第四百三十話「ハンガリア王国!」
そろそろカーン侯国へ向かわなければならないと思っていたら王様に呼び出された。何か王様の方から呼び出すってあまり碌な事がない気がする。行きたくないけど、行きたくないから行きません、は通らない。そんな言い訳が通るのは学生くらいのものだろう。
ぁっ、俺ってまだ学生だったわ。まったく学生らしくないからすっかり忘れてたけど……。
まぁ学生だろうが何だろうが王様の呼び出しをブッチしたり、行きたくないというのは通らない。下っ端は辛いね……。
そんなわけで登城して、受付に今日呼ばれていることを告げると後宮へと案内された。王様達もさぁ……、もう俺が後宮に出入りするの当たり前だと思ってない?おかしいよね?確かに今や侯爵とはいってもさ~……。ポッと出の新参侯爵が後宮にしょっちゅう出入りしてるっておかしいでしょ?
ブチブチ言っても仕方がないので黙って案内されると王様の執務室に通された。執務室というか私室というか微妙な所だけど、最初は私室と思ってたけど、いつも仕事の時にここに通されるし、もしかして後宮での仕事部屋なのかなと思うことにしておく。
「よく来たなフローラ」
「御機嫌ようヴィルヘルム国王陛下、ディートリヒ宰相殿下」
町開き以来会ってないけど、この世界の俺達のような立場なら一週間や二週間会ってなくても久しぶりなんて言わない。一ヶ月や二ヶ月会わないのもザラなわけで、王都に滞在しているのがわかっていて、一週間前に会ったという程度なら『ご無沙汰』やら『お久しぶり』なんて言わないのが普通だ。
王様に勧められるままに席に着いて、メイドがお茶を淹れてくれたのを味わってから誰もいなくなったのを確認して王様が口を開いた。
「少々面倒なことになってな」
ほらな……。どうせ俺を呼び出すなんて面倒事しかあり得ないと思ったよ。面倒は全部俺に押し付けたら良いとでも思っているんじゃないのか?俺だって何でもかんでも簡単に解決出来るわけじゃないんだぞ?その辺のことをわかってくれているんだろうか?あまり部下に無茶な仕事ばかりさせていたらそのうち上司の方が見限られるんだぞ?
「まぁそう嫌そうな顔をするでない」
「はぁ……」
少し露骨に顔に出すぎていたか。これでもまだポーカーフェイスで隠してるくらいだと思うけどな。本心を丸々出して良いのなら露骨に溜息を吐いて、完全に嫌そうな顔をしていると思う。今は王様相手だからまだ遠慮しているくらいだ。
「どうやらオース公国の戦争が終わったようでな」
「あ~……、そういうことですか……」
それだけ聞いてもうわかった。これはまた面倒なことになりそうだ。
オース公国はこれまでオース公国の南東に位置するハンガリア王国と戦争になっていた。ただこれは国家対国家の正規戦と言えるかどうかは微妙だ。
元々ハンガリア王家とオース公家の間には婚姻関係があった。わかりやすく言えば隣国同士敵対しないように親戚同士になっていたというわけだ。両国が安泰でお互い敵対し合わないように手を携えている間はそれはとても良い手段だった。でも片方が荒れるとそうはいかなくなる。
ハンガリア王家は断絶しハンガリア王国内で権力争いが起こった。当然婚姻関係にあったオース公家も『うちにも継承権がある!』と言う。実際女系でも王朝が変わろうとも継承権を持つことが多いここらの国ではそういうことが多々ある。
オース公国は一部のハンガリア貴族達を抱き込み、自分の家の者をハンガリア王の継承者として認めるように工作していた。それに乗った一部のハンガリア貴族達がオース公家の者をハンガリア王として認めて……、王位に就けばそれだけの話だったんだけど……、実際にはそんな簡単には終わらなかった。
他のハンガリア貴族はオース公家の王を認めないとして内乱状態に突入。さらに別の貴族達は他の人物を連れてきてこの人物こそが王だ、などとあちこちで王を名乗る者が乱立状態となった。周辺国もそれをみて次々に介入してハンガリア王国は荒れに荒れ、多くの勢力が入り乱れた泥沼の内戦になってしまった。
オース公国も武力介入も含めてハンガリア王国の事態に深く関わり、これまでずっとハンガリア王国方面での戦争に巻き込まれていたというわけだ。でもその戦争が終わってしまった。
「やはりハンガリア王位はオース公家が?」
「うむ……」
ハンガリア内戦で一番支援して、一番介入して、一番勢力も戦力もあったのがオース公家だ。よほどのヘマでもしない限りはオース公家がハンガリア王位を得るだろうとは思われていた。ただ内戦終結があまりに早過ぎる。もっと泥沼化して長期化しオース公国の国力を削いでくれたらよかったのに……。これじゃハンガリア王国を得てオース公国が肥大化してしまう。
まぁ……、ハンガリア王国の国民達にとってはまったく短くも早過ぎもしない。オース公国が直接武力介入してからは確かに短いけど、そもそものハンガリア王家断絶から続く争いはもっと前からのものだった。これまでも国内では内戦状態になっており、国民達は相当な被害を蒙っただろう。
だけどオース公国が公にハンガリア王国に武力介入してから終戦までの時間が短すぎる。元々国内に味方に引き入れていた貴族達がいたとしてもあまりに早過ぎる。
「オース公国の戦力はそれほど高いのですか?」
いくらある程度元々国内に味方がいたとしても、こんな短期間に一国を落として纏め上げるなんてどれだけの戦力を持っているというのか。この手の内戦なんて普通は三年、五年、いや、場合によっては十年かかってもおかしくない。
それを僅かこれだけの期間で纏めてしまうなんて、もし敵に軍事的天才とかがいるのなら厄介だ。俺もオース公国の情報を集めさせていたけど、まだ情報部からは内戦が終わったという報告も来ていない。
「わからん……。オース公国はそれほど強兵ではないと思っておったが……、一体どうやってこれほど短期間にハンガリア王国を纏めたのか……」
王様達もまだハンガリア王国の内戦が終わったと聞いただけで、その詳しい内容までは把握していないということか。うちの情報部から何か情報がくるかもしれない。
「こちらでも何かわかり次第お知らせします」
「うむ。任せたぞ」
「はい」
どうやら話は終わったようなので俺はこの辺りでお暇させていただきましょうかね。
「フローラ姫?まだ話は終わっていないよ?何を帰ろうとしているのかな?」
「うぐっ!」
ちっ!逃げようと思ったのに逃げられなかった。俺だってわかってるよ。わざわざ俺を呼び出してオース公国やハンガリア王国の話をするということは……。
「カーン侯国にはオース公国及びハンガリア王国の動向を監視してもらう。またルーシャ方面への侵出を急ぎ、ブラック海までの道をすぐに確保せよ」
ああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!やっぱりな!やっぱりな!そんな所だと思ってたよ!ちくしょう!
「はっ……」
くそ~っ!そう言われたからには従うしかない。確かにポルスキー王国は分断するように領土を確保した。でもまだもっと南東方面はうちは確保していない。カーン侯国が得た旧ポルスキー王国領を迂回してモスコーフ公国とオース公国が接触出来る余地はまだある。
恐らくそう遠くないうちにまた第三次ポルスキー王国分割が行なわれるだろう。今はまだカーン侯国とオース公国の間にはポルスキー王国がある部分もある。でもやがてポルスキー王国が完全に分割して消えれば、カーン侯国とオース公国は大部分で国境を接することになる。
さらにハンガリア王国まで実質的にオース公国のものになったとなれば、うちももっと南東方面へ急いで侵出しないとオース公国とモスコーフ公国の分断作戦が失敗してしまう。もうあまり猶予はないだろう。まだハンガリア王国の内戦に介入したばかりでオース公国が疲弊している今しか機会はない。
「一つ……、手段は私に一任していただけるのでしょうか?どの程度の権限で?」
「「…………」」
王様とディートリヒはポカンとした表情で顔を見合わせていた。これは確認しておかなければ、俺が俺の判断だけでどこまでやって良いのかが変わってくる。カーン侯国からとなればいちいち王様やディートリヒに報告して指示を待っていられない。
「うむ……。全権を預ける。こちらへは報告だけで良い」
「えっ!?」
ある程度の権限は貰わないとまともに動けないとは思ったけど、全権を預けて事後報告だけで良いって……。それは俺が独自の判断で勝手に他国と戦争をしても、外交をしても、何をしてもプロイス王国の意思として認められるということだ。
もちろん俺にとっては最高ではあるけど、プロイス王国からすれば俺が何か善からぬことを企んでも全ての責任がプロイス王国にあるということになる。いくら何でもそこまで許されるとは思っていなかった。他国との開戦もやむなしとしても、最後の確認くらいは王様達に尋ねなければならないものだと思っていたけど……。
「高度な判断や、即座の決断が必要な時もあるであろう。そのような時にいちいちこちらに連絡していては手遅れになることもある。全てフローラの判断に任せる」
「はっ……」
あまりのことに何と反応して良いのやら……。
「とりあえず話はそんなものだ。そろそろ来るぞ」
「……え?」
王様がそんなことを言ってニヤリと笑うと扉がノックされた。俺達がここで話し合っている最中に入ってくる者はいない。そう……、これはいつものパターンだ。
「フローラ?あっ!いた!えっと……、ごきげんようフローラ!」
「御機嫌ようエレオノーレ様」
俺が予想した通りの人物が顔を覗かせた。室内に俺がいることを確認したエレオノーレは入ってきてカーテシーで挨拶をする。とても可愛らしい。王様が自慢しまくるのもわかる。
「フローラ……、またいっちゃうの?」
「え……?」
にっこり笑ってご挨拶してくれたかと思ったら、急にエレオノーレの表情が曇ってそんなことを言った。何と答えたら良いか返答に迷う。でもエレオノーレは段々分別がつく年齢になってきている。ここで中途半端な嘘をつくのは良くない。エレオノーレがこちらと向き合おうとしてくれているんだから、こちらも真摯にエレオノーレと向き合わなくては……。
「はい……。もうすぐ王都を発とうと思っております。エレオノーレ様と次にお会い出来るのは二ヵ月半以上先になるかもしれません」
俺がそういうと、エレオノーレがぐっと泣きそうな顔になった。でも頑張って耐えているようだ。いじらしくて、その姿を見ていると俺まで泣いてしまいそうになる。
「うん……。まってる。まってるからね?フローラ!」
「ああぁぁぁ~~~!もう駄目です!エレオノーレ様!」
ぐっと涙を堪えてそう言ってくれたエレオノーレ様が可愛すぎて、俺の方が耐え切れずにエレオノーレに抱きついた。体を寄せ合って、頭を撫でて、ちょっとだけ匂いを嗅ぐ。いや、別に変な意味じゃないよ?ただこう……、うん……、まぁ……、ちょっと匂いも嗅いでおこうかなって……。
「ふむ……。何なら連れて行くか?」
「は?」
王様の言葉に俺の思考が停止する。何を言っている?誰を?どこに?
「エレオノーレもカーン侯国へ行ってみるか?」
「駄目です!これから戦場になるかもしれないような場所にお連れするわけには参りません!」
まだ誰も答える前に、俺はピシャリと王様の言葉を遮った。こいつは馬鹿なのか?これから俺達はルーシャ方面へ侵攻しなければならない。それをこんな幼いお姫様をそんな場所に連れて行くなど言語道断だ。
「カーン騎士爵領のような安全な場所ならともかく、カーン侯国のようなこれから戦場になるやもしれぬ場所にエレオノーレ様をお連れするなど……」
「ほう?つまりカーン騎士爵領ならば良いのだな?今確かに言質を取ったぞ?」
「は……?……あっ!」
こいつ……、嵌められた!くそっ!エレオノーレのことになったらいつも取り乱して嵌められてしまう。カーン騎士爵領に連れて行くとは言っていないけど、今の言い方を王様に追及されたらそういうことになってしまう。
王様も最初から戦場になる可能性があるカーン侯国へエレオノーレを行かせるつもりはなかったんだ。ただここで適当に俺を挑発すればカーン騎士爵領くらいなら、と俺が考えると思っていたんだろう。実際咄嗟にそう考えて口にしてしまった。やられた……。完璧に……。
「エレオノーレよ。今回は無理だが次にフローラが自らの領地に帰る時には一緒に領地まで連れて行ってくれるらしいぞ」
「ほんとう?」
王様が余計なことを言ったからエレオノーレが期待に満ちた顔で俺を見上げながら問うてくる。この顔を見せられて今更断れるわけがない……。
「わかりました……。それでは次に私が王都に戻って来て、領地に帰る際にはエレオノーレ様もお連れします」
「ほんとう!?やったー!わーい!フローラだいすき!」
「ぶっ!」
そう言って抱き付いてきたエレオノーレが可愛すぎる。出来ることなら本当にもう連れて帰ってしまいたい。
「それでフローラ姫?もちろん今日もおやつは……」
「…………大した物はありませんよ?普通のクレープです」
「ほう!久しぶりのフローラのクレープだな!」
「楽しみですね」
「クレープ!?クレープ!クレープ!」
俺の言葉を聞いて、王様もディートリヒも完全におやつを食べる口になっている。そして先ほどまで感動的に抱き合っていたはずのエレオノーレは……、一瞬にして興味をクレープに移していたのだった……。




