第四百十七話「北の島発見!」
適当にエンゲルベルトを落ち着かせてから話を続ける。結局まだ肝心な話は何も出来ていない。ここで終わったら何のために呼び出したのかわからなくなってしまう。
「落ち着きましたか?それでは話を続けますよ?」
「はい……」
何かまだ呆然としているような感じだけど大丈夫だろうか?まぁエンゲルベルトもそこそこ優秀だ。いくらショックで呆然としていても大事な話はちゃんと聞いているだろう。
「現在貴方の麾下にあるフラシア軍の残党はどのような様子ですか?元の所属は?ギヨームのノルン公国ですか?フラシア王国ですか?それともマルク家ですか?」
エンゲルベルト麾下のフラシア軍残党は千人ほどにもなる大部隊だ。この世界の動員力で千人もいるというのがどれほどの大部隊かはわかるだろう。この千人の処遇について考えないことには先に進めない。
「はっ……、元の大半はノルン軍です。ギヨーム敗北後に各地に残った残党を説得して投降させましたが、それらの駐留兵の大半はフラシア軍です。マルク家から動員した兵は最初からほとんどおりませんので、ここに残っているマルク家の兵もほとんどおりません」
ふむ……。ほとんどがエンゲルベルトの子飼いの部下だったなら話は簡単だったんだけどな……。まぁ逆に本国にマルク家の部隊が丸々残っているのだとすればそれはそれで良いか。
「その部隊の忠誠心や反抗心はどのようなものでしょうか?例えば……、大陸に戻れば途端に逃げ出してフラシア王国に帰ったりしますか?」
俺の質問に今まで呆然としていた感じのエンゲルベルトが顔を上げた。俺の質問は単純だ。今はエンゲルベルトをはじめとしたギヨーム・フラシア軍残党はブリッシュ島に監禁されているも同然だろう。国へ帰ろうにも海を越えなければならない。
確かにフラシア王国の港町カライまですぐそこだ。頑張れば泳いでも渡れるかもしれない。まぁ途中で力尽きれば溺れ死ぬだけだから泳いで渡るのは自殺行為だとしてもだ。
でも彼らにとってその僅かな距離の海峡が永遠に思えるほどに遠い。うちの船がウロウロしているブリッシュ海峡を渡ることは命懸けどころではないだろう。まず監視されているこの状況から脱出しなければならない。そして脱出出来ても船を確保しなければならない。運良く小船の一つでも手に入れても、うちの船がウロウロしている海峡を渡らなければならない。
普通に考えて全てを完璧にクリアするなんて奇跡だろう。今大人しくしていれば無理に殺されることもなければ苦役や拷問があるわけでもない。それを無理を承知で脱走して国へ帰ろうとする者はいないだろう。
だけど、例えばこれが陸続きだったなら?現在はブリッシュ島という巨大な監獄につながれているようなものだ。でも大陸側に連れて行かれれば、陸を渡ってフラシア王国に歩いて帰れるようになれば?彼らが逃げ出さないという保障はどこにもない。
「家族などを国に残して、家族の下へ帰りたいという者はいるでしょう。ですがフラシア王国の軍に戻って再びカーザー王様と敵対しようと思う者は皆無です」
エンゲルベルトは真っ直ぐ俺を見ながらそう言い切った。脱走する者がいてもそれは家族の下へ帰りたいだけであって、原隊に復帰するためではないということを言いたいらしい。
「何故そこまで言い切れるのですか?」
「何故?貴女様が何故かと問われますか?申し上げたではありませんか……。約千名のこの部隊の大半はギヨーム軍とブリッシュ軍との戦闘で生き残った者だと……。たった一戦で……、あれほど一方的に何千もの友軍をあっという間に失って……、誰がまたその相手と戦おうなどと思うというのですか……」
エンゲルベルトが少しガタガタと震えながら自らの腕を抱いていた。どうやら当時のことを思い出しているらしい。何か悪いことをしたかな……。
「我が軍には勝てないからもう戦いたくないと?」
「騎士として情けないとお思いですか?ですが我々はもう貴女様とは戦いたくない!ここで大人しくしているのも、もし何か騒ぎを起こして逆鱗に触れればまたあのような……、あのような一方的な虐殺に遭うのが恐ろしいからですよ!後から合流した者達が大人しいのも、生き残った者達の話を聞いて、この国に抑留されている間にその実力差をはっきりと感じ取ったからです!」
うわぁ……。これが戦争のトラウマって奴なのかな……。現代でも戦場帰りの兵士はトラウマを抱えて、国へ帰っても完全には元の生活に戻れない者もいると聞く。
「え、え~……、それで……、大陸の方へ移送しても大丈夫そうですか?」
「はい。もし一人でも脱走すればカーザー王様の怒りに触れ、フラシア王国全土にあの魔法の雨が降ると言えば誰一人逃げ出さないでしょう」
いや、それはそれでどうなんだ……。それじゃまるで俺が慈悲の欠片もない冷酷な悪魔みたいじゃないか。しかも脅して言う事を聞かせてるだけだし……。
「マルク家の兵力や財産はどれほどなのですか?この千人を抱えても十分制御出来るのでしょうか?」
例えば、マルク家本体が五百人しか兵を持たないのに、投降兵千人を追加で抱えるということになったらそんなものを維持するのは無理だろう。自軍が五千人いる中で千人の投降兵を抑えるのなら出来るだろうけど、投降兵の方が多くては管理し切れない。
それに家の財力がなければ千人もの兵士を養うというのは難しい。もし千人の兵士を養おうと思えば最低でも一万人、出来れば二万人以上の平民がいなければ苦しい。財政的に安定しようと思えば五万人の農民で千人の兵士を養ってもギリギリという所だろう。
「マルク家が抱える兵は精々千人という所です。今の投降兵千人を養うというのは……」
まぁそうだろうな。普段の常備兵力千人がギリギリという者に、いきなり倍になるもう千人を養えと言っても無理があるだろう。
「それでは最後に……、貴方を含めた投降兵達は、当家のために将兵として働くことは出来ますか?」
どうやら前の戦争で相当トラウマを抱えているようだし、もう二度と戦場に立ちたくないという者も大勢いるだろう。せめてその中からいくらかでも……。
「カーザー王様にお仕え出来るのならば我ら一同生涯の忠誠を誓います」
……ん?エンゲルベルトの言葉に首を傾げる。確かトラウマでもう戦場に立つのも嫌だったんじゃなかったっけ?
「戦場に立つのは嫌だったのでは?」
「それはカーザー王様の軍を相手に敵対する場合のことです。それ以外の軍など、カーザー王様の軍に比べれば棒切れを振り回す子供と変わりません。カーザー王様と敵対するのは二度とごめんですが、カーザー王様にお仕え出来るのであれば、我ら命が尽きるまで戦う所存です」
……そうか。まぁ……、本人達がそう言うのならいいけど……。
「では、投降兵達をプロイス王国、カーン騎士爵領へ連れて帰っても大丈夫であると?」
「はい。出立の前にこの国で、我らの忠誠をお受けいただけるのであれば、誰一人不安に思うことなくどこまでもお供いたしましょう」
エンゲルベルトははっきりそう言い切った。まぁ元プロイス王国貴族であるマルク家ならそうかもしれない。でもフラシア王国民であった投降兵達までそう言い切れるんだろうか?
「プロイス王国兵としてフラシア王国と戦うことになってもですか?私が向こうへ連れて帰ろうとしているのは、プロイス王国旧領を取り戻すための戦いに駆り出すためですよ?つまり敵はフラシア王国です」
「元プロイス王国領であった当家はもちろん、ここにいる投降兵千名も問題ありません。ただ……、マルク家だけで投降兵千人を養うことは出来ません。その問題は解決していただかなければ……」
エンゲルベルトは言い難そうにチラチラこちらを見ながら言葉を濁した。そりゃいきなり千人もの兵をマルク家で養えと言われた困るよな。もちろんそんな責任をエンゲルベルトやマルク家だけに背負わせるつもりはない。
「心配には及びませんよ。元フラシア軍は私が……、カーン家が独自に養いましょう。エンゲルベルトはあくまで元フラシア軍の指揮官という立場でいてくだされば良いのです。それに伴って、出来ればマルク家の軍は誰か他にマルク家の者が指揮していただければ良いのですが」
「それでしたら元フラシア軍指揮官に私を任命していただき、マルク家は息子に指揮させましょう」
エンゲルベルトはそれなりに優秀だ。だから千人の部隊を任せても良いと思える。それに比べてエンゲルベルトの息子とやらには会ったことがない。もしかしたらその息子はフラシア王国にべったりである可能性もある。エンゲルベルトが言ったからといって、果たしてプロイス王国側についてくれるんだろうか?
まぁ先のことを心配していても仕方がない。とりあえず今の構想としては、元フラシア軍千人はカーン家の直属の部隊として編入する。指揮官はエンゲルベルト。そしてエンゲルベルトが家の部隊から離れてこちらの指揮を執るのだから、エンゲルベルトの代わりにマルク家を指揮するのはその息子、ということでとりあえず進めることにする。
いつまでもフラシア軍投降兵達を遊ばせておくわけにもいかないし、この辺りが落とし所だろう。
~~~~~~~
「さむーーーいっ!」
「さすがにこれは凍えちゃうね……」
探検隊を送り出してから一週間後、俺達は海の上にいた。ミコトだけじゃなくてルイーザですら寒くて凍えている。ミコトは元々暖かい地方出身だから寒さにはあまり慣れていないのかもしれない。でも貧民育ちで寒いのにもある程度慣れているルイーザですらここの寒さは堪えるようだ。
俺達は今北方に向かって船に揺られている。北方探検隊はすぐに北の島を発見したらしい。ファロエ諸島と呼ばれているその島に辿り着いた北方探検隊は、一先ず現地民達と簡単な接触を行なったという。ただ相手は簡単には話し合いにも応じてくれる様子がなく、一向に交渉が進まないらしい。
そこで本国、つまり俺に連絡がきたわけだ。だからこうして俺が直接出向いてきた。
伝令でやり取りしていては話が進まない。場所さえわかれば距離もそれほど遠くないようなので俺が直接交渉しようとやってきた。まだブリッシュ・エール王国に二週間も滞在する時間がある。ファロエ諸島と交渉して纏めるくらいの余裕はあるだろう。
「寒いなら中に入っていればいいのに……」
「だってフロトはここにいるんでしょ?」
「フロトさんが温めてくださいまし……」
船室に入っていればいいのに、何故か皆俺が甲板に出ているからって一緒に出ている。そして寒いからってぴったりくっついてくるし……。いや、マントの中にまで入ってくるし……。俺だってマントを捲られたら寒いよ……。我慢してるだけで俺だって寒くないわけじゃない。かなり緯度が高いからな……。こんな季節に来て良い場所じゃないんじゃないだろうか?
ファロエ諸島は、シィルトランド諸島からだと確かに北西に近い方角になるけど、アルバランドからだとほとんど北といえる。最初は場所がわからなくてシィルトランド諸島を経由して探検隊を送り出したけど、場所さえわかればアルバランドから北上するルートで良いかもしれない。
俺達の感覚からすると十分寒すぎるけど、緯度が高い割には寒い夏と暖かい冬の気候らしい。海流や気流の影響で暖かい海水や空気が南から流れ込んでいるのかもしれない。
今の所わかっている範囲では特に国などはないようで、住民達が緩やかな結束で生活しているようだ。その住民達は主にデル王国の北側にあるもう一つの半島、スカンディナビスカ半島から渡って来た人々や、アルバランド、シィルトランド諸島などから渡った人々が暮らしているらしい。
そのため生活様式は基本的にその辺りの住人達とあまり大差はなく、言語もある程度似通っている。探検隊もある程度その辺りの言語に堪能な者を集めていたので、多少の訛りや方言のようなものがあっても、意思疎通自体は割と出来るようだ。
「おや……、北方探検隊の艦隊が見えてきましたね」
伝令に一隻ガレオン船が戻ってきたけど、俺達はそれとは別のガレオン船に乗ってきた。ブリッシュに戻ってきたのは一隻だけど、今は二隻でやってきた状態だ。俺はこの交渉が終わったらまたブリッシュ島に戻るからな。北方探検隊の艦隊がこのあとどう動くかはまだわからない。さらなる探検に出るのか。全員でブリッシュ島に戻るのか……。
「出来れば穏便に事を進めたいところですが……、どうなるでしょうね……」
面積や人口や国力から考えて力ずくで征服するのはそう難しくないだろう。ただ出来れば住民感情もあるだろうし、あまり無茶な方法は使いたくない。穏便に話し合って降伏してくれたらいいんだけど……、今まで国家という権力がなかった島に、果たしていきなりやってきた国というものが受け入れられるだろうか。
それをうまく纏めるのが俺の仕事ではあるんだけど……、こんな交渉をしたこともないし不安で一杯だ。




