第三百九十五話「留学生!」
カーン騎士団学校、そこは今年度から開設された超エリートを育てるための学校だった。これまでは自由都市であったり、ポルスキー王国に占領されていたり、プロイス王国の東方植民都市であった地域が、先の戦争によりカーン騎士団国として新たな一歩を歩み始めた。そのカーン騎士団国に眠る優秀な人材を掘り起こすために開設されたのがカーン騎士団学校だ。
そこに通うのは主に元プロイス王国貴族の子息達や、ポルスキー王国貴族の子息達、他にも豪商などの教育に時間とお金をかけられる家の子供達など、すでに最初から優秀な者が多い。
もちろん平民出身でも優秀でさえあれば誰でも通えるということになっている。なっているが、いざ実際に平民の子供が通えるかと言えばほとんど不可能だった。何故ならば例えその子供が本来ならば優秀であったはずであっても、何も学んだことがなければその優秀さを証明することが出来ないからだ。
勉強さえさせれば本来は優秀な子供であっても、今まで勉強もしたことがないからその優秀さがわからない。そしてその勉強をするために学校に入ろうにも、勉強をするための学校に入るための試験で落ちてしまい勉強する機会も得られない。
これは制度として大いなる矛盾ではあるが、だからといって希望者を全員学校に通わせて勉強させてみるというだけのリソースはない。校舎なら時間をかけて建てていけばそのうち数が揃うだろう。しかし教える教員はそうはいかない。教員を育てるためにもまた長い年月がかかり、教員を育てるための教育をしなければならない。
いきなり大々的に普及させることは出来ず、限られたリソースでやりくりしなければならない以上は、最初からある程度優秀な者を選りすぐって育てるしかない。そしてだからこそこのカーン騎士団学校は超エリートを育てるための機関と言えるのだ。
本来優秀であるはずなのに掬い上げてもらえない者達をどうにかする方法は検討され準備が進められている。ただそれらが完全に域内に普及するまでにはまだまだ長い時間を要するだろう。何より貧しい家ほど子供であっても労働力として期待されている。お金にもならないどころか親の負担が増える学校になど通わせている余裕はない。
結果、必然的にカーン騎士団学校に最初に集まってきたのは、実家にお金や力があり、子供の教育にも力を入れていた貴族の子息や豪商の子供ということになる。
そして……、最初は自信満々に入学してきたそういった者達は、この学園にきてそのプライドを散々に砕かれてしまった。
習う内容は高度すぎ、ついていけず落第する者や途中で学校を去る者もすでに出ている。いくつかクラスや内容が分かれているからランクを下げれば良いだけなのだが、それはプライドが邪魔をして結局ついていけなくて脱落してしまう者が後を絶たない。
まだ開設されて一年も経っていないのにプライドを砕かれた貴族の子息達は、この学校制度を散々に非難していた。しかし……、その中でも本当に優秀な者はその難しい授業にも何とか食らい付いていた。
自然とレベル分けが進み、最上位のエリートクラス、上位クラス、普通クラス、下位クラスと実力で分けられる。どれほど上位貴族の子息であろうともこの学校においては本人の成績と実力しか考慮されない。どれほど貴族達が圧力をかけようとも学校側がそういった貴族の子息に配慮することは一切なかった。
最上級生達は最短二年で卒業となる。これは開設時の新入生だけの特例だった。年齢も勉強の進捗状況もバラバラである初年度は、各生徒の実力に合わせて学校の年数が決められた。
来年度からは入学の年齢が決められており、その年齢になれば一律一年生から始めなければならない。ただ初年度はその年齢を超えている者達が一切学校に通えないというのは惜しいために、年齢に関わらずそれぞれの学力に応じて相応の学年から学生になれるように配慮されていた。
この措置は今後五年間有効であり、学校開設時にすでに入学年齢を超過していた者は今後五年以内ならば、試験を受けて実力相応の学年に編入することが出来る。
学校は初等科六年間、中等科三年間で最長九年間となり、成績がふるわなければ下位クラスまで落とされ、それでもついていけない者は退学となる。成績優秀者で貧困などの理由がある者は学費免除や奨学金制度がある。つまり初年度の最上級生は中等科二年からのスタートということだ。
そんな現状で最上級生である中等科二年の最上位クラスに、珍妙な六人組がやってきた。
「え~……、本日から一ヶ月間ほど、王都の学園からの留学生が皆さんと一緒にこの教室で勉強することになりました。それでは皆さん自己紹介をお願いします」
「えっと……、シャルロッテです。よろしくお願いします」
「「「「「――ッ!?」」」」」
シャルロッテと名乗った少女に学生達が盛大に反応する。その出で立ちが普通ではない。珍妙、珍奇、とにかく今まで見たこともない姿だった。
髪型は流行りのものとは程遠く。ボサボサで顔の大半が覆い隠されている。野暮ったいとかいうレベルではなく、わざと顔の大半を隠しているのかと思うような髪型だった。しかし問題はそんなことではなく……、顔の上半分、目の回りにつけている奇妙な物。それがあまりに珍しく意味がわからない。
「あの!一つ質問よろしいですか?」
ここぞとばかりにお調子者のハンスが手を上げて質問をする。
「質問時間は後で設けるつもりですが……、何ですか……」
教師もとりあえず聞いてみることにしてハンスに質問を許す。どうでもいいことならまた後で聞けと言えばいい。
「シャルロッテさんの顔についている物は何ですか?」
「ぷっ!」
クラス中からクスクスと笑い声が漏れた。シャルロッテの顔にくっついている物があまりに奇妙で誰もが気になると同時に、あまりにおかしくて笑いを堪えられない。どんな顔なのはほとんどわからないほどに顔の上半分に奇妙なものが乗っているのだ。
「これは眼鏡というものです。目が悪く近くや遠くが見え難いのを矯正してくれる最新の道具です」
「……え?」
「へぇ……」
最初は笑っていた者達もその説明を聞いて興味を持つ者が多数いた。全員が全員すぐに受け入れたわけではないが、さすがにこの学校で最上位クラスなだけはあり、そういった最新の物を受け入れたり興味を持ったりする度量は十分にあった。まだ一部の者はあまりのヘンテコな姿に笑っているが、その有用性に納得した者も多かった。
「納得しましたか?それでは次にいきますよ。次の方は自己紹介をしてください」
「私はミコトよ!貴方達がどの程度か一ヶ月間見てやるわ。ありがたく思いなさい」
「「「「「…………」」」」」
次のミコトと名乗った勝気そうな少女の言葉にクラスの雰囲気が一気に変わった。怖気づいたとか呆気に取られたというわけではない。全員の顔つきが変わったのだ。
この学校は初年度の途中でもクラスの入れ替えが起こる。成績のふるわない者はどんどん下のクラスに落とされていく。ここにいる者達は本当にこの学校で、最上位クラスの授業についていけている者達ばかりだ。その自分達に向かってあんな口を聞いたミコトに黙っているような者達はいない。
「ふんっ!生まれが良けりゃ入れるヌルイ王都の学園に通ってるお嬢ちゃんが何だって?」
「こら!やめなさい!お互いの実力はこれからの授業でわかるでしょう。ミコトさんもあまり挑発しないように。次」
教師が間に入って止めて次に進める。別にお互いにライバル視し合うのも切磋琢磨するのも大いに結構だが、今は授業前に留学生を紹介している最中だ。さっさと先に進めたい教師は次々と先へ促す。
「アレクサンドラですわ。短い間ですがよろしくお願いします」
次はいかにも高位貴族のご令嬢という風体の少女だった。今日やってきた留学生の中では一番身分が高いのではないかと思える。当たり障りなく自己紹介したが、カーン騎士団学校の生徒達は、どうせ高位貴族という生まれだけで王都の学園に通っているお嬢様だろうと侮った。
「僕はクラウディアだ。よろしく」
フッとばかりに前髪をかきあげ、変なポーズをとりながら名乗ったのは何とも奇妙な、騎士のような格好をした少女だった。ここはカーン騎士団学校という名前はついているが、何も騎士を目指す者ばかりが入る学校ではない。出資者というか経営者が騎士団というだけだ。それなのにこの少女は何か勘違いして入って来たのではないかと一同は思った。
「えっと……、ルイーザです。よろしくお願いします」
「何だあれ?」
次の少女はいかにも普通だった。そう、普通すぎる。普通の農民の子供にしか見えない。王都の学園は高位貴族しか入れないはずだ。それなのに何故王都の学園からの留学生がこんな普通の農民の子なのか。こちらの学生達にはさっぱり理解出来なかった。
「カタリーナです。よろしくしていただく必要はありませんので余計なことは話しかけてこないでください」
「うわぁ……」
そして最後の氷のように冷たい表情の少女。言っていることも滅茶苦茶だ。じゃあお前は何をしに留学してきたのかと問い詰めたい。とはいえこちらの学校も馴れ合いのための学校ではない。全員が少しでも良い成績を修めて、少しでも良い職に就こうと必死だ。全員がライバルであり馴れ合いなど最初から求めていない。
「え~……、それでは少しだけ質問時間を取ります。何か質問は?はい、ありませんね。それでは残りは休憩時間にでもそれぞれ聞いてください。この学校では身分は問いません。彼女達も家名は名乗りませんが無闇に追及しないように。それでは授業を始めます」
まだ誰も何も言っていないのに教師は質問時間を打ち切って授業を始めた。しかし別に誰も不満はない。このエリートクラスでは他人がどうこうなどということには大して興味はないのだ。それも短期留学でやってきた者達など自分達には関係ない。自分達はただ勉強に励むのみ。そうして授業は始まったのだった。
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王都の学園から留学生が来て、まだ本人達に話しかけた者は誰もいない。しかしまったく興味がないかと言えばそんなこともなく、休憩時間になると仲の良い者で集まっては話をしていた。
「なぁ、あの留学生達どう思う?」
「ミコトちゃん可愛いよな!あの気の強そうなところがまた……」
「いや……、そんなこと聞いてねぇし……」
突然少女ばかり六人も留学してきたことにも驚きを隠せない。王都の学園もカーン騎士団学校にも女子生徒はいる。しかし女子生徒は教養や作法や花嫁修業が中心であり、最上位クラスにはほとんどいない。また女子生徒自身やその両親も勉強をさせるためというよりは、人脈作りや礼儀作法を習わせるために通わせている。
そんなクラスに王都の学園から六人も少女達がやってきたというのがどうにも解せない。しかも一部は明らかに王都の学園に通えるような家柄ではないだろうと思えるような者もいるのだ。どう考えても色々と怪しい。
「俺は断然アレクサンドラちゃんだぜ!」
「「「えっ!?」」」
「あの意地が悪そうな子が……?」
しかしやはり年頃の男子……。話題はやはりそちらに流れていく。確かにこんな時期に、少女ばかり六人も留学してくるなどおかしな話ではある。だが学校が受け入れている以上はそれなりの事情があるのだろう。まだ開校一年目とはいえこの学校は領主が経営しているものだ。そんなあからさまに怪しい者が入ってくるはずがない。
「俺はルイーザちゃんかなぁ……。あの普通っぽい所が安心するんだよな」
「それはまぁ……」
あまり良い育ちの者がいないカーン騎士団国の者達からすれば、あまりに貴族然とした者よりも、今まで身近にいた平民、農民の方が安心感があるのは間違いない。
「カタリーナちゃんに氷の眼差しで罵られたい」
「「「うわぁ……」」」
時々真性の者もいるようだが大体大勢の好みは決まっている。
「お前らわかってないな。クラウディアちゃんみたいに普段男らしく振る舞ってる子の方が、落ちた時とか寝室ですごいことになるんだぞ。絶対クラウディアちゃん一択だ!」
「男子さいてー!」
「クラウディア様をそんな目で見ないでよね!」
クラウディアは一部の男子と、そして女子に割と人気になっていた。ただしそれは遠目に見て憧れる程度であり、もし本気で迫られたら引いてしまう女子がほとんどだ。所詮ほとんどの女子にとって憧れの王子様的女性というのはその程度のものでしかない。本気でそっちに興味がある者は極一部だ。
「おいエドゥアルト、お前は?」
「興味ない」
「チッ……、何だよ。気取るなよ」
話題を振られたエドゥアルトは一言そう答えただけで教科書から視線を外すこともなかった。休憩時間だというのに常に自習をしているエドゥアルトは少々煙たがられる存在だ。
「じゃあベルンハルト、お前は?」
「う~ん……?なに~?」
そして……、机に突っ伏して眠っていたベルンハルトはまったく話題についていけない。しかし本人は気にすることもなく、一応顔を上げたが大した用ではなかったようだと判断するとまた机に突っ伏したのだった。




