第四百四十九話「狙われている!?」
脱衣所に突入してきたクンとお嫁さん達によって、あれよあれよと言う間に一緒にお風呂に入ることになってしまった。お嫁さん達とこうしてスキンシップを取れるのはうれしいんだけど……、何ともあっさりクンに俺が女だとバレてしまったものだ。
いや……、いいんだよ?これだけ毎日近くに侍っていたんだ。どちらにしろ近々クンには教えなければならなかった。王都に戻ったら俺はほとんどフローラとして過ごさなければならないだろう。その時にクンにフロトとフローラについて教えておかなければ余計面倒なことになる。それはわかるけど……。
俺がどうやってクンに説明しようとか、どうやって口止めしようとか、本当に話して大丈夫なんだろうかとか……、色々と考えていたのが馬鹿らしくなってくる。
まぁ……、もしかしたら……、というか多分、……十中八九?お嫁さん達はそれがわかっていたからクンを連れて来たんだろう。カタリーナが俺をお風呂に誘導して、残りの皆がクンを連れて来る。ばったり鉢合わせてもう言い訳もしようがない状況になれば俺も諦めるしかない。皆そのためにこんなことを仕組んだんだろう。
確かにクンにはいつか言わなければならなかったし、もうここまできたら踏ん切りをつけて説明するしかない。皆の狙い通りなんだろうし、俺も背中を押してもらったようなもんなんだけど……、せめて少しくらい相談してくれてもよかったんじゃないかな……。
……今更言っても仕方がないか。それこそもう知られてしまったんだ。あとはこの後どう対応するかだな。
それにしても……、クンは綺麗な体をしている……。こう……、胸もお尻も大きなナイスバディとは対極のとても慎ましい体なんだけど、その少女らしいなだらかな曲線が美しい。まるで何か芸術品のような、繊細で慎ましく、思いっきり力を込めたら壊れてしまいそうな、そんな儚さのようなものがある。
「ちょっとフロト!何クンのことをジロジロ見てんのよ!見るのなら私を見なさいよ!」
「ちょっ!?ミコト!分かりましたから!裸で仁王立ちするのはやめてください!」
俺がクンとミコトの方を観察しているとミコトに怒られてしまった。それは良いんだけど、ミコトは全裸なのに足もやや開いて腰に手を当てて堂々と俺にその美しい肢体を見せながら仁王立ちしていた。ミコトには裸は恥ずかしいという感覚はないのだろうか。
「フローラ様はやはりクンを女性として見ているのですね」
「いくら何でもまだ手を出すのは早いと思うよ?」
「ですからカタリーナもルイーザも何の話をしているのですか!?」
確かにクンの体を見てはいたけど、性的に手を出そうなんてこれっぽっちも考えていない。そもそもポーロヴェッツにも同性で愛し合う文化はない。多産多死であるポーロヴェッツでは子供が出来ない同性愛は忌むべきものだ。そんなことをしていては部族が滅んでしまう。
「それに私達の感覚で言えばクンは幼く思えるでしょうけど、実際の年齢としては私達より少し下くらいのはずです」
「ふーん……。てことはやっぱりクンに手を出そうと思ってるんじゃないかい?」
俺がロリコンであるというあらぬ疑いをかけられそうだったから、クンはこちらの者が見た目で判断するよりは年が上だと説明しただけなのに、クラウディアはますます怪しいと言ってくる。そんな風に言われたらそんな印象が広がってしまうわけで……。
「フローラさんはやはりミコトやクンのような体の線が細い女性がお好みなのですわね……。私のような駄肉はいらないと……」
「何を言っているのですか!?アレクサンドラのこの素晴らしい胸は私の癒しです!この胸に溺れて眠るのが……、はっ!?」
皆が……、口を滑らせた俺をニヤニヤしながら見ていた。俺は……、何を口走ってしまっているのか……。完全に誘導尋問だ。こんなの違法捜査だ。
「そう言ってくださってうれしいですわ。それではフローラさん、さぁ、私の胸で甘えてくださいな」
「ちょっ!あ~~~~っ!」
その後結局皆で組んず解れつ……、クンがいることもすっかり忘れていつものスキンシップを堪能してしまったのだった。
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とりあえず久しぶりのお風呂スキンシップを堪能してから自室にクンを呼び出す。もうクンには俺が女だとバレてしまったのでいつもの男装はしていない。
「来たわよフロト」
「……今はフローラです」
自室に乗り込んできたのはクンだけじゃなくてお嫁さん勢揃いだった。それとここの所クンの目があったからプライベートでもフロトのままで過ごしていることが多かったけど、今はもうフローラだから間違えないで欲しい。ここではどちらでも大した問題にはならないけど、大変な場所でうっかり間違えたら大事になる。
「大カーン様……、あの……」
お嫁さん達に囲まれながらおずおずと部屋に入って来たクンと向かい合う。クンはまだプロイス語がほとんど話せないからポルスキー語とポーロヴェッツの言葉を交えて俺と二人だけで話し合う。皆も同席はするみたいだけどほとんど意味はわからないだろう。
「まずは座ってください。ゆっくり話しましょう」
「はい……」
これから長い話になるだろう。だからまずは座って、お茶を飲んで、ゆっくり少しずつ話していこう。急にこちらの言いたいことだけたくさん話しても混乱してしまうだけだ。これまでの経緯も話すとなると相当時間もかかる。
「まずは黙っていてごめんなさい。私の名前はフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザース。そして男装している時はフロト・フォン・カーン……。故あって立場を使い分けているの。それについて出来るだけ簡単に説明するわね」
「はい」
しっかり頷いてくれたクンに俺はある程度の説明を行なった。フローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースとして生まれたけど、フロト・フォン・カーンの名を賜り、領地も増え、男として振る舞わなければならなくなり……。とにかくクンにもわかりやすいようになるべく簡単に説明していく。
「わかりました……。つまり大カーン様はフローラ様としてお生まれになられ、ホンの大カーンとなられるためにフロト様になられたということですね!」
「う~ん?ええ、まぁ……?」
ちゃんと伝わってるのかな?よくわからない。一応伝わってそうではあるけど、何でそうなったとかそういう経緯はちゃんと伝わっていないのかもしれない。国の制度や名前や領地の意味が違うポーロヴェッツの民にはわかりにくいのだろう。
「何をごちゃごちゃ話しているかはわからないけど簡単なことよ!女の時はフローラ!男の時はフロト!それだけのことよ!」
ミコトさん……、貴女は少々単純すぎやしませんかね?確かに極論すればそうなんだけど、何故そうなったとか、どういう時に使い分けるとかそういうですね……。
「恐らくクンにはまだこちらの国の制度や意味は伝わらないと思います。ミコトの言葉は極端ではありますが、細かい意味や使い分けがわかるようになるまでは、クンにはそれで良いのではないかと……」
「なるほど……」
確かにカタリーナの言うことも尤もか。一応説明はしたけどちゃんと伝わってるかは怪しい所だし、これからクンに気をつけてもらうべきことは、俺が女の格好をしていたらフローラ、男の格好をしていたらフロトとして接してもらいたいということだろう。それ以外の例外的なことはその時に言えば良い。
「クン……、とりあえず私が女性の格好をしている時はフローラと呼んでください。間違ってもフロトと呼ばないように。逆に男性の格好をしている時はフロトでお願いします。両方が別人であるように振る舞ってください。もし女性の格好なのにフロトと呼んで欲しい場合などはその都度、例外的に説明します」
「わかりました!お任せください!」
何か……、クンが妙にキラキラした目で俺を見ている……。最近は確かに打ち解けてきてくれていたと思うけど、今のクンはそれ以上というか、変な勘違いでもしているのではないかという気がしてしまう。
まぁ……、それでも女性の時と男性の時の使い分けをしてくれて、不用意に人に話さないと約束してくれるのなら、多少の勘違いも何でも利用していく方が良いだろう。今はまだポーロヴェッツの者達にも俺の正体は話したくない。
「フローラとフロトが同一人物であることや、フロトの中身が女であることは……、ユーリー達にもまだ内緒にしておいてくださいね?」
「はい!もちろんです!お任せくださいフローラ様!」
返事はとても良い。でも何だろう、この熱い眼差しは……。これはまるであれだ。憧れのヒーローを見詰める子供のようだ。
「クン……、何か今までと態度が違うようですが……」
「あっ……、はい……。今まで申し訳ありませんでした!私は大カーン様、いえ、フローラ様のことを誤解していました!」
そう言ってクンは頭を下げた。誤解……。何をどう誤解していたのか聞きたいような、聞きたくないような……。
「女性でありながら女性を捨て、大カーンとなるべくその身を男性とし、男達にも負けない働きによりついには西の国々を征服し、そしてポーロヴェッツも解放してくださったのです!あぁ……、フローラ様!何と強く勇ましく美しい女性なのでしょうか……」
キラキラと……、明後日の方を見ながら身振り手振りで何かを熱く語り続けるクン……。
これはたぶん……、俺があれだけ散々長々と説明したことがほとんど伝わっていないんじゃないだろうか?何かの勘違いなのか、言葉がうまく伝わっていないのか……。
俺は結構ポーロヴェッツの言葉を覚えたと思う。もう簡単な会話なら出来る。ポルスキー語でクンがうまく理解出来ないことはポーロヴェッツの言葉でも説明したんだけど……。
「何かわからないけどたぶん大丈夫よ!クンはわかってるわ!」
「そうですわね。ですがフローラさん、まだあのような幼い少女に手を出してはいけませんよ」
だからアレクサンドラは俺のことを何だと思っているのか……。もうそのネタは良いよ……。しかも皆はネタのつもりで言ってるんじゃなくて本気で言ってるから怖い……。俺があんないたいけな少女に悪戯するような奴だと思っているのか。
「でもこれで……、ようやくフローラと一緒に眠れるね」
「僕としては可愛い女の子が増えてくれるのは賛成だよ」
ルイーザは可愛いことを言ってくれるものだ。ちょっとテレテレした感じでそんな可愛いことを言われたら今晩は張り切っちゃうかもしれないぞ。それとクラウディア……、君はアウト!クラウディアこそクンに手を出しそうだからきちんと見張っておかないと……。
「それではフローラ様、そろそろお休みください」
「……言っておきますが、クンはいつも通り別室ですからね」
「ちぇ……」
こら、クラウディア、舌打ちしない。
結局何のかんのと騒動になりながらもクンにも全てを話すことになってしまった。うちのお嫁さん達ときたらまったく……。俺が悩んでると思ったらこうして背中を押してくれるんだから……、頼もしくて、優しくて、良いお嫁さん達ばかりで俺は幸せ者だな。
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早めにケーニグスベルクに戻ってきた俺達は王都に戻る前に色々な仕事を片付けていった。新市街の建設も順調に進んでいる。まぁ完成まではまだあと年単位が必要になるだろうけど……、普通に考えたら町を一つ作るのに一年や二年で出来る方がおかしいんだよな……。
重機や便利な道具や資材がない代わりに、こちらでは人海戦術と魔法がある。ピラミッドを始めとした大規模遺跡とかもあるんだから、古代の技術や建築方法でもあんな凄い物が作れるわけだしね。
他にも町の発展や貿易など俺がいる間にしておきたいことはかなり片付いただろう。もちろん時間をフルに使えていた場合と比べたらまだまだやりたいことや、しなければならないことは残っているけど……、最低限急ぐべきことは出来たと思う。抜けがあったら思い出した時にまた指示でも出しておけば良い。
「それでは王都ベルンへ戻りましょうか」
「はい!ようやくあの巨大な船に乗れるんですね!」
お風呂で俺が女とバレて以来、クンは随分俺に懐いてくれるようになったと思う。言葉も徐々に覚えてきて拙いながらも他の皆ともコミュニケーションが取れるようになってきたし、良い事尽くめのはずだ……。
だけど何だろう……。この……、クンをあまり傍に置いていたら危険なんじゃないかと思う予感は……。
別に反乱が!とか、重要な情報を流される!とか、そんな不安じゃない。もっとこう……、直接的な危険というか、身の危険を感じる。もちろん暗殺されるとかそんな不安でもなく……、ぶっちゃけて言えば貞操の危機のような……。
クンがお嫁さんにならないことは確定している。しているんだけど……、ほら……、よくあるじゃん?別にお嫁さんじゃないけどそういうことを致す相手というかさぁ……。近くに侍る者は主人のそういうのも処理するのが仕事です、みたいなさぁ……。
クン自身はまだそこまで考えていないんだろうけど、何か最近のクンが俺を見る目を見ていると……、いつかそれがそういう方向へ変わってしまいそうで何だか怖い。




