第四百六話「おやつネタ切れ!」
まだ完全に泣き止んだとは言い難いけど、一応大人しく俺に抱かれているエレオノーレの頭や背中を撫でる。かなり泣いていたから泣き疲れてきたんだろう。
「実は其方が帰ってこないと今まで何日も散々泣いておってなぁ……」
「ぅ……、それは……、申し訳ありません……」
俺は全て予定通りの日程をこなしているだけだ。王様達にも学園の試験の前に戻ってくると大まかな日程は伝えていた。でも絵日記をいっぱいまで描いたら帰ってくると伝えていたエレオノーレは、一冊目が終わったら帰ってくると思っていたんだろう。今までそうだったからそう思われても仕方がない。
絵日記を二冊渡したから二冊分と考えるだろうとか、二ヵ月半以上かかると言ったんだからわかるだろうというのは大人の言い分だ。エレオノーレがそれできちんと納得していなかったのなら、納得するまで説明しなければならなかった。俺はそれを怠ってこの事態を招いたと言える。
「まぁまぁ、それではそろそろおやつにしましょう。もちろんありますよね?フローラ姫?」
「はい……、用意させましょう」
「おやつ!フローラのおやつ!」
ディートリヒに言われて俺は項垂れる。そしておやつと聞いた途端に元気になるエレオノーレ……。もしかして俺は……、嵌められたのか?こうしてどんどん俺がおやつを持ってきて当たり前、持ってこなければならないということを既成事実化されていっているんじゃないだろうか?
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おやつと聞いて機嫌が良くなったエレオノーレと、おっさん二人を連れて部屋を移動する。着いたのはいつもの王族のリビングだ。何かもう俺まで当たり前のようにこんな所に出入りしている。明らかにおかしい。俺はもう王族の許婚候補でもないし、こういう家族付き合いはよくないんじゃないだろうか。
「いらっしゃいフローラ!」
「待っていましたよ」
「ご無沙汰しております、王妃殿下、マルガレーテ様」
部屋に入るとエリーザベト王妃とマルガレーテがいた。ルートヴィヒはいない。
「ルートヴィヒ殿下はルトガー殿下と一緒に学園の用事があるそうです。今年ご卒業されるのでその関係だそうです」
「ソウデスカ」
マルガレーテが説明してくれるけど正直興味はない。いないならいないで『ふーん』というくらいだ。むしろいないならいない方が良いくらいにしか感じない。
「それで、今日はどのようなものを?」
王妃様よ……。あんたもか……。あんたも娘と一緒で俺のことをおいしいおやつをくれる人くらいにしか思ってないんじゃないのか?
俺はひねくれ者だからそんな風に扱われて期待されるなら、珍味と称してゲテモノでも持ってきてやろうかという気になってしまうぞ。まぁ実際に王族にそんなものを出して不評を買えば、最悪処刑されても文句は言えないだろうし、実際に実行するだけの度胸はないんだけどな!
「数ヶ月毎に新作料理や新作お菓子を作るのは本職の料理人でも難しいことですので……」
一応言うだけ言っておく。俺は数ヶ月間隔くらいで王城にきてお菓子を出している。俺が料理の専門家で料理だけしていればいいというのなら、数ヶ月もあればそれなりの新作が出来るかもしれない。でも俺は料理人でも料理研究家でもなければ、暇を持て余しているというわけでもない。
領主として広大な領地を治めつつ、東奔西走であっちこっちを走り回らされている。しかも割と王国とか王家の都合でな。ブリッシュ関連は俺の都合だとしても、国の西の端から東の端まで走り回っているのは王様とディートリヒのせいだ。
そんな状況で毎回毎回画期的な新作お菓子を作るなんて出来るはずがない。ちょっとしたアレンジやバージョン違いなら出来るけど、期待されるほど新しいものなんてポンポン出来るのなら料理人にでもなるってもんだ。
「それでも持ってきておるのだろう?」
「まぁ……。ですがこれは私が新しく考えたものとは少し違います。前回同様、魔族の国のお菓子に手を加えたものです」
俺がそう言って合図をすると今日のお菓子が運ばれてきた。黒っぽいというか、濃い紫や赤が混じったような色の四角い塊と、熱い緑茶。これが今日のおやつだ。
「これは?」
普通なら色や見た目で敬遠されたり、文句を言われたりするかと思う所だけど、王様達は俺が出す物をある程度は信用しているのか、その見た目だけで判断したりはしないようだ。俺にとっては慣れ親しんだものだし、口にすれば甘いけど、知らない者が見れば見た目はあまり良いとは言えないと思うけど。
「これは羊羹です。このように……、お付けしている串で切って、刺して、召し上がってください」
少しだけ見本に羊羹を切って食べる。うん、甘い。魔族の国には小豆やあんこがある。現在の魔族の国には現代日本人が想像するような羊羹はまだないけど、大量の砂糖と寒天もどきを確保しているカーン家ならば、あんこを使って羊羹を作ることなど造作もない。
魔族の国にも似たような物は出来つつあるようだけど、ミコトもカンベエも俺が作った羊羹は見たことがなかったと言っている。王様達には魔族の国のお菓子だと言ってあるけど、実際には魔族の国のあんこから俺が発展させた新しいお菓子と言えなくもない。
「ほう!これはなかなか……」
「美味しいけど私には少し甘すぎるかな」
反応は上々のようだけど、砂糖がかなりたくさん使われているから甘ったるい。ディートリヒのような大人の男性には少し甘すぎると感じるようだ。
「少し甘味を流すのにこの渋い緑茶をお飲みいただくとよろしいかと存じます」
そう言って俺は副えてあった緑茶を啜った。甘い羊羹と渋めの緑茶、とても合う。王様達がどう思うかは知らないけど、日本人ならこの組み合わせがとても馴染むだろう。
「なるほど。これならすっきりしてまた食べられる」
ディートリヒも緑茶を飲みながら羊羹を食べるのが合ったようだ。というより、他の者も含めて羊羹を食べるのが初めてなんだから、俺が教えたものが教えられた者の常識になる。羊羹には緑茶!と最初に教え込まれればそれに慣れてしまうものだ。
「…………」
「エレオノーレ様」
「――ひぅっ!」
そーっとこちらに手を伸ばしているエレオノーレを呼ぶと飛び上がった。俺の隣に座っているエレオノーレは、俺の前に置かれているお皿に手を伸ばしていた。自分の分のお皿はすでに綺麗に空になっている。
「おかわりが欲しいのならばそう言われるのは構いません。ですが黙って人の物を取ってはいけませんよ」
何か今日のエレオノーレは妙にやんちゃというか、悪戯をするというか、いつものエレオノーレらしくない。エレオノーレはまだ子供ではあるけど、ちゃんと王族として教育されて育ったお姫様だ。遊んでいる時は多少やんちゃなこともあるけど、マナーや作法はきちんとしていたはずなのに今日はおかしい。
「エレオノーレがそんなに甘えるなんて、本当にフローラのことが好きなのねぇ」
「え?」
エリーザベト王妃の言葉に俺は困惑する。何を言っているのかよくわからない。
「子供というのは信頼している相手や大好きな相手には甘えて悪戯をするものだ。子供といえど警戒している相手には無防備な所は見せることはなく、悪戯したり甘えたりはしない。エレオノーレは余にもそんなに甘えることはないぞ」
そう……、なのか?これはエレオノーレなりの、俺への甘えや信頼なのだろうか?
年下の兄弟もおらず、当然子供を産んだこともない俺にはよくわからない。でも何人も育てた大人達がそういうのならそうなのかという気もする。
「何年も一緒に過ごしても、私にはこのように甘えてくださることはありませんでした。フローラは凄いですね」
「マルガレーテ……」
少し悲しそうにマルガレーテが目を伏せる。俺からすればエレオノーレはマルガレーテにも十分懐いていたように思う。マルガレーテが懐かれていないというのは大間違いだろう。
そして俺の場合は俺に甘えているというより、俺は何かおいしいお菓子をくれる人、くらいにしか認識されていないんじゃないだろうか。『子供なんてお菓子で釣ればちょろい!』なんて言うつもりはないけど、お菓子やお土産をくれる人におねだりするくらいはすぐにするようになると思う。
そんなことを話しながらもおやつの時間は過ぎていき、エレオノーレは疲れたのかお昼寝をしてしまった。最後にもう一度王様とディートリヒと三人で別室で顔を合わせる。
「ヴィルヘルム国王陛下、ポルスキー王国から得られるであろう新たな領地ですが……、王家の直轄地としていただくというのはどうでしょうか?」
「む?」
「……」
俺の言葉にディートリヒと二人で顔を見合わせていた。はっきり言って次に得られる場所は旨味よりも労力の方が大きい。もちろん、第三次、第四次とどこまでいくかわからないけど、もっとポルスキー王国の領土を分割させれば安定しやすいかもしれない。でも今決められている範囲を得ても、北西から南東にかけて細長い領地を得るだけだ。
得る領地の幅の厚みがもっとあるのなら良いけど、とりあえず今回分割されそうな範囲は非常に細長くなってしまう。今回の最優先目標はオース公国とモスコーフ公国の国境がポルスキー王国分割によって接しないようにすること。だからその間を遮断するように長く分断する形になる。
こんな細長い領地では防衛が大変なのに、端から端までの移動距離が長く、工業的にも商業的にも旨味はほとんどない。今後もっとポルスキー分割がされて、領地に厚みが出るのならおいしくなるだろうけど、現時点でこの細長い領地を守るのは負担が重過ぎる。
「ふむ……。其方の言いたいことはわかった。ならばこれまでの国境警備に置いていた兵を、第二次分割で得られるであろう国境の警備に移動させても良い。どうであろうか?」
俺ははっきりと言ってないけど、王様達は俺が『そんな細長くて不安定な国境線をもらってもいらねぇ!お前らで防衛しろ!』と言ったと理解しているということだろう。
今後さらにポルスキー分割が進んで、ポルスキー王国中央部を得れば大きな利益となる。今はまだ細長くて不安定な国境線だとしても、将来的なことを考えれば王家が押さえておくことは利益なはずだ。それなのに何故俺に無理に押し付けようとする?
旧国境の兵力を貸し出してまで俺に統治させるくらいなら、その兵をもって新たな領地を王家が押さえて、統治や治安維持の協力の名目でカーン騎士団国に援助させればいい。俺に領地を与えて直接統治させようとする意図は何だ?
俺としてはこれ以上の東進は避けたい。俺は西の海に出たいのであって、東のステップに出ても……、まぁ悪くはないんだけど、それを全て管理しろというのは無理がある。
とはいえ……、こう言われた時点でどの道、負け、だ。国王陛下が俺に領地を与えると言った。俺が固辞しようとしても逆らえるものではない。領地を取り上げられると言われて抵抗するのならわかるけど、領地を与えられると言われて、何度か辞退しても王様が与えると言われたらそれはもう受けるしかない。
「…………国境警備兵をお借りする必要はありません。その勅命、承りました」
どうせ断れないのなら足手まといの国軍などいらない。連携の取れない友軍に足を引っ張られるくらいなら、やらなければならないのなら自分の軍だけで動く方がまだマシだ。
あるいは国軍をうちの軍に付けることで何かを探ろうとしている可能性もある。大砲や鉄砲の運用方法や技術漏出は避けたい。うちはうちで出来るだけ独立して行動する方が良い。
「そうか。それでは東の国境は任せるぞ、カーン侯爵」
「はっ!」
まだ侯爵じゃないはずだけど……、侯爵ともなれば辺境伯と同格。つまり地方の防衛や国境防衛の任務を任されることになる。案外俺を侯爵にしようとしているのは、カーン家を東の国境を守る要石にしようとしているのかもしれない。
国王と配下の貴族なんだからある程度こういう関係なのは止むを得ないけど……、国内の敵も、国外の敵も、全てカーン家に任せようとしているような気がしてどうにも納得がいかないな。
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その日のエレオノーレの絵日記には……。
『きょうふろーらがかえってきた!ようかんおいしかった!ふろーらのようかんをとろうとしたらおこられたけどわけてくれた!』
絵には何人かの人がお皿?らしきものに乗った黒いものを食べているらしい様子が描かれていた。絵日記四冊目の途中にして、初めて、ようやく、フローラのことについて言及されていたのだった。




