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第四十話「領地を賜る!」


 昨日の社交界デビューは色々とあったけど良い出会いもあった。世襲権もない騎士爵なんて高位貴族が集まる場ではあんなものなのかもしれない。


 普通に考えたら例え俺が最下級の騎士爵でもまだ家も継いでいなければ無官の高位貴族の子供達よりも叙爵されている騎士爵の方が上だとは思うんだけど……。


 プロイス王国の制度上そうはなっているけど現実は違うのかもしれないな。法や制度上身分を保証されているからといってそれが厳密に適用されているとは限らない。親が格下の家に偉そうにしていれば子供達も自然とそういうものだと思って学習し振る舞ってしまうことは考えられる。


 まぁぶどうジュースをかけられたのは驚いたけどあの後パーティー会場に戻っても俺に絡んでくる女の子達はいなかったし良しとしよう。本当は全然良しじゃないけど……。絡んでくる子がいないのは良いけど友達になれそうな子もいなかった。男女問わず皆遠巻きに俺を見ているだけだったから同世代で友達になれたのはアレクサンドラだけだ。


 アレクサンドラかぁ……。ふふっ!あの娘は面白い。まだ人となりはわかっていないけど何だか気になる。


 ……これはもしかしてまたあれなのかな。クラウディアとあんな別れをしてまだ間もないというのに俺はもう他の娘が気になりだしているのかもしれない。


 カタリーナ、ルイーザ、クラウディア……。まだ誰のことも吹っ切れていない。今でも皆好きだと言える。だけどいつまでも過去を引き摺ってちゃ駄目だ。折角出来た新しい友達の前でいつまでもウジウジしてたらアレクサンドラに呆れられてしまう。


 いや……、あの娘ならむしろこちらの心配をしてくれるかもしれない。見た目は完璧な傲慢お嬢様みたいなのに恐らく根は優しいあの娘のことを考えるとどうしても頬が緩んでくる。


 そうだ!アレクサンドラのためにウィッグを作ろう!金髪縦ロールのドリル頭が似合うはずだ!


 中世ヨーロッパでもウィッグは一部にはあった。ただし前述通りヨーロッパの王侯貴族と聞いて想像するような男も女もクルクルパーマだったりド派手な頭だったりするウィッグは近世、近代になってからの話だ。


 おっと、その前に大前提として絵画などで見られるド派手なドレスと髪型の王侯貴族は実はほとんどがカツラ、ウィッグだ。あんなクルクル巻きの地毛があるはずがない。


 この国でもウィッグ自体は存在するけど地味だし貴族の間で大々的に派手なものが流行っているということもない。またパーマ技術も一応あるようだけど未熟な可能性も高い。俺が思うような完璧なドリル頭を作れるかどうかはこれから考える必要があるだろう。クルーク商会と相談だな。


 そんなことを考えながらルンルン気分でいつもの仕事と訓練をこなしていったのだった。




  =======




 今日は父に呼ばれて執務室に向かっている。何かこの流れはあまり碌なことがない前触れのようであまり行きたくない。俺が父に呼ばれて執務室に行って碌なことがあったためしがない。


 でもだからって行かないわけにもいかずゆっくり向かったはずの執務室に早くも着いてしまった。ノックをして声をかけると入室を促されたので扉を開けてから挨拶しておく。挨拶の際に見てみたけど部屋の中には誰もいない。ますます最悪のパターンのような気がする。俺を呼んでおいて人払いを済ませている時は大抵碌なことじゃなかった。


「国王陛下との話し合いに折り合いがついたのでフローラにも知らせておく」


「はぁ?」


 いやいや、全然説明が足りません。王様と話し合いっていうのがそもそも何のことだかさっぱりわからない。何の話し合いをしていたのかも聞かされていないのに折り合いがついたとか言われても何のこっちゃですよ?


「フロト・フォン・カーン卿、十歳の誕生日を機に卿にカーザース辺境伯家より領地を割譲する」


「……はい?」


 ……何?カーン家に領地?何故に?カーン騎士爵家は俺一代限りの世襲権のない騎士爵家だ。その俺に領地を与えた所で俺が死ねばその領地は空白になってしまう。


 しかもわけがわからないのが王家が俺に領地を与えるのならまだわからなくはないけど何でカーザース辺境伯領の一部を俺に割譲するんだ?王家の領地なら俺が死んだ後に王家が領地を再び取り戻せば良い。それに比べてカーザース家の領地だったならば俺がルートヴィヒに嫁いだ後や俺が死んだ後の権利関係はどうなるんだ?ややこしいことにならないか?


 いや、待てよ……。もしかしてそれが狙いか?俺がルートヴィヒに嫁げば俺の領地もルートヴィヒが間接的にとはいえ影響力を持つことになる。ルートヴィヒを王家が操れば巡り巡って王家がカーザース辺境伯家の一部とはいえ領地に干渉出来る道筋が出来る。


 俺が与えられた領地を放置すれば領主としての職務怠慢で最悪俺が罰せられる。かといって開発しまくって大発展でもさせようものならば俺が領地の権利を失った後、つまり死んだりした後にその領地を巡って争いが起こるんじゃないのか?


 カーザース家は元々の領地を取り戻そうとするだろう。王家はルートヴィヒとの関係を主張して王家が領地を接収しようとする可能性もある。一目で問題が起こるのがわかりきっているのに何故こんな決定を下したのか。それはもしかして王家がカーザース家の台頭に楔を打ち込むためかもしれない。


 あえて揉める要素を作りカーザース家が素直に従えばその力を削ぐことが出来、逆らえばそれを理由に色々な措置を取ることが出来る。父が俺とルートヴィヒの、王家との婚姻を嫌がっているんじゃないかとは思っていたけどこうなることがわかっていたからか?


「カーン騎士爵家に割譲する領地は北の森の未開発地区とし今後カーン家はそこを拠点とする。国王陛下とはそのように取り決めがなされた」


 北の森?農場や牧場がある町の北側のさらに北にある森か?俺の右腕を滅茶苦茶にしてくれた狂い角熊が出た森のことだろう。あまり良い思い出もないしあの辺りには近づきたくない所だけどそれはそれで都合が良い。


 牧場や農場が北の森に接しているのは最初は良いかと思ったけどモンスター襲撃事件以来あそこは立地的に危険かもしれないと思っていた。モンスターなんて滅多に出ないとか兵士が巡回していれば獣除けになると聞かされていたけどまったくそんなことはなかったからな。


 でも俺が北の森を開発して周辺を拓けば俺が北の最前線になって牧場や農場は少しは安全になるんじゃないだろうか。


 それにあの事業は基本的に俺の事業だ。カーザーンの町にぴったりくっつくような立地ではあるけどカーザース家の事業じゃない。それならそのすぐ北側を拡張して俺の領地として甜菜糖の精製や乳製品の加工を行なえば新商品の秘密漏洩リスクを少しでも減らせるかもしれない。俺にとっては何も悪いことばかりじゃない気がしてきた。


「それで範囲はどれほどになるのでしょうか?」


「ここからこの範囲で開拓した分は全てカーン騎士爵家の領地となることになっている」


 精度の低い地図とも呼べない地図を父がなぞる。その範囲は広大で……。


「あの……、もしかして北から北西にかけての未開拓地全てですか?」


「そうだ。こちらの未開拓地で新たに開拓したものは全てカーン家のものになることになっている」


 カーザーンは東以外の三方を森に囲まれている。北から北西、そして西とカーザーンから国境までずっと森だ。その森の北から北西にかけての範囲で国境までの間全て開拓した分がカーン家のものになるという。


 未開拓の森とはいえ範囲だけでいえば滅茶苦茶広大だ。こんなもの俺が開拓出来るわけがないと思ってのことかもしれないけどこれ全部開拓して俺の領地になったとしたらそこらの貴族家なんて目じゃないほどの広さになるんだけど……?


 西は森があるとは言っても隣国フラシア王国と繋がっている道もあるし多少の交易もある。西への進出は俺には許されていない。北はずっと進めば海に出るようだ。北西は陸地が続いている。半島のようになっているのかさらに先まで陸が続いているのかは明記されていない。


 魔族の国とか言われているみたいだし何度も戦争を繰り返しているようだしこの先についての情報はないのだろう。


「フローラが、いや、フロト卿が未開拓地を発展させたならば永代貴族として取り立てると陛下はおっしゃられている。つまりお前の頑張り次第でこの地の命運が決まる」


「わかりました……」


 わかりたくないです……。つまり父は俺に頑張って開拓して王家にこれらの土地に干渉する余地を与えずカーン家を永代貴族にして領地を守れと言っているんだろう。世襲権のないままこれだけ広大な領地の権利が宙に浮いてしまえば最悪王家とカーザース家の争いの種になるかもしれない。


 うぅ……、胃が痛くなってくる……。俺は前世でも所詮はただのサラリーマンだった。それも前世でいえば未熟な若造ってところだ。今生ではこの世界にはない知識を多少は持っているとは言っても何の能力もなければ経験もないただの子供に毛が生えた程度の俺がこんな広大な領地を管理しなければならないなんて考えただけで眩暈がしてくる。


「もう下がっても良い」


「はい……、失礼します」


 退室を促されて部屋から出て行く。やっぱり碌な話じゃなかった。これから俺がすべきことは……、この未開拓地を発展させて王家の干渉を跳ね除け付け入る隙を与えることなくカーン家を独立させなければならない。


 色々と考えなければ……。こんなことをしていたら女の子とキャッキャウフフしている暇もないじゃないか……。せめて開拓員に可愛い女の子でもいれば……。


 そんなことを考えながらこれからどうしようかと必死に頭を働かせていたのだった。




  ~~~~~~~




 広大な領地を与えこれから開拓しなければならない重大な仕事を任せたというのに臆することなく自信満々に出て行った娘を見送りながらアルベルトは薄ら寒いものを覚えた。我が娘ながら何と豪胆な娘なのだろうかと思わずにはいられない。


 普通の子供ならば事の重大性を理解していないだけで領地を与えられたと無邪気に喜んでいる可能性もあるだろう。しかしフローラは違う。あの大人さえ遥かに凌駕する頭脳を持ち幼い頃から理性的であったフローラが今のことを理解していないはずなどないのだ。


 それでもなおあれだけ自信満々ということはもしかしたら開拓に関する知識も相当なものがあるのかもしれない。すでに森の開拓について考えていたのではないだろうかとすら思える。こうなることすら全て見越して今まで準備して備えてきていたのだとすれば一体どこまで先を見通しているというのか。何よりそれでは自分や国王陛下ですらあの十歳の娘に掌で踊らされているということになる。その智謀が一体どれほどであるのか想像もつかない。


 事業を興したいとあの位置に牧場と農場を拓いた時からこうなることを考えていたのだろうか。それともあるいはその前から考えていたからこそあそこに牧場と農場を作らせたのかもしれない。


 牧場と農場もただの農業と畜産ではない。今まで見たこともない数々の発明をし、今ではカーザース家の食卓は驚くほど変化した。砂糖、油、クリーム、バター……。今ではこれらがない食卓など考えられないほどだ。さらにまだ色々と作っているという。


 今は他の地方にあったというチーズというものを改良しようとしているようだ。チーズそのものはアルベルトも見たが臭くて近寄るのもいやだった。あれが食べられるようになるなど想像も付かないがフローラならどんなことをしでかしてももう驚くだけ無駄なような気がする。


 北から北西にかけての森を開拓する。そしてそこにルートヴィヒ殿下との婚姻関係を理由に王家を巻き込む。未開拓の上に魔族とフラシア王国の三国の国境が接する北西方向はカーザース家にとっても重い負担になっている。そこに王家を巻き込めれば国境警備に関してこれほど良いことはない。


 元々未開拓の使い道もない森など多少王家の干渉が入ることになっても問題ない。それよりも国境の備えの方が重要でありそこに王家を巻き込めるのならばカーザース家には良い事尽くめだ。


 ルートヴィヒ第三王子との婚約を決めただけでも驚いたというのにさらにそれを利用して国境警備に王家を巻き込もうなどと考えているとはアルベルトですらフローラの手腕に舌を巻いた。


 どうやって国王陛下に気に入られたのか、少し王都に行って何度か会っただけだというのにあの娘は不思議な魅力で今度は国王陛下の歓心まで買ってしまった。国王陛下の方から是非にとこの辺りにフローラにカーザース家から領地を割譲出来ないかと相談を受けた時は驚いたものだった。


 次期国王であるルートヴィヒの妻、フローラが国境に領地を持つことを国王が勧めてくる。それは即ち王家もこの国境を守る負担を負うと宣言してきたに等しい。ここに限らず今まで他の国境の警備も含めて極力そういうことには直接介入してこなかった王家をどうやって説得したのか。


 窓の外に見える深い森を見ながらアルベルトはこの森がこれからどのように変化するのか少しばかり少年のように胸を躍らせながら見詰めていたのだった。



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[良い点] 今回の話でわかったことがある この父親効率厨だわ。キャラ性能ばかり見てフレテキに興味無いタイプのやつだわ だって才能を見抜く目は驚異的なのに、圧倒的に人を見る目がないのだもの…… どこぞの…
2023/10/24 07:54 退会済み
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