第四百一話「留学終了!」
留学生活も残すところあと僅か。今週で終わりということになっている。もちろん留学が終わってもカーン騎士団国に滞在する期間はまだ残っている。領主としてしなければならない仕事もあるからすぐに移動というわけじゃない。それでも今週で学校生活も終わりかと思うと少しは寂しく……。
「ちょっと!今日は私がシャルロッテの横でしょ!」
「でもそうするとミコトが一回多いことになりますよね。公平になるように最後はもう一度決めなおしましょうよ」
寂しく……、は、ない、かな……。騒がしすぎるしこれはもう早く終わった方が良いかもしれない。あまり下手に長引くと余計なボロが出かねない。まぁ……、日程はもう決まってるんだし今週一杯なんだからあとは大人しく日が過ぎるのを待つしかないわけだけど……。
そんなもう恒例となりつつある騒ぎも過ぎ、放課後……、俺達が帰ろうとしていると二人の人物が待ち受けていた。ただそこにいるだけかと思って通り過ぎようとしたけど声をかけられてしまったから、俺達、いや、俺を待っていたのは間違いない。
「少しお話を良いですか?シャルロッテ……、さん」
「え……?ええ……、何か?」
エドゥアルトに声をかけられたので立ち止まる。さすがに声をかけられたのに無視していくことは出来ない。その隣にはベルンハルトも立っていた。
「ベルンハルトさんも同じ用件ですか?」
「そうですねぇ……。示し合わせて来たわけではありませんが恐らく……」
う~ん……。何ともフワフワした回答だ。ベルンハルトは確かに天才肌だけどちょっと変わっている。天才と何たらは紙一重という奴かもしれない。
「それではあちらへ行きましょう」
エドゥアルトが先導して移動し始める。ここでは話せないことか?一体何事だ?
別に俺達はエドゥアルトやベルンハルトに何かした覚えはない。校舎裏に呼び出される筋合いはないし、一体何の用だろうか。あまり良い予感がしないけど、だからって今更無視していくわけにもいかない。
「一体……、何のご用でしょうか?」
人気のない校舎裏に連れて来られた俺達は、エドゥアルトとベルンハルトと向かい合う。こっちはお嫁さん達を連れているし愛の告白っていう雰囲気ではないけど一体……。
「放課後の講習を用意してくださってありがとうございました。これから頑張って勉強して、いつかお役に立てるようになってお仕えいたします」
「…………え?」
いきなりエドゥアルトが頭を下げてそんなことを言った。何を言っているのか理解が追いつかず……、しばらくしてようやく思い至った。
「こちらも研究室を用意してくださりありがとうございました。これでようやく研究が進みそうです」
「あぁ……」
俺はカーン騎士団国国主としてエドゥアルトには放課後に習いたいものを習いたいだけ習える講習を用意した。科目はエドゥアルトが選択出来る。一つに絞って深く専門的に進めても良いし、広く全体的により高等な教育を受けてもいい。何が習いたいか、将来どうなりたいかをエドゥアルトが選べるようにそのように配慮した。
そしてベルンハルトは……、面接の時も言っていたけど彼は専門的な研究を行ないたいらしい。ただ研究と言っても魔法とか、科学とか、化学とか、物理とか、そういう研究じゃない。ベルンハルトが専攻したいと言っているのは戦略と戦術の研究だ。
現時点でのベルンハルトの研究レポートは読ませてもらったけどとても素晴らしかった。彼のレポートはどうやらカーン・カーザース家によるポルスキー王国戦争に着想を得たらしい。
まだ研究段階でありそれが可能かどうか、どうやって実行するか、その効果は、というものは示されていない。ただ大まかに言えば彼の戦略は『分進合撃・包囲・殲滅』だ。この概念は今の時代の遥か先をいっている。それを今の時点で着想しているベルンハルトは本物の天才であり、将来参謀や軍学者として大成するだろう。
俺達のブリッツクリークを見て気付いたのだとすれば、戦略、戦術の進化としては本来逆だ。地球の歴史ではプロイセンのこの分進合撃や包囲殲滅が発展していき電撃戦へと昇華していく。
それでも俺達のなんちゃって電撃戦を見て、この時代の戦略、戦術より遥かに進んだこの理論まで行き着き、すでに研究を開始しているというのだから驚かされる。
本来これはもっと後……、通信や輸送が発達した段階でなければ成り立たない。出来なくもないけど……、各個撃破されたり、相互の連絡不足によって様々な不具合が起こるだろう。現状で成立するかどうかは微妙なところかもしれない。でも研究してみる価値はある。この世界ならではの新しい発展の可能性もあるだろう。
まぁ彼の研究についての詳しいことは置いておくけど、ベルンハルトのためにその研究室を用意した。他にも本職の軍人や参謀達も混ざっての本格的な研究会であり、学生の遊びというレベルを遥かに超えている。
俺は確かにエドゥアルトにもベルンハルトにもそういう場と機会を用意したけど、それはカーン騎士団国国主、フロト・フォン・カーンであって、留学生シャルロッテじゃない。それなのに何故この二人は留学生シャルロッテにそれについてお礼を言うのか。答えは考えるまでもないだろう……。
一体いつから……、そして何故見抜かれていたのか?少なくともこの二人は俺が国主フロト・フォン・カーンであると知っている。それを隠すことなく最後の最後になってわざわざ言ってきた。その狙いは何だ?
どうする?とぼけるか?俺は関係ありませんと?
でもこの二人がわざわざ俺に直接言ってきたということは、絶対間違いないという確信を持っているからだろう。さらにそれがわかっていても黙って見送ればよいものを何故わざわざ直接言ってきたのかがわからない。
「返答していただく必要はありません。これはただ私の感謝の気持ちを直接お伝えしたいというだけのことです」
「そうそう。だからシャルロッテちゃん?さん?さま?は聞いてくれるだけでいいんだよ」
「「「…………」」」
お嫁さん達も顔を見合わせている。これはただ自分達に特別な配慮をしてくれた国主に、直接お礼を言える最後のチャンスと思って言いに来ただけだと……。だったら俺は黙ってそれを聞き届けるだけだな。
「私には何のことだかさっぱりわかりませんが……、お二人のお気持ちはきっと伝わったのではないでしょうか」
俺がそう言うと、これまでの澄ました顔から一転、年相応の少年、いや、青年になりかけの笑顔で二人は笑っていた。
~~~~~~~
昨日は随分焦った。まさかエドゥアルトとベルンハルトに俺のことがバレていたとは……。
二人がベラベラとあちこちで余計なことをしゃべっているとは思わないけど、もしかして実はクラスメイト全員とっくに知ってて、俺達だけ隠してるつもりになってるとかだったら笑い話だな。それじゃ恥ずかしすぎてもう学校に二度と行けなくなってしまうぞ……。
まぁ他のクラスメイトの反応からしてそれはないだろう。単細胞で反応がわかりやすいハンスとかが、俺を国主と知っていてあんな風に出来るはずがない。だから多分エドゥアルトとベルンハルトの二人だけしか知らないとは思うけど……。
「よっ、よう……。ちょっといいか?」
「…………え?」
まさかの二日続けての呼び出し。しかも今度はハンスだ。まさか……、本当にクラス中にもうとっくに知れ渡っていたんじゃ……?それだったら恥ずかしすぎる!知らん顔をしてくれていただけで、本当は皆とっくに知っていて笑いを堪えるのに必死だったんじゃないだろうな。
しかも今度は体育の授業のあと、丁度たまたま俺しかいなかったタイミングだ。昨日と違ってお嫁さん達もいない。まさかハンスの奴、俺が一人っきりになるのを狙ってたんじゃあるまいな?そして俺を笑い者にしようと?
「ちょっときてくれ」
「…………」
断れるはずもなく黙ってハンスについていく。もしかして他のクラスメイトも待ち受けている所に連れていかれて、皆で一斉に笑われたりするんだろうか……。何か変な動悸がしてしまう。今度は体育倉庫裏みたいな場所だ。辺りを見回すけど誰もいない。俺とハンスの二人っきりらしい。ここで一体何を……。
「おっ、俺……、最初はおま、いや、シャルロッテのこと変な奴だって思ってたんだ!」
「あっ、はい……」
まぁそうだろうな。俺だって一人だけこんな子がいたらおかしいと思うよ。自分でもちょっとやりすぎかなと思ってたけど、一度これでいってしまった以上は途中で変えるわけにもいかない。最初はちょっと悪ふざけが過ぎたとは思う。でも慣れてきたらこれはこれでよかったかなと思ってたんだけど……。やっぱり変か。
「でも……、あの体育のあとで……、そんなシャルロッテをずっと見ているうちに……、俺……、段々シャルロッテのことが……」
「…………」
ん?何かおかしくないか?話が変な方向に流れている気がするぞ?何だこれは?
「最初は外側だけ見て変な奴だって思ってた。でも……、こうして一ヶ月一緒に授業を受けているうちに、シャルロッテの魅力は外側がどうとか、そんなものじゃなくて、もっとこう……、内面的な、とても良い子だって、見ているうちに気付いちまったんだ!俺はシャルロッテが好きだ!」
「…………」
…………ん?
「これでシャルロッテと離れてもう二度と会えないなんて耐えられない!付き合ってくれとは言えない。離れ離れになるから……。でも……、文通!そう、文通をしよう!俺と文通相手になってくれ!そして……、いつか俺がこの学校を卒業したらシャルロッテのことを迎えに行くから!」
「え?嫌です」
「…………え?」
「え?」
ハンスが間の抜けた顔になっている。もともとお調子者で面白い変顔だったのに、そんな顔をしていたらますます変な顔になっているぞ。
確かにハンスは将来肉体労働で有能な人材になってくれそうな気はする。でもだからって何で俺がハンスと文通をしなきゃならないんだ?まずそもそも面倒臭い。仕事の書類だけでも山盛りになっているのに、何で男と文通をして労力を割かなければならないのか。
しかもこいつサラッと何か気持ち悪いことを言ってたよな。俺のことが好きだ、みたいな?何で俺が俺のことを好きだとか言ってる気持ち悪い男と文通をしなければならないのか。暇でも嫌なのに忙しいのに引き受けていられるか。
「え?あの……、普通文通くらいは受けてくれるんじゃ?」
「私はそれほど暇ではありませんので、誰かもっと暇のある方にお願いしてみてください。お話はそれだけのようですので私はこれで」
何かあまり関わってるとまた面倒なことになりそうな気がする。だからさっさとその場から離れたのだった。
~~~~~~~
とうとうカーン騎士団学校に通うのも最後だ。今日が最終日となり、クラスメイト達と同級生として会うのもこれが最後となる。
「今日で最後だね」
「そうですね」
何かちゃっかりルイーザが俺の横を確保している。何だかんだでこの留学生のフリをして潜入して、一番学校で楽しんだのはルイーザじゃないだろうか。
ルイーザは農民育ちで学校なんかとは無縁の人生だった。もしかしたら俺達が王都で学園に通っている時も、表面的には何も言ってなかったけど色々と思う所はあったのかもしれない。そんなルイーザが少しでも学生気分を味わって楽しめたのなら、この一ヶ月カーン騎士団学校に通った甲斐があったというものだろう。
「それじゃ最後にガツンと行きましょうか!」
いや……、何をガツンと行くのか……。ともかく皆で学校に行って、クラスメイトの前で最後の挨拶を行なう。初日は物凄い喧嘩を売ってるのかと思うような挨拶をした皆だけど、この一ヶ月クラスメイト達と打ち解けて、最後くらいは良いスピーチをしてくれると……。
「一ヶ月も時間があったのにあんた達は何をしてたの?まったく成長してないわ!この一ヶ月で成長しなかった者はもう別の道へ行った方がいいんじゃないかしら?何?悔しいの?悔しいんだったらもっと頑張りなさい!」
うわぁ……、ミコトさん……。ますます喧嘩売ってませんかね。
「可愛い女の子達と触れ合えてとても有意義な一ヶ月だったよ。でも男子達はてんで駄目だね。せめてもう少し頑張りなよ」
「こちらは貴族を養成する学校ではありませんので今まで我慢しておりましたが……、皆さん作法がまるでなっておりませんわ。官僚でも文官や役人でも作法は必要です。世に出る前に最低限の作法くらいは身に付けておきなさい」
クラウディアもアレクサンドラも容赦がねぇ……。クラスメイト達もポカンとしてるぞ。まさか最後の最後までこんなに罵られるとは思いもしなかったことだろう。
「えっと……、魔法をお披露目出来なかったのは残念です。一ヶ月間とても楽しかったです」
ルイーザ……、ルイーザだけだよ。まともなのは……。
「一ヶ月前はまるで話にならない者ばかりでしたが、今は奮起する根性もない愚か者ばかりのようです。結局この一ヶ月何をしていたのですか?これほど無能ならせめて兵役に就いて肉の盾にでもなりなさい。そうすればあなた達でも多少の役には立つでしょう」
カタリーナぁ~~……、何でそう喧嘩を売るようなことを……。
「ぷっ!」
「あははっ!」
「いいぞ!それでこそ留学生達らしいってもんだ!」
え?え?何か拍手喝采なんだけど……。どういうこと?この学校の生徒達は皆罵られて気持ち良くなっちゃう変態ばかりなのか?
「え~……、それではあっという間の一ヶ月間でしたが、皆さんも大変な刺激を受けて、多くのことを学び成長したことと思います。これだけ好き放題言われているのですから、もちろん皆さん、これから奮起して将来彼女達を見返してやるくらい出世しますよね?」
「「「「「おお~~っ!」」」」」
何か知らないけど……、何故かお嫁さん達とクラスメイト達の間には友情が芽生えていたらしい。最初と最後に罵っただけだと思うんだけど……、こんなことで友達になれるものなのか?
そして……、俺は最後のスピーチしてないんですけど?お嫁さん達も、先生も、クラスメイトも、皆俺のこと忘れてませんかね?




