第四百十六話「旧領回復に向けて!」
コルチズターに戻って盛大な出発式典が催された。北方探検隊、南方探検隊がそれぞれ五隻ずつ率いてコルチズターの港を出港していく。シュテファンは南方探検隊の提督のようだ。北方探検隊にはまた別の提督が配置されている。
南方の目標地点には誰かがいるかどうかもわからない。人がいるのかどうか、いるのなら誰か統治者や国があるのかどうか。全て未知数だ。難しい判断や強い権限が必要になる場合もあるだろう。何しろもしかしたら国家間戦争にもなりかねないわけだからな。
それに比べれば北方は島があるということは一応確認されている。伝承、伝説レベルだから怪しいといえばそうかもしれないけど、民間では割と有名な話のようだ。実際漂流した漁師が流れ着いたとか、そこから帰還したなんて話もある。
島もほぼ確実にあって、住民がいて、ブリッシュ島からそれほど遠くない。これだけの条件が揃っていれば無理に難しい判断をしなくとも、本国、つまり俺に伝令を出して指示を仰いでも問題ない。南方はイベリカ半島を越えた先だからかなり距離があるだろうけど、北方はそう遠くない手頃な探検だ。
辺りを探しながらの移動だから単純に比較は出来ないけど、恐らく北方の島はここからプロイス王国に帰るよりも近い距離にあると思われる。南方の島はプロイス王国に帰るまでより遠い可能性が高い。
先に言った通り行き先がわかっているのと、探しながらウロウロするのでは単純に距離の比較は意味がないだろう。それでも順調にいけば北方探検隊は恐らく俺がブリッシュ・エール王国に滞在している間に発見して連絡してくるのではないかと思われる。
南方は他の国の近くを通っていかなければならない。下手すればイベリカ半島の国やフラシア王国の海軍と遭遇戦になる可能性もある。そういうことを避けられるようにブリッシュ島を征服して、外海の大洋を渡れるようにしたわけだけど、どうしてもある程度は沿岸沿いを進む必要がある。
こんな時代だから国際ルールとか、色々と細かい決まりは存在しない。沿岸国がどこまで権利を主張するかもその国やその時次第だし、貿易船だから関税がどうとか、軍艦だから発見即攻撃とか、国や状況によって変わってしまう。
普段は穏やかな国でも、他の周辺国と争っている最中だったら気が立っていることもあるだろう。一応各国の情勢も調べてはいるけど、情報伝達の遅いこの時代にどこまで信用出来る最新情報が入っているかは疑わしい。
イベリカ半島は現在統一されておらず、南の暗黒大陸の異教徒が入り込み混沌としているらしい。北のプロイス王国もある大陸側の教会勢力と、南の暗黒大陸の異教徒がそれぞれたくさんの国を建てては潰し合い、統一されずにいくつもの国が乱立している。
それだけ聞くとブリッシュ・エール王国と似たような印象を受けるけど、じゃあブリッシュ島のようにまだ統一されていないうちにカーン家が侵出して統一して統治してしまおう!とはならない。
何故ならば場所的に非常に面倒な場所にあり、南の暗黒大陸からも常に圧迫を受けることになる。陸で繋がるのは北東のフラシア王国であり、プロイス王国やブリッシュ・エール王国がイベリカ半島に影響力を持てば、フラシア王国も黙っていないだろう。
そうなれば北からも南からも狙われることになり、しかも複数民族、異教徒が入り混じった面倒な地域を支配しなければならなくなる。
将来的にメディテレニアンの沿岸国もいつかは外海に出ることの重要性を悟るだろう。その時にメディテレニアンの出口であるイベリカ半島を押さえておくのは大きな意味がある。でも現時点ではメディテレニアン貿易から考えれば、無理に外に出る理由もなく沿岸部のみでほとんど完結している貿易だ。
メディテレニアンの端でしかないイベリカ半島は貿易的には旨味はなく、南の異教徒と北の教会が争う面倒な地域でしかない。かつてはイベリカ半島の大部分を南の異教徒に奪われていた時期もあり、北の教会勢力としては何としても異教徒を追い出したい場所だ。
俺達は最終的にメディテレニアンの出口部分だけ押さえれば良いだけで、今の面倒な紛争に首を突っ込む必要はない。それよりも今はイベリカ半島を無視して中継出来る島や、暗黒大陸の未支配地を確保していく方が賢い。
そんな状況だからイベリカ半島周辺にはあまり船はいないはず……、と聞いている。内陸での争いが主で、南の大陸からイベリカ半島に渡る船はあっても、わざわざ外洋側に出てきて沖をウロウロしているような暇はないらしい。
本当にその通りなら良いんだけど、もし他の国の船に見つかって攻撃されそうなら各自の判断で応戦しても良い権限は与えてある。黙って臨検されたり、撃沈されてやる理由はないからな。例え沿岸国だろうが知ったことじゃない。ここは元々国際法もルールもないんだから、向こうが好き勝手するならこちらも相応に応じるだけだ。
まぁ南方の提督はシュテファンだしうまくやってくれるだろう。最初の頃は礼儀もなってない悪ガキみたいな感じだったけど、今では随分しっかりしてきている。いつまでもここで見ていても仕方がない。後は任せて信じるのみだ。
探検隊を送り出した俺達は再びロウディンの王城へと戻ることにしたのだった。
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ロウディンに戻って色々とブリッシュ・エール王国の仕事をこなしつつある人物を呼び出した。今回は日数もあまりないし、することも多いから遠くの視察は行けない。近場の視察と書類仕事や重要な閣僚や官僚と顔を合わせるだけなら多少の隙間時間も出来る。
「失礼いたします」
ノックされたから入室を促すと呼び出した人物が入って来た。俺も執務机の方から立ってソファの方へ移動して座るように促す。
「何かご用でしょうか?」
「わざわざ来てもらったのは他でもありません。フラシア王国への対応についてです、エンゲルベルト」
俺の向かいに座っているのはエンゲルベルト・フォン・マルク。先のギヨームの一件でギヨーム軍の参謀をしていた男だ。その後も色々と役に立ってくれたし、本来持つ領地や立場から考えて殺すのは惜しいので生かしている。
前にも言った通りマルク家は元々はプロイス王国貴族だったけど、西の国境をフラシア王国に割譲した際に、フラシア王国領になりフラシア王国貴族として仕えている家だ。その領地はカーン・カーザース領から見て南西に位置するウェストファレン地方であり、マルク家をうちに取り込めば奪われている領地の正統性を主張出来る。
戦争時から顔を合わせていたことや、プロイス王国関連で話し合う必要があることからエンゲルベルトには素顔も晒している。今更隠しても意味はないし、手っ取り早く話を進めるにはこの方が都合が良い。
エンゲルベルトはギヨームの一件以来、ギヨーム・フラシア軍の残党を纏め上げたり、その兵力を使ってブリッシュ・エール統一に貢献もしてくれた。かなり優秀な方だし、逆らったり余計な野心を持たない限りは相応に遇するつもりだ。
「現在貴方はブリッシュ・エール王国で身柄を預かっていることになっておりますが、以前にも話した通り私はウェストファレン地方を含めたフラシア王国に奪われた領土を、プロイス王国に取り戻そうと考えております。そのためにも貴方にも色々と協力していただきたいのです」
「カーザー王様は……、本当にフラシア王国から領土を取り返せるとお思いですか?」
ふむ?この問いの答えを誤ればエンゲルベルトの態度が硬くなる可能性はある。俺は元々エンゲルベルトのようなフラシア王国貴族として取り込まれた領主達に頼らなくとも、奪われた領地は必ず取り戻すつもりだった。ただ正統な領主達がこちらの味方に付くのならより楽で確実に奪い返せるかと思っているに過ぎない。
「単純な戦力で言えば可能でしょう。フラシア王国が数万の大軍を送ってきても蹴散らすことそのものは可能です。ですが戦争はそんな単純ではありません。ただ敵を倒せば良いのならばすぐにでも行動しています。それが容易ではないからこうして貴方に協力を仰いでいるのですよ」
実際、ブリッシュ島で戦ったような戦闘になれば、正面戦力同士の戦いでカーン家がフラシア王国に負けることはあり得ない。特に沿岸部で艦載砲による援護射撃があれば楽勝だろう。陸戦でもライットシステムによる施条砲やライフリングされたドライゼ銃があって負けるとは思えない。
ただ問題なのは、戦争は兵士達が真正面から戦って多く敵を倒し、相手を追い払った方が勝ち、というほど単純ではないということだ。お互いにどこでどうやって戦いましょうと約束するわけでもない。敵の位置情報もはっきりしない中で、多数対多数があちこちを入り乱れて戦うことになる。
運悪く輜重隊が襲われて、補給も出来ないまま敵の大軍とぶつかって主力が潰されるかもしれない。こちらが調子良く侵攻しているつもりで、入れ違いになった敵軍がこちらの本拠地を襲って負けるかもしれない。敵を追い払って占領したはいいけど、現地民が敵側に友好的で占領した部隊が襲われたり、色々と不利になったりするかもしれない。
単純に正面戦力で圧倒しているとしても、それだけで勝敗が決まらないのが戦争だ。
もしかしたら戦闘では勝っていても外交的に負けて引き下がることになるかもしれない。周辺国が連動して動き出せば二正面、三正面で戦う羽目になり、一対一なら勝てたのに多数に囲まれて負けるということも有り得る。
そういうことを極力減らし、現地民達もこちらの味方になるように正統なる領主であるエンゲルベルトを味方につけたいと思っている。元々プロイス王国貴族であり、今まで何代も統治してきた正統な領主家ならば領民も従いやすいだろう。その領主がどちらに味方するかは大きな意味がある。
「では私が従い協力すればうまくいくと?」
「貴方がプロイス王国への帰属を願うのならば、少なくともウェストファレン地方に関してはプロイス王国がただ主張するよりも容易に事が運ぶでしょう」
「…………それほど簡単な話ではありません。何故我々が、マルク家が黙ってこの決定に従ったとお思いですか?他の領主達もです。何故プロイス王国からフラシア王国に売られるかのごときこの扱いを黙って受け入れたのか……。貴女様はそれがおわかりではない」
エンゲルベルトが拳を握り締めながら唇を噛んだ。どういうことだろうか?確かにエンゲルベルトの言わんとしていることがわからない。俺は何の問題もないと思うけど?それとも何か俺の知らない裏取引でもあったんだろうか?そりゃ向こうの国の家臣になれ、とか言われたんだから色々と思うこともあるだろうけど……。
「ホーラント王国に通じるまでの奪われた領土を取り返す。それに何か問題が?私が何をわかっていないと?」
「それです!もしプロイス王国がホーラント王国目前まで、割譲した領土を全て取り返せばフラシア王国は北への対応でプロイス王国に協力しなくなる!これだけの領土を放棄してでもフラシア王国を引き込まないことには北からの脅威に対応出来ない!だからこそこれほど譲歩して割譲したのです!それを安易に取り返すなどと……」
「あ~……、そういうことですか……」
そうか……。そりゃ俺とエンゲルベルトで話がかみ合わないわな……。北の脅威とか、共同対処とか、その時点でもう俺とエンゲルベルトでは考えの根本が違う。今の状況を知らなければ止むを得ないだろう。これを説明していなかった俺にも責任がある。
「プロイス王国は魔族の国と条約を結びました。デル王国ともカーマール同盟ともそれなりに友好的にお互いの権利を認め合っております。だからこそヘルマン海への出口を持たない私達が艦隊を率いてこちらにやってきたのですよ?」
「…………は?」
エンゲルベルトが間抜けな顔をしてポカンとしている。仕方がないのである程度最初から説明する。カーン家が魔族の国と交流を持ち、その関係でプロイス王国と魔族の国の仲介を行い、両国間で条約が結ばれた。魔族の国と対等な条約が結ばれているので、デル王国がカーン家やプロイス王国の邪魔をすることもない。
だからもう北への対処とか北の脅威というものは存在しない。
無条件に相手を信じて何の対処もしないのは愚かだけど、仮にも国家間の正式な条約が結ばれている以上はそれなりに信じるに値するだけのものはある。プロイス王国の旧領を取り戻してももう北に備える必要はあまりない。
そもそも国境を担当しているのは俺であり、うちにはミコトが嫁いでくる。そこまでのことはまだエンゲルベルトには言わないけど、縁戚にまでなっているし、万が一魔族の国が攻めてきても対応出来るだけの備えはしているつもりだ。
「……というわけですので、むしろ最早プロイス王国にとっては仇敵はフラシア王国の方なのです」
「…………そっ、そうですか……」
何かエンゲルベルトが変な顔をしている。表情をなくしてポカンとしているというか何というか……。これは立ち直るまでにまだ暫くかかるかな?




