第四百二話「騎士団国での色々を済ませる!」
留学生のフリをして学校に通うのは終わった。だけどカーン騎士団国での滞在が終わったわけじゃない。最後にこの二ヶ月少々の成果も視察していかなければならない。
まず最初に訪れたのがケーニグスベルク近郊に建設中の新市街だ。ここは俺も学校の合間に現場にやってきて土木魔法で色々と手伝った。全て人力でやっていたらもっと時間がかかるはずだった地下埋設物や、基礎工事、道路工事などをかなり時間短縮出来たはずだ。
いつもは怪しげな魔法使いスタイルでローブで全身を覆い隠していたけど、今日は国主として視察に来ているだけだから……、やっぱり姿を隠している……。
あるぇ?何でだろうなぁ……?俺っていつも姿を隠してばかりだ……。
フロト・フォン・カーンは男で通さなければならない。それなのにもうすぐスイカと言っても過言じゃないほどに成長してしまったこの体を曝け出して、男と言い張るのは無理がある。だから顔が見えないように仮面をし、ローブで体を隠し、帽子で髪を隠す。もう完全に変な人だ。
昔から俺のことをフロト・フォン・カーンとして知っている人に対しては仕方がない。でも新たに俺の姿を見せてフロトと名乗るわけにはいかない。最低でもそれくらいの偽装はしておかなければ……。
まぁそれはともかく、工事の手伝いに来ていたから実はある程度知っているけど、一応国主として直接視察に来たという実績を残すために今日は工事現場に来ている。ついでにこの後他にも行く所があるから、新市街建設の視察は本当にカモフラージュと実績のためだけだ。
いくら魔法で時間をかなり短縮出来たとは言っても、さすがに新市街を数ヶ月で建設なんて出来るわけがない。もちろん工事計画そのものは今回こっちに来てから始まったものじゃなくて、ポルスキー王国を降し、カーン騎士団国が出来た後からすぐに準備してきたことではある。それでもまだ完成までには時間を要するだろう。
新市街はいつも通り上下水場の建設と上下水道の埋設、区画整理など、計画された通りに行なわれている。何となくでポツポツ家が建ち、勝手に発展していった無計画な町とは成り立ちが違う。そういう計画を練るだけでも時間がかかるわけで、実際に工事が着工されるまでにも色々と時間がかかるものだ。
これからは建物がどんどん建っていくから、今からこの現場を見ていればとても面白いだろう。今まではただ地面を掘り返したり、石を敷き詰めたりしていただけだからな。うちの建築方法を知らない職人達が見たらさぞ変な町の作り方だと思ったことだろう。
それはともかく、サラッと新市街の視察を終えると次はもう少し離れた郊外へ向かう。もちろんこれも物凄く遠いわけじゃなくてケーニグスベルクのすぐ近くではあるけど……。
こちらは新しく拓いた国営?カーン家直営?の農場や牧場だ。養鶏場もあるし厩舎もある。これまでカーン家やカンザ商会が取り扱ってきた農作物や畜産、酪農、などあらゆるものを生産する拠点となっている。チーズやバターなどの加工食品工場もだ。
ここの目玉は何といっても米、芋、お茶だろう。今まではカーン騎士爵領からカンザ商会を通して輸入していた。それを売ってカンザ商会が商売をしていたわけだけどこれからはその必要はない。
輸送コストなどを考えれば、わざわざ遠くで作って運んでくるよりも、近くで作ってその辺りで売り捌いた方が無駄な労力やコストがかからない。今まではここはカーン家の領地ではなかったけど、今となってはカーン家の所領となっている。ならば種や製法を秘密にする必要もなく、こちらに農場や牧場を持ってきて現地生産した方が効率が良い。
俺とは別でルイーザがこちらの農場や牧場を視察している。ルイーザは王都の農場、牧場の責任者でもあるからな。遠目にその姿が見えたけど何かウズウズしているように見えた。きっとルイーザは今でもこういう作業をしたいんだろう。最近は長らくこういった作業とも離れている。体が疼いて仕方がないに違いない。
農場の視察が終わると次は近くにある軍事施設だ。中世的な町並が広がるこの世界では普通兵士達も軍事施設も町の中にいるし、建ててある。周囲を城壁で囲み城郭都市を形成して、敵の侵攻があったら町に篭って篭城する。
でもうちの軍はそうじゃない。もちろん街中にもいるしパトロールをして治安維持に当たっているけど、メインとなる軍事施設は町の外に作り独立した構造になっている。
カーン家の陸軍ドクトリンでは不衛生で小規模な城郭都市に篭城するのをよしとしていない。そもそも篭城するには味方の援軍があるか、敵が撤退せざるを得ないあてがなければならない。ただ篭っているだけでは周囲を包囲されて飢えて死ぬだけだ。
そもそも中世的な城郭都市への篭城は市民達も同時に犠牲にしてしまう。その上職業軍人達の足を引っ張ることにもなる。
昔なら軍人も市民も大した差はなく、戦時ともなれば協力して篭り、鋤でも鍬でも持って一緒に城壁に取り付いてくる敵を突けばよかった。でも近代戦になってくるにつれて武器を持たない市民は職業軍人にとっての足枷でしかなくなってくる。
城郭都市に篭っても砲撃で簡単に破壊され、パニックになって無秩序に逃げ惑う民衆に飲まれながら敵兵と戦うのは負担以外の何物でもない。またもっと時代が進めば市民に極力余計な被害を出さないようにという配慮という名目で兵農分離も進むことになる。
世界的にはまだまだ城郭都市に篭城して粘るというのが一般的だけど、カーン家としてはそこまでいく前に対処するというのが前提だ。もちろん最終的にはそういう判断をせざるを得ないこともあるだろう。だからそういう作戦を否定したり、全て放棄するつもりはない。
ただ平時は街中から離れた場所に専用の軍事施設を作り、独立して自由に動ける体制を確立しておく。敵の接近を出来るだけ遠方の時点で察知し、外で迎撃することで戦場をコントロールしつつ、自国民の被害を最小限に抑える。どうしても前線で抑え切れない場合はもしかしたら退却しての篭城戦になるかもしれない。
そういう選択肢やオプションを残しておくためには、出来るだけ遠くで敵を察知して迎撃する体制が必要になる。そのためカーン家では町の外に専用の軍事施設を建てることが多い。
その軍事施設では新兵達の軍事教練が行なわれていた。一番最初の新兵達の一部はブリッシュ島の戦争にも駆り出された連中だ。ここにいるのはそれよりも後に入った新兵だろう。軍の指揮官や上官達に混ざってクラウディアも新兵達に檄を飛ばしている。少し前まで学校に通っていた少女と同一人物とは思えない。
同じ軍事施設内でも他から見られない隔離された場所では魔法使い達が集められていた。今日ここで教えているのはミコトのようだ。ルイーザは農場の方に行っているからな。
こちらの魔法部隊はまだまだヒヨッコとすら呼べないような初心者ばかりらしい。魔法のレベルも低いし到底戦場で使える部隊ではない。ミコトとルイーザの子飼いの魔法部隊もまだまだだと思ったけど、こちらと比べれば圧倒的精鋭と言っても良いほどに出来が違う。やっぱり何事も経験だな。新兵達は経験も訓練も足りない。
ケーニグスベルク近郊の視察を終えた俺はカンザ商会の事務所に戻ってきた。事務所に入るとカンベエに何か言われているアレクサンドラの姿が目に入った。
「遅い!この程度の仕事にどれほど時間をかけるつもりだ!」
「すみません。すぐに次に取り掛かりますわ」
普段はカンベエがアレクサンドラに対して奥方様と呼んで頭を下げている。でも仕事の時は丞相と副丞相だ。立場が上であるカンベエは仕事では容赦がないらしい。決して日頃の恨みや鬱憤を晴らしているわけではない。
俺も自分の執務室に入って仮面を外す。ちょっと外に行って視察してきただけなのに何だか疲れたような気がする。体力的には元気が有り余っているはずだけど、何だか一気に色々疲れた気分だ。
「お疲れ様でした」
「カタリーナ……、ありがとう」
カタリーナが淹れてくれたお茶を飲んで一息入れる。カーン騎士団国全体を全て視察したわけじゃないけど、今まで視察に行った限りではほとんどは順調に進んでいるように思える。
元々領土も大きく労働力もあって、ある程度支配体制も確立されていた地だ。ポルスキー王国の支配体制は全て排除しているとはいっても、ある程度出来上がっている国を手に入れたからそれほど大変ということもない。
騎士爵領は無人の森を一から切り拓いたわけだし、ブリッシュ島は統一されていないバラバラの国を纏め上げた。そちらでは色々と大変な苦労もあったし、ブリッシュ島関連は今でも頭の痛い問題も多いけど、案外今一番手がかかっていないのはカーン騎士団国かもしれない。
もともとプロイス人が多く住んでいた開拓地であることも大きいし、実質的にポルスキー王国が支配していたことで一国の支配体制が安定して敷かれていたことも大きい。今でこそ人口はブリッシュ・エール王国の方が多いけど、すぐに動員可能な労働力という意味では、安定しているカーン騎士団国の方が多いかもしれない。
ただなぁ……、ここはこれから敵と睨み合う最前線になる可能性が高い。モスコーフ公国が近すぎて現時点でも国境の最前線だけど、第二次ポルスキー王国分割が予定通り行われたら前線が広がりすぎる。
一応対策はとってあるけどいきなりこれだけ守るのは無理がある。今のうちに出来るだけ軍事力を整備しておかないと、本当に拡がりすぎた前線でこちらが勝手に潰れてしまうことになる。
「せめてもう少し時間が欲しかった所ですが……」
もちろん第二次分割が行なわれたからといってすぐに戦争になるわけじゃない。でも『いつ攻撃されるかわからない』という状況で弱点を晒したままというのはとてもストレスになる。こちらには砲兵や鉄砲隊がいるとしても数は限定的であり、伸びる国境線全てに配置するには数が圧倒的に足りない。
やっぱり現状では一応の国境警備は置いておくとしても、攻撃されたら一時的に放棄して後退してから準備を整えて反撃に出るしかないか。
「どうしたのフローラちゃん?そんな難しそうな顔をして……。折角可愛いんだからもっと笑ってなくちゃ駄目よぉ」
「お母様……」
父と母が幸せ一杯という顔でニコニコしながら執務室に入って来た。そりゃあんたら夫婦は今幸せ一杯でいいのかもしれないけど、こっちは忙しすぎて、しかも時間が足りなすぎて寝る暇もないくらいなんですよ。
「もう少ししたら王都へ戻るのよね?お母様達も王都で滞在しようかって言ってたけどぉ……、やっぱりカーザース領に帰ろうかなと思うのよ」
「え?そうなのですか?」
俺達が王都に戻るのに合わせて両親も王都に戻って一緒に滞在するという予定だったけど……。別にカーザース領に帰るというのならそれはそれでいいけど、急にどうしたんだろうか。
「何か問題がありましたか?」
「特に何か問題があるわけじゃないのよ?でも少し領地でゆっくりしましょうかって話し合ったのよ」
「なるほど……」
まぁ妊娠のこともあるし、両親揃ってゆっくり出来るのも久しぶりのことだろう。今まではどちらかがどこかへ出ていて不在ということもよくあった。妊娠もわかったし周辺の事態もある程度落ち着いている今くらいゆっくりしてもいいかもしれない。
「わかりました。それでは私達はステッティンで船を降りて王都へ向かいますが、父上とお母様はそのままキーンか、カーンブルクか、カーザーンへ向かう船に乗っていただきましょう」
普通ハルク海貿易用の大型船はキーンまで行って終着となる場合が多い。デル海峡を通ってヘルマン海やブリッシュ島へ向かう船や、ディエルベ川を上る船はキーンで乗り換えとなる。貿易船がルーベークにも寄る場合はルーベークからディエルベ川航路の船に乗り換えてもいい。
俺達はケーニグスベルクからステッティンに向かう船に乗ってそこで降りるけど、父と母やカーザース家関連の残った人員はそのまま領地へ向かってもらうことにしよう。
「人数や乗る船について少し考えましょうか。キーンまで船で向かって、そこからディエルベ川を上る船に乗り換えということでよろしいでしょうか?」
「そうだな……。最後の引き上げ人員も一緒に向かうことになる。キーンまで行ってから船で川を上る行程で頼む」
「わかりました。手配しておきます」
こちらに出張ってきてくれていたカーザース家臣団の最後の引き上げ人員達も、本当なら王都で一緒に滞在する予定だったのに……、急な予定変更で彼らには不満はないのだろうか。まぁあっても言えないか。
両親や引き上げ人員の船を確保して、ついに俺達がカーン騎士団国から王都へと戻る日がやってきたのだった。




