第四百話「第二次……?」
「もう第二回を開くというのですか……」
「はい。今しかありません」
ミカロユスの言葉を聞いて顎に手をあて考える。カーン騎士団国に戻ってきてからずっとモスコーフ公国との折衝にあたっていたミカロユスは、今こそ第二次ポルスキー王国分割をすべきであると言い出した。
俺としてはモスコーフ公国の目をポルスキー王国に逸らしておくためには、もっと長い時間をかけて話し合いを行い時間を稼ぎたいと思っていた。でもミカロユスが言うには今のうちに第二次ポルスキー王国分割をした方が良いという。
「どうしても今の方が良いというのですか?」
「はい。現在オース公国はバルカンス半島方面へ向けて勢力を広げるべく戦争の真っ最中です。南東方面への戦争で手一杯のオース公国は現在ポルスキー王国分割に構っている暇はありません。我らの取り分を増やし、今後のことを考えるならばオース公国が戦争をしている間に進めるべきです」
「う~ん……」
ミカロユスの言っていることはわからなくはない。もしプロイス王国がオース公国を信用しているのなら、ポルスキー王国分割の時に、モスコーフ公国とオース公国とプロイス王国の国境がお互いに接するように分割を進めるだろう。
理由は簡単で、少なくともプロイス王国にとってモスコーフ公国は仲間でも味方でもない。今までは国境の接しない遠くの国で済んだが、これからは国境を接する隣国になってしまう。モスコーフ公国が西に侵出してくるためには、必ずプロイス王国やオース公国を通らなければならない。
もしプロイス王国がオース公国を信用していて、同盟を結んでいる味方だと思っているのなら、モスコーフ公国との国境を接する形にすることで、対モスコーフ公国の戦線を作ろうとするはずだ。
自分一人が敵と国境を接しているより、仲間と二人で国境を接している方が敵の負担は重くなり、自分の負担は軽くなる。戦略的に考えたらそれが本来選ぶべき道のはずだ。だからこそ実際に西の国境をフラシア王国に割譲してまで、魔族の国との国境を接するようにしたんだからな。
でも今回の王様の指示は分割する領土は、プロイス王国が南東に向けてポルスキー王国をぶった切るように領土を押さえろと言ってきている。これはモスコーフ公国とオース公国が国境を接しないように、先に俺達がその間を押さえてしまえという指示だ。
もしこの指示通りに分割が進めばポルスキー王国は北東地方と南西地方に分断されてしまう。残りの地域をモスコーフ公国やオース公国が手に入れてでも、この両者を分断し、南東方面に勢力を伸ばせるように確保しておけということだ。
このことから考えてプロイス王国は、いや、少なくとも王家やそれに連なる上位の意思決定権を持つ者達は、オース公国のことを信用していない。そして何よりも恐らく……、将来的に戦争になることも考慮に入れているはずだ。
もしプロイス王国とオース公国の仲が決定的に決裂し、戦争になった場合……、出来るだけオース公国には他の国が接していない方が良い。今の所モスコーフ公国とオース公国は仇敵同士らしいけど、プロイス王国との戦争が決定的になれば、敵の敵は味方理論でオース公国とモスコーフ公国が接近する可能性がある。
そうなれば両国がお互いに国境を接していたら、そこから援軍を送られるなり、何らかの支援を行なわれてしまう可能性が上がる。だから今のうちに両者の国境が接しないように封鎖してしまえと言っている。
ただ問題なのは……、そんな両者に挟まれた細長い領地をどうやって守るのかということだ。
俺が、カーン騎士団国がその領地を得たとして、モスコーフ公国が正式に宣戦布告してこない限りはその細長い領地を攻撃されることはないかもしれない。でももしオース公国と同盟を結んで宣戦布告してきたら?この細長く伸びた領地をオース公国とモスコーフ公国に挟撃されることになる。
オース公国とだけ戦争になったとしても、裏からモスコーフ公国の支援を得るためにこの細長く伸びた地域を攻撃されるだろう。それで途中を分断出来ればそこを守る兵を孤立させることが出来る。さらに最悪モスコーフ公国も宣戦布告してきたら両側から挟撃されるわけで、そこを守るのは非常に難しい。
王様達は地図上で見て、『ここを分断しておいたら後々有利じゃね?』くらいにしか考えていないんだろう。そこを守る難しさは理解していないのか、わかっていても負担があるのはカーン家だからいいだろうと思っているのか……。
ポルスキー王国は全体的になだらかな丘陵の平野になっている。深い森に囲まれた地ではあるけど、その森を突破してくる機動力があれば守り難い地形と言える。
もちろんこんな時代と技術力だから深い森というのはそれだけでも障害物にはなり得る。だけど高い山脈や深い谷、大きな川がある守りやすい地形とは比べるべくもない。こんな場所を細長く維持するというのなら防御に適した場所を確保しておかなければ……。
「ミカロユスはポルスキー王国出身ですね……。南東方面に向けて領土を得るとして、この間を分断しつつ防衛に適した地はどの辺りですか?出来れば両側からの挟撃に耐えられるように、両面に防御を敷ける位置が良いのですが……」
「大河や高い山地があまりありませんからな……。深い森と各地に点在する湖を敵への障害物にして布陣するしかないでしょう。となればこの辺りから……、こう……、こちらも押さえたいところですな」
精度の低い地図だからこの地図上で見てどの程度正しいのかはわからない。ただミカロユスも一応ポルスキー王国の弱点はわかっているようだ。その上で最大限防御に適した地を選んでくれている。ならば……、もう任せてしまうか。問題があればカンベエや俺に報告と相談するようには言ってある。
「わかりました。それでは第二次ポルスキー王国分割を行なう方向で進めてください。基本的にはここを分断することが最優先ですが、そのために必要な地はミカロユスの判断に任せます」
「お任せください。必ずや成功させてまいりましょう」
大仰に頭を下げてミカロユスは出て行った。外務大臣に任命してから何か態度が変わってきたようだ。多少の自覚や覚悟が出来たということかな。ポルスキー王国に仕えていた時のように、国の利益よりも自分の利益を優先して行動されては堪らない。一応監視はつけているけど、今の所不穏な動きはないというし……。
一応それなりに実績も挙げているし、多少は任せてみるか。複数ルートで監視しているから、監視が買収されてミカロユスに都合の良いように報告しているということもないだろう。最初は責任を取らせて死刑にでもしようかと思っていたけど、これは案外思わぬ拾い物だったかもしれないな。
~~~~~~~
カーン騎士団学校に通ってそろそろ三週間というところだ。もうすぐ留学も終わる。留学が終わってもまだ少しこちらに滞在する期間は残っているから、王都へ戻るギリギリまで通うということはない。
俺達にとっては勉強で得る物はなかったけど、学生達にはうちのお嫁さん達が良い刺激になったようだ。天才肌だと思ったのはあの二人だけだけど、小粒な秀才止まりかなと思っていた者達のうちの何人かは最近目の色が違う。このまま順調に育ってくれれば秀才の殻を破って有能な人材に成長してくれるだろう。
それとうちの方も勉強では得る物がないのはわかっていたけど、ここに通って何の意味もなかったかと言えばそんなことはない。特にクラウディア、ルイーザ、カタリーナのように王都の学園で一緒に通えなかったお嫁さん達にとっては、これで一緒に学校に通う気分は味わえた。
「シャルロッテ、いこ?」
「そう引っ張らなくとも逃げませんよ」
ルイーザに腕を引かれて食堂へと向かう。こういう穏やかな日々というのはとても大切だ。一度戦争となれば何ヶ月も平穏な生活とは無縁な戦場を駆けずり回らなければならない。これからのことを考えればこうしてゆっくりしていられるのも最後かもしれない。
今後カーン家は多くの戦争に巻き込まれていくだろう。恐らくプロイス王国はオース公国と、フラシア王国に戦争を仕掛ける。もちろん同時になんて馬鹿な真似はしないだろうけど、近い将来この二国とは衝突するはずだ。そしてこの二国と争えば他との争いも必ず起こる。
ホーラント王国、モスコーフ公国はその隙に必ず動きがあるだろう。他にも周辺国や領土問題を抱えている国や地域はたくさんある。一国が動けば一対一で済む話ではなくなり、関係各国、周辺各国がそれぞれの思惑で動き出す。その時にうちはたくさんの場面で矢面に立たされるだろう。
本当は……、お嫁さん達を巻き込まないために俺との関わりを絶った方が良いのかもしれない。カーン家に関わっていては戦争に巻き込まれることになる。
でも……、俺はお嫁さん達と離れたくない。そしてお嫁さん達もそれを覚悟の上で俺についてきてくれると言っている。なら……、俺に出来ることはお嫁さん達を犠牲にしたり不幸にしたりしないようにすることだけだ。
「今日は僕がシャルロッテの横だよ。さぁ、食べさせてあげよう。あ~ん」
「いや……、あの……、クラウディア……」
食堂であーんさせるとかおかしいだろ……。俺達は普通の留学生のフリをするって言ったばかりじゃないか。まぁクラウディアは女の子相手にはプレイボーイのように振舞っているからおかしくはないのかもしれないけど……。
「ああ、そうか……。僕にしてくれるっていうんだね?じゃああ~ん」
男役が女にあーんするのはおかしいと言ったわけじゃないんだけどな……。クラウディアは自分が男役だから自分が女にしてもらう方だと言わんばかりに口を開けて待っている。
「はぁ……」
仕方がないので待っている口に料理を放り込む。
「うん!シャルロッテに食べさせてもらった料理は格別だ!」
いや、同じだろ……。しかも食器も料理も元々クラウディアの物だし……。俺の食器を使ったり、俺の料理を食わせたわけじゃない。だから自分で食べていたのと同じものだ。
「ちょっと!クラウディアだけずるくない!?」
「ミコトもしてもらえば良いじゃないか」
しないよ……。というか他の生徒達の視線が痛い。明らかにこの席だけ周囲から浮いている。この前の話し合いは何だったのかと思わざるを得ないぞ……。
「皆さん……、あまり周囲から浮くような行動は慎んでください」
「シャルロッテがクラウディアだけ特別扱いするから……」
でもあのままじゃどうにもならなかっただろう?まさかクラウディアを叩いて止めるというわけにもいかない。それにクラウディアは他の女の子達に対しても割とこんな感じだから誤魔化せるけど、ミコトとかアレクサンドラにあーんしたらおかしすぎる。すぐにおかしいという話になるだろう。
「とにかく学校では普通にしてください」
「「「はーい……」」」
本当にわかってるのかね……。皆の気持ちは素直にうれしいし、わからないこともないけど、TPOはきちんとわきまえて欲しい。俺だって皆とイチャイチャもしたいけど、さすがに学校の中で女の子ばっかりでイチャイチャしているのはおかしすぎる。
「ねぇシャルロッテ、これおいしいよ。食べてみて」
「え?そうですか?」
ルイーザに勧められるままに口にしてみたけど……、別にいつもと変わらない気がする。この学校は学生には無料で給食を食べさせている。いつも通りの給食だと思うけど……。
「ルイーザ、中々やりますわね……」
「そんな手があったのね!」
「あぁ……、そういうことですか……」
どうやら俺はルイーザにいっぱい食わされたらしい。給食自体はいつも通りだけど、ああ言って料理を差し出されたからつい食べてしまった。それはつまりあーんに成功したというわけだ。俺にあーんをするためにあんな風に言ったというわけだな。ルイーザも中々策士じゃないか。
「確かに大した手腕ですが、ルイーザにも後でおしおきが必要ですか?」
「えっと……、優しくしてね?」
「ぶっ!」
ちょっと怒った顔でそう言ったらルイーザがそんな風に返してきた。危うく口に含んだ物をぶちまけるところだった。ルイーザめ……。いつの間にそんなことまで覚えたんだ。普段は遠慮していて皆の影に隠れているけど、実は案外ルイーザが一番やり手なのかもしれない。歳も上だしな。
「はぁ……、こんな調子であと一週間無事に過ごせるのでしょうか……」
何やかんやと結局お嫁さん達に振り回されている気がして仕方がない。




