第四百五話「泣かせた!」
クリスタと話し合ってから数日が経ち学園の試験を受けた。どうせ三日で終わるようなこんなイベントのためにいちいち王都に戻ったり、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりととても面倒臭い。あと一年の我慢とはいえ、逆に言えばあと一年、ほんの数日やってくるためだけに全ての行動が制限されるかと思うと本当に面倒だ。
さらに面倒なのが試験が終わってから終業式までの間の時間が完全に無駄だということだろうか。試験が終わったらさっさと自由になれるのならまだ良いけど、試験が三日で終わっても終業式まで結局一ヶ月は王都にいなければならない。これがまた面倒臭い。
今の俺は王都に居てすることはあまりない。シャルロッテンブルクの建設は町開き前の最終段階まで進んでいるし、毎日俺がいても何をするのかというレベルだ。他の用事も何日か指示を出せばすぐに終わるようなものばかり。
今王都関連で一番重点を置いていることは精々バイエン派閥、ナッサム派閥の動きの監視くらいだろう。遠くにいる時よりも早く報告を受けられることと、実際に見て来た者の言葉を直に聞けることくらいしかメリットがない。
一番現地にいなければならないのはブリッシュ・エール王国だろう。あそこはまだ完全に纏まっているとは言い難い。これから国が形作られていく重要な時期であり、そこに俺が居ないというのは大きな問題だと思う。
もし俺が不在の間に一部の貴族が勝手なことをしていたら、それこそ向こうの国でのバイエン派閥やナッサム派閥が誕生しかねない。今こそきちんと手綱を握って管理しておかなければならない時期だと思うけど、その重要な時期に現地に行けないのは何かと問題だ。
そうは思うけど今年はルートヴィヒとルトガーの卒業式もある。去年なら終業式なんて放り出してブリッシュ・エール王国へ向かってもよかっただろうけど、今年は俺の終業式だけじゃないからまだ王都に残らざるを得ない。
本当に面倒だな……。何かルートヴィヒとルトガーには最初から最後まで迷惑しかかけられていない気がする。マルガレーテがいるからまだ何とかなるかもしれないけど、もしルートヴィヒ一人で次の王になっていたら、そのうち俺がプロイス王国に反乱を起こしていたかもしれないな……。
今はもちろんマルガレーテとの関係があるから、ルートヴィヒが多少アレでも我慢すると思うけど……、もしこれでルートヴィヒの結婚相手がヘレーネとかだったら、絶対プロイス王国を潰すことになってたよな……。今から考えたら恐ろしいことをしようとしていたものだ。
それはともかく今日は王城へとやってきた。登城の予約を取っていたからやってきたけど……、あまり気が進まない。王城に来るのなんてエレオノーレに会うことくらいしか楽しみがない。でも今回はエレオノーレに会うのもテンションが低いからな……。
まず今回は絵日記の最後のページを俺との思い出で締めくくるという、これまでのパターンを破ることになる。ページ数的にもうエレオノーレは三冊目を使い切っているはずであり、一冊目、二冊目と俺が最後を飾ったはずなのに、その記録が三冊目で切れてしまっている。
また俺が王城に来るとエレオノーレも含めて王族達が皆新しいお菓子やお土産を期待してくる。でもそんな毎回毎回画期的なお菓子が作れるわけがない。バニラやチョコが手に入ればお菓子のレパートリーも増えるだろうけど、今の状況じゃこれ以上新しい物が次々出てくるというのは無理な話だ。
正直に言えば毎回毎回新しい物を用意するのがしんどい……。別に無理に新作じゃなくても良いんだろうけど、何かそういう圧力を王族からかけられるのは負担だ。
そして最後に王様やディートリヒと会ってもどうせ碌な話はないだろう。バイエンやナッサムをぶっ潰しても良いって言うのならいくらでも会うけど、向こうは裏で暗躍しているのにこっちには表立って相手を潰すような真似はするなという空気を感じる。
実際にそう言われているわけじゃないけど、少なくとも王様やディートリヒの考えとしては、俺がバイエンやナッサムのような大貴族とその派閥を潰すようなことは避けたいだろう。そんなことになったら俺の力だけが強くなりすぎる。王様達からすればカーン家、バイエン家、ナッサム家が睨み合って潰し合う方が都合が良い。
王家や国の安定を考えれば王様の考えもわからなくはないけど……、ちょっと頭が固いというか古いというか……。貴族間のパワーバランスを取って、お互いに牽制や消耗をさせ合い、それを王家がコントロールすることで国を支配するやり方はこれからの時代には合わないと思う。
それがプロイス王国やプロイス王家の方針だというのなら勝手にすればいいけど、その歯車の一つとして利用されるこちらが王家に対してどう思うのかは考えた方が良いんじゃないだろうか。俺が言われたことだけを忠実に守る忠誠心の塊だと思っているのなら大きな勘違いだ。
まぁ……、そうは言っても俺もまだ王家に逆らうつもりはない。あっ、間違えた。向こうから余計なことをしてこない限り逆らう気はないよ?完全に従う気もないだけだ。別に時期が来たら反乱を起こしてやろうとか、簒奪してやろうというつもりはない。
ただ、王様達首脳部が今の王国の体制を維持しようと思っているのなら、俺は少し王家や首脳部と距離を取ることになる。王家が勝手にひっくり返るのは知ったことじゃないけど、それに巻き込まれたら堪らないからな。今は領地を整えて、力を蓄えつつ他のプロイス貴族達の動きを離れて見ておくべきだ。
「本日お約束をしているのですが……」
「フローラ様、いつも申し上げておりますがフローラ様はそのまま自由にお入りいただいて構いませんよ」
断る。これは証拠でもある。毎回ちゃんと登城記録を残すというのは何かあった際の証拠になり得る。いつも登城記録をちゃんと残さない者は、その時は顔パスで手間がないと思っても、後で何かがあった時にそういった客観的証拠がないと判断されかねない。
きちんと手続きや手順を踏んで、係りの者にも直接会って、毎回きちんとしているということが信用の積み重ねになる。
そんなことを説明したりはしないけど、適当に笑ってお茶を濁しつつ案内されて後宮に入ってみれば……。
「やぁフローラ姫。後は私が案内を引き継ぐから良いよ」
「かしこまりました」
「御機嫌ようディートリヒ殿下」
途中で待っていたディートリヒと案内が交代する。今日も俺を待っていたのか?そんな重要な話はないと思うけど、何か面倒事でも起こったのだろうか?
「さぁどうぞ」
「失礼いたします」
ディートリヒがいつもの王様の私室に俺を通す。中で王様がすでに待っていた。
「来たか、フローラ」
「ご無沙汰しております、ヴィルヘルム国王陛下」
簡単に挨拶してから席を勧められて座る。わざわざディートリヒが待っていたくらいだし、何か問題でもあったのかと思ったけど、二人の表情はリラックスしている。緊急事態があったようには思えない。
「それではまずは報告を聞こうか」
「報告?第二次ポルスキー王国分割についてということでよろしいでしょうか?」
「うむ」
俺が今王様達に頼まれている仕事と言えば他に思い浮かばない。魔族の国との件はもうまとまったし、外敵との戦争も今はない。今受注中の依頼は第二次分割のことくらいだ。
「それでは……、まだモスコーフ公国に働きかけている最中ではありますが、第二次分割で交渉する予定の範囲から説明いたします」
精度の低い地図を取り出して説明していく。こちらが最低限確保しなければならない場所や、交渉の際に条件に出して駆け引きに使う範囲や内容を話す。
「モスコーフに働きかけていると言っていたけど、オース公国は説得済みなのかな?」
なんだこれは?引っ掛けか?それとも俺がちゃんと王様達の考えを理解しているかどうか試しているのか?
「一応オース公国にも連絡はいたしますがオース公国は第二次分割には参加しないでしょう。そして第二次に参加させないために今分割交渉を進めているものと考えております」
「ふむ……」
「しかし時間が空けばオース公国も手が空く可能性はあるよ。間に合いそうなのかい?」
やっぱり王様達もオース公国がバルカンス半島の戦争で手一杯の間に第二次分割をして、オース公国を除け者にしておこうと考えているんだろう。ミカロユスの言葉とも一致するし、オース公国を信用していないのならこの判断は頷ける。
「あと一月ほどで正式に第二次分割交渉が始まるかと思われますが……、オース公国の戦争はそれほど優位に進んでいるのでしょうか?」
ミカロユスの報告ではすでに会議の開催は決まっている。今は事前交渉でモスコーフとプロイス王国で分け合う範囲を決めているだけだ。実際に会議ではほとんど話し合われることはなく、事前に決めたラインを承認するだけになる。
それがあと一ヶ月もあれば十分纏まって、本会議が開かれ承認されるだろうとミカロユスは報告してきている。その一ヶ月の間にオース公国の戦争が終わって手すきになるというのなら、ミカロユスに指示を出さなければならないけど……、うちの情報ではそんなあと一ヶ月や二ヶ月で終わりそうにないという話だったけどなぁ。
「あと一月で纏まるのか?このような交渉など半年、いや、一年かかってもおかしくはなかろう」
「すでにモスコーフと事前交渉で両国の取り分について話し合っております。それが決まれば本会議において承認させるだけなのでほぼ日程通りに進むはずです」
こんな交渉で半年も一年もかかるものなのか?ミカロユスの外交手腕は俺よりも優れているかもしれないけど、俺でもあと二、三ヶ月もあれば分割交渉くらい纏められると思うけど……。
「ふむ……」
「では……」
王様とディートリヒが目配せし合って頷きあう。何か企んでそうな気がする。一体何を……。
「フローラよ。見事この交渉が纏まり第二次ポルスキー王国分割がなった暁には、フロト・フォン・カーンを侯爵に陞爵し、カーン騎士団国をカーン侯国と改める。もちろん異存はないな?」
「はぇ?」
…………侯爵に陞爵?いや、いやいやいや、待て待て待て。この王様と宰相は頭がおかしいのか?俺はつい先日伯爵に陞爵したばかりだ。それがまた陞爵して次は侯爵?明らかに異常すぎる。こんな異常なペースでの陞爵なんてしたら他の貴族が黙っていないだろう。
「うむ。引き受けてくれたようでなにより」
「え?いや、あの……?」
このおっさん!『はぇ?』って変な声が漏れたのを無理やり『はい』って言ったことにしやがった!俺は了承なんてしてないぞ!まぁどうせ反対も出来ないけど!王様にこう言われて反対出来る状況じゃない。言われた時点で俺の負けだ。
「心配しなくても良いよ。確かに爵位は次々に上がっているけど、与えられる領地は外征で得た新たな領地ばかりだから、国内の貴族達も文句は言えない。実際働いて得てきた本人がそこを与えられて、何もしていない国内貴族達が分け前を寄越せって言っても通らないからね」
表向きはそりゃそうでしょうよ。確かに今のカーン騎士団国も次の分割範囲もカーン家が頑張ってとってきたものだ。それを協力もしていない国内に残っていた貴族に分け前をやる謂れはない。
だけどそうじゃなくて、そんな正論を言った所でフロト・フォン・カーンの出世や所領拡大を妬んだり、勢力伸張を恐れたりする貴族は一杯いるだろう。そういう裏の不満や妬みや恐れが全て俺に向くから困るというんだ。表向きの正論なんてどうでもいい。
まぁ……、これもこの二人の策略だろう。新たに獲得した領土なら俺に与えても自分達の懐は傷まない。そして国内貴族達の不満は俺に向く。王家への不満を逸らし、貴族同士を潰し合わせて力を削ぐ。王家や首脳部にとってはまさに俺は都合の良い盾だ。
「フローラ?」
その時、ガチャリと扉が開いて小さな顔がひょこりと部屋の中を覗いてきた。その仕草がとても可愛らしい。
「きゅーんっ!エレオノーレ様!」
あまりに可愛らしい仕草をするエレオノーレに駆け寄って抱き締める。スリスリしてhshsして、ペロペロ……、はさすがに自重したけど、王様達がいなかったらしていたかもしれない。
「んっ!」
いつもはエレオノーレの方から俺に向かって駆け込んでくるのに、今日は俺の方から近づいて抱き寄せたのにあまり喜んでいない?扉から覗いていた時も遠慮気味だったし、抱き寄せている今も何かモゾモゾするだけで向こうから抱き返してくれない。
まさか……、俺……、エレオノーレに嫌われた?
何で?俺何かしたっけ?どうして?エレオノーレに嫌われるなんて……。どっ、どうしたら?どうしたらいいんだ?駄目だ。幼女に嫌われた時にどうすればいいかなんて俺の経験や知識の中にはない。
「フローラのうそつき!えにっきいっぱいになったらかえってくるっていったのに!ああぁぁぁ~~~っ!」
「え?」
エレオノーレが急に泣き始めた。全然意味がわからない。絵日記が一杯になったら帰って来る?二冊渡したからまだ一杯になっていないはず……。
「あっ!?」
もしかして……、今までは一冊終わる毎に帰ってきていたから、今回は二冊渡したけど一冊終わった時点で帰ってくると思っていたのか?それなのに一冊目が終わっても俺が帰って来なかったから?そんな……。
「すみません、エレオノーレ様……。ごめんなさい……」
どう言えばいいのかわからない。大人が相手だったならば『何日後に帰ってくる』と言えば済む話だ。絵日記のページ数や冊数は関係ない。
でも……、エレオノーレには絵日記を描き終わったら帰って来ると最初の時に言って渡した。その後も同じだ。今回は二冊渡したから二冊終わったらと思うだろうと考えていた。でもエレオノーレからすればいつも通り一冊目が終わった時点で帰ってくるのだと期待していても止むを得ない。
「ごめんなさいエレオノーレ様」
きちんとわかってもらえるまで説明せず、大人と同じように考えて行動してしまった。俺はただエレオノーレに謝ることしか出来なかった。




