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第三百九十九話「話し合う!」


 いや……、待て待て……。ちょっと落ち着こうか……。母が弟と妹のどちらが良いかと言いながら自分のお腹を撫でている。普通に考えたらこれは……、母に子供が出来たということだろう。


 いやいやいや!おかしいだろ!もうちょっと現実的に考えよう。


 まず……、仮に母に子供が出来たとしたらそれはいつの話だ?前回父と離れてからの期間を考えればもう滅茶苦茶時間が経っている。それにしては母が今まで気付かなかったことや、体調や体型に変化がないのもおかしい。だから前回父と離れることになった時はまだ出来ていなかったはずだ。


 そしてここに来てからまだ一ヶ月少々しか経っていない。もし初日にハッスルして一発で当たったんだとしても、たった一ヶ月少々でそんなにはっきりとわかるものか?


 地球の妊娠検査薬だって妊娠四週間以上、出来れば五週間以上経った後での検査の方が正確で望ましい。地球の高精度な検査ですらそうなのに、こんな医療も発達していない世界で何故それがすぐにわかる?


 仮に一ヶ月アレがきてないんだったとしても、まだそんなに異常と思えるほどではないはずだ。一週間や二週間遅れることもあるし、まだ一回目のアレが不順だというくらいで即妊娠だと判断はしないだろう。


「えっ、え~……、お母様……、それは間違いなく、本当に、ご懐妊されているのですか?」


 俺は恐る恐る聞いてみた。もしかしたら勘違いとか、早とちりとか、ただの希望や願望とか、そういう可能性もあるかもしれない。


「ええ!間違いないわ!」


 母は良い笑顔できっぱりと言い切った。何故そうはっきりと言い切れるのかわからないけど、何かそれなりに根拠があるのか?


「…………」


「……」


 父の方を見てみれば、少し照れたような顔で、でも真剣に頷いていた。どうやら父も認める所らしい。


 ……え?マジで?この歳で……、弟か妹が出来るのか?


 いやいや!餅つけ!いや、落ち着け!確かにそれはうれしいニュースだけどもっと冷静になれ。俺が今年度で十六、だから七つ上の一番上の兄フリードリヒが二十三か四ということだ。もし母が十六で結婚、妊娠してフリードリヒを生んだのだとしても母は最低でも四十くらいということになる。


 四十歳で出産……。いや、十月十日のことを考えたら四十一かもしれない。地球でもかなりの高齢出産だ。もちろん地球でならもっと高齢で出産した人も多くいるだろう。四十代での出産も増えて、絶対にないということはない時代になっているだろう。それでも四十代での出産というのはかなりハイリスクだ。


 高齢出産というのは母体への負担やリスクだけじゃなくて赤ん坊にも様々なリスクがある。きちんと育たなかったり、障害を抱えて生まれるリスクが増えるとか言われていた。ましてやこんな医療も発達していない世界だ。本当に母子ともに無事に出産出来るのだろうか……。


 しかも俺は母の正確な年齢を知らない。最短で考えても四十くらいという楽観だけだ。もしフリードリヒを生んだのがもっと後だったとすれば、もっと高齢ということになる。


「高齢出産は母子ともに危険が高いと伺っています。大丈夫なのでしょうか?」


「あらぁ?フローラちゃん?それはお母様がおばあちゃんだって言いたいのかしら?」


 母が笑っていない顔でそう言う。いつもならこうやって睨まれたら恐れて引き下がっていた。でも今回ばかりはそうも言っていられない。


「実際に……、お母様はもう孫がいてもおかしくない年齢です。その年齢でも子供を授かったこと自体は喜ばしいことでしょう。ですがお母様や、生まれてくる弟か妹のためにも……、きちんと先のことを考えておくべきです」


 俺は真っ直ぐに母を見詰め返してそう言い切った。いつものように母を恐れて曖昧にして良いことではない。兄二人の年齢を考えれば、いや、俺の年齢でも結婚、出産していてもおかしくない。母は本当に祖母になっていてもおかしくない年齢だ。


 地球でも四十代での高齢出産が何とか可能になってきたのは最近になってからの話……。いくら魔法がある世界とはいえこちらは医療も未発達なのに回復魔法も存在しない。あまりにリスクが高く、有耶無耶にして良い話じゃない。


「ふふっ、大丈夫よ。お母様は強いんだから」


「…………」


 ふっと表情を和らげた母がそう言った。そう言われたらもう何も言えない。俺が父と母の夫婦のことについて口を挟む権利はない。家族だから心配はする。でも最終的に決めるのは夫婦二人だ。


 ならば……、俺に出来ることは……、母がきちんと出産出来る体制を整えておくこと……。病院を増やし医療体制を確立しなければならない。


 今まで病院や診療所の設立に手を抜いていたのかと言われたら反論のしようもない。でもこの世界では医療は未発達だ。医者らしい医者もいないし、ほとんどは効果のあやふやな民間療法に頼っている。どうにか医療を普及させようとは思っていたけど、まだ五年、十年先の話だと思っていた。でももうそんなことは言っていられない。


 早急にこの世界の医療の情報を集めて、体系化し、さらに普及と発展に努めなければ……。


 これからたかが九ヶ月か十ヶ月くらいで何が変わるのかと言えばそうかもしれない。でも何もしないという選択肢はない。例え少しでも、母の高齢出産の手助けが出来るように準備を進めなくては……。




  ~~~~~~~




 カーン騎士団学校には順調に通っているけどあまり刺激がない。結局授業は聞かずに仕事をしているだけだ。それなら移動時間が無駄になるだけ通っている意味もない気がする。


「ちょっとシャルロッテ!聞いてるの!」


「聞いていますよ。私に食堂の料理を増やせと言われても……」


 母のこととか、仕事のこととか、医療体制とか、色々と考えているとミコトがそんな話をしていた。確かに俺が経営している学校なんだから俺が鶴の一声で命令すればある程度のことは出来るだろう。


 でもそうじゃなくて、他の生徒達もいる中で、俺がそんなことを決められる立場にあると宣伝しないでもらいたい。しかもミコトは声がでかいし……。それを遠回しに言っているのにミコトは察してくれない。


「もうここの食堂の料理に飽きたのよ!毎回毎回同じような食事ばかり!」


「ミコト……、あまり贅沢を言うものではありませんよ」


 ここにいる生徒達の中には、まともに食事にもありつけなかったような子達もいる。毎日きちんと食べられるだけでもありがたく感謝しなければならないことだ。それを味が薄いとかメニューが同じで飽きたと言ってはいけない。


「むぅ……」


 ミコトもようやく俺の言っていることに気付いてくれたようで、少し頬を膨らませていたけど静かになった。まず俺が食堂のメニューを決められるような立場だと宣伝されては困る。俺はこっそり学校の内情を探っているんだ。教師達ですら俺のことを知らないのにミコトが大声で言いふらしてしまっては意味がない。


 それに俺達は普段贅沢に慣れすぎている。俺が再現した地球の料理は味付けが濃い。食材も贅沢なものを惜し気もなく使い、味も濃く、種類も多い。毎日定番どころかまったく同じメニューを食べている庶民に比べたらなんと贅沢なことだろうか。


 俺は税金でそういう食事を摂っているわけじゃなくて、自分の商会で働いて稼いだお金で生活費を賄っている。だから本来なら誰憚ることはない。でも領民達からすればそんなことは関係ないだろう。お金の出所なんて把握していないだろうし、領主一家が贅沢な暮らしをしていたら『自分達の税金で贅沢をしている!』と思われても仕方がない。


 ちゃんとそういうことは出来るだけ公表して公正に行なっているけど、まともに調べもせずに勝手なイメージだけで非難する者がいるのはどこの世界でも変わらない。


 俺の食生活に慣れてしまっているお嫁さん達や家族はちょっと贅沢になってきているんだろう。ここは少し精進料理でも食べさせた方が良いかもしれない。


 まぁ母は妊娠中だし、無理に質素な生活をさせるのは駄目だろう。母子の健康と成長に必要な分だけメニューを考えなければならない。


「皆さん迂闊すぎでしょう。少し話し合いをした方が良くありませんか?」


「カタリーナの言う通りかもしれませんわね」


 う~ん……。確かに……。先日のクラウディアの件もあるし、皆ちょっと俺達が身分や名前を隠して潜入していることを忘れているんじゃないだろうか。別に自分の領地の自分の学校だし、バレた所で何も問題はないんだけど、それは今回の話に限った場合だ。


 皆がこうして気をつけずに迂闊なことを繰り返すようだったら、今後の対応も全て考え直さなければならない。他の重要な場面でうっかり口を滑らせた、では取り返しがつかない可能性もある。


「今晩……、ゆっくりお話しましょうか」


「そうね……。夜、ゆっくりね」


 この時……、皆が獲物を見る猛獣の目になっていることを俺はまだ気付いていなかった。




  ~~~~~~~




 翌朝……、俺は何とかベッドから抜け出す。昨晩は結局まともな話し合いにもならず、俺が散々弄ばれる結果となっただけだった。


 もっと冷静に考えていれば……、皆を夜に寝室に呼べばどうなるかわかったはずだ……。俺もうっかりしていた、というか皆を侮っていたというべきか。もっと理性的に話し合えるかと思っていたのに、結果はご覧の有様だ。これは色々と考え直した方がいいかもしれない。


 皆は俺が真面目な話をしていてもちゃんと聞いてくれていないんじゃないだろうか?今回の潜入は別にバレたからといって大問題になるわけじゃない。でもだからって俺が言っていることを聞かずに好き勝手にしていいという話にはならないだろう?


 前にカタリーナには厳しく言ったためか、カタリーナは今回非常にちゃんと真面目にやってくれている。クラウディアやミコトを止めてくれたものカタリーナだ。でも他の皆は少々浮かれて脇が甘くなっている気がする。


 朝の日課が終わったら……、今日はちゃんと皆と話をしよう。それでも聞いてくれないようならもう皆には重要なことは任せられなくなってしまう。


「皆さん、学校に行く前に重要なお話があります。集まってください」


 俺達の朝は早い。学校が始まる時間より遥かに早く起きているから、学校に行く時間までまだまだ余裕がある。昨晩出来なかった話をきちんとしないと、何ならもう学校へ通うのも打ち切りにしなければならないかもしれない。


「話って?」


「…………まず、皆さんは私の話をちゃんと聞いてくれていますか?私達が今どういう立場で学校に潜入しているかわかっていますか?」


 今回ばかりは妥協出来ない。今なぁなぁで済ませれば、本当に取り返しのつかない時にどんな失敗に繋がるかもわからないからだ。


「ちゃんとわかってるわよ。でも別に私達の素性がバレたからって……」


「それです。それが一番いけないと言っているのです。今回は別に大した潜入ではないから良い、というような話ではありません。私達は身分や素性を隠して学校に通っています。そして私はそれを守って欲しいと皆さんにお願いしています。ですがそれを軽く考え、約束を守れないと言われるのでしたら、今後私は皆さんと重要な約束は何一つ信じられないということになってしまいますよ?」


「そんな大袈裟な……、――ッ!?」


 さっきから気楽で気軽に答えているミコトをじっと見詰める。あまりに楽観が過ぎる。もし学校にスパイがいて、俺達のことがバレて大事になったらどうするというのか。俺が細心の注意を払って、出来る限り警戒するようにと言っているのに、それを守らないというのならもう何も約束出来ないし、重要なことは任せられない。


「今回は大したことじゃないから良いじゃないか、という気持ちが駄目だと言っているのです。どんなことであれ、どんな事態であれ、お互いにきちんと約束を守るからこそ信じられるのではありませんか?私がこうして欲しいと言っているのに、独自の解釈で、これくらいならいいだろう、と勝手な行動をされるのではこれから何も任せられません」


「それは……」


「ごめんなさい……」


 皆がシュンとして謝る。ただ俺は謝って欲しいわけではなく、きちんと真剣に話し合って欲しい。納得いかないのなら納得いかないと言ってくれればいい話だ。そこで話し合ってお互いの意見を出し合い、より良い案が出るのならそんな良いことはない。


 ただ問題なのは、これくらい大丈夫だろう、とか、これくらいいいだろう、という勝手な判断をしないで欲しいということだ。それならばどうしてそうして欲しくないのか、こうしても良いと思う理由は何なのか、それをお互いに話し合うべきだろう。


「カタリーナには以前似たようなことを言いました。だからカタリーナは今回皆さんを止めていたのです。異なる意見や考えがあるのは良いのです。納得がいかないのならば話し合いましょう。そしてより良い案が出たならばそれは素晴らしいことです。問題なのはそれぞれが勝手な判断や解釈を加えて、統率を失くしバラバラな行動をすることが問題なのです」


「気をつけますわ……」


「えっと……、ごめんなさい……」


 この後いくらか話し合って皆はわかってくれたと思う。何も俺の意見を黙って聞いていればいいんだ!と言っているわけじゃない。考えや戦略や策略があってしていることを、それぞれが勝手に判断して余計な情報を漏らしてしまったり、仲間の足を引っ張ってしまうようなことをしないで欲しいと言っているだけだ。


 それに反対する理由や意見があるのならまずそれを話し合って欲しい。話もせずに自分はこう思うからこれで良いんだ、と勝手なことをしてしまっては連携もなくなり、味方の足を引っ張る結果になる。


 今回は皆に少し厳しいことを言ってしまった。一緒に学校に通えて浮かれていたというのもあるんだろう。でも……、俺もここは心を鬼にして言うしかなかった。


 ただ……、こうして腹を割って話し合えたお陰か、皆とは前までよりもより親しく、本心で語り合えるようになったとは思う。それを考えればちゃんとお互いに本音で話し合えたのは良かったのかもしれない。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フローラがにゃんにゃん ……そのうち猫のコスプレさせるべきなのでは!? [気になる点] もしかしたら男女の双子の可能性も! あ、産まれたらエレオノーレ様にもお姉ちゃん的な自覚が生まれるかも…
[一言] 流石、フローラ様!。締める所はしっかりと締める。 でも、夜の営みでは、ネコになって皆に食べられてしまうんだよね…。
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