第四百三十三話「焦り?」
学園の三年前期が始まってからもう三週間くらいは経っている。こちらに渡ってきて一週間近く過ぎているということだ。だけど準備は遅々として進まず日ばかりが進んでいく。
「補給物資の確保は……、備蓄で間に合うとして……、今後の生産計画の修正と……、街道敷設工事が遅れていますね……。本格侵攻が開始された後にも工事を続けるとして、ブリッシュ方面に回す予定だった職人の一部をこちらに……。それから地元労働者を雇って街道敷設工事の技術を習得させてください」
「はっ」
定期的に開かれる会議でも中々進展が見られない。そりゃ道路の敷設工事なんて今日言って明日出来るようなものじゃないだろう。今までの分が出来ているのは第二次ポルスキー王国分割の前から進めていたから何とかなっているだけだ。ただこうもあれこれうまく進まないと何をしているんだという気持ちが湧いてくる。
兵糧に関してはカーン家でも農場、牧場を経営しているからそちらからもフルで回すとして、あとは税として物納されている備蓄を回せば十分足りる。
「後詰めと予備戦力の養成はどうなっていますか?」
まぁ言葉通りだと後詰めが予備戦力なわけだけど、そうじゃなくて、予備の予備というか、次世代というか、次の戦力を養成しておけということだ。
今回の敵は今までのように町に篭ったり、国を持っているわけじゃない。遊牧民が相手だから組み立て式の家を畳めばどこへでも逃げられる。広大な土地に対して人口密度も低く、特定の定住地を持たない相手と戦争をするというのは非常に厄介だ。下手したらこちらは敵の領域全土に広がって進軍しなければならないかもしれない。
人口も領土も増えて多くの兵を動員出来るようになったけど、今回の侵攻計画で用意している兵で足りる保障はどこにもない。場合によっては大動員をかけてローラー作戦になる可能性もある。それを思えばこの次、さらに次の戦力を整えておかないとあっという間に侵攻計画が破綻するかもしれない。
「はっ。現在国境警備隊と治安維持部隊にて新兵訓練を行い……」
「まるで話になりません。カーン侯国全土で三個師団を新設し練成訓練を開始してください」
「はっ……?ははっ!ただちに!」
皆危機感が足りないんじゃないだろうか?今言った三個師団でもまるで足りない。それを国境警備隊や治安維持部隊を増員して新兵訓練だとは……。
今から三個師団増員しても使い物になるまでには速成訓練でも半年、通常の一人前の兵士になるまでなら数年はかかる。元々下地が出来ている元軍人などはすでに採用済みだ。これからの者は本当に新兵から始めなければならない。
もちろんこの新兵達をこの戦いで投入しようとは考えていない。国内に置いている予備戦力や後詰めを動員しなければならなくなった時に、この新兵達を見せ掛けだけでも国内の予備戦力として置いておけるように練成訓練を急がせているだけだ。
カーン家やカーン侯国は領地の規模や人口に比べて兵力が少ない。まぁこの時代で大量の常備軍を置いている所はほとんどないけど、それにしたって俺の感覚からすれば少なすぎて話にならない。だけど皆はそれに危機感もないようだ。
俺達はあちこちへ遠征しまくっているのに、これだけ兵力の密度が低い。普通に考えたら遠征中の本拠地が薄すぎておちおち遠征にも出ていられない。いくらプロイス王国の友軍が近くの領地にいるとしても、他人の戦力を当てにすることほど愚かなことはない。
もし俺達のことを快く思っていない者がいれば、俺達への援軍の到着をわざと遅らせるなんて十分有り得る話だ。傭兵を雇うにしても傭兵はあまり信用出来ない。戦力としてもどれほど当てになるかわからないし、傭兵次第で当たり外れもあるだろう。
「皆さん……、少し油断が過ぎるのではありませんか?当家は周囲を敵に囲まれています。この程度の戦力ではまったく足りません。それなのに何故軍の上層部である貴方がたから戦力が足りないから増強してくれという意見が出ないのでしょうか?」
「「「…………」」」
皆は困惑した表情でお互い顔を見合わせていた。
「あの……、フロト様……、これ以上の大戦力を必要とされているとは、もしかしてフロト様は全世界と戦争でもなさるおつもりなのでしょうか?」
はぁ?イグナーツがまたわけのわからないことを言い出した。たったこれっぽっちの戦力で全世界となんて戦えるわけないだろうが。お前は何を言っているんだ?
「ブリッシュ・エール王国やカーン侯国の全兵力を集めれば確かにそれなりの数でしょう。ですがその分だけ当家は領土も広く守るべき場所も多くあります。実際遠征に動員出来る兵力はそれほど多くありません。今後の戦いも考えればまだ後、十や二十師団くらいではまったく足りません」
「にじゅっ……!?」
皆また顔を見合わせている。何だろうか。どうにも今日はとことん話がかみ合わない。カーン家の予算から考えればあと数十師団増えても十分賄える。無意味に常備軍を増やしすぎるのは良くないと思って抑えているけど、今後の戦争を見据えるのなら徐々に訓練と増強を行なっていかなければ、いざという時に間に合わなくなってしまう。
こちらに多少の武器のアドバンテージがあるとしても銃も大砲も万能じゃない。改良や発展をさせようにも、アイデアは前世のパクリでも技術がついてこなければ作れないものばかりだ。それもいずれコピーされる可能性が高い。こちらが優位な間に出来ることをしておかなければ……。
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あと二ヶ月少々しか時間がないというのに遅々として準備が進んでいないような気がしてしまう。実際にはちゃんと進んでるんだけど俺が思うより進んでいない。これでは俺が学園に戻るまでに戦争が終わらないんじゃないだろうか。
「フローラ!今日は出掛けるわよ!」
「はっ……?」
俺が執務室で机に齧りついていると勢い良く扉を開けたミコトがそんなことを言ってきた。
「さぁフローラ、着替えますわよ」
「ちょっ!ちょっ!」
「問答無用!」
「ごめんねフローラ」
「あーれー!」
無理やりお嫁さん達に引き摺られていった俺は私室で着替えさせられた。まぁ実質的には俺の着替えはほとんどカタリーナがしたんだけど……。他の皆に任せていたら着替えが進まない。弟妹達の着替えを手伝っていたルイーザ以外はほとんど他人の着替えなんて手伝ったことがない者ばかりだ。それでうまくいくはずがない。
「はぁ……。それで……、今日は急にどうしたのですか?」
フローラとして女の子っぽい服に着替えさせられた俺はお嫁さん達に連れられてケーニグスベルクの町を歩いていた。こんなことをしている暇はないんだけど……。
「う~ん……。そうねぇ……。まぁまずはお買い物かしら?」
「はぁ?」
ミコトの言っていることがわからない。買い物なんて町に出なくてもカンザ商会に言えば全て揃う。わざわざ町に出て何を買うというのか。
「あ!あれ見て!おもしろーい!」
「ふふっ、本当だね」
早速ルイーザやクラウディアが露店を冷やかし始めた。
「さぁ、フローラも行きますわよ」
「あっ!ちょっ!」
アレクサンドラに手を引かれて俺も一緒になって店を冷やかす。今までこんなゆっくりケーニグスベルクを見たこともなかったかもしれない。確かにヘンテコな物や見たこともない物が並んでいて面白い。
「最近景気はどう?」
ミコトが露店で串焼きを買いながら店主に話しかける。焼けるまでの間のただの世間話だろう。
「ああ、新しい領主様になってからすこぶる景気が良いよ。それに今までなかったもんが次から次に入ってきて町もあっという間に変わっちまった。まぁ新しいもんが入って来たお陰でうちの時代遅れの串焼きは売り上げがあまり伸びてないんだけどな!はいよ!まいどあり!」
ふむ……。確かにここの串焼きは特に何てことない普通の串焼きだ。タレは独自のものかもしれないけど、この辺りでは一般的な味付けだろう。こちらにもカンザ商会の店舗が進出してきているから、客はそちらに取られている部分もあると思う。
ただカンザ商会は既存店を潰してしまわないようにあまり競合しない新商品が多い。この世界ではあまり売られていなかったスイーツなどを中心に売っているのもそのためだ。だからこそこの店も売り上げの伸びが悪いだけで伸びてはいるんだろう。町が発展すれば相互に利益がある。食い合いをするよりもより大きく発展させるように協力する方が良い。
「あっ!この布綺麗じゃない?」
「ルイーザは貧乏臭いわね……」
ルイーザが見つけた布をミコトがこき下ろす。そう言われてもルイーザは特に落ち込んだりしている様子はない。二人が、いや、お嫁さん達皆仲が良く、相手のことを良くわかっているからこそこういうのも許されるんだろう。
「これは何だい?」
「お兄さんお目が高いね!それは琥珀だよ!彼女に贈ったら喜ばれるよ!」
クラウディアが宝石商のような露店を見ていると男と間違われていた。でも本人はむしろうれしそうだ。今日の俺は女性の格好をしているけど、クラウディアは男装して騎士の格好をしている。それだけ見れば確かに女性とは思わないだろう。
顔を良く見れば明らかに女性だと思うだろうけど、女性の騎士というのはほとんどいない。こちらの世界では魔法という技術があるから、魔法使いとしてなら女性でも戦えると判断されているけど、やっぱり兵士や騎士のような仕事では女性は不向きと考えられている。
「へぇ!どんなものかしら……、って、きゃあっ!むっ、虫が入ってるじゃないの!」
ミコトが覗き込んだ琥珀にはちょうど虫が入っていたようだ。まぁ琥珀は樹脂の化石だから、樹脂に取り込まれてしまった虫や水や空気が封入されていることはよくある。それにそういうものも結構価値があったような気がするな。
そういえば地球でもバルト海沿岸が世界の琥珀の一大産地だったっけ。こっちでも似たような場所でたくさん採れてもおかしくはない。
「虫入りの方が幸運の効果があるんだよ!お嬢さんもどうかな?」
「私は遠慮しておくわ……」
ミコトって虫が嫌いだったっけ?あの森に平気で出入りしていたんだから虫なんて平気そうだけどな。まぁそれでもわざわざ虫の入った琥珀を身に付けたいとは思わないか。
でも商売人もうまいもので、そういう客もいるから『何が入っていたらこういう効果がある』みたいな謳い文句を作るのが常套手段だ。地域や時代によるだろうけど、この虫が入っている琥珀は運気が上がるとか、武勲に恵まれるとか、恋愛成就とか、そういった効果がある!なんて言う話はあちこちにある。
そう言われると不思議なもので、虫入りなんて嫌だと思っていた人でも挙って虫入りを買い漁るんだから面白いものだ。
急に町に駆り出された時は何事かと思ったけど……、こうしてお嫁さん達と町を見て回るのも良いものだ。落ち着ける時だったらもっと良かったのにな……。
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結局夕方までウロウロと町を出歩いて、皆で人気のない場所から町を眺める。
「フローラ、どうだった?」
「どうとは……?」
ミコトの言葉に首を傾げる。何を聞かれているのかわからない。
「今何時だと思ってる?こんな時間に女の子ばっかりの私達が出歩けるのよ?それに町はどうだった?とても活気に満ち溢れていたと思わない?」
「それは……、まぁ……」
確かにここは人混みから外れた場所だ。日が暮れる時間にこんな人気のない所に女の子ばかりでいても平気だというのは、この世界にしては相当治安が良いだろう。それに町も確かに活気があった。少し前に戦争に巻き込まれたばかりの町とは思えない。
「この町の活気や治安を作り上げたのはフローラ、貴女よ」
「……え?」
まぁ……、それはそうかもしれないけど……、ミコトの言いたいことがわからない。
「短期間で町をこれだけ良くしたのはフローラの手腕だって言ってるの!」
「はぁ?」
それとこれと何の関係が……?
「はぁ……。代わってくださいミコト。貴女は説明が下手すぎます」
そう言ってカタリーナが代わりに俺の前に立った。確かにミコトは説明が下手すぎる。天降りのことを渦に飲まれてひゃーとか言うくらいだからな……。頭は良いはずなのに人にうまく説明することが出来ない。子供の頃にボッチ体質であまりコミュニケーションを取ってこなかったからだろうか。
「良いですかフローラ様。確かにフローラ様は圧倒的に人より優れておられるでしょう。この町を、いえ、領地の全てをこれほど短期間に発展させたのもフローラ様の手腕です。精強な軍を作り上げ無敗を誇るのもフローラ様の手腕です。ですが……、たまには他の人のことも信じてください。頼ってください。全てフローラ様が背負われる必要はないのですよ」
「…………あ?」
カタリーナの言葉で……、何となくわかった。何故皆が今日急に俺を町に連れ出したのか。皆は今のケーニグスベルクを俺に見せることで、色々と俺に悟らせようとしたんだろう。
確かに領地は発展しているかもしれない。俺の現代知識によるアイデアもたくさん利用されているだろう。でもこの町を作り上げたのは俺か?違うだろう?
多少の指示はする。でも俺が実際に全てを取り仕切ってこの町を作っているわけじゃない。それは建物を作るとかそういう意味じゃなくて……、俺の指示を受けて実行に移す者や、権限を与えられて代行する者、実際に建物を建てたり、行政を行なったりする者、そういう者達が回してるんだ。俺が全て一人でやっているわけじゃない。
「フローラ様はあと二ヶ月少々で王都にお戻りになるかもしれません。ですがこちらにはこちらでフローラ様の配下の者がおられます。どうか……、組織を、配下を信じてください」
「そう……、ですね……。私が愚かでした……」
俺はいつからこんな傲慢になっていた?まるで俺が全てを行っているとでも勘違いしていたのか?あと二ヶ月でクイップチャック草原を制圧しなければならないと、俺がいる間でないといけないと何故思い込んでいたのか。
俺がいなくても信じて任命した将軍が、武将が、隊長が、兵がいるじゃないか。何故それを信じてやらない?俺がいなければならないと思い上がっていたんじゃないのか?
皆は現実的に作戦実行可能なように長い目で考えて計画を立ててくれている。俺だけが、俺のいる間に終わらせなければならないと、勝手に思い上がって、部下を信じず、俺がしなければならないと思っていた。
なんて……、なんって傲慢なんだ。
誰も信じず、任せず、全て俺一人でやるというのなら何故組織など作ったのか。配下に任せないのならば組織など作らず全権を俺が握ったままにしておけばよかった。それを皆に任せて任命したくせに、いざその時になったら皆を信じていないなんて俺は最低じゃないか。
お嫁さん達は……、一人で何でもしようとして焦っている俺を注意するために今日町に駆り出してくれたんだろう。よく出来たお嫁さん達すぎて俺みたいな馬鹿にはもったいない。
「ふぅ……。皆さん、今日はありがとうございました。それでは……、帰りましょう。私達の家に」
「「「うん」」」
皆に頭を下げると俺達は家に向かって歩き出した。そうだ。何も俺がいる間に全てを終わらせなければならないなんてことはない。俺の優秀な部下達に任せれば良い。そのための組織だ。
そう思うと俺も何だか吹っ切れた。俺はあまりに思い上がり、そして焦りすぎていた。もっと……、皆を信じて共に歩いて行こう。まずはそのための準備からだ。




