第四百十話「続・お泊り会!」
お風呂でアワアワになりながら体を洗っているとエレオノーレはかなり喜んでいた。王家にも石鹸を卸しているはずなのに、エレオノーレは今までこういう風にお風呂に入っていなかったんだろうか?王城でのお風呂の入り方がどんなものなのかわからない。
マルガレーテと一緒に入った時に別にうちの入り方が変だとは言ってなかったはずだけど……、ちょっとエレオノーレに聞いてみようか。
「エレオノーレ様、お城ではこんなアワアワでお風呂に入らないのですか?」
「う~ん?わかんないー!」
そうか。わかんないか。エレオノーレが普段どういう風にお風呂に入っているか、エレオノーレがわかんないんじゃわかる人はいないな。それなら仕方がない。
まぁ子供はアワアワの方が面白いのかもしれないけど、あまり泡立てていると床も滑る。万が一にもエレオノーレが滑って転んで大怪我でもしたら大変だ。こちらでもお嫁さん達が洗ってあげながらも細心の注意を払っているけど、王城ではそこまで出来ないのかもしれない。あるいはただ単純に石鹸の使い方をわかっていないか……。
いや……、待てよ?もしかしてタオルの問題か?
手を洗う時と体を洗う時で同じ石鹸を使っても、手で泡立てただけの時と、タオルのような細かい目の繊維で泡立てた時では泡立ちが違う。石鹸なんて水で濡らして手で擦ればある程度は泡立つけど、やっぱりアワアワにしようと思えばボディタオルか何かで泡立てた方がいいだろう。
俺は前世の記憶でそれが当たり前だと思っていたけど、石鹸を販売する時にそれを教えていなければ、買ったお客さん達ももしかして皆、手で泡立ててそのまま手で擦って洗っているのかもしれない。いや、別にそれはそれでいいけどね?ただ俺は前世からアワアワが当たり前だったからそこまで考えていなかった。これは思わぬ盲点だ。
「明日マルガレーテに聞いてみますか」
マルガレーテは一緒に入ったことがある仲なんだから、うちがああやって泡立てていたことを知っているはずだけどな……。特に驚いたり何か言ったりしていなかったけど……、まぁ気になったんなら聞いてみればいい。もし皆わかっていないようなら、カンザ商会で販売する時にそういう説明や実演を取り入れてみるのもいいだろう。
皆でお風呂に入った後は夕食の時間だ。うちでは別にお風呂が先、ご飯が先、というような決まりはない。その日次第でコロコロと変わる。今日はエレオノーレをどうやって遊ばせようかと困っていたからお風呂に先に入れただけだ。
「それではエレオノーレ様、お食事にしましょうか」
「うんっ!」
うんうん。素直でよろしい。うちの食事は王城とはかなり違うだろうけど、エレオノーレはこれまで何度もうちにきて食事も一緒にしたことがある。まったく初めてというわけじゃないから食べられるのは間違いない。ただあまりうちの食事に慣れたら、割と薄味の王城の料理が味気なく感じてしまうかもしれない。
うちの料理の方がおいしいからエレオノーレが喜んで食べたのは予想通りだ。問題はここからだろう。もしまた食後に遊ぶとか言い出したらさすがに困る。お風呂にも入って、食事も済ませて、その後でまた遊ぶというのはさすがにないだろう。
「エレオノーレ様、そろそろ休まれますか?」
食事の後、少し食休みをさせてから聞いてみる。出来ればもうおねむだと助かるんだけど……。
「やぁ!まだねない!フローラ!えほんよんで!」
ふ~む……。さすがにまだ寝ないか。でも絵本を読むというのは自爆ではないかな?エレオノーレ君?大体子供というのは布団に入って本を読み聞かせしていたら寝落ちするものだ。本来うちには絵本なんてないけど、今日はエレオノーレが来るということでもちろん用意しておりますよ、絵本。
「それでは私の寝室で絵本を読みましょうか」
「うんっ!」
「「「「「…………」」」」」
ん?俺がエレオノーレを連れて自分の寝室に向かうと後ろからお嫁さん達がゾロゾロとついてきた。しかも何かジットリ睨まれている気がする。
「それではここで絵本を読みましょうね。さぁどうぞエレオノーレ様」
「ふかふか~!」
ベッドの上に寝転がった俺の前をポンポン叩くとエレオノーレがそこに寝そべった。後ろから抱えるように腕を回して、絵本を前に広げながら読み聞かせる。
だけど何だろう……。何故かお嫁さん達がその俺とエレオノーレを囲んで一緒に寝転がっている。しかも何か俺はジットリ睨まれている気がする。
「……と、その時、雀はカラスに……、あら?エレオノーレ様?眠ってしまわれましたか?」
「う~ん……」
絵本を読んでいるといつの間にかエレオノーレが眠りに落ちていたようだ。ようやく解放されたと思った俺は……、お嫁さん達に物凄く責められた。
「ちょっとフローラ!こんな子に手を出そうなんてさすがに見過ごせないわよ!」
「そうですわ!いくら何でも相手を考えるべきです!」
いやいや……、何言ってんの?俺がエレオノーレに何かするために寝かしつけたとでも思ってるのか?それはとんでもない誤解だ。
「私がエレオノーレ様に手を出すとでも思っているのですか?皆さんは私を一体何だと思っているのですか……」
お嫁さん達に信用されていないなんて悲しい。そう思ってよよよっと泣いたのに……。
「フローラは性獣だしね……。僕達五人で相手にしても平気な顔してるし……」
「エレオノーレ様を見ている時も鼻の下を伸ばしてるよ?」
「…………」
何もいえねぇ……。俺って皆にそんな風に思われてたんだ……。ちょっとショックだ。いくら俺でもエレオノーレのような小さな子に何かするはずないだろう。いや、『いくら俺でも』とか自分で言ってる時点でちょっとアレなんだけど……。
「エレオノーレ様に何かするはずなどないでしょう?お嫁さん達に信じてもらえていないなんてとても悲しいです。今日はもう不貞寝します」
「フローラ……」
「それでは私達も……」
……俺って完全にお嫁さん達に信用されていない。まるで監視するように、否、俺を監視するために皆も一緒に寝始めたのだった。
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翌朝起きるといつもの日課に向かう。エレオノーレが来ていようともやることは変わらない。エレオノーレを起こさないようにそっとベッドを抜け出して、日課を終えて戻ってくると何やら部屋が騒がしかった。
「あぁ~~~!フローラ!フローラ~~~~っ!どこ~~~!」
「もうすぐ帰ってくるわよ。それまで私達と……」
「ああああぁぁぁ~~~っ!」
うん……。大体の事情はわかった気がする。朝起きたら俺がいなかったからエレオノーレが騒ぎ出したという所だろう。なら騒ぎを止めるのは簡単だ。俺がエレオノーレの前に現れればいい。
「エレオノーレ様、そんなに泣いていては恥ずかしいですよ」
「フローラ!フローラーーーっ!」
俺が扉を開けて部屋に入るとエレオノーレが飛び込んできた。いつも嫌がられているというか、避けられているというか、そういう態度も多々あるけど、何だかんだでちょっとは心を許してくれているんだろう。それがわかるだけでもちょっとうれしい。
「さぁさぁ、それでは準備を済ませて朝食に向かいましょう」
エレオノーレを宥めてから準備を済ませて朝食に向かう。王城でも朝は早いのか、昨晩早くに寝かしつけたからかエレオノーレも朝早くても平気なようだ。
皆で朝食を済ませてから大事なことを思い出した。王様はただお泊り会をさせるためにエレオノーレを来させたわけじゃない。俺が王都を離れてもエレオノーレが泣かないように説得しろと言っていた。でもそんなことが可能なのか?
今まではどうしていたのかわからないけど、少なくとも今朝の騒ぎを見る限りでは少し離れただけでもあの有様だ。ましてやこれから何ヶ月も会えなくなるなんて言ったらどうなるかわからない。絶対にぐずるのだけは確実だろう。
「……というわけで、どうにかする必要があるのですが、どなたか良い案はありませんか?」
一先ずエレオノーレと離れている隙にお嫁さん達に意見を聞いてみる。俺一人では良い案はない。そんなことが出来るのならとっくに説得している。絵日記作戦はもう駄目だ。前回のことで一冊終わったからって帰ってこないんだ、という風に思われてしまったらしい。もう同じ作戦は使えない。
「本当のことを話せば良いんじゃないかい?」
「それでどうにかなるのなら苦労はしません……」
大人が相手ならばクラウディアの言う通りだけど、今までだって駄目だったから色々な手を考えていたんだ。
「一緒に連れていけばいいんじゃないの?」
「そういうわけにもいかないでしょう……」
王女様をあちこち連れ歩くわけにはいかないだろう。エレオノーレを説得出来ないことには今回のミッションはクリアとならない。どうにかしなければ……。
「フローラ様、やはり正直に説得されるべきです。小手先の誤魔化しでは失敗してしまったのでしょう?」
「それは……」
カタリーナの言葉で返事に詰まる。カタリーナの言っていることは正しい。やっぱり相手が子供だからと誤魔化すようなことはせず、きちんと正直に話してちゃんと納得してもらうべきなのだろう。そうと決まればやることは一つだ。
「エレオノーレ様、少しよろしいでしょうか?」
「フローラ!」
ニパッと笑って俺に抱き付いてくる。これからこの顔が泣き顔に変わるようなことを言わなければならない。それはとても辛いけど、だからってこのまま知らん顔で通すわけにもいかない。
「エレオノーレ様……、私はまた暫く王都から離れなければなりません」
「やだっ!やだぁ!フローラ!いっちゃやだ!」
エレオノーレが泣き顔になりながら俺に抱き付いてくる。でもこのままじゃ駄目なんだ。きちんと説明して、ちゃんと向き合わなくちゃ……。
「私は二ヵ月後に戻ってきます。たった二ヶ月だけのお別れではないですか。今までそれ以上のお別れもしてきたはずです。エレオノーレ様ならばそれくらい待てますよね?」
「…………ちゃんとかえってきてくれる?」
エレオノーレの態度が軟化した。エレオノーレだって日々成長している。少し前までは本当にただの幼女だったかもしれない。でも今は分別がつきつつある年齢に差し掛かっているのかもしれない。子供の成長は早い。いつまでも子供だ子供だと思っていたら、あっという間に大人になっているものだ。
「はい。もちろんまた戻ってきますよ」
「じゃあ……、まってる……」
くぅっ!俺の方がギュッと抱き締めて離したくなくなりそうだ。ミコトが言うように連れて行ってしまいたくなる。でも俺達はブリッシュ・エール王国に行くつもりだからエレオノーレは連れていけない。
「エレオノーレ様……」
「…………」
キュッと俺に抱き付いてきたエレオノーレを抱き返す。とても辛い別れだけどこれで最後じゃない。こうして徐々に人は大人になっていくんだ。次にエレオノーレに会った時はきっともっと大人になっているだろう。
城に使いを出したらすぐにマルガレーテが迎えに来た。マルガレーテも加えてまた少し話をして、聞きたいことを聞いて、お昼ご飯を食べたら二人とも帰って行った。二人を見送ってから考える。
マルガレーテに聞いた所やっぱり他では石鹸は手で泡立てるのが主流になっているようだ。そのことについてカンザ商会と話をしよう。それからカンザ商会に俺の侯爵位の正装を用意してもらわなければならない。前回は短い期間に大慌てで用意したけど、今回はまだ十分時間があるからゆっくり作れる。
注文を忘れたらまた正装で大変な思いをしなければならなくなるから、今日のうちにカンザ商会に行って用件を済ませよう。王都を出発する前に色々とわかってよかった。
それから兄はこのまま王都に滞在することになる。国事で貴族が集まった時というのは貴族にとっても重要な時だ。他の貴族が大勢集まっているこの時こそ貴族が顔を売る最大のチャンスとなる。多くの貴族は他の貴族が集まっている時にパーティーなどを開いて交友関係を広げる。また顔を売ったり、どこかと渡りをつけたりもする。
兄は次期カーザース辺境伯だから今のうちからあちこちのパーティーに顔を出して周知しておく必要がある。元々はフリードリヒが継ぐ予定だったからゲオルク兄は顔が売れていないからな。
そしてそうやってパーティーを開いている間に二ヶ月なんてあっという間に過ぎるだろう。俺の陞爵の式典があることを知らされれば貴族達はますます王都に滞在する。兄もそれまで滞在する予定だ。
こうして色々と王都での用件を済ませた俺は、いよいよ久しぶりに、ようやく領地に帰ることが出来ることになった。




