第四百五十二話「拠点を移る!」
今日は精神的に疲れた……。王城での出来事が重く圧し掛かる。
合理的に判断すれば王様は愚かというしかない。まさに王家内に巣食う獅子身中の虫はアマーリエ第二王妃と、その二人の息子達だろう。第一王子は会ったことがないからわからないけど……、第二王子があれなんだから教育からして似たようなことを植えつけられているだろう。
アマーリエとその王子達は王家から取り除き、完全に排除してしまう必要がある。そして排除とは家から追い出すなどという甘い措置では許されない。生きている限り王位の継承権だの何だとの火種になる。仮に王子達自身が死んだとしても、その子孫が残っているだけで今後永遠にプロイス王家の継承権問題になるだろう。
普通なら遠すぎて継承などありえない者であったとしても、将来それを利用するというのはよくある話だ。ルートヴィヒが跡を継ぎ、その子孫が代々王位を継承していようとも、いつかの未来に本来ルートヴィヒではなく第一王子や第二王子が跡を継ぐべきだったから正統な後継者はこの方だ!なんて言い出す奴が出てくる。
そういう主張をしている者も本気でそんなことを考えているわけではなく、正統性を主張して引っ掻き回したり、あわよくば支持が集まれば……、という程度の考えでしかない。最初から引っ掻き回すことが目的であり無茶な主張をしていると本人が自覚しているのだから、論理的に説明しようが話し合おうが意味はない。
そうならないためには……、アマーリエとその子供達、さらにその子供達の子孫まで全て禍根を絶つ必要がある。子供や孫に罪はないとしても……、それでも絶たなければならないということは歴史が教えている。
俺は他人だからそう言える。でも王様はそうじゃないだろう。自分の子供を自分の手で殺さなければならない。王様が命令するということは自分で殺すのと同じことだ。その命令を下すというのは果たしてどれほど辛いことだろうか。
父も兄フリードリヒのことで悩み、同じように苦しんだ。しかも結局の所フリードリヒは島流しでまだ生きている……、はずだ。俺は詳細は知らないけど……。それでも父があれほど苦悩した。ましてや国のために殺すように命令しなければならないヴィルヘルム国王の苦しみはもっと大変なものなんだろう。
それはわかるけど、それを弁えてきちんと命令を下すのが上に立つ者の務めのはずだ。
貴族はただ貴族に生まれたから貴いのでも、偉いのでもない。全ての責任を背負っているからこそ上に立ち支配することが許されている。例え血を分けた親子であろうとも、間違っている者は国や領地のために討たなければならない。その責任を放棄する者に上に立つ資格はない。
……まぁ、俺は他人だからこう言うのは簡単だ。もし実際に俺に子供が出来て、その子供を殺さなければならなくなったならば……、こんなに偉そうに正論など言えないだろう。きっとどこで教育を間違えてしまったのか、今からでも立ち直らせることが出来るのではないかと必死に考えてしまうだろう。
王様のこれからの対応次第では……、この国は俺が考えている以上に荒れるかもしれない。先のことを考えて手を打っておかなければならないんだけど……、考えるのが嫌になるほど鬱だ……。
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王都での用事をある程度終わらせた俺はシャルロッテンブルクに拠点を移すことにした。王都にいると気が滅入る。王様が決断してアマーリエ第二王妃派を全て粛清してくれれば簡単に片が付くんだけど……、それを俺が強要するのは筋が違うだろう。王様が自ら自分の責任を理解して的確に行動してくれることを望むしかない。
というわけで、王様達からは適度に距離を取りたいという俺の気持ちの表れか、王都を出てシャルロッテンブルクに拠点を移そうと考えたわけだ。
これからも王都でヘレーネのパーティーやら、学園の終業式やらと出向かなければならない用事はある。でもシャルロッテンブルクからなら馬車ですぐだし何も問題はない。それに折角建てたんだからシャルロッテンブルクでも生活しないとな。
見に来たり、行事を行なったりはしたけど、シャルロッテンブルクで生活したことはない。折角これだけ費用と時間をかけて建設したんだから俺だって住んでみたいと思うのは当然だろう。はっきり言って王都より快適な生活が約束されているしな。
「見えてきたな」
「うわぁ!綺麗な町並ですね!」
クンが馬車の窓に張り付いてシャルロッテンブルクを見詰めている。クンの尻尾がブンブン振られているような幻が見えるようだ。
「やはりフロト様が城に入られるのでしたら式典を開くべきだったのでは……」
「いちいち出入りの度に式典を開いていては面倒だろう?」
カタリーナは、いや、かなりの者達は俺がシャルロッテンブルクに入るのなら式典を行なって、住民達に知らせながら盛大なパレードのようなことをして城に入るべきだと言っていた。
そりゃ王様とかが正式に城から出たり、帰ってきたりしたらそういうこともするのかもしれない。でも俺のようにしょっちゅうあちこち移動している者が、それも王でもないのにそんなことをしていたら毎回毎回大騒動になってしまうだろう。
だから俺は今回こっそりシャルロッテンブルクに入ることにしたんだけど……、何か町中に入ってから滅茶苦茶注目されている気がする。
「凄いです!ここが大カーン様の王都なんですね!向こうの王都なんかよりずっと綺麗で、ずっと活気に満ちていて、凄く凄いです!」
「あ~……、うん……。クンはとりあえず落ち着こうか?」
クンが大はしゃぎなのは良いけど、窓ガラスにべったりくっつくのはやめた方が良い。いくら割れ難いように中に網が入っているといっても地球の現代のガラスとは違う。ちょっと叩けば割れてしまうような脆いものだ。顔を押し付けていて、圧で割れたら顔にガラスが刺さってしまうかもしれない。
まぁさすがにそこまで簡単に割れたりはしないと思うけど、何だか見ていて怖い。一度そういう想像が出来てしまうとそういう事故が起こってしまうんじゃないかとハラハラしっぱなしだ。
「それにしても随分見られている気がするが……」
「それはそうでしょ?自分達の領主様がやってきたんだから皆見るわよ」
「え?」
「……え?」
ミコトの言葉に俺が首を傾げるとミコトも首を傾げていた。
「この馬車に私が乗っているのが知れ渡っていると?」
「当たり前じゃない。乗ってる馬車でバレバレよ」
そう……、なのか?馬車くらい貴族どころか商人でも乗ってると思うけど……。それにこれが貴族の馬車だとわかったとして何故それにフロト・フォン・カーンが乗っているとわかるというのか。
「あのね、この馬車には紋章がついてるでしょ?カーン家の」
「…………」
「……」
あ~……、そうか……。今日は紋章入りの馬車だったか……。そこまで考えていなかった。手配された馬車に乗り込んだだけだから気にしてなかったというべきか。そして恐らくカタリーナ辺りが俺がやってきたことが住民達にわかるように、あえて紋章入りの馬車を手配したんだろう。
まぁ見られているけど特に騒ぎにはなっていないし、皆俺達が通る時だけ道を空けて頭を下げたりしているだけだ。こちらからこれ以上騒ぐよりも黙ってこのまま行った方が良いだろう。そう思っているとやがて門を潜ってから広い並木道を進み、久しぶりにシャルロッテンブルクの宮殿へとやってきた。
「すっ!凄すぎます!なんですかこれは!?ポルスキー王都や前の王都とは比べ物になりません!これが……、これが大カーンの住まう地なのですね!すごいです!すごいです!」
もう本当に尻尾がついているんじゃないかと思うほどにクンの尻尾がブンブン振られている幻が見える。目をキラキラさせて俺を熱い眼差しで見ているけど、別に俺が建てたわけじゃないし俺が凄いわけじゃない。まぁ……、クンがはしゃいでいるのを見るのは面白いし、本人が喜んでいるのならわざわざ水を差すこともないだろう。
シャルロッテンブルクの宮殿は、前の施設は住むには適さない。そりゃそうだろう。玉座の間のような部屋とか、大鏡の間とか、住むためのものじゃなくて人を通して圧倒させるための施設ばかりだ。でも後ろに行けばそんなことはない。所謂後宮に当たる部分にはちゃんと生活出来る部屋が用意されている。
ここは王城ではないから後宮とか言う言葉が適切かどうかはおいておくとして……、一応前の部分は対外用、奥の部分はここで生活するための施設ということになる。
「うわぁ!うわぁ!すごすぎます!これが……、大カーンのお力なのですね!」
いや、だから別に俺の力ではないだろ……。まぁいいや。
「とりあえずクンを……、いや、全員で案内してもらおうか」
誰かに案内させようかと思ったけど、よくよく考えてみれば俺達だってここに詳しいわけじゃない。俺は建設途中で何度か来たことがあるし、式典の予行などでも実際に足を運んでいる。でもここで実際に生活するのは初めてだから皆で見て回る方が良いだろう。
「ほっ、本当に私なんかがこんなところに住んでも良いのかな?王都の実家に帰って通いでもいいよ?」
「ルイーザ……」
どうやらルイーザはこの宮殿に気後れしているらしい。その気持ちはわからなくはない。俺だって元々小市民なわけで、こんな大きな宮殿で生活しろと言われても落ち着かない。でも俺達は立場上そこらのボロアパートに住むというわけにはいかない立場だ。
「私達の立場ではこういう生活にも慣れていかなければならない。だからルイーザも少し慣れて欲しい」
「フロト……」
俺が少しルイーザに向き直って目を合わせてそう言うとルイーザも真剣な表情で頷いてくれた。
「うん……。そうだよね……。頑張ってみる!」
この宮殿での生活に慣れるのに頑張るとか頑張らないとかがあるのかはわからないけど、本人がやる気になっているのに無粋な突っ込みをする必要はない。お嫁さん達とウロウロしながらシャルロッテンブルク宮殿を見て回る。
ここには後方の崖の上にある砦へと繋がる抜け道が用意されている。他にも遠くへ脱出する抜け道や、町中のとある場所へ出る抜け道などいくつか用意されているけど、皆にそれを教えるべきではないのか迷う所だ。
俺が居ない間にここが襲われて、お嫁さん達がここに取り残されたらと思うと抜け道は教えておいた方が良いんだろう。でも不用意に秘密を知る者が増えればどこから敵に漏れて逆用されるかわからない。抜け道を逆に通ってきて侵入されてしまう恐れもある。
それは別に皆が秘密を漏らすと思っているということじゃなくて、皆とピクニックのようにわいわいと騒ぎながら抜け道の説明なんてしてたら誰かに聞かれる恐れがある。
まぁ……、ヘルムートとかイザベラのような者達は知っているし、無理にすぐに皆に教える必要もないだろう。いざという時はそういう秘密を知る者が先導して脱出してくれるはずだ。
「部屋が遠すぎるね」
「それは確かにありますわね」
色々と見ていくうちに、皆お互いのプライベートスペースが遠いと言い出した。ここは部屋数も多すぎて、端の部屋から端の部屋まで行こうと思ったらかなり遠い。後宮部分の皆のプライベートスペースはお互いに結構離れている。普通の後宮はこういうものだと言われて作ったけど、確かに実際歩いてみたら遠いと感じた。
「それは止むを得ないな……。将来的に第一夫人とその子供達の部屋、第二夫人とその子供達の部屋、というように家族が増える前提で設計されている」
「「「「「…………」」」」」
俺の言葉に皆立ち止まってお互いに顔を見合わせていた。俺は何か変なことを言っただろうか?
例えばベルンにある王城も正妃であるエリーザベト王妃とその家族用のスペースと、アマーリエ第二王妃とその家族用のスペースは別になっている。距離も結構離れているし、同じ後宮に暮らしていると言っても実質的にはわざと出向かない限りは顔を合わせることもない。
宮殿や王宮がそういう造りだと言われたら俺もそれに倣うしかないだろう。ここの設計の時にそう言われたら断ることは出来なかった。まさか俺もお嫁さん達も皆女だから将来子供が出来ることもありませんなんて言うわけにもいかないだろう。
「ふ~ん?」
「それじゃ今夜は……」
「子供が出来るまで頑張ってもらおうかな?」
「恥ずかしいけど……」
「今夜は寝かせませんよ」
「いや……、あの……」
皆がジリジリと迫ってくる。しかも今夜とか言いながらもう今にも飛び掛ってきそうな勢いだ。そして俺とお嫁さん達じゃ子供が出来るはずがない。わかっていてからかってるだけだろうけど、でも大好きなお嫁さん達にそう言われて悪い気はしなかった。




