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第四百三十九話「クリメア半島へ!」


 ムイコライウから出発したフロト達本隊は困惑していた。敵の考えがまったく読めない。相手の意図がわからないというのは一番不気味だ。


「何故敵は渡河中の我が軍を攻撃してこない?」


「「「…………」」」


 フロトの問いかけに答えられる者はいない。カーン軍のみではなく、協力者であるユーリーや、グザといった降伏させたポーロヴェッツの者達まで誰もが絶対にドニプロ川で渡河中に攻撃を受けると判断していた。しかし実際には何の反応もない。試しに渡って橋頭堡を確保しても敵らしき姿すら見つからなかった。


 方々に斥候を出しているが敵の姿は見当たらず、その間に次々に渡河を成功させているが未だに何の反応もない。両岸に兵がバラバラになった時に攻撃してくるつもりかとも思うが、どこにいるかもわからない敵の心配をしていてはいつまで経っても渡河が完了しない。慎重に渡河を進めながら敵の考えを必死に読む。


「ここまで渡河を妨害してこないということは、我々の戦力がドニプロ川によって分断された所で、両岸を一気に襲うつもりかと……」


「事ここに到っても敵の姿も形もないのにか?」


「そもそもそんなことをするくらいなら最初から川の対岸に布陣して渡河を妨害する方が良いだろう?」


 敵を分断させれば絶対勝てるという策があるのならあえてある程度渡河させてから攻撃するかもしれないが、そんなことが出来るのならそもそも最初から普通に戦えば勝てるような戦力があるということではないのか。


 それに分断させたら勝てるのだとしても、渡河中という無防備な時に対岸から攻撃を浴びせておくことに何のデメリットもない。渡ろうとしてくる敵を攻撃して減らしておき、それでも上陸してきたらその敵だけ倒せば良い。その方がずっと自軍の危険を減らし戦果が期待出来る。


 騎馬民族特有の何かの作戦や常套手段があるのかとも考えたが、ユーリーもグザも、自分達でも対岸に布陣して渡河中の敵を弓で射ると答えていた。二人揃って嘘をついているとも思えない。ポーロヴェッツなりの何かがあるわけではなく、通常ならポーロヴェッツでもそうしていると言われたら納得するしかない。


「敵の狙いがわからないのは危険だが……、危険だからと言っていては戦争など出来ない。最大限警戒しつつ渡河作戦を継続する」


「「「はっ!」」」




  ~~~~~~~




 フロト達がドニプロ川の河口付近を渡河している真っ最中、コチャンは悠々とその遥か東方で待機していた。


「コチャン殿、何故ドニプロ川で布陣して敵の渡河を妨害しない?」


「黙れ若造が!コンチャーク殿はそのような作戦は指示されなかったであろうが!ドニプロ川河口の東岸は狭い地形だ!しかもクリメア半島の入り口も近い!だから我らは離れたこの広い地で待ち受けているのだ!それよりもお前たちはさっさとクリメア半島に入れ!」


 バチュマンの言葉にコチャンは怒鳴り散らした。確かにコンチャークはドニプロ川に布陣して渡河の妨害をしろとは言っていない。しかしそんなことは当然の戦術だろう。何故折角敵が無防備な渡河中に攻撃せず、渡ってきてから戦わなければならないのか。


 しかも狭いだ何だと言うが、その狭いクリメア半島に送り込まれて騎馬の利点を活かせない自分達は何だというのか。確かにドニプロ川河口の東岸は狭いが、渡河の妨害を行い、抑え切れそうになければすぐに東へ離脱すれば良いだけの話だ。それこそポーロヴェッツの機動力を活かすことが出来るだろう。


 だが……、最早言うだけ無駄だということをバチュマンは悟っていた。この戦、ポーロヴェッツは負ける。今回の敵は明らかにこれまでの敵とは違う。何らかの弓騎兵対策があるのか、ここまでの戦闘は恐らくあっという間に一方的にやられているのだろう。でなければこれほど簡単にここまで攻め込まれていない。


 敵は恐らく準備万端にポーロヴェッツの弓騎兵対策をしている。そんな相手にほとんど無策に突っ込んで行くだけでは勝てる戦も勝てはしない。それはわかっているが……、ポーロヴェッツの十一部族は誰もバチュマンの言うことに耳を傾けない。


 全部族が力を合わせても勝てるかわからない敵を相手に、まともに力も合わせず、作戦も立てず、ただの思いつきのように、まるで時間稼ぎのような戦闘をしていても勝てるはずがない。


 ならば……、バチュマンの部族が取るべき道はただ一つ。最後の一人になるまで戦い抜くのみ。


「…………では我々はこれで失礼する」


 コチャンにそう告げてバチュマンは部族を引き連れてクリメア半島へと入っていった。ブラック海と腐った海に挟まれたクリメア半島の入り口は非常に狭い。こんな中に自ら入り込んだら、出口を敵に塞がれて袋小路に追い詰められるだけだろう。


 それでも……、それがポーロヴェッツの意思だというのなら……、バチュマンの部族は死を覚悟してクリメア半島へと向かったのだった。




  ~~~~~~~




 何事もなくドニプロ川の渡河に成功したフロト達本隊は今後の作戦について話し合っていた。


「やはり我々の渡河中に北東から攻撃しようと接近してきている部隊がいたらしい。北東に展開していたイグナーツ達別働隊に捕捉されて戦闘になったようだが……、敵の作戦がそれだけだとしたらあまりにお粗末すぎる。未だに敵の意図がわからない」


「「う~~ん……」」


 渡河中の背後を襲おうとした敵が現れたことは別働隊からの伝令で伝わってきていた。ただそれも別働隊に追い払われて今は追撃中だという報告までしか届いていない。その後どうなったかはまだわからないが、敵の策がそれだけというのは腑に落ちない。


「まぁいい。これから我が軍は二方面に分かれる。クリメア半島攻略は私が向かう。恐らく東方へ後退しているであろうポーロヴェッツの追撃部隊はオリヴァーとジャンジカに任せる」


「「ははっ!」」


 敵がどの程度いるかはわからないが、ポーロヴェッツが弱ったと周辺国に知れ渡ればクリメア半島に侵攻してくる可能性が高い。ブラック海においてクリメア半島はかなり重要な位置を占める。他の勢力がクリメア半島に侵攻してくる前にカーン家で押さえておく必要があった。


 ついでにもし敵がクリメア半島に残っていた場合、無闇に東へ侵攻していけば、クリメア半島から出て来た敵部隊に退路を絶たれる可能性がある。戦闘では敵がそれほど脅威ではないとしても、補給を絶たれては戦えない。どれほど精強な軍でも食わねば死ぬ。それにカーン軍は弾薬の補充は必須だ。他の軍よりも補給はさらに重要だった。


「ユーリーは一緒に来てもらおう」


「わかりました、大カーン」


 ドニプロ川を無事に渡り終えたカーン軍はそれぞれ分かれて前進を再開したのだった。




  ~~~~~~~




「予想通り敵はクリメア半島で分かれました!」


「そうか……」


 見張りからの知らせを受けてバチュマンは目を瞑る。ここまでの敵の動きは予想通りだ。後ろから挟撃される可能性を考えれば敵はクリメア半島を無視出来ない。最低でも付け根の位置に部隊を置いて警戒する必要がある。


 もし敵が少数の監視部隊を置いておくだけだったならば、腐った海を突破して横腹を突いてやるつもりだったが、敵もそこまで馬鹿ではないようだとバチュマンは敵への警戒を一段階引き上げた。


「よし……。半島へ侵入した直後の敵の不意を突くぞ」


「はっ!」


 狭い付け根を渡ってきた直後の敵は細長く延びている。狭い場所で対応出来ないのは何もポーロヴェッツ側だけではないのだ。広い草原を機動力を駆使して戦うポーロヴェッツが、わざわざ狭い隘路で待ち伏せしているとは思うまい。


 敵の数は多くバチュマンの部族だけでは対応し切れない。だが他の部族があてにならない以上はバチュマンの部族だけで戦うしかないのだ。事前に半島付け根の隘路で待ち伏せをすることは部族に伝えてあった。特に混乱することもなくバチュマンの部族は動き始めたのだった。




  ~~~~~~~




 腐ったような臭いが漂う狭い陸路を長蛇の列となって進む。クリメア半島に陸路で入るにはここを通るしかない。


「ひどい臭いね!」


「まぁ……、仕方ないよね」


 自然のことに文句を言っても仕方がない。元々貧民街で暮らしていたルイーザはそういうことに慣れている。別に臭くないわけではないし、臭いに慣れているわけでもない。ただ自然のことに文句を言っても仕方がないと諦めているだけだ。


「まだ何もないけど本当に来るのかしら?」


「ドニプロ川の渡河で妨害してこなかった相手だから何とも言えないけど……、フロトが言うんだから待ち伏せしてると思うよ」


 カーン軍はこの隘路での待ち伏せを予想していた。普通ならこれほど絶好の待ち伏せ場所はない。敵軍は細長い長蛇の列となり、道も狭いために即座に対応出来ない。そこを待ち伏せて得意の弓で攻撃するというのはポーロヴェッツ側から考えたら当然の選択だろう。


 同じく当然の選択として、渡河中の無防備な相手を対岸から得意の弓で攻撃するということをしてこなかったわけで、果たしてこの敵が何を考え何をしようとしているのかはわからない所ではあるが……。


 だがドニプロ川で待ち伏せしなかったのは、より良く確実な場所で待ち伏せしているのを知られないためだったとすれば納得もいく。


 ドニプロ川の渡河ならば必ず河口付近を渡河していたとは限らない。別の場所から渡河した部隊が待ち伏せているポーロヴェッツの背後から攻撃してくるという可能性もある。それにドニプロ川で攻防を繰り広げてから逃げ出せば、どこへ逃げて行ったか見られてしまう。それではこちらでの伏兵が見抜かれるかもしれない。


 この場所はクリメア半島へ入ろうと思えば必ず通り、そしてドニプロ川と違って他の場所から渡るという手段がない。船で渡れば別だが、今いきなり大軍が渡れるだけの船などあるはずがない。結果陸路で渡るのならば必ずここを通る。


 ならばドニプロ川で危険を冒してまで渡河の妨害を行なうよりも、絶対確実なこのクリメア半島で待ち伏せする方が効率的だ。それがカーン軍の出した答えであり、敵は必ずここで待ち伏せしていると予想していた。


「ほーら、やっぱりおいでなすったわよ」


 まだカーン軍は襲われてはいない。しかし……、隠れて先行していたアルマンの特殊部隊がこの先に伏兵がいるという合図を送ってきていた。目立たず事前に聞いている者にしかわからない合図だ。敵の位置と規模を特殊部隊に教えられたミコトとルイーザが準備に入る。


「さぁ!やるわよルイーザ!」


「うん!頑張る!」


 特殊部隊が退避したことを確認した二人は……、その先にある崖の上に向けて魔法を放った。


「燃え尽きろ!」


「吹き飛べー!」


 ゴウッ!


 という音をさせながら巨大な火柱が上がる。


「ぎゃあぁぁぁーー!」


「ぐわぁぁーーーっ!」


 崖の上から男達の悲鳴が上がっていた。


 ガラガラッ!


 という音がすると逆側の崖が崩れ、その上に居た者達は崩れた瓦礫の下敷きとなった。


「うぅ……」


「うぁ……」


 完全に瓦礫の下に飲み込まれた者はもう重みで潰されて死んでいるかもしれない。幸運にも、あるいは不幸にも中途半端に浅い所で巻き込まれた者は地獄の苦しみを味わいながら呻き声を漏らしていた。


「やったわね」


「まだいると思いますよ。気を抜くのは早いです」


 特殊部隊がさらなる敵を探して動き出す。まだ今の攻撃に巻き込まれなかった敵も残っているはずだ。伏兵による奇襲を受けないために徹底的に付近の敵の探索が行なわれた。しかしこの後はもう敵を見つけることはなかった。


 愚将ならば失敗してもまだしつこく同じ場所で攻撃を続行しようとしていたことだろう。だがこの敵は失敗して伏兵による奇襲がうまくいかないと悟るとすぐさま撤退を選んだ。敵ながら見事なものだとフロトはこれまでの敵よりも危険な敵だと全軍により警戒するように命令を下したのだった。




  ~~~~~~~




「退け!急いで下がれ!退却だ!」


 もう少しで射程内に敵が入り、攻撃の合図をしようと思っていた矢先に、バチュマンの部族は何らかの攻撃を受けた。恐らく攻撃だと思う……、としか言えない。偶然にも崖が崩れたというにはあまりに都合が良すぎる。それに崖崩れの方はともかく、あの巨大な火柱は敵の攻撃でなければ何だというのか。自然現象だとすればまったく説明がつかない。


 即座に奇襲失敗を悟ったバチュマンは全員に退却を指示した。とにかくいつまでもあそこに居てはまずい。何かわからないがとにかく危険だとバチュマンの本能が告げていた。


「くそっ!これがグザの部族がすぐに敗れた理由か!?」


 情報が何もないのがこれほど危険だったとは……。普通ならどこかの部族が戦っている間に相手の情報も流れてくるものだ。しかし今回は敵の情報が一切ない。いつもの西の国々の攻勢だと思っていたら痛い目に遭う。いや、もう痛い目に遭わされている。


「とにかく今は敵を知らなければ……」


 バチュマンはこれからの作戦を必死で考えていた。まず自分達は敵のことを知らなすぎる。敵の情報がなければ弱点も戦い方もわからない。どうにかして敵の情報を得なければ……。


 今後の方針を決めたバチュマンはその情報を集めるためだけに一体どれほどの犠牲が出るだろうかと、先ほどの未知の攻撃を思い出しながら首を振ったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、無理ゲーだよねぇ。
[一言] 相変わらずミコトとルイーザの魔法が半端ないな…。流石、フローラ様直伝。あれ…、ミコトは元々フローラ式の改良魔法を身に付けていたっけ…。 さて、バチュマンは、どこまで奮闘するのか…。敵の情報…
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