第四百二十五話「これが狙いだったのか!」
折角エレオノーレが来てくれた所だけど今日は致命的な問題がある。それは……、新しいおやつがないということだ!
「エレオノーレ様……、実は……、今日は新しいおやつはないのです……」
「なんと!」
「そんな馬鹿なっ!?」
後ろの方でおっさん二人の声が聞こえた。お前達がショックを受けてどうする。
「おやつ……、ないの?でも……、がまんする……」
あぁ~~~っ!エレオノーレ可愛すぎる!悲しそうな顔でシュンとしながらそんなことを言うエレオノーレが可愛すぎる!
「普通のプリン・ア・ラ・モードならご用意しておりますが、新作は用意出来なかったのです」
「プリン!フローラのプリン!プリンたべるー!」
そしてこの変わり身の早さよ。プリンなんて王城でしょっちゅう食べてるんじゃないのか?詳しいことは知らないけど、俺が作り方を教えたんだから食べたければ宮廷料理人が用意するだろう。今更珍しくもないと思うけど……。
珍しくもないものだというのは俺も自覚している。今更プリンかと思われるかもしれない。でもそんなに次々と新しいお菓子なんて思いつくわけがない。いや、再現したいお菓子は他にもたくさんあるけど根本的に原料が足りない。せめてバニラとチョコレートがないことにはこれ以上は難しいだろう。
そして今はプリン・ア・ラ・モード向けの果物が色々と手に入る。イチゴやリンゴが丁度手に入るのは今の時期だからな。イチゴの本当の旬はもっと後らしいけど、他の果物と一緒に利用したいから少しだけハウスで早く出来るように栽培している。そのお陰でリンゴとイチゴが同じ時期に食べられるというわけだ。
「それでは休憩にしようか」
「うむ」
王様とディートリヒも立ち上がる。おっさん二人もプリンが食べたいらしい。今まで散々食べているだろうに今更プリンなんて珍しくもないのにな……。
王妃様やルートヴィヒやマルガレーテも待っていたようで、いつもの王族のリビングに行って皆でプリン・ア・ラ・モードを食べてから帰った。プリン自体はいつものものとそう変わらなかったけど、今回は紅茶が特に好評だった。
お茶も色々と改良したり新しく栽培したものが成果を挙げてきている。発酵具合や加工方法も工夫が進んでいるし、前よりもおいしくなっているというのは俺も感じていた。この調子で紅茶も安定してくれたら……。
あぁ……、ブリッシュ・エール王国でもお茶の栽培を進めているけど、やっぱり作る場所、気候や土壌によって色々と変わってくるんだろうか。早くカーン侯国産やブリッシュ・エールランド島産の紅茶も飲んでみたいものだ。
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暫くが経ち、学園の始業式は特に問題もなく終わった。俺達が最終学年である三年生になったということ以外は特に変わりない。そしてついにやってきたのが陞爵の式典だ。
今回の式典は前と違って事前に開催を予告していたから参列者が多い。しかも侯爵の式典ともなれば無視するわけにもいかない。だいたい他の貴族の方がこちらに興味津々だ。たったこれだけの間に侯爵にまで上り詰めた出世頭ともなれば周りの貴族が黙っているはずもない。
もちろん単純に出世を妬む輩もいるだろう。自分の派閥に取り込んで利用しようとする輩もいるだろう。あるいはあっという間に侯爵にまでのぼったカーン家にくっついておけば、お零れに与れるかもしれないと考える者もいるだろう。
俺やカーン家を利用しようとしたり、潰そうとしてくる者はこれからますます増える。俺は家や皆を守るためにそういう者達と対峙していかなければならない。
式典自体は静かなもので、参列する貴族達の間を抜けて俺が王様の前で跪き忠誠を誓ったり、色々授けられたり、受け取ったりとこれまでの式典と大きく変わることはない。
「これによりフロト・フォン・カーンを侯爵とし、その所領カーン騎士団国をカーン侯国と改める!」
「はっ!」
全ての式典が滞りなく行なわれ、正式に俺はカーン侯爵となり、カーン騎士団国はカーン侯国となった。畏れ、妬み、羨望、敵視、様々な思惑と視線が飛び交う中を通り抜けて、俺は式場を後にしたのだった。
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はぁ……、疲れる……。王城の控え室で着替えてフローラに戻る。フロト・フォン・カーンのままカーザース邸に帰ったら、万が一誰かにつけられていたら面倒なことになりかねない。これだけ注目されているフロト・フォン・カーンのことを調べようとする者は必ずいる。余計な弱味を見せないためにもこれからはますます使い分けをしっかりしなければならない。
フローラに着替え終わった俺は何食わぬ顔で王城を出てカーザース邸へと戻ってきた。今日の式典も皆は不参加だった。ミコトは外国の王族扱いだったとしても式典に出たいと言えば出られただろう。アレクサンドラとクラウディアはプロイス王国貴族なんだから参加する立場だっただろう。でも誰も来てくれなかった……。
最近何だか皆に避けられている気がする。もちろん朝も夜も、お風呂も特訓も全て前まで通り一緒なんだけど……、何なんだろうこの距離感は……。俺何か皆を怒らせるようなことをしてしまったかな?
「はぁ……」
お嫁さん達とうまくいっていないことを考えると少し鬱になる。そんな気持ちのままカーザース邸の玄関を入ると……。
「「「「「フローラ!おめでとう!」」」」」
「…………え?」
玄関の扉を開けて入ってみれば、派手に飾り付けられた玄関ホールに大勢の家人達や、カーン家の組織の上層部達、そしてお嫁さん達がパチパチと拍手をしながら俺を迎えてくれた。一体何事なのか理解が及ばずに固まる。
「ほらフローラ!何ぼーっとしてるのよ!早く入りなさい!」
「おめでとうございますフローラさん」
「さぁ!いこう!」
「僕ですら手伝ったんだからね!さぁ!」
「ちょっ!ちょっ!」
お嫁さん達に手を引かれてパーティーホールの方へと連れていかれる。そちらに入ってみれば……。
「これは……」
こちらも綺麗に飾り付けられ、料理の数々が並んでいた。貴族向けの豪華な料理じゃない。庶民的な料理や、失敗して焦がしてしまったのかと思うような料理まで……。
「フローラ様、侯爵への陞爵、誠におめでとうございます」
「カタリーナ……」
まだ頭の整理が出来ていないけど、それでも皆が俺の陞爵をお祝いしてこんなことをしてくれたということだけはわかった。
「もしかして……、最近皆さんが余所余所しかったのは……」
「今日のためにこっそり準備してたのよ!」
「最近私達も役職を貰ってお給料をいただいておりましたので、私達のお給料でフローラさんに何かお返しをしたいと思って話し合っていたのですわ」
「それで丁度フローラが陞爵するからそのお祝いをしようって皆で話し合ったんだよ」
「式典に行けなかったのは少々残念だけど、フリーデン家からは父が出てるだろうし、近衛師団の団員とはいえ僕自身は爵位を持たないしね!それならこちらを手伝おうと思ったんだよ」
皆……、俺のために……。
これは謂わば初任給で両親とかにプレゼントを贈ったり、食事に招待したりするようなアレと同じということだろう。皆がカーン家の役職に就いて、貰ったお給料を出し合ってパーティーを開いてくれた。それだけで目頭が熱くなる。
「おめでとうございますフローラ様!」
「さぁどうぞ、フローラ様!」
ヘルムートやイザベラが、ヴィクトーリアが、フーゴが、たくさんの人が俺を迎えてくれる。ここはとても温かい所だ。俺は人物に恵まれた。今まで俺が何とかやってこれたのも、こうして色々な人が支えてくれたから……。
俺一人では到底こんな所まで来ることは出来なかった。今までやってこれたのも、ここまで来ることが出来たのも、こうして支えてくれる皆のお陰だ。
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一応この場のお祝いの名目は俺の侯爵への陞爵のお祝いということになっている。でも実際はそんな名目は何でもよくて、ただ皆が初任給で俺にお返しをしたいと行なってくれたものだ。ちょっとした挨拶や皆と言葉を交わしていざパーティーが始まった。
「フローラ!これは僕が料理したんだよ!食べてみてくれ!」
「ありが……、えっ!?」
なっ……、何だこれは……。真っ黒に焦げた肉?らしきものの塊……。これは料理と言えるのか?そしてただ肉を焼くだけなのに何故これほど焦がしているというのか……。
「近衛師団では野営でよく料理していたからね!僕は実は意外と料理が得意なんだよ!」
クラウディアは胸を反らしているけど……、これを料理と言って良いのか?ただの肉の丸焼きなんじゃ……?そしてこの完成度で料理が得意だと言ってしまって良いのか?ただの丸焼きですら焦がしているのに?
「さぁ、僕が切り分けてあげよう!」
「うっ……」
しかも……、切った中身はまだ真っ赤だった。ほとんど火が通っていないように思う。そりゃローストビーフとかもあるし、焼き方だってレアとか、それよりもっと火を通していないほとんど生という焼き方もある。ほとんど火が通っていないから悪いというつもりはない。でもこれはどうなんだ?
外側はこんがり丸焦げ、中は真っ赤な生、とてもおいしそうには見えない。とはいえクラウディアが切って渡してくれたものだ。食べないわけにはいかない。
「ん……」
覚悟を決めて口に運ぶ。外はガリッと固い歯ごたえと焦げた匂い。そして中は完全なる生……。この世界で生肉とかを食べて大丈夫なんだろうか?食中毒とか寄生虫の心配は?ちょっと……、いや、かなり気になるけどそのお味は……。
「クラウディア、ありがとう」
「いいんだよ!さぁ!遠慮せずにもっと食べて!」
「いえ、他の皆さんの料理も食べなければならないので、まずはそちらを味見しますね。先にお腹が膨れてしまっては申し訳ないので」
「う~ん……。そうだね。それじゃまた後で切ってあげるよ!」
何とか俺はクラウディアの料理?から逃げ切った。一応味見はしたんだから良いだろう。あとは他の料理でお腹一杯になるまで逃げればいい。
「それじゃフローラ!次は私の料理を食べて欲しいな」
「ルイーザ……」
ちょっとだけ俺の袖を摘んで小さく主張してくるルイーザが可愛い。俺達より年上のはずなのにこんな仕草ずるいぞ!しかもルイーザは家庭的で家でも弟妹達に料理を作っていたはずだ。料理が出来ないわけじゃないのでこれは期待せずにはいられない。
「よそってあげるね。はいどうぞ」
「ありが……、ん?」
ルイーザに渡されたのは……、豆とクズ野菜のスープだ。まぁ……、確かに庶民的で普通な料理ではあるかもしれない。でも……、何でわざわざ豆とクズ野菜のスープ?
ルイーザの家は元々貧民だったからこういう料理で育ったのかもしれない。今はルイーザのお給料がかなり増えているからそんなに食事に困っていないだろうけど、昔ならこういう食事ばかりだったとしても不思議はない。だけど……、今うちでわざわざこんな料理をしなくても他にいくらでも食材も料理もあるんじゃないだろうか?
「どうかな?」
「え~……、素朴な味がしますね……」
滅茶苦茶味が薄い。濃い味に慣れている俺にはほとんど調味料が入ってないのではないかとすら思える。僅かに塩を加えただけで、あとは具である豆とクズ野菜の出汁だけだろう。確かに贅沢を言ってはいけないというのはわかるけど、何故今これを作ったのかわからない……。もちろんただのスープだから飲めなくはないけど……。
「次は私の料理も食べなさいよね!」
「あ~……、はい……。あれ?」
ミコトにそう言われて、またどんなものが出てくるのかと思ったけど、差し出された小皿に盛られているのはおいしそうな煮物だった。
煮物だからカットした野菜が不揃いでも何もおかしくない。ミコトの拙い包丁捌きでもブツ切り野菜の煮物ならあまり気にならないのが良い。そして醤油と出汁で炊いているから匂いが良い。とてもおいしそうな匂いがする。
「それでは……、……んっ!?」
炊きすぎてちょっと野菜がグズグズになっているけど、それだけしっかり炊いた分だけ味がよく染み込んでいる。まだ生煮えで芯が残っているよりはよほど良い。味付けも醤油、砂糖、味醂、出汁のようなものをうまく混ぜている。入れる順番と量をよほど間違えない限りは煮物は一応それらしく出来やすいのではないだろうか。
もちろん本当においしく作ろうとすると難しいと思う。どんなものでも奥が深く極めるというのは簡単なことじゃない。でも煮物は最低限の手順と分量さえ守ればよほどの失敗をしない限りある程度の出来になる気がする。今回ミコトが煮物を選んだのは正解だ。今までの中で一番素晴らしい。
「変だった?」
「いいえ。とてもおいしいですよ」
俺がそう言うとミコトがほっとした顔をしていた。よほど心配だったらしい。自分でも味見しただろうに……。いや……、もしかしてクラウディアとかミコトは味見もしてないのか?だから料理が壊滅的なのでは……。自分で味を確かめたり調整したりしないのは致命的だ……。
「そういえばアレクサンドラは?」
「あの……、私はこの盛り付けを少々……」
「あ~……」
アレクサンドラはあまり料理はせず盛り付けを手伝ったらしい。そっとしておいてあげよう。盛り付けは綺麗だから何も問題はない。
「それではフローラ様、残りは私の料理を……」
「えっ!?こっ、これをカタリーナが一人で作ったのですか?」
連れて行かれたテーブルの上にはまるでフルコースのような料理の数々が並んでいた。どれも見た目も凝っているしおいしそうだ。それなりの料理は練習してきたんだろうけど、まさかこんな凄い料理が作れるようになっていたなんて……。
「さぁおかけください。では……」
「あっ、ちょっ……」
テーブルの前に座らさせられて、カタリーナが付きっ切りで給仕をしてくれる。それはありがたいんだけど、次から次へと料理を出されて、お腹がもう一杯だというのに一通り食べ終わるまでカタリーナは許してくれなかった。
確かに料理はおいしかったんだけど……、これは何かの罰を与えられているのかと思うようなほど料理を食べさせられたのだった。




