第四百四十二話「クリメア半島制圧!」
クリメア半島に入り込んだ敵をどうやって追い詰めるか……。皆の作戦を聞きながら地図を眺める。確かに広がって端から端までローラー作戦で虱潰しにしていけば確実かもしれない。でもそんな大兵力があるはずもなく、またそうしようと薄く広がれば敵と出会った時に突破されてしまうリスクが高い。
かといって敵を絶対に捉えられるという保障もないわけで、どこかに一点集中しようというのも無理がある。絶対にここにいる!ということがわかるのなら良いけど……、そんなことがわかれば苦労はしないんだよな。
結局次善策としてある程度主要道や広い草原をカバーしながら、分散して進撃していくしかないという結論になる。問題はどの程度分散してどの程度固まるかだ。そしてどこを重点的に進行していくかということになる。敵がいる可能性が高い場所を通っていかなければならない。作戦はそんな話で決まりかけていた。
「これ以上意見は出ないな……。ならば私の作戦を話そう。それは半島南端に近い町、ヘルソネススへの即時侵攻だ。我々が恐らく敵は半島中央の草原地帯にいるだろうと思って探している間に、奴らはヘルソネススから船で脱出を試みるだろう。すぐに全騎兵を持ってヘルソネススへ向かい、敵の脱出を何としても阻止する」
「そっ、そのような作戦を……」
「万が一失敗したらオリヴァー隊の背後が危険では……」
動揺している者達の気持ちもわかる。敵は機動力が売りの騎馬民族だ。その騎馬民族に対抗出来る騎兵を全て出撃させては残った部隊には敵を追撃出来る能力がなくなる。そして俺の作戦が失敗だった場合、敵をみすみす半島から出してしまう可能性が高い。
そうなれば半島付け根の大陸側を防衛しているオリヴァー達の部隊はいきなり背後を突かれる形になる。いくらうちの軍が精強だったとしても、いきなり背後から不意打ちを受ければ相応の被害を蒙るだろう。
「諸将、参謀諸君の不安もわかる。何もこの付け根の隘路の防衛を放棄しろと言っているわけではない。残った歩兵や輜重隊は前進しつつ、半島付け根の隘路や腐った海を敵に突破されないように監視すれば良い。仮に敵がヘルソネススに向かっていなくとも、万が一港から脱出されないように港を先に封鎖するのだと思えば良いだろう?」
俺はそこから補足していった。俺だって絶対に敵がヘルソネススにいるという確信はない。ただ……、もしこのまま敵に裏をかかれて、ほとんど無傷の敵が南の港から脱出してしまったら、いきなり俺達の背後に敵に回られる可能性がある。
それに居もしない敵をいつまでも半島の中でグルグル探し続けなければならなくなってしまう。見つければ安心出来るけど、居るはずなのに見つからなければいつまでも安心出来ないだろう。ほぼもうどこかへ逃げたに違いないと思っても、絶対にその確証がなければ本当の意味での安心は出来ない。
だからまずは南の港をこちらで押さえてしまう。歩兵は隙が出来すぎない程度に広がりながらゆっくり南下し、一部の部隊だけはヘルソネススに向かってきてもらう。騎兵隊は全速力でヘルソネススへ向かい港を押さえる。もし敵がいなければ歩兵にヘルソネスス監視を任せて騎兵隊は北に戻って敵を探せば良い。
「なるほど……」
「それなら失敗の心配もありませんな……」
どうやら皆納得してくれたようだ。やると決めたら後は早い。あっという間に編成や部隊割が決まり、ヘルソネスス占領に向かう部隊が出発したのだった。
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クリメア半島を南下していくと、西側はブラック海、東側は山脈が連なる間にある長い回廊のような街道に入った。事前に聞いてはいたけどやはり機動力が売りの騎馬民族が入り込むには向いていない場所だ。そしてだからこそこちらの裏をかいて真っ先にヘルソネススへ向かっている可能性が高い。
敵は半島付け根の隘路でこちらの力の一端を垣間見た。その後即座に撤退したことから敵の指揮官は相当優秀だろう。そして俺達にはまともにやっても勝てないと見抜いたはずだ。だったらいつまでもこんな狭い半島にいても未来はない。
俺達を半島に釘付けにしておきながら、自分達はさっさとおさらば出来ればそれほど良い作戦はないだろう。だから敵は真っ先に脱出する方法を考えたはずだ。いかに俺達に見つからずにクリメア半島を脱出するか。
平原で逃げ回って俺達をかわし、付け根の隘路や腐った海を突破するのはリスクが高い。ならば……、優秀な指揮官であるほど最小限のリスクでこちらの裏をかいて脱出しようとするに違いない。もしこれで敵がヘルソネススからの脱出を選んでいたら是非我が軍に加えたいくらいだ。その智謀と決断力に敬意を表したい。
「……やはりこちらを選んでいたか」
「え?」
あまり気付いている者はいないけど、一部には気付いた者もいるようだ。どう考えてもこの街道に残る蹄の跡がおかしい。ヘルソネススから馬車で荷物を運ぶ者が多い中で、まだ新しい蹄の跡は南へ向かって全速力に近いような勢いで走っている。それもかなりの頭数だ。
ヘルソネススは貿易や中継の重要拠点と聞いている。実際辺りを走っているのは北行きも南行きもほとんど馬車を曳いている。それなのにこの数多くの飛ばして走っている馬の蹄跡ばかりたくさんついているのは、俺達を待ち伏せしていた者達が急いでヘルソネススに向かったからだろう。
どうやら俺の予感は当たっていたらしい。そして……、そのまま一直線にヘルソネススに向かっているかと思いきや、その蹄の跡は途中で街道を逸れて山の方へと続いていた。その先はすぐに森になっているから馬の足跡はわかりにくい。でもまだ新しい枝を折ったような跡もある。
ここまで街道をヘルソネススに向かって集団で走り、しかもすぐ手前で森に入るなどという者達がどういう者かは考えるまでもないだろう。この指揮官は本当に優秀だ。真っ直ぐ全員引き連れてヘルソネススへ入らず、少数だけ町へ向かって船の都合をつけてきたに違いない。
ただ残念なのは、広大で草が生い茂る平原での行動に慣れ過ぎていたことだろう。整備されているわけではないけど轍が残るようなある程度綺麗に管理されている街道を、多くの馬で走り、しかも途中で道を逸れて森の中へ入る。
その跡を消すことにまで考えが回らなかったのか、急いでいたためにそんな余裕はなかったのか。どちらにしろ良い所まではいったと思う。もしこの痕跡がなければ俺は一直線にヘルソネススへと向かっていただろう。そうなれば敵を取り逃がしていたに違いない。
「敵はこの森の先、恐らく山の麓付近に潜伏している」
「何故わかるのですか?」
「ここまで街道についていた蹄の跡がここから森に入っている。枝も折れている。何故普通の者がわざわざ町の手前で突然森に入る必要がある?それもこれほどの数だ」
「…………なるほど」
一部には気付いていた者もいたみたいだけど、綺麗な戦争しかしたことがない者は気付かない者も多い。敵が蹄の跡や折れた枝の偽装に気付かなかったように、平野で騎馬戦しかしたことがないような騎兵では気付かないのだろう。
「全軍森へ入るぞ。私の魔法で敵を脅す。その後はユーリーに降伏勧告をさせる。それで降らなければ敵の殲滅も辞さない。全員そのつもりで備えよ」
「「「「「おうっ!」」」」」
森にある程度入り、一発空に向けて威嚇射撃を行なう。ちょっと火魔法を空に向かって放ったら今度は敵が居そうな山の麓付近に手を向けた。あとはユーリーに囁きの魔法で敵に降伏勧告をさせる。
もしかしたら徹底抗戦でもしてくるかもしれない。森にあんな魔法を放ったら山火事で大変なことになる。最悪の場合は辺り一帯が丸焼けになるだろう。まぁ水の魔法で俺が消火すればいいわけだけど、それじゃ結局敵を倒せるかわからないしな……。
だから脅しには使ったけど実際に敵に、いや、森や山に向かってあの魔法は放てない。これだけ頭が切れる敵だったらそれを見抜いて降伏せず、このまま森の中を逃げるかもしれない。そう思っていたけど案外あっさり降伏してきた。もしかしたらこれ以上逃げても無駄だと諦めたのかもしれない。
「あれはバチュマンの部族です」
「そうか」
ユーリーの報告に頷く。俺もちょっとポーロヴェッツの言葉を習い始めた所だけど、まだまったくといっていいほどにわからない。ハローとかこんにちはとかを習い始めた程度の感じだ。俺の前に連れてこられたまだ若い男は鋭い眼光で何かを言っていた。何を言っているかはわからない。
「あれはバチュマンです。部族の命を助けたい。バチュマンの命と交換、と言っています」
ユーリーも所々ポルスキー語が怪しい。まぁ仕方がないだろう。片言で話している外国人みたいな感じだ。まぁ実際お互いに母国語じゃないしな……。大体の意味はわかるからいいか。
「我が名はフロト・フォン・カーン。我々が争うことになったのは不幸な入れ違いによるものだ。我々はポーロヴェッツと争うつもりはない。今後バチュマンの部族が再び我々に刃を向けない限りは今回の争いの責を問うつもりはない。これからは我々がポーロヴェッツと交流出来るように力を貸してもらいたい」
少し甘いかもしれない。でも彼らだって突然やってきた侵略者と戦うというような気持ちだったんだろう。こちらとしてはポーロヴェッツと親しくなり交流を持ちたいと思っていただけだ。出来ればポーロヴェッツの領域を我が領としてポーロヴェッツにも国民になって欲しい。でもそれを強要するつもりはなかった。
そのための交渉としてやってきたのに、何のボタンの掛け違いかいきなり戦争になってしまった。言葉がうまく通じないために意思疎通が出来なかったのも原因だろう。彼らの領域以外を我々の領土として、彼らとは交易を通じた隣人としてやっていく未来もあったかもしれない。今は不幸にして争いになってしまったけど……。
だからまずはこちらが今回の争いのことを相手に問わないことにする。それでも相手がまだ刃を向けてくるのなら……、その時は戦うしかない。
『フロト・ホン・大カーンはこうおっしゃられている。お前達が我に従うのならば今回のことは罪には問わない。我らは不幸にして争うことになったが、本来我らはホンの名の下に統一されなければならない。これから我がポーロヴェッツ統一に力を貸せと仰せだ』
『呆れたものだ……。本当にホン・カーンを名乗っているのだな……。どう見ても西の国々の者が……、誇り高きホンの名を継ぐ者だと思っているのか?ユーリー』
何かユーリーとバチュマンが話し合っている。何を言っているのかわからない。まぁユーリーは穏健派みたいだし、うまく説得してくれている……、んだったらいいなぁ……。
『このお方がホンの血を継いでいるのかどうかは私にはわからない。ただ一つ私にわかることは、このお方は我々ポーロヴェッツを統一し、散り散りになった他のホンの後裔達も纏め上げられるだろう。ここから東の果てまで続くホンの大帝国をこのお方は建てられる。その時にお前はどこにいるつもりだ?バチュマン』
『…………わかった。我らの安全と権利を保障してくれるのなら……、我らは大カーンに従おう……』
バチュマンが頭を下げた。どうやら話し合いは終わったようだ。あの態度からすると良い答えだったと思いたい。
「バチュマンの部族が従いました」
「そうか。ご苦労」
よかった……。お互い不幸な入れ違いはあったけど、バチュマンの部族とはあまり血を流さずに和解することが出来た。イグナーツから入っていた報告では北の方では結構な戦闘があったようだしな。相手も結構死んでるようだから恨みが残る可能性もある。あまり大きな戦闘になって恨みが残ると後々のことを考えると困る。
「よし……。まずはこのままヘルソネススへ入り占領する。後続部隊に伝令を出し、各地を制圧しながら全力で前進するように通達しろ」
俺達はまずヘルソネススを確保する。ここは今の所一応ポーロヴェッツの支配下ということになっているようだ。ただかつてはブラック海沿岸にあった国や帝国が支配していたこともある。現在でも周辺国が狙っている重要地点であって、ポーロヴェッツが弱った隙に奪い取ろうなんて他国が仕掛けてこないとも限らない。
急いでヘルソネススに入った俺達はすぐに町を占領下に置いた。残してきた歩兵達に伝令を出し、ここへ向かっている部隊には全力で急いでくるように伝えさせた。それと残りの部隊はもう敵の突破を心配する必要はないから各地の重要拠点を占領していくように伝令を出す。
暫く待っていると遅れて到着した歩兵部隊と交代して俺達は北へと戻る。バチュマンの部族は俺達と一緒だ。勝ち目がないと思ったから一旦降伏しただけで広い所に出たらまた逃げ出すかもしれない。一応監視したまま俺達はクリメア半島を出て東へと進んでいるはずのオリヴァー達を追いかけたのだった。




