第四百二十三話「南方探検隊からの手紙!」
侯爵の正装の直しが決まったからカンザ商会を出てシャルロッテンブルクの建設現場に向かう。カンザ商会で拾ったフーゴも一緒だ。予定通りなら他に現場にすでにヴィクトーリアとミカロユスも到着している頃だろう。
今日はただの建設現場の視察ではなく町開きの式典についての段取りが確認される。もちろん王様達とも相談しなければならないからうちだけで全て決定というわけにはいかないけど、それでもこちらでも最低限の段取りくらいはしておかなければならない。
登城した時に王様達に何も準備出来ていませんなんて言うわけにもいかないし、大まかな式典や流れはそう大きく変わらない。町開きに必要そうな段取りはこちらで整えておき、一部王様達の意見を聞いて手を加えるような形になる。
だから商人で色々と詳しく、必要な物を集めることも出来るフーゴとヴィクトーリアには是非立ち会ってもらう必要がある。経済大臣と財務大臣でもあるしね。
ミカロユスは外務大臣であって、しかも他国の貴族でしかない。それでも貴族的な段取りや礼儀作法には詳しいだろう。プロイス王国にしかないような作法や式典はわからないとしても、元外国の高位貴族という視点で意見を言ってもらうのは重要な意味がある。
それに何も全てプロイス王国式にしなければならないということもない。良いものがあればポルスキー王国のやり方でも何でも取り入れたら良いんだ。うちはうちなりのやり方でやらせてもらう。
そしてそれだけだとプロイス王国式のやり方や貴族の風習に疎いことになる可能性がある。なのでヘルムートとイザベラにも応援を頼んでいる。二人自身は高位貴族ではないけど、メイドや執事というのは主人をサポートするためにたくさんのそういった知識を持っている。
イザベラは言うまでもなくヘルムートもそういう勉強をこれまでしてきているので、この二人に任せれば大体プロイス王国式の式典や儀式や礼儀作法は何とかなる。人任せと言われればその通りだけど、紋章官は紋章を覚えるのが仕事だし、家人は主人の補助をするのが仕事だ。主人が一人で何でも出来る必要はなく、それぞれ専任の者に任せれば良い。
「見えてきたな」
「私も時々見に来ておりますが、もう随分と出来上がっておりますよ」
ここからは領主フロト・フォン・カーン男爵でなければならない。マントで体を隠し、フードの下に仮面もつける。口調も気をつけて声を魔法で変えておく。将来エレオノーレをお嫁さんとして貰うためにはちゃんと男のフリをしておかなければならない。
「出迎えご苦労」
「「「はっ!」」」
もう皆待ってくれていたから馬車から降りると労いの言葉をかけておく。尊大で偉そうに思われるかもしれないけど、偉い立場の人は偉そうにすることも仕事だ。上の者があまりに謙りすぎても良くない。必要以上に偉そうにして反感を買うのは悪手だけど、謙りすぎて舐められるのも悪手だ。
そんなわけでヘルムート達やヴィクトーリア達と、現場の所長のような上位の責任者達に迎えられて現場に入る。あちこちを見ながら打ち合わせしていくけど……。
「これは凄いな」
「はっ、ありがとうございます」
長期休暇の前、王都を離れる時には本当に町開きまでに間に合うのかと心配になるくらいだったけど、いざ町開きの直前になってみればちゃんと出来ている。もちろん建設工事なんて、基礎だのコン打ちだのとしている時はまったく出来ている気がしないのに、外壁が出来て、内装をやり始めたらあっという間に完成してしまう。
見た目が変わって、どんどん出来ていると感じるのはそういう段階になってからだ。だからある程度工事が進めばあとは急激に進むように見える。それはわかっていたつもりだけど、それでもほんの二ヶ月ほど前と比べると凄い勢いで出来たように感じられてしまう。
「町開き当日は他の箇所の工事も全て止めて……」
「丸見えでは見栄えが悪い。未完成部分や未着工部分には幕を張って……」
皆があれこれと意見を出し合って決まっていく。俺は式典とかには詳しくないし、気付いたことだけ言えば良いだろう。余計なことを言っても混乱させるだけだ。何もわかっていないトップの無茶な思い付きほど厄介なものはない。煙たがられるのも嫌だし知らないことを知ったかで言うのも、思い付きを言うのもやめておく。ただ少し気になったことは言っておこう。
「町開きの日は工事を中断しておくのは良いが、労働者達にこちらの都合で休めと言っておいて何も労わないのは不義理であろう。彼らの働きなくしてはこの町は出来なかったのだ。彼らを労うためにも、王侯貴族が来る場所は無理でも裏にでも彼ら用の町開きの式典を開いてはどうか?」
俺が無茶なことを言っているのはわかっている。王侯貴族を集めた式典が行なわれるというのに、ただの労働者達を集めてその者達にも町開きをさせてやるというのは難しい。警備の問題もあるし、騒音の問題もある。あまり現実的ではないとしても、何かそういう方法はないか考えてあげるくらいはしても良いんじゃないだろうか。
「さすがはフロト様です。それでは……、こちらの幕を張る場所より向こう側に職人や労働者、その家族を招いて町開きが出来るようにいたしましょう」
「大丈夫なのか?」
俺が自分で言い出したんだけど、さすがにそんなにあっさり言われたら大丈夫なのかと心配になってしまう。
「実は……、その嘆願をフロト様にしようと準備していたのです。ですが我らから嘆願するまでもなくフロト様は職人や労働者達にお慈悲を与えてくださった。そういうお方だからこそ我らもついていくのです」
何か……、熱い眼差しで見られているけど……、そんな大それた話じゃないんだけどね。まぁ計画はある程度練っているらしいのでその説明も聞いていく。
さすがに完全に王侯貴族たちの式典と同時にワイワイ騒ぐわけにもいかない。場所も何重にも仕切って、距離も離して、式のタイミングもずらして、職人達の騒ぎが貴族側の邪魔にならないように計画されている。よく出来た計画だ。これならそれほど問題もなく開けるだろう。
「良く練られている。後は王侯貴族側と職人側の間を警備する兵を増やそう。予算を気にすることはない。無用な事故や出来事が起こらないように細心の注意を払え」
「はっ!労働者達への配慮ありがとうございます。彼らもきっと喜ぶことでしょう」
その後も打ち合わせは続き、こちらで決められそうなことはほとんど決めたと思う。身内だけの町開きなら何度もしたことがあるけど、今回は王都に集まっている他の貴族も大勢呼ぶ式典になる。この式典で失敗したらカーン家のみではなく王家や王国そのものが軽んじられる可能性もある。絶対に成功させなければならない。
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色々と相談があるから出来るだけ早い日の登城の予約を取ってカーザース邸に帰る。お嫁さん達や兄と少し顔を合わせたけど軽く話しただけで皆いなくなってしまった。別に一日中べったりくっついていなければならないこともないし良いんだけど、少し寂しいというか何というか……。
自分勝手なそういう感想を自嘲気味に笑いながら執務室に入る。どこにいようとも俺宛ての書類がなくなることはない。カーン侯国、カーン騎士爵領、ブリッシュ・エール王国、カンザ商会、行ってきたばかりのカーン男爵領関連まで、とにかくありとあらゆる書類と仕事が山積みになっていた。そんな中でふと一通の書類が上に置かれているのが目に付いた。
「これは……」
厳重に封がされた封筒。ブリッシュ・エール王国から送られてきたものだ。他の仕事の書類とは明らかに種類が違う。ついこの前ブリッシュ・エール王国から戻ったばかりなのに、こんな物が届くということは何かあったのかもしれない。そう思って封を切る。
「………………なるほど」
一番最初に封筒の中に入っていたのはゴトーからの手紙だ。その内容を読んでから封筒の中に入っていた封の切られているさらなる封筒の中身を確認する。そして最後に一緒に入っていたまだ封の切られていない封筒を切って中身を確認する。
「これは凄い発見ですね……」
封筒に入っていたゴトーの手紙は挨拶とか報告の類だ。別に慌てなければならない事態が起こったわけじゃない。中に入っていた封が切られた方の封筒はシュテファンからゴトーに宛てた報告書。そして封が切られていなかった方はシュテファンから俺に宛てられたものだ。
それらの報告書や書類によるとシュテファン達はイベリカ半島の西側に諸島を発見したらしい。その諸島は無人島ばかりであり、発見者の南方探検隊の提督であるシュテファンがアソーレス諸島と名付けたらしい。
エールランド島の西の端から真っ直ぐ南下するとほぼイベリカ半島の西端側付近らしい。そのイベリカ半島南端に近い位置からさらに西に進むと今回発見したアソーレス諸島があるようだ。島は暑い環境で調べた限りでは無人島だったらしい。手紙はそれらの報告と応援の派遣要請だった。
南方探検隊の艦隊は隊を分けてアソーレス諸島周辺のさらなる調査を行なう艦と、イベリカ半島付近に戻ってさらなる南下を続け、暗黒大陸沿いや周辺海域における島などの発見を行なう艦隊に分かれているという。
当然あの程度の艦隊や人員ではアソーレス諸島だけでも隅々まで確認するのは難しいだろう。補給物資も必要だし、基地や港の建設も行なわなければならない。そこでこの増援の派遣要請というわけだ。
北もファロエ諸島の開発や開拓に船や物資や人員が送り込まれている。ただ元々人が住んでいたファロエ諸島に比べれば、無人島であるアソーレス諸島の方が大変だろう。水や食料などの確保も必要だし、早急に上陸部隊と建設部隊、それから物資輸送を行なわなければならない。
たぶんこの調子だと今後どんどん無人島や未開拓地を発見していくだろう。物資の生産や人員の確保を行なわなければならない。職人の養成も急がないとまったく手が足りない。まずは最低限アソーレス諸島を中継地として機能するように基地と港の建設を開始しなければ……。
出来れば入植して当家の領土としてきっちり確保しておきたい。今はまだ各国が同意した国際法は存在しないけど、将来的に国際法的なものを作った時にきちんとうちのものだと主張出来るように、公式な書類なども作っておく必要がある。
騎士爵領の人口はまだまだ少ない。入植者を募るのならブリッシュ・エール王国とカーン侯国だろう。ある程度は信用出来て任せられるような人を送らないと、入植させたは良いけど町や港を作ってから独立運動だ何だとされても困る。絶対当家が確保しつつ、誰にも批難されることのないように公正公平な手続きが必要だ。
あ~……、こっそり船を増産しておいてよかった。王様達には二年で五十隻って言ってたけど、実はもうそれを超えてどんどん造っている。もちろん無許可で……。
だって別に王様とかディートリヒがうちが何隻船を持ってるか把握出来るはずないじゃん?あちこちの海をうろうろしているのにその総数を確認なんてしようがない。それに俺はプロイス貴族カーン家としては確かにプロイス王国に申請している分しか保有していない!じゃあ残りは何なのか?それはブリッシュ・エール王として保有してる!
まぁぶっちゃけただの屁理屈なわけで、王様達にバレたら大事になる可能性はある。でもブリッシュ・エール王国でカーザー王として運用している船までプロイス王国にとやかく言われる筋合いはない。名目だろうが誤魔化しだろうが何でもいいんだよ。とにかくこのままじゃ船が足りない。もっと増やさないと……。
ガレオン船のような大型船があればいいというものでもない。川を遡上したり、浅瀬の多いところを通ることもあるだろう。快速で喫水も浅く身軽なキャラベル船なども必要だ。小型や中型船なら乗組員も少なくて済む。
もちろんまだまだガレオン船も必要なわけで、とにかく船も船員も労働者も何もかも足りない。もっともっとこれから増やしていかなければ……。
今……、戸籍調査をしてわかっていることはうちの領地になった所はどこも徐々に出生率が上がっているということだ。食糧事情なども改善されて死亡率が下がるとともに出生率が上がっている。
どれだけ広大な領地を所有していると言ってもそこに住む者がいなければ何の意味もない。所詮領主は領民達がいるお陰で成り立つ存在であり、領民が多いということはそれだけ様々な利点があるということになる。
さらに死亡率を下げるために医療の普及と診療所や病院の建設。それから人口を増やしてもらうために子供の税の免除……、いや、もう一歩踏み込んで出産祝いなどを領民に出すことにしようか。
人口なんてそう簡単に増えない。効果が出てくるのは五年後、十年後の話だろう。でもうちはこれからまだまだ人手が必要になる。先を見据えて……、産めよ増やせよと今のうちから手を打っておくか。




