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第四百八話「卒業式!」


 試験期間中、王都に滞在しなければならないのは無駄な時間でストレスだったけど、少しだけ良いこともあった。ロッペ、ヴァルテック、ラインゲン家と派閥合流の話し合いはそれなりに意味のあるものだったし、王都滞在中にお嫁さん達もゆっくり出来たと思う。それだけは良かったと思える要素だ。


 モスコーフ公国と交渉をしているミカロユスからの報告で、どうやら俺が王都を発つ前に第二次ポルスキー王国分割が纏まりそうだという。これも王都を発つ前に王様達に報告出来そうだ。本気で俺を侯爵に陞爵させるつもりなのかはわからないけど、もし陞爵するなら式典は休み明けの新年度以降にしてもらいたい。


 さすがに領地へ帰ろうとしているのに、また式典をするからと王都に追加で何週間か足止めされるのは面倒だ。長期休暇明けにまた王都へ戻ってくるんだから、式典をするのならその時に頼みたい。


 そろそろルートヴィヒとルトガーの卒業式が近づいてきた頃、兄が王都にやってきた。兄の旅は船でステッティンまで来て後は馬車といういつもの俺達のルートとは違う。カーザース家が用意した馬車で陸路を走ってきたようだ。


「やぁフローラ、久しぶりだね」


「ゲオルクお兄様、長旅お疲れ様でした」


 兄を迎え入れつつ労う。何故兄がわざわざ危険も多い陸路で長い時間をかけて移動してきたのか。別に俺が嫌がらせして船に乗せなかったからじゃない。こういう時に大々的に国内を旅してくるのは一種のパフォーマンスだ。


 確かに船に乗ってキーンからステッティンに移動すれば、移動時間も短くて済むし、費用も安く済む。護衛も少なくていいし、宿泊費もかからないからな。日数が短く船賃だけで良いのならコストカットは出来る。でもそれじゃ貴族としては失格だ。


 貴族は国事などで集まる時に、大々的に護衛を引き連れて、それこそまるでパレードのように派手に領地から王都に向かって移動する。当然通った町の各所で食事をしたり、宿泊したり、色々とお金を使わなければならない。それで各地の経済は潤い、回るというわけだ。


 また美しい装束に身を包んだり、強そうな兵を連れて行くことで、自分の家をアピールすることにもなる。カーザース家は立派な衣装を着て、強そうな兵を連れていたぞ!と町の人に噂してもらう必要がある。それに比べてカーン家はみすぼらしい格好に、弱そうな兵だったな!なんて言われては貴族の沽券に関わるというわけだ。


 普通の移動や、緊急の場合ならば可能な限り急げるようにしても問題はない。俺や父が普段の移動で船を使ってどこにも寄らずに直通でも良いというわけだ。でも国事の時は各地でこういう貴族のパレードのようなものが行なわれる。今回は兄もカーザース家当主の名代として来たからそれをしなければならなかった。


「ほんとだよ。うちはフローラが家を改装してくれたお陰で色々便利すぎるね。すっかりあれに慣れてしまって当たり前になっていたけど、こうして外で何日も泊まりながら旅をするとあれがどれだけ便利か思い知らされるよ」


「まぁ!ふふっ。それではこちらでゆっくりお休みください。お風呂の用意も出来ておりますよ」


 兄の言うこともわからなくはない。俺だって上下水もなく、トイレも水洗じゃなくてお風呂もまともにない生活はあまりしたくない。次にブリッシュ・エール王国に行くまでに、せめて仮設でもいいからお風呂とトイレくらいはちゃんと出来ているだろうか。あそこも新市街を作っている間中、ずっと不便だと困る。


「ああ、ありがとう。少し旅の汚れを落としてくるよ」


 兄もお風呂に暫く入っていないと我慢出来ない体になってしまったようだ。すぐにお風呂に入りたいだろうと思って先触れが来た時点で用意させていたけど正解だったな。


「何か夫婦みたいなやりとりね」


「ミコト……、何を言っているのですか……」


 兄がお風呂場に向かったのを見送っているとミコトにそんな言葉をかけられた。そう言われれば確かに、旦那さんの帰りを労って、まずはお風呂を勧めている奥さんという感じに受け取れなくもない。でも俺と兄は夫婦ではないけど家族ではある。この程度の気遣いは当然だろう。何もおかしくはない。


「急にお風呂を沸かしているから私達と一緒に入ろうと思って準備してるんだと思ったのに……」


 ミコトがツーンと唇を尖らせてプイッと横を向いてしまった。本当にミコトはいつまで経ってもお子様だな。


「最近は夫婦の時間も増えているではないですか」


 最近俺がかなり暇になったから、俺達夫婦の時間はかなり増えている。まぁ俺の仕事が減った分、皆の仕事が増えているんだけど……。それでも皆とお出掛けしたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり、色々とお嫁さん達と過ごす時間が増えている。これだけは仕事が減ってよかったと思える部分だ。


「そうですわよ。これ以上贅沢を言ってはバチが当たりますわ」


 へぇ……、この世界でもそんな言葉があるのか。アレクサンドラがそう言うまでそんな考え方がこちらにあることも知らなかった。でもそれなら貴族なんてほとんどの奴がバチが当たりそうだけどな。貴族達はこの言葉を知らないんだろうか。


「お兄様は無事予定通り到着されましたが、卒業式まであと一週間もありません。私達も準備しましょう」


「「はーい」」


 兄は父の名代だけど、俺はカーン家当主として出なければならない。ミコトもアレクサンドラもそれぞれの立場として参加しなければならない。残りの皆にはあまり影響がないイベントではあるけど、学園に通っていたり、高位貴族には関わりがある。


 準備というほど何かしなければならないということもないけど、失敗がないように最後まで気を抜かず入念に備えておかなければな。




  ~~~~~~~




 ようやく待ちに待ったルートヴィヒとルトガーの卒業式、今日の俺は在校生のフローラ・シャルロッテ・フォン・カーザースではなく、プロイス貴族フロト・フォン・カーン伯爵として参列しなければならない。


 事情を知らない者からすれば、在校生でありながら出席していない俺について周りから何か言われる可能性はあるけど、カーン伯爵と在校生のカーザースの娘ではどちらで出るべきかは考えるまでもないだろう。そもそも王様達は俺の正体を知ってるんだから、フローラが在校生で出ていなかったからと何かお咎めがあるわけもない。


 ただちょっとフローラに関して面倒な噂を流されたり、後ろ指をさされたり、そういうことが今後起こる可能性があるだけの話だ。本当にルートヴィヒは俺に迷惑しかかけない奴だな。


 卒業式自体はそれほど変わったところはない。多少やり方ややる事が変わっても基本的には卒業生達に祝辞を述べたり、卒業生達が答辞を述べたりするだけだ。


 卒業生代表として首席卒業者が挨拶をしたり、在校生が応じたり、形だけとはいえ色々と引き継ぎが行なわれたり……。旗だの何だのを引き継ぐといってもその場で渡されるだけだし、特に意味があるとは思えないけど、式典なんてものはそういうものだろう。


 その国の歴史に倣って、他人が見れば無意味に思えるような式典を行っている。でもそういう式典にも礼儀作法も、その国なりの意味や経緯があって、そういうものを大切にすることも重要だ。


 俺は試験とこういう式典以外は学園に行ってないから知らなかったけど、在校生代表で生徒会や生徒会長が出てきている。ルートヴィヒがいる間はずっとルートヴィヒだったけど、今年の生徒会長はヘレーネではないらしい。家格から考えたら例年ならヘレーネが無条件で生徒会長に選ばれてそうだけど、出席してないらしいし他の人がなるのは当然か。


 成績一位ということで俺が何らかの役に選ばれる可能性もあったかもしれないけど、俺もヘレーネと同じく学園に出席していないから、俺もヘレーネも仲良く候補から外れているというわけだ。俺としては余計な役にされたら、ついつい責任感で学園に顔を出してしまいそうだし、こうして放っておいてくれる方がありがたい。


 今年はルートヴィヒとルトガーという二人の王族が卒業することもあり、大勢の貴族達も見守る中で大々的に行なわれた卒業式も、特に問題もなく無事に終わった。王様やルートヴィヒの演説が少々くさかったこと以外は特筆することもない。


 昔はこういう行事に参加させられるだけでも緊張したものだけど、やっぱり場数と経験は大事だな。今となってはこの程度の式典では大して緊張しない。これなら俺が全員から注目される陞爵の式典の方がよほど大変だ。


 そんなわけで無事に卒業式も終わったので帰路へとついたのだった。




  ~~~~~~~




 卒業式から数日後、今度は俺達の終業式が行われた。こちらは貴族は参列しないから簡単なものだ。特別なこともないいつも通りの終業式が滞りなく行なわれ、成績も発表される。相変わらず俺が一位で、ミコトとアレクサンドラの成績が上がっていた。授業に出席もしていない者がどんどん成績を上げているとか、他の生徒達は堪らないだろうな……。


 まぁそれは自分達の努力が足りないのが悪いのであって、頑張って成績を維持するどころか上げている二人に何か言うのは大間違いだ。


 終業式が終わったらすぐ王都を発つ!と言いたい所だけどそうはいかない。ミカロユスからきた報告を王様達にしなければならないからな……。


「失礼いたします」


「おお、フローラ、よくきたな」


 王様への報告に来るとディートリヒと二人で待ち受けていた。今日の用件は言っていないはずだけど妙に上機嫌だな。


「第二次ポルスキー王国分割についてご報告にあがりました」


「うむ。聞こうか」


 また前の地図を広げて王様に報告していく。どうやら俺とミカロユスが当初話し合っていた分割ラインは『最低限これだけは確保するつもり』というものだったようだ。実際に今回の第二次分割で決まったラインはそれを大幅に超えていた。ミカロユスが手腕を発揮してかなりの範囲をもぎ取ったのだろう。


「ほう……。聞いておったよりも相当広いな」


「はい」


 他に答えようがない。俺だってまさかミカロユスがこれほどもぎ取ってくるとは思ってもみなかった。王様からすればうれしい誤算かもしれないけど、俺にとっても思わぬ誤算だ。当初予定よりこれだけ広がるなら防衛計画や都市計画を考え直さなければならない……。仕事が増えた……。ちょっとうれしい自分がいる……。


「それではカーン卿を侯爵へ陞爵する式典だが……」


「長期休暇明けにお願いします。学園の始業式を終え、陞爵の式典を行い、その後にシャルロッテンブルクの町開きでいかがでしょうか?」


「うん。それでいいね。陞爵の式典で集まった貴族達をそのまま町開きに駆り出せる」


 特に反対されることもなく予定が決まった。王様やディートリヒは割と決断が早いからその辺りは助かるところだ。うだくだと悩んで結局結論が出ないなんていう相手は面倒だからな。


 細かい日程や貴族を集めるにあたっての話が詰められる。今から二ヵ月後くらいにまた王都で式典があるから集まれと言われたら、遠くの貴族はこのまま王都に滞在するだろう。一度帰ってもまたすぐに来なければならなくなるからな。


 そして参列しなければならない陞爵の式典で貴族を集めておいて、特に絶対参加しなければならないということはない町開きにも、王都にいるんだから参加しろと王様とディートリヒが尻を叩くつもりだろう。


 陞爵の式典は国事だから、よほどの理由がない限りは貴族は参列しなければならない。最低でも名代を寄越すくらいはする必要があるだろう。でも町開きなんて本来はそこの領主が勝手にやっていることであって、他の貴族が絶対に参加しなければならない理由はない。招待されたら出てやってもいいという程度の話だ。


 それを次のシャルロッテンブルクの町開きは、王様とディートリヒが王都に滞在している貴族をある程度強権的に呼び出して参加させるつもりらしい。何故シャルロッテンブルクの町開きにそんなに他の貴族を参加させようと思っているのか知らないけど、こちらとしては割と良い迷惑なんだけど……。


 まぁ向こうには向こうの思惑があるんだろう。王様達の思惑や策略をいちいち気にしていたらキリがない。どうせこちらは逆らえない以上はある程度言われた通りにするしかないだろう。


 そんな話をしていると突然扉がバーンッ!と大きな音を立てて開かれた。


「フローラ!またいっちゃうの?いっちゃやだー!」


「エレオノーレ様……」


 扉を開けたエレオノーレはいつものように俺にダイブしてきた。慌てて受け止める。絵日記の件で拗ねていたエレオノーレもここの所、前までのように戻っていたけど、俺がまた王都から離れると知って、これもいつものように泣いてダダを捏ね始めたのだった。



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 新作連載を開始しています。よければこちらも応援のほどよろしくお願い致します。

イケメン学園のモブに転生したと思ったら男装TS娘だった!

さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] エレオノーレ様かわいい [気になる点] そのうちシャルロッテンブルクに家を持つことが貴族のステータスになったりして [一言] よく考えたら貴族が王都にやってくる時の経済効果は高いよな 参勤…
[良い点] エレオノーレ様、フローラ様への依存度が上がってる~ww。 [一言] ミカロユス頑張り過ぎー! あとフローラ様、仕事が増えて喜んでるし…。
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