集権、絶対王政なんて出来ないわけで……、その推進者である俺なんかはむしろ進んで領地を王家に返さなければならない立場だろう……。
「はぁ……。せめて王様やディートリヒがもっとしっかりしてくれていたならな……」
アマーリエ第二王妃派やナッサム派、バイエン派にあれだけ甘い対応をしている二人だ。将来的にそういう奴らに俺の開発した物が利用される可能性もあるかと思うと、とてもじゃないけど危険な技術を渡すわけにはいかないと思ってしまう。
そもそももしルートヴィヒを抑えてアマーリエ第二王妃の息子達が王になるようなことがあったら……、この国はおしまいだろう。そうなったら今度は俺が国を割ってその王子達を廃嫡させてやる。
「結局どうにもならないということでしょうね……」
俺の頭の中にチラチラと考えてはいけないことが浮かんでしまう。いっそ……、ブリッシュ・エール王国のように……、俺が全てを決められる立場だったなら……。
それは考えてはいけない。いけないけど……、それはわかっているけど……、考えずにはいられない。どうか俺が『ソレ』を実行しなくて済みますように……。
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ようやく学園の終業式の日がやってきた。この前期が終わって、休みが明けて後期が終われば……、晴れて俺は自由の身となれる。
何だか学園に通うようになってから俺の仕事が格段に増えた気がする。学園に通うまではただ騎士爵領でチマチマと自領の発展と、俺が欲しい物を開発していればよかっただけだったのに……、どうしてこんなことになってしまったんだろう。普通なら学生の方がお気楽なもんじゃないのか?
まぁ……、多分王都で、というか王様やディートリヒの近くになってしまったのが原因だろうな。あの二人に度々呼び出されては無理難題を吹っ掛けられ、それをクリアすればますます雑用を回されて処理させられる。
そんなことをさせられているうちに領地は増え、あちこちで戦争ばかりさせられ、お嫁さん達とゆっくりする暇もない。ブリッシュ・エール王国とか、南北探検隊とか、あれは俺が勝手にやったとも言えるけど、それは気にしてはいけない。
「ねぇフローラ、貴女何故いつも満点なのよ?」
「え?」
貼り出されている成績は相変わらず俺が一番だ。デカデカと目立つ所に満点として貼り出されている。皆の成績もかなり上がっているけど、さすがに授業も受けずにあちこち出歩いているためか満点とまではいかないらしい。授業も受けずにこの点数なら十分凄いとは思うけど、もしかして俺は不正を疑われているんだろうか?
「あれだけ忙しく仕事ばかりしているのに、どんな頭をしていたら満点なんて取れるわけ?ちょっとはその頭を分けて欲しいくらいだわ」
「あ~……、ははっ……」
どうやら不正を疑われていたわけではないらしい。さすがにお嫁さんに不正を疑われていたらショックだ。ミコト達だって授業も受けていないのに凄い、と言いたい所だけど、それを俺が言ったらただの嫌味にしか聞こえないだろう。俺だって授業は受けていないのに満点なんだから……。こういう時どう反応すれば良いのか難しい。
「さぁ……、これで学園も終わったことですし、もう少ししたら王都を離れることになります。王都で忘れていることはありませんか?また暫く王都とはお別れですよ」
「露骨に話を逸らしたわね……。まぁいいわ」
そう言ってミコトは歩き始めた。確かに別の話題を振ったけど俺の言ったことも本当だ。数日後にマウリッツ第二王子とヘレーネの婚約発表パーティーが開かれたら俺達はもうここにいる理由がなくなる。居ちゃいけないということはないけど、そろそろ母の出産も近いはずだ。カーザース領に早く帰りたい。
「パーティーなんて無視して帰れば良いじゃない」
「ミコトさん……、さすがにそうは参りませんわよ……」
あまりに無茶を言うミコトにアレクサンドラも溜まらず口を開いた。
「ミコトさんはプロイス王国貴族ではないから良いかもしれませんが、流石に私やフローラさんのようなプロイス王国貴族は、王族の婚約祝いをしないわけには参りません」
そうだよな。いくら嫌いだろうが、第二王妃の子供だろうが、マウリッツは王族なわけで、その王族の婚約発表パーティーを勝手にサボるというわけにはいかない。正当な理由でもあればまだしも、現在王都にいるのに家に帰りたいから帰りますは通らない。
「まぁ数日の辛抱ですよ……」
「私も出なきゃならないのが腹が立つわ!」
「まぁまぁ……」
三人で話ながら家へと帰る。パーティーに出席するのはお嫁さんで言えばルイーザ以外全員だ。カタリーナは招待されていないけどロイス家はもちろん招待されているし、俺についてくるということで一緒に向かう。クラウディアも招待はされていないけど、近衛師団の騎士として出席しなければならない。
俺はカーン侯爵として、アレクサンドラはリンガーブルク伯爵家の代表として、そしてミコトはヴァンデンリズセンを名乗っているのでヴァンデンリズセンの代表として呼ばれている。
「何だかルイーザだけ置いていくのは気に入らないわ」
「ルイーザの方も堅苦しい婚約発表会になど出たくはないでしょう。それに作法がわからないから……、などということも気にしていましたし……」
皆が皆パーティーに出たいかと言えばそんなことはない。むしろ出たくない人の方が多いんじゃないだろうか。
アマーリエやマウリッツやバイエン家に媚を売りたい者は挙ってパーティーに出るだろう。でもそういう奴らを敵としか思っていない俺達のような者にとっては面倒で時間の無駄にしか思えない。出来ることなら欠席にでもしたい所だけど、さすがに王族の婚約発表パーティーをサボるわけにもいかない。
「あと数日の辛抱です……」
あぁ、早く領地に帰りたい。




