第四百五十一話「王様の葛藤!」
こんな面倒で重い話に付き合わされる下っ端貴族の身にもなって欲しい。王様やディートリヒが国政に頭を悩ませるのは当たり前の話だ。俺だって自領内の問題については常に頭を悩ませている。王様達はプロイス王国全土を、俺は自領のことで頭を悩ませるという違いだけで、トップに立つとはそういうことだろう。
ブリッシュ・エール王国のことについてや、プロイス王国各地に与えられている領地、今後はクイップチャック方面についても俺は色々と考えなければならない。プロイス王国の問題についてはそれを考えるべき立場の人達で考えてくれたらいい。俺はプロイス王国内ではただの新参者の一侯爵に過ぎない。
「フローラ姫はどうすれば良いと思う?」
「はぁ……。そうですね……。もうマウリッツ第二王子様とヘレーネ様のご結婚をなかったことには出来ないのならば、ご結婚していただくしかありませんね」
「むぅ……」
俺の言葉に王様は眉間に皺を寄せて唸った。今更俺に唸られても知らんがな……。もっと前に知らされていたら打つ手もあったかもしれないけど、もう正式に手続きを踏んで決定され、これだけ大々的に知れ渡ってしまったら今更なかったことには出来ない。
もちろん正式に結婚したわけではなく、今はまだ婚約状態だから婚約解消や破棄となる可能性も絶対にないとは言い切れない。でもそれにはそれなりの理由が必要だ。例えばバイエン公爵家がお取り潰しになるとか、よほど大きな問題でもない限りはこの状態から婚約破棄はまずあり得ない。
そもそもこの結婚自体が、プロイス王国内の親オース公国派の巨頭であるナッサム公爵家とバイエン公爵家の合流の象徴というだけだ。結婚そのものを阻止した所で両家とオース公国の協力体制を邪魔しないことには意味がない。
「肝心なのは親オース公国派であるナッサム公爵家とバイエン公爵家の協力体制です。結婚だけやめさせても両家の接近をどうにかしないことには意味がありません」
「それはそうかもしれんが……」
王様はまだ難しい顔をしている。確かにマウリッツとヘレーネの結婚となれば象徴としての意味は大きい。結婚を頓挫させたからといって両家の協力体制がなくなるわけではなくとも、象徴的な両家の結婚というものがなければお互いにギクシャクする可能性もある。
「複雑に考えるからややこしく感じるのです。ここはもう図式がわかりやすくなったと好意的に受け止めましょう」
「どういうことかな?」
不思議そうにこちらを見てくるディートリヒに説明していく。
まず貴族というのは基本的に付いたり離れたりを繰り返すものだ。もちろん派閥に属しているのならばその派閥を裏切るというのは中々決断しにくい。それでも実際に派閥の鞍替えや出戻りなど当たり前のように行なわれている。
そして派閥同士も、つい先日まで犬猿の仲だと思っていた派閥同士が、ある日突然利益関係から手を結ぶこともある。
今は詐欺事件で弱ったとはいえ、バイエン派閥もナッサム派閥もプロイス王国内ではかなり大きな勢力だ。その両者は親オース派という点では近い存在だけど、必ずしもお互いに友好的で協力的だったとは限らない。時に近づき、時に反発し、お互いの利益のためにその時々で立場や協力関係が変わってきた。
両家が完全に協力体制を敷くためには、バイエン公爵家とナッサム公爵家の直系の跡継ぎ並の者同士の結婚でもしなければならない。縁戚となればお互いに利益を共有する者同士であり、多少の反発はあっても基本的には共通の利益のために歩調を合わせるようになるだろう。
ただ今までそうしてこなかったのは、プロイス王国では貴族間の婚姻関係は勝手には決められないからだ。
もし各貴族が自由に結婚していては、反プロイス王家の貴族達が結婚を繰り返し、敵対者を取り込み、勢力を結集してプロイス王国に牙を剥くかもしれない。だからプロイス王家としては誰もが自由に婚姻関係を結ぶのを黙っているわけにはいかない。
これまではそうやって王家がある程度管理し、規制していたから下手な家同士が婚姻関係を結ぶのは難しかった。バイエン公爵家とナッサム公爵家の跡継ぎ並の者の婚姻なんて今でも大反対されるだろう。だけど今回は違う。
今回のマウリッツとヘレーネの結婚はあくまで、王家の第二王子とバイエン公爵家のご令嬢の結婚、ということになる。それは王家がバイエン公爵家を取り込み、縁戚として味方につけるという意味だ、と解釈している者もいる。
実際にはアマーリエ第二王妃派、つまりナッサム公爵家系の王子とバイエン公爵家のご令嬢の結婚なわけだけど、マウリッツと結婚させたらバイエン派閥も王家派になるだろうというような甘い考えを持つ者が支持に回ってしまっている。
「貴族は付いたり離れたり、利益関係やその場その場で立場が変わります。ですが婚姻関係を結び共通の利益を得るようになればそうそう縁は切れません。今回のことを機に、親オース公国派を結集させて一網打尽にしましょう。言い訳も出来ない形で親オース公国派を集めさせ、糾弾するのです」
表向きは王国寄りのような顔をしておきながら、裏ではあちこち有利そうな方に良い顔をするような者は正直足を引っ張る存在でしかない。それならいっそ親オース公国派が完全に結集して、言い訳のしようもない形で裁けるようにした方が手間がなくて済む。
本性を隠して懐に潜り込まれるよりも、向こうが有利だと思わせておびき寄せ、一網打尽にすることでプロイス王国内に巣食う問題を全て出し切る。
「それは……、国を割っての内戦になってしまうのではないかい?」
「それに何の問題が?このまま現在の体制を維持してもプロイス王国に未来はありません。外敵を国内に招き入れるような者達は外患誘致罪、あるいは国家反逆罪として罪に問い、その権力を剥奪し財産を没収すべきです。現在の中途半端な連邦制のような国はいりません」
「「…………」」
俺の言葉に王様とディートリヒはポカンとしている。俺の言っていることがわからなかったのか。言葉の意味はわかっても認められないのか。どちらにしろもうここまで来てしまったのならはっきりさせるべきだろう。これ以上内憂外患に悩まされるのは時間の無駄だ。
「これからプロイス王国は中央集権……、絶対王政を目指すべきです!」
「中央集権……」
「絶対王政……」
まだ王様とディートリヒは目が点になったまま、俺の言葉を繰り返しているだけだった。それでも俺の口は止まらない。もういい加減王様とディートリヒには覚悟を決めてもらわないと、いつまで経ってもプロイス王国は獅子身中の虫に足を引っ張り続けられる。
「諸侯の権限を弱め、全てをプロイス王家に集約します。そして無駄をなくし、領邦同士の関税も廃止し、流通を促しプロイス王国を発展させるのです。これ以上諸侯の顔色を窺って手をこまねいていてはプロイス王国は周辺諸国から取り残されるでしょう。外敵と戦える強い国になるためには……、まずは国内の掃除と統一。王家と王国の権限強化が必要です」
「「…………」」
二人はお互いに顔を見合わせていた。反応があまりに薄い。普通ならここでそうだそうだと言わなければならない立場だと思う。もしこれでもまだ貴族諸侯に遠慮や配慮をしているようなら……、俺は俺の道を歩む覚悟を決めなければならない。
「そうするとフローラ姫の領地に対する権限も減らし、王家や王国の権限が強くなってしまうんじゃないかい?」
「元々プロイス王国よりお預かりしている領地に関しては、全てを返上せよと命令されても抗う根拠はありません。国外に得た領地に関してはもちろん抵抗させていただきます」
どこまでを国内、どこまでを国外とするのかというのは正直難しい。騎士爵領や男爵領は完全にプロイス王国から賜った領地だろう。でもゴスラント島やブリッシュ・エール王国などは明らかに国外領地だし俺が独自に得たものだ。そしてカーン侯国も判断が難しい。
一応古来よりカーン侯国の沿岸部辺りはプロイス王国の東方植民地であったという歴史的経緯はある。でもそれはポルスキー王国に奪われていたのであり、それを取り戻したのは俺だ。その権利がプロイス王国にあるのか、俺にあるのかというのは線引きが難しい。
さらに言えば旧ポルスキー王国から割譲された領地もプロイス王国の国外ということになる。でもプロイス王国が先の戦争の賠償としてポルスキー王国から受け取っているのだから、プロイス王国が得た領地とも言える。
クイップチャック方面も明らかに元々プロイス王国領ではないけど、俺がプロイス王国貴族として攻め込んで手に入れたんだからプロイス王国の領地として獲得したのだとも言える。
これらは難しい話であり、何をもって誰の領地とするのか、時代や経緯のどこを基準にするのかによって話は変わってくる。男爵領はすぐさま返しても良いとは思えるけど、騎士爵領には色々と思い入れもあれば、王国に渡すわけにはいかない秘密もたくさんある。そういう諸々の問題をどうするかは考える必要がある。
その点男爵領はただ町が最新設備で作られているだけで、これといって秘密とか失って困るものもない。ただ豪華で最新設備の整った町と屋敷があるだけだ。……正直に言えば、いつか中央集権、絶対王政となって俺の手から離れる可能性も考えて作っているからな。
「どちらにしろ一度に全ての諸侯の権限を奪い一つに纏めるのは現実的ではありません。国内を割っての内戦も何度も繰り返すわけにはいかないでしょう。ですので……、親オース派を結集させ、一度に一網打尽にしてしまうのです。そして親オース派の多くを取り潰すか権限縮小、領地減封などを行い中央集権化の足がかりとします」
いきなり全てを敵に回して国内を一気に統一するというのは現実的じゃない。反発する貴族も多く出るだろう。だからまずはわかりやすい敵を叩く。しかもそれが主要な敵対勢力全てであれば言う事はない。ナッサム・バイエン両家とそれに従う派閥が一気に消えれば王家に逆らう貴族も減るだろう。
「え~っと……、それは良いんだけど……、それはまずナッサム、バイエンなどの親オース派に勝てる前提でなければならないんじゃないのかな?」
「もちろんその通りです。彼らは南東のオース公国国境近辺の領主が大半です。国王陛下やディートリヒ殿下が進められてきた通り、北部の親プロイス王国派と南部の親オース公国派の争いとなるでしょう。やるのならば……、親オース公国派と……、そして本体であるオース公国も、邪魔者は全て一網打尽にしましょう」
「「――ッ!?」」
俺の提案に王様とディートリヒが目を見開く。でもそんなに驚くことじゃないだろう。どうせいつかはオース公国と雌雄を決しなければならない。今日、明日にすぐ開戦というわけじゃないけど、近いうちに国内の親オース公国もろとも相手にしなければならない日が来る。
「其方ならば……、国内の親オース派とオース公国を相手にして勝てると?」
「それは……」
俺の言葉に二人が真剣な表情で聞き入っている。普通なら年端もいかない女の、新参侯爵の戯言と笑われる所だろう。でもこの二人は俺の言葉にちゃんと耳を傾けてくれている。だから……、俺もはっきり言おう。
「きちんと準備を行い、然るべき時に仕掛けたならば……、南部の親オース派諸侯とオース公国全てを相手にしても勝てるでしょう」
「おおっ……」
俺の言葉にディートリヒが一瞬明るい顔をした。でもそれで終わりじゃない。王様はそれを感じ取っているんだろう。その言葉を言わなければならない。ここまで来たのなら……、責任を取るのなら……、この先が肝心だ。
「ただし!もし……、親オース派諸侯とオース公国と雌雄を決するのならば……、第二王妃派……、アマーリエ第二王妃様やマウリッツ第二王子様などの処分も必要です。ヴィルヘルム国王陛下……、陛下にはその覚悟がおありですか?」
「――ッ!」
「…………」
ディートリヒは今気付いたのか驚いた顔になり、王様の顔には苦渋の表情が浮かんでいた。仮に第二王妃を愛していなかったとしても、その息子達は自分の子供だ。馬鹿な子供だったとしても子供を殺すことに積極的になる親はいない。
でも親オース公国派を粛清するということは、その根源とも言えるナッサム公爵家を、そしてその息がかかり、その意思に沿って行動しようとするアマーリエ第二王妃派も粛清しなければならない。第二王妃だけではなく……、それに加担しヘレーネと結婚してバイエン公爵家と縁を結ぼうとしている息子までも……。
「他に……、手はないのか?」
「ありません」
俺は即答する。ここでなぁなぁでアマーリエ第二王妃派やその息子達を見逃せば、結局禍根が残り同じことの繰り返しになる。やるのなら徹底的に……、完全に終わらせなければならない。
「其方の言うことは尤もだ。しかしそれは今すぐではあるまい?準備を行い然るべき時にと言ったはずだ。ならばそれまでにまだ時間があろう……」
あぁ……。
「はい……。国王陛下の御心のままに……」
俺は黙って引き下がる。王様は……、のっぴきならない状況になるまで、最後まで第二王妃や王子達を説得したいんだろう。でもそれはこちらの動きを敵に察知されることになる。親オース派から手を引けとか、ナッサム家と縁を切れと言い出せば、それは即ちナッサム家やオース公国との争いが近づいているということだと敵にまで知られる。
王様は……、それでも……、それがわかっていても息子達を説得したいのだろう。
俺は親の気持ちはわからない。子供を持ったこともないし、所詮は他人の子供だから合理的に敵であると判断すれば最小の労力で最大の効果を発揮して処分したいと考える。こちらの動きを察知されるような説得など無意味だと思う。そもそもそんな話を聞くような者ならば最初からこんな馬鹿な真似はしないだろう。
王様の親としての気持ちがそうさせるのだということはわかるつもりだ。でも統治者としてそれはあまりに愚かでしかない。俺の腹は決まった……。
出来るだけ、ギリギリまで俺はプロイス王国の中央集権化、絶対王政化に力を貸す。だけど、もし俺がこれ以上は無駄だと判断した時はいつでもプロイス王家とプロイス王国を見限る。沈む泥舟に死ぬまで付き合うつもりはない。
俺は俺で自分の家族や部下を守らなければならない。王様がどんな馬鹿な息子でも可愛いように、俺だって俺の守るべき者達がいる。だから悪く思わないで欲しい。
その時、扉がノックされて開けられた。ひょっこりと顔を出したのはいつもの可愛いお姫様だ。
「フローラ!えっと……、ごきげんよう!」
扉の前でカーテシーで挨拶をする可愛い可愛いエレオノーレ……。
エレオノーレは俺に嫁いでくる。プロイス王家やプロイス王国が愚かな選択をして滅ぶことになっても、エレオノーレだけは助けたい。この子だけは必ず……。
「フローラ?ないてるの?おなかいたいの?」
「いいえ、泣いてなどおりませんよ……、エレオノーレ様」
俺がぎゅっとエレオノーレを抱き締めると、エレオノーレも小さな手で俺を抱き締め返してくれた。何があっても……、この子だけは必ず俺が守る。




