第四百四十四話「もう帰る!」
「それでは私は戻る。後は任せたぞ」
「はい!」
「お任せください」
部隊配置や編成を終えた俺は残りは部下達に任せてケーニグスベルクへ戻ることにした。基本的に防衛はウマニの北。ドニプロペトロウシクの東。マピウポリの東。そしてヘルソネススがブラック海を睨む形だ。オデッソスから南西のブルガルー帝国の警戒もあるけど、そちらは今までもユーリーの部族が押さえていた。だから当面はそのまま任せておけば良いだろう。
町と街道の建設と……、学校は急いで作らなければならない。ポーロヴェッツだけじゃなくて、この辺りに住む者達と俺達とでは言葉が違いすぎる。
俺は歴史学者でも言語学者でもないから適当なことを言うけど、俺の中で勝手に決めているヘルマン語圏とでもいうような人々とは何となく会話が出来る。プロイス、オースは共に同じプロイス語を話すし、デル王国やホーラント王国も地理や歴史の経緯などからプロイス語がある程度通じる。
ポルスキー王国もプロイス語が通じる場面も多いし、言葉の祖先が共通なんじゃないかと思うような類似性もある。逆隣のフラシア王国とは少々言葉が異なるけど、やっぱり隣国だからかお互いに言葉に影響を与え合っている。ある程度はお互いの言葉も通じることがある。
ブリッシュ・エール王国はいくつかの言葉が混ざり合い少々変わってしまっているけど、現在のプロイス王国やデル王国付近から渡って行った民も多いため言葉の根の部分は同じだと思う。ある程度は通じるし、独自の言葉があっても少し勉強すればどうにかなる程度の差だ。
それらに比べてポーロヴェッツの言葉は俺達にはまったくわからない。ユーリーが通訳をしてくれているから、元々交流があったポルスキー語を介して何とか話が出来ているだけで、向こうがポーロヴェッツの言葉だけで話していたら俺達では何を言っているかわからない。
まぁそれは向こうも同じだと思うけど、お互いに意思疎通が出来ないのは致命的だ。学校でこれからの子供達に言葉を教えていくのも重要だけど、まずは最低限、重要な地位にいる者は言葉がわかるようにしなければならない。
別にポーロヴェッツの言葉を禁止したり、こちらの言葉や文化を押し付けるつもりはない。ただ公用語としてプロイス語を広めて誰にでも通じる形にはしたいものだ。学校で教える場合はポーロヴェッツの言葉も教えることにしよう。そうすれば彼らの言葉や文化や歴史を奪ってしまう心配もないだろう。
「ねぇフロト……、落ち着かないんだけど?」
「まぁ……、それは辛抱してもらうしか……」
俺達はとても少数で最前線だった東部から西へと向かっている。ここはもう俺達の勢力圏だし盗賊やモンスターもまず出ない。そして仮に出ても俺達に勝てる者はそういないだろう。というわけで護衛も少しで良いし、俺やお嫁さん達くらいの少人数でケーニグスベルクを目指しているわけだけど……、この馬車には一人目新しい人物が乗っている。
「クン、馬車に乗るのは初めてと聞いたが問題ないか?」
「はい。問題ありません」
ポルスキー語で話しかけるとちゃんとポルスキー語で返事をしてくれる。俺達しか乗ってなければお嫁さん達とイチャイチャしたかった所だけど、生憎今回は……、というかこれから俺の周りにずっとこのクンという少女が付き纏うことになってしまった。
このクンという少女はユーリーの娘だ。ユーリーの娘だけあってポルスキー語がそれなりに出来る。まぁユーリーと同じく拙い言葉で変な言い回しをしたりするけど、たぶんある程度は伝わっていると思う。
そのクンが何故俺の周りにいるかと言えば……、一つ目は俺にポーロヴェッツの言葉を教えるためだ。今頃東部戦線の指揮官達もポーロヴェッツの言葉を習っていることだろう。向こうにこちらの言葉を覚えさせるばかりではなく、こちらも相手の言葉を理解するために上位の者達にはポーロヴェッツの言葉を覚えるように指示してある。
当然その中には俺も含まれているわけで、人に他国の言語を覚えろと言っておきながら自分だけ覚えないというわけにもいかない。そこで前線を離れる俺についてきてポーロヴェッツの言葉を教えてくれる先生が必要になった。
ただ俺に言葉を教えてくれるとしても誰でも良いというわけにはいかない。東部戦線にいるのならそこらにいるポーロヴェッツの者達と交流しながら言葉を覚えれば良いだろうけど、ケーニグスベルクや王都ベルンに連れて行くのに、ポーロヴェッツの言葉しかわからない者を連れて行ってもこちらが相手の言葉を習うことは出来ない。
なので最低限ある程度は意思疎通出来る者を……、ということでポルスキー語が多少は出来るユーリーの娘が選ばれたというわけだ。
あと……、多分だけどユーリーからすれば俺に女を差し出したつもりんなじゃないかなと思う……。もし俺がクンに手を出して子供でも出来ればユーリーの部族は安泰だからな……。俺に自分の娘である女を差し出し忠誠心を示すと同時に、あわよくば俺がクンに溺れて自分の部族が有利になれば……、ってところだろう。
ただな……、ユーリー達もこのクンも、まだポーロヴェッツの者は誰も知らないけど俺は女なんだよ……。お嫁さんをたくさん侍らせていることはもう降ったポーロヴェッツ達にはバレているけど、彼らもまさか俺が女だとは思っていないだろう。
彼らの忠誠が本物だとわかれば、いつか上位の者達には俺のことも話さなければならないと思う。でも今はまだ誰も知らないわけで、クンにだってまだ教えるわけにはいかない。だからこの馬車の中がまったく落ち着かない雰囲気というわけだ。
もっとたくさんの馬車に乗るとか、クンが自力で馬に乗ってついてくるとかならこうも馬車内がピリピリすることはなかったんだろうけど、クンは馬に乗らずに馬車に一緒に乗り込んできている。他の馬車もないし、スキンシップが取れないからお嫁さん達はピリピリしているし……、とにかく何故か俺の肩身が狭い。
「フロト様、ウマニに到着いたしました」
「ああ、ご苦労」
まぁクンがいるお陰で良いことがあるとすれば、俺が男のフリをするためにずっと男の態度で良いということだろうか。お淑やかな女性を演じる……、って、まぁ俺は本当に女性だし女性を演じてるわけじゃないけど、お上品に過ごすのは疲れる。男のように楽に振る舞えるのはとても気楽だ。
馬車を増やして分乗でもすればもっと落ち着くんだろうけど……、分乗することになったら分かれなければならないお嫁さんの機嫌が悪くなるだろうし、何より馬車が増えれば護衛を増やさなければならない。俺達がケーニグスベルクへ戻るためだけに多くの兵を割きたくない。
というわけで結局解決策はなく、この先からはモンスターも出やすいのにどうしたものかと思いつつ、今日はウマニで一晩休むことにしたのだった。
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「ほらほら!まだまだいくわよ!」
「ミコト、出すぎだよ。僕が前衛なんだから僕より前に出ちゃ駄目だ」
「大丈夫よ!何なら私が全部殲滅してやるわよ!」
あのモンスターのホットスポットのようになっていた回廊に入ると、まるで何かの鬱憤を晴らすかのようにお嫁さん達が暴れまわっていた。今威勢の良いことを言って暴れているのはミコトだけど、実は暴れているのはミコトだけじゃない。
護衛についてきている兵士達もドン引きするくらいお嫁さん達は一方的にモンスターを屠っている。ミコトとルイーザの魔法は言うに及ばず、クラウディアの剣の冴えも大したものだ。そこらのモンスター相手だとクラウディアが負ける姿の想像がつかない。
「剣士、魔法剣士、魔法使い、魔法使い、賢者(魔法使えない)、あとは……メイド?かな……」
「賢者とは私のことでしょうか?照れてしまいますわ」
俺がボソッと呟いた言葉が聞こえたのかアレクサンドラが少し照れたような顔をしていた。賢者って言われてうれしいのかな?その感覚はよくわからない。
「僕は剣士じゃなくて騎士だよ!」
そしてクラウディアはご立腹だった。これだけ距離があるのに俺の呟きが聞こえたらしい。身体強化で聴力も強化されているんだろう。
それは良いけどこれがもしゲームとかだったら滅茶苦茶偏ったパーティーだなという印象だ。グイグイ前に出る魔法使いのミコトと、前衛を受け持つ剣士のクラウディア。そしてその後方から魔法を放つ魔法使いのルイーザ。知恵を授けるけど戦闘は出来ない賢者のアレクサンドラを、魔法剣士の俺とメイドのカタリーナが後方で守る。
滅茶苦茶バランスが悪い。しかも皆自分勝手に動きすぎだ。敵が弱すぎてごり押しでもどうにかなってるけど、連携とか協力とかそんな気ないよね?って突っ込みたくなる。
「私が前に出てるのは敵が警戒するにも値しない雑魚ばかりだからよ!考えなしに突っ込んでるわけじゃないんだからね!」
そして何故か前に出ているミコトから俺の心の中の分析に突っ込みが入った。魔族には何か相手の心を読む能力や魔法でもあるんだろうか?
「フロト様は大変わかりやすいので……」
「どういう意味だカタリーナ……」
カタリーナの言葉にショックを受ける。これはもう俺がわかりやすいんじゃなくて皆が読心術でも持っていると言った方が説得力があるだろう。護衛の兵士達も驚いているぞ。まぁ彼らがポカンとしているのは別の理由だろうけど……。
「これが……、大カーンの女達……」
「どうしたクン?」
驚いた顔でクンがお嫁さん達を見ている。クンのポルスキー語も少々片言だから分かり難い部分もある。それにポルスキー語が十分出来るのも俺くらいだろう。お嫁さん達はプロイス語と共通部分だけわかる程度で、完全にポルスキー語独自の言葉を言われたら理解出来ない。だからクンとコミュニケーションを取れるのは俺くらいだ。
「まだまだいくわよ!」
「ミコト!前衛は僕だって言ってるだろ!」
『うおおおーっ!』って感じでミコトとクラウディアが突進していった。仕方がないので俺達も二人の後を追いながら前進したのだった。
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途中の砦建設地で何度か休みながら順調に行程は進み、ようやく旧ポルスキー王国領内まで入った。途中からは街道も出来てきていたから楽になったけど、モンスターが溢れる中を退治しながら進むのは思ったよりも時間がかかってしまったな。
まぁあれでもモンスターはかなり減ったと思うし、この調子で狩っていけばそのうち脅威ではなくなるだろう。絶滅させようとまでは思わないけど、少なくともこちらが被害を受けることがないように間引くくらいはしなければおちおち街道も歩けない。
「これが……、西の国々!?」
「クンは見るのは初めてか?ポルスキーの言葉はわかるのに?」
ユーリーは何度か交渉などでルーシャ諸国やポルスキー王国にも行ったことがあると言っていた。もちろん俺達が通ってきたようなモンスターだらけの街道は通っていないけどな。そうして外国と交渉している間に言葉を覚えたらしいけど、同じ言葉を使えるのにクンはポルスキー王国には来たことがなかったのか。
「言葉は父に習いました。来たことはありません」
「なるほど」
「これからは西の国々とも交流していかなければならない。それが父の教えです」
ユーリーは先を見る目があるようだ。まぁ部族の勢力圏が他の国に近い位置だったからというのもあるかもしれないけど……。それとも他の国と接触するためにあえてあの位置に勢力圏を構えていたのだろうか?
周囲に外国がいるからなのか、外国と接近するためにあの位置になったのか。それは俺が考えてもわからないけど、これからはポーロヴェッツも他の国々と接触していかなければならないと考えられるのは大したものだ。
そう言えば北側に配置されていたバスチーも、勢力圏はその辺りであって、ルーシャ諸国とも顔が利くからそこで待ち伏せしてろと指示されたと言っていた。つまりコンチャークも場合によってはルーシャ諸国を頼ろうと考えていたということか……。
いや……、もしかしてただ自分達が東へ逃げただけじゃなくて、今もルーシャ諸国と交渉中で、ルーシャ諸国と協同で俺達を攻める算段でもつけてるんじゃないだろうな?
まぁ一応北への備えはしてあるし、幸いルーシャ諸国はそれほど国力もない。ルーシャ諸国から成長したモスコーフ公国は面倒な相手だけど、残るルーシャ諸国は小国の寄せ集めだ。備えと対策はしているからきちんと対応出来ると信じて任せるしかないか。
「クン、旧ポルスキー王国の辺境の町を見て驚いているようじゃこの先もっと驚くことになるぞ」
「そうなのですか……」
組み立て式の家を畳んで持ち歩き移動している生活を送ってきたクンには、定住して大きな町を作っている、彼ら彼女らの言う所の『西の国々』の生活様式や町の規模が信じられないんだろう。
今はまだ旧ポルスキー王国の国境に近い小さな町だけど、この先、旧ポルスキーの王都やケーニグスベルクや王都ベルンを見たらもっと驚くに違いない。このちょっと硬いけど好奇心旺盛な少女には、広い世界を目の当たりにして知見を広めてもらいたいものだ。




