第四百五十話「婚約発表!」
王都へ戻るためにケーニグスベルクの港から船に乗ってステッティンへ向かう。俺達にとってはもう慣れた旅だけど、一人だけ随分はしゃいでいる人物がいた。
「うわぁ!凄い!速い!これはどうやって動いているんですか?」
「え~……、帆に風を受けてですね……」
最近のクンは俺達への変な遠慮というか、最初の頃の無口で硬い表情だったのが嘘のように、疑問に思ったことは何でも素直に聞いてくるようになった。俺も教えても問題ない範囲では質問に答えている。
「それじゃ風の吹いている方にしか進まないのではないでしょうか?」
「う~ん……。ブラック海を航行していた船も一本帆柱は装備されていますよね?ただ帆というのは風下方向へ風を受けて真っ直ぐ進むだけではないのですよ」
ユーリーの部族の村から見えていたブラック海や、ヘルソネススの港に出入りしていた船は櫂船ばかりだった。でも櫂船だってほとんどは一応マストを備えている。補助的な機能しかなくても帆で風を利用することは遥か昔からされていたことだ。
帆船で誤解されがちなことは、帆を風の方向に垂直に張って、その力で風下方向に押されて進むというのは大きな間違いとなる。
実際に説明や理屈が合っているかは置いておくとして、物凄く大雑把に言えば、帆や航空機の翼などのような片側が真っ直ぐ、片側が膨らんだ形をしている場所を空気、風が通ると、真っ直ぐ通る方は風の流れが遅く、膨らんで遠回りする方が風の速度が速くなる。
A地点からB地点に向けて、真っ直ぐ直線に最短距離で進むのと、少し膨らんで遠回りするのでは遠回りする方が距離が長くなるだろう。その二つのルートで出発から到着までの時間が同じだった場合、遠回りする方が移動速度が速いというのはわかるだろう。
その速度の違いによって膨らんでいる方に引っ張る力が発生する。それに他の力が色々と組み合わさり合成されると、特定の方向に向けて合力が発生するというわけだ。
風の受け方や、他の力との組み合わせる方向を調整することで、帆船というのは真っ直ぐ風上に向かっては進めないけど、かなり広い方向に自由に移動することが出来る。またこれを利用すればジグザグに進むことで風上方向にも進める。もちろん真っ直ぐ進むよりは距離が伸びるから時間はかかるけど、風上方向にだって進めるわけだ。
「そうなんですね!凄いです!」
ちゃんと全部伝わったのかはわからないけど、一応クンにも何となくわかったのかしきりに凄い凄いと言っていた。本当に好奇心旺盛な子供のようで見ていて微笑ましい。
「ちょっとフローラ!クンとばかりずるいわよ!」
「そうそう。僕達も混ぜて欲しいな」
「いや、あの……、ここは船の上ですし……、あまり過激な接触は……」
俺がクンに色々と説明しているとお嫁さん達がワラワラと集まってきた。それ自体はうれしいことではあるんだけど、この船は俺達専用というわけでもないし、俺達専用だったとしても船員達だっている。そんな人目がある所でお嫁さん達とイチャイチャするわけにもいかない。
まぁただ肉体的な接触があるスキンシップだけじゃなくて、こうして一緒に顔を合わせてお話をするだけでもスキンシップだし、それもとても大切なことだろう。
何か……、クンが来てからお嫁さん達のスキンシップが過激になってきたというか、多くなってきたというか、変な影響を受けていそうな気はするけど……、俺だってお嫁さん達とイチャイチャはしたいわけで、何も悪いことばかりじゃない。そんな船旅もあっという間に終わり、すぐにステッティンへと到着したのだった。
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ステッティンで上陸して馬車に乗り換えた俺達は王都へと陸路で向かった。折角オデル川という大きな川があるけど、俺達は今の所あまり水路として利用していない。下る時は使ったこともあるけど、上りではまず使わない。やっぱり動力があって運航が確定しているものでないと使い難い。
小さな川で使えて、上りの流れに逆らい、風にも影響されないような船が欲しい所だ。
「うわぁ!これが大カーン様の王都なんですね!」
「私の王都というわけではありませんが……」
クンは素直に驚いてはしゃいでいる。でもやっぱり何か勘違いしているんじゃ?ここはプロイス王国の王都であって俺の王都じゃない。というか俺に王都は……、ああ、あるにはあるか。ブリッシュ・エール王国の王都ロウディンは俺の王都と言えるかもしれない。
「ここがカーザース邸です。王都にいる間はここに滞在します。まぁ……、学園が終わればシャルロッテンブルクに滞在するかもしれませんが……」
「向こうのお城に住まれるのではないのですか?」
……やっぱり何かおかしいな。クンは俺が王城に住んでると思っているみたいだ。俺はプロイス王国の貴族の一人であって、向こうに見えている王城に住むわけがない。微妙にクンと何かが食い違っている気がしてならない。
「あっ!そうでしたね!こちらではフローラ様でした!だからですね!」
「まぁ……?」
クンもわかってるのか?確かにここではフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースだ。だからカーザース邸に滞在する。フローラだからカーザース邸にいるんだなと言ったということはやっぱりある程度使い分けもわかっているということか?もうわからん……。
ともかく王都のカーザース邸に入って家人達にクンを案内させる。ポルスキー語がわかる者をクンの通訳につけているし、最近ではクンもプロイス語が多少はわかるようになってきている。ただの案内くらいならそんなに困ることもないだろう。
王都に戻ってきた俺は色々としなければならないことを片付ける。書類仕事だけじゃなくて色々な日程調整もしなければならないからな。登城の約束も取り付けなければならないし、シャルロッテンブルクへの移動もしなければならない。こちらでもあちこち視察したり面会する相手もいるし……。面倒なことばかりだ。
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予定通りに事が進んで学園の試験はすぐに終わった。これから終業式まで一ヶ月近く王都に滞在しなければならない。これが非常に無駄な時間だ。試験が終わったらすぐに移動出来ればもっと時間を有効活用出来るのに……。
一週間、二週間程度の話ならまだ良い。登城して王様達と話をしたり、人と会ったり、シャルロッテンブルクに行ったりと考えればそれくらいの日数はかかるだろう。でも試験と終業式にために一ヶ月も滞在するなんて間延びしすぎて無駄だ。
まぁ……、それもこの前期が終わって、後期が終わればようやく学園を卒業出来るわけで、もう少しの辛抱だと思えば我慢も出来る。学園が終われば日程に囚われず自由に行動出来るようになる。
それよりも気になるのはこの……、招待状だ……。ヘレーネ・フォン・バイエンからのパーティーの招待状……。しかもそのパーティーの内容……。これが本当だとするとかなり面倒なことになるんじゃないかと思う。
招待状を送ってきているということは本当なんだろう。嘘でこんな名目のパーティーを開けるはずがない。だから本当なんだろうけど……、何故今更になってこんな……。
今度登城した時に王様やディートリヒに聞くしかない。一体何を考えているのか……。誰が言い出したのか。どう考えても将来的に問題になるだけだと思うんだけどなぁ……。
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学園の試験が終わってから数日……、その間に色々人に会ったり、ちょっと視察に出掛けたりしているとあっという間に登城の日になった。いつも通りに受付を通って後宮へと通された。もう何も言うまい。でも今後は後宮に来るとあいつにも会う可能性があるわけか……。あまり来たくなくなってくるな……。
「待っておったぞフローラ」
「お待たせしてもうしわけありません、ヴィルヘルム国王陛下」
俺が部屋に入ると何だか不機嫌そうな王様とディートリヒに迎えられた。約束の時間には遅れていないはずだけど待っていたと言われたら謝るしかない。
「ああ、いや。そういう意味で言ったのではない。今日も遅れたわけではあるまい。其方と話が出来る日を待っておったと言ったのだ」
そういう意味か。てっきり俺が来るのが遅いと怒られたのかと思った。でもまぁだからって『お前の言い方が紛らわしいのが悪い!』なんて王様に言えるわけもなく、適当に謝りながら席を勧められて座る。
「悪い話をする前にまずは良い話を聞きたい。報告を聞こうか」
やっぱり悪い話なのか……。俺の報告が良い話であるかどうかはわからないけど、先に報告をしろと言われたら従うしかない。命令されたら聞くしかないのは下っ端貴族の辛い所だ。
「…………もうクイップチャック草原まで侵攻したというのか」
「フローラ姫は相変わらず信じられない行動力だね……」
「はぁ……」
いや、お前らが俺にブラック海まで行けって言ったんだろう?それを言われた通りにしただけなのに、何故俺がおかしいみたいに言われるのか?それとも最初から無理難題を吹っ掛けて、俺が出来ませんって言うのを待ってるのか?それを俺が実行したから驚いた、みたいな?
「悪い話の前に爽快な話が聞けてよかった。それではそろそろ面倒な話に入るとしよう」
「はい」
面倒な話……。俺が思い浮かぶ面倒な話と言えばヘレーネのことだけど……、王様達が許可したことなんだから、俺にとっては面倒でも王様達にとっては面倒じゃないだろう。じゃあ一体何の話だろうか?
「其方にも招待状が届いておるだろう?どこまで把握しておる?」
「招待状というとヘレーネ様の?どこまで把握と言われましても、まだ王都には戻ったばかりで招待状も内容を読んだばかりですが……」
やっぱりその話なのか?でもこれは王様達が許可しなければ成立しない話だ。もし王様達が嫌だったなら許可されないはずであり、王様達も同意したからこんな話になってるんじゃないのか?
「ふむ……。では順を追って話そうか。ヘレーネ・フォン・バイエンと……、マウリッツの結婚についてな」
マウリッツ……。マウリッツ・フォン・プロイス……。昔俺が王城に来た時に絡んできたことがあるルートヴィヒの二つ年上の兄、アマーリエ第二王妃が産んだ第二王子だ。確か廊下で会った時に俺に体を差し出せとか何とか気持ち悪いことを言ってきた馬鹿王子だな。
カーザース邸にも届いていた招待状……。それはヘレーネとマウリッツ第二王子との婚約パーティーの招待状だった。それもただの婚約じゃなくて実質的にはもう結婚レベルの決定らしい。学園の卒業と同時にヘレーネとマウリッツ第二王子が結婚式を挙げる。その前祝のためのパーティーだ。
王様が話したのはそんな表向きの話。今度のパーティーで二人の結婚が発表されて、学園卒業後にすぐに結婚することになる。それはもう招待状にも書かれているし、貴族達の間では既に知れ渡っている。俺もその程度の情報なら知っているからこんなことを言うために話し始めたんじゃないだろう。
「この結婚は余やディートリヒも反対したいものだったのだがな……。ナッサム公爵家とバイエン公爵家の働きかけの上、仲介としてオース公国まで加担しておる。表向きは王家とバイエン公爵家との結びつきでもある。バイエン公爵家を取り込むべしという意見もあり押し切られてしまったのだ」
「なるほど……」
表向きは王族である王子とバイエン公爵家のご令嬢の結婚だ。それは即ちバイエン公爵家を王家の味方として取り込むという形になる。先の詐欺事件で弱っているバイエン公爵家に、恩を売りながら取り込み味方につけることで王家の力と支配体制を強化する。
確かに一見すると王家や王国のためになるように思えるだろう。中には本当にそうなると思ってこの結婚を押している王家の味方もいるはずだ。だからこそ厄介になっている。本人達は本当にそうして王家や王国の後押しをしているつもりで、実際には敵を利することをしているんだから……。
表向きは今言った通りだけど、実際にはマウリッツとヘレーネの結婚は、アマーリエ第二王妃派とバイエン派の合流を意味する。この二つは王家や王国のためではなく自分達のために行動している。アマーリエ第二王妃はジーゲン侯爵家の者であり、ジーゲン侯爵家はナッサム公爵家の流れを汲む。
つまりこの結婚は実質的にナッサム公爵家とバイエン公爵家が手を組むために仕組まれたものであり、王家のためになるどころか王家の最大の邪魔者を作り出すための婚姻だ。しかもそれを裏で操るオース公国まで後押ししている。
プロイス王国内の問題だからオース公国にプロイス王国内での婚姻関係についてとやかく言われる筋合いはない。建前上は確かにそうだけど、実際にはオース公国が口を出したり、裏で手を回したりしている案件だってたくさんあるだろう。その影響力は計り知れない。
実際地球でも他国の婚姻について他国が口を出してきた事例はいくらでもあるわけで、善意の仲介者のような顔をしながら、オース公国寄りであるナッサム公爵家とバイエン公爵家を結びつかせて、プロイス王国内で親オース公国派を大きくしようとしている意図はみえみえだ。
それでもあくまで表向きは善意の仲介者であり、バイエン派閥を王家派に取り込もうという図式になっている。わかっていてオース公国やナッサム・バイエン派閥に肩入れしている者の他に、その表向きの理由に乗せられて王家のためにと思っている馬鹿まで踊らされてしまっているのが厄介だ。
「多数派を作り上げすでにマウリッツとヘレーネの結婚は決まってしまった。最早結婚そのものを阻止するのは穏便な方法では不可能だ。それを踏まえて今後について話し合いたい」
「…………はい」
これはまた何をさせられるのか……。何で俺はこんなことばかり頼まれるのだろう……。




