第四百七話「派閥作り!」
どこに居ても届く各地の書類や商会の仕事を捌きつつ、早く卒業式と終業式が終わらないかと待つ日々が続いている。日程的に王都にいることは前からわかっていたことではあるけど、こうして特にすることもなく、日課の書類仕事だけして王都に滞在していると無駄に感じて仕方がない。これならさっさとブリッシュ・エール王国にでも行きたい。
とはいえ今年はルートヴィヒ王太子殿下の卒業式だ。これを無視することは難しい。うちのゲオルク兄ですら父の名代としてルートヴィヒの卒業式にやってくるそうだ。近隣貴族だけでなく、国中から貴族かその名代が集まる一大イベントになるらしい。
たかが学校の卒業式で……、と思わなくもないけど、学園を卒業すればこれからルートヴィヒは国王になるための実務に関わっていくわけで、これからは王の代理や代行をすることも増えてくる。そんなルートヴィヒを無視するようなことをすれば、その貴族家がどんな扱いを受けるかわからない。
ヴィルヘルムやルートヴィヒが穏健派だからと、どんなことをしても貴族に甘い顔をするかと言えばそんなことはない。俺からすれば罪が軽すぎると思えるけど、実際にバイエン派閥には相当大きなダメージを与えている。機嫌を損ねたから嫌がらせをする、ということはないにしろ、潰そうと思っていた貴族家が反抗的ならそれを理由にする可能性は十分ある。
そんなわけでルートヴィヒの卒業は国中の貴族を巻き込んだ大イベントであり、俺も無視して領地へ帰るというわけにはいかない。カーザース家は兄が来るからいいじゃないかと思っても、カーン家の代理はいないからな。代理と言っても誰でもいいわけじゃなくて、家族、特に嫡男なら良いけど、ただの配下の一人とかを代理に出すのは駄目だ。
カーン家には家族も跡継ぎもいないし、代理が可能な者が存在しない。ヘルムートやカンベエが駄目なのは今言った通りだし、お嫁さん達を家族として送り出すわけにもいかない。お嫁さん達が俺のお嫁さんだと世間的には通らないし、お嫁さん達を残して俺だけ領地に帰っても意味がない。
そして卒業式まで王都にいるのならその数日後にある終業式も出れば良い。たった数日のために終業式だけ出ずに戻るほど切羽詰った状況でもないしね。それなら角が立たないように卒業式も終業式も出るしかなくなる。
王都にいる間にせめて何かもっと良い時間の使い方があればなぁ……。
両親がいないから修行もあまり捗らないし、仕事や視察もすることがない。研究所に通って研究を手伝うということも出来ないし……。今出来そうなことと言えば俺が独自に研究内容やアイデアを書き留めることくらいか。あとは魔法の研究くらいかな。
たまにだとこういう休みも良いんだけど、こう何ヶ月もこんな暇が続くとどうにも落ち着かない。仕事……、何か仕事はないのか……。
「フローラ殿、どこかの使用人が手紙を持ってまいったがいかがする?」
「手紙ですか?」
俺が執務室で暇を持て余しているとカンベエがやってきて手紙を差し出した。事前に手紙で連絡してくるということは、どこかの貴族の使いか、そういうことがわかっている大手商会が相手だろう。そう思って受け取った手紙の差出人を見てみれば……。
「ロッペ侯爵家……、ジーモンから?」
ロッペ侯爵家で直接の知り合いと言えば同級生のジーモンしかいない。一年の時に野外演習でモンスターの襲撃を受けて以来、男子の実技試験は内容が変わっているから手紙も出してこれるのかもしれないけど、まだ試験中のはずなのに一体何の用だろうか。
封を切って手紙の内容を確かめる。でもただ話がしたいから会いたいと書かれているだけで、その話の内容などには触れられていない。場所はうちの屋敷が良いらしい。相手が誘っておいて自分の家ではなく相手の家に訪ねたがるということはよほどのことだろうか。
あと手紙には三人で訪ねるとあった。三人って誰だ?一人はもちろんジーモンだろう。もう一人はエンマか?あのバカップルならそれもあり得る。もしかしたら二人の結婚が決まりましたとかそういう?でもそれならもう一人は誰だ?ジーモンの親……、とは考え難いけど……。
とりあえず手紙を持ってきた使いが待っているらしいのですぐに返事を書いて持たせたのだった。
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暫くが経ち、手紙で約束した日に一台の馬車がやってきた。新しい男子の実技試験については詳しく把握していないけど、今年はルートヴィヒ王太子殿下の卒業式もあるために短く短縮されてもう終わっているらしい。本当にルートヴィヒはあちこちに迷惑をかけるやつだ。偉い奴は少し動くだけでも周囲に大迷惑をかける。
玄関で待っていると外で何か話し声が聞こえた。手紙には外で出迎えずに中で待っていて欲しいと書かれていた。そのことから察するに人目につく外で長々やり取りをしたくないということだろうと了承したけど、どうやら外で揉めているらしい。扉を少しだけ開けて外を覗いてみれば……。
「さすがにそのような格好の方を主の前にお通しするわけには参りません」
「無礼は承知の上です。でもどうかお願いします。あまりここで騒ぎは起こしたくありません」
家人達が止めているのは全身をローブで隠した三人だった。手紙でも三人で訪ねるとあった。あのローブの三人がそうなのだろう。
確かに家人達の言うことはわかる。主人の前にこんな怪しげなローブの者達を通すわけにはいかない。もしこれが暗殺者とかであればローブの下に武器を隠しているかもしれない。そもそも顔もわからない者を主人の前に通すなどあり得ない話だ。
それがわかっていても向こうはそのまま通して欲しいと言っている。よほどの訳有りなんだろう。それに声からすれば今話しているのはジーモンだと俺にはわかる。声を変える魔法もあるかもしれないけど、というか実際に俺は使っているから存在し得るけど、そんなことまで疑っていたら話が進まない。
「良いのです。そのままお通ししなさい」
少しだけ開けた扉からそう声をかけた。家人達は驚いていたけど俺にそう言われて逆らうことは出来ない。ローブ姿の三人がやや慌てて玄関へと入って来た。そして先頭の一人がフードを取って顔を見せる。
「すみませんフローラ様。このような格好であることをお許しください」
「いいのですよジーモン。挨拶も後にしましょう。あまり目立ちたくないのでしょう?」
「はい。ありがとうございます」
わざわざ姿を隠して来たのだからそれなりに理由があるんだろう。ここで押し問答をしていても埒が明かない。もう中に通して詳しい話を聞いた方が手っ取り早い。
ジーモン達を応接室に通して他の者は下がらせる。わざわざ姿を隠して来ているんだから知られたくない会話をしにきたんだろう。
「それで……、これは一体何事ですか?」
「まずは……、このような格好で押しかけて申し訳ありませんでした」
ジーモンがローブを脱いでから跪いた。そんなに畏まるほどのことでもないと思うけど、相手がそうしなければならないと思っているのなら謝罪を受け入れればいい。
「謝罪は受け取りました。顔を上げてください。そちらの二人も」
「すみません、カーザース様」
「ごめんねフローラ」
ジーモンと一緒に来た二人はエンマ・ヴァルテックとクリスタだった。この三人が揃っていることも驚きだけど、さらにわざわざ姿を隠していたというのが解せない。この三人なら別に堂々とうちに来ればよかったと思うんだけど、何故こんなことをしたんだろう。よほど重要な話でもしにきたのか?人に知られたくないような?
いつまでも立っていても話は進まないので、席を勧めて座ってから落ち着いて話を聞く。
「これほど手の込んだことをするということは、よほど大変なことでもありましたか?」
俺の言葉に三人は顔を見合わせてから頷き合っていた。雰囲気からしてジーモンとエンマが結婚しますとかそんな簡単な話ではないだろう。それならここまでして隠す意味もないし、二人だってもっと幸せそうにしているはずだ。こんな深刻な顔をしてやってくるはずがない。
「フローラ様……、僕達、いえ、ロッペ侯爵家、ヴァルテック侯爵家、ラインゲン侯爵家をカーザース辺境伯家の派閥に加えてください」
「…………え?」
一瞬何を言われたのか意味がわからず思考が停止する。ジーモン達と仲間になるんじゃなくて、ロッペ、ヴァルテック、ラインゲンの家がカーザース家の派閥に入る?
「それは各家の総意としてですか?」
「「「はい」」」
俺の問いに三人は迷うことなく即答した。三人が個人的に言ってることではなく、今日は各家の代表としてやってきたという意味になる。ただ三人がそうだと言ったからと鵜呑みには出来ない。特にラインゲン家は隠居させられたカールの跡を継いだ兄というのは、バイエン公爵派閥にべったりだと聞いた所だけど……。
「何かそれを証明する物はありますか?」
こんなことを言われて『やったぜひゃっほい!』なんてすぐに飛びついて喜ぶ者はいない。何か裏があるか、この三人が勝手に決めて言い出したことである可能性もある。三人を信じていないとか何か企んでいるというわけじゃなくて、勝手な暴走や思い込みということも有り得るからだ。
「これは現当主、そして次期当主の連名の手紙です」
まず最初にジーモンが懐から大事そうに包まれた手紙を出してきた。そこには現当主、次期当主の連名と押印まであった。手紙の内容はジーモンを使いに出すけど、カーザース派閥に入りたいというのはロッペ侯爵家の総意だという説明が簡単に書いてある。
次にエンマもヴァルテック家からの手紙を差し出した。こちらも内容的にはほとんど変わらない。ただヴァルテック家は詐欺事件の影響もあって今後傾く可能性が高い。ヴァルテック家の願いはせめてロッペ家に嫁ぐ娘のことを頼むというような感じだ。ヴァルテック家も可能ならば派閥に入れてもらいたいようだけど、裁判のこともあるから今後どうなるか確約は出来ないと記されていた。
クリスタの手紙も基本的にはほとんど同じだ。ラインゲン家をカーザース派閥に入れて欲しいというもの。現状ではクリスタの兄が現当主をしているけど、何とか説得するか、場合によっては隠居させて交代するつもりだという。またラインゲン家本体がこのままバイエン派閥だったとしても、クリスタの身だけは頼むと書かれている。
つまり可能なら三家ともカーザース派閥に、ヴァルテックとラインゲンは家そのものがバイエン派閥から足抜け出来ない場合は、せめてその娘達だけでも頼むという話のようだ。
どの家の言っていることもわかる。現実が見え始めたことで沈む泥舟であるバイエン派閥からどうにかして抜け出そうとしているんだろう。それが無理で家が没落するとしても、せめて娘達だけでも逃がしてやりたい。その思いははっきりわかる。
正直に言えば俺としても悪い話ではない。敵の派閥は分裂して弱り、こちらには味方が増える。もし仮にヴァルテック家やラインゲン家の言葉が嘘で、スパイをしようとこちらに近づいているとしても、俺が重要なことを他の家に教えなければ何の問題もない。
バイエン家もそういう傾向があったようだけど、主家がほとんど全て独断で決めて、重要なことですら派閥の者にあまり知らせていなかった。それと同じようにこの三家が信用出来ると思うまでは重要な話は流さず、適当にバレてもいい情報だけを流しておけばいい。もし敵と通じているスパイだったなら逆にその情報源を利用して偽情報を流すなど欺瞞にも使える。
この三人のことをそれなりに信用しているとしても、その実家三家を信用出来るかどうかは別問題だ。手紙を渡された三人は本気で実家がうちに鞍替えすると思っているけど、実家の方はスパイのためにカーザース家に近づこうとしている可能性もあるからな。三人とその実家への信頼は切り離して考えなければならない。
あとカーザース派閥と言ってるけど今までカーザース家には派閥などなかったし、恐らくこれからも作る気もないだろう。この三家には表向きはまだカーザース派閥ということにしておくけど、実質的にはカーン家派閥だということもいつか話さなければならない。
まぁそれはせめて俺が侯爵に陞爵してからだな……。派閥の長が伯爵で、派閥貴族が皆侯爵や辺境伯では色々と都合が悪い。せめて俺も侯爵になってからでないと……。そのことも含めて今の所はカーザース派閥ということにしておく方が良いだろう。
「お話はわかりました。ただ今すぐこの場で答えられるものでもありません。まずは話し合いましょうか」
「「「はい」」」
いつもの友達の顔ではなく、責任ある貴族の顔になった三人が頷いた。その後俺達は遅い時間まで今後について話し合ったのだった。




