第三百九十三話「新体制!」
王都に戻るまであと二ヶ月を切っている。俺としては物凄く一生懸命頑張って仕事をしているつもりだけど一向に仕事が減らない。それどころかどんどん、次から次へと増えていく気すらしてしまう。一体いつになったら俺は楽が出来るようになるんだ……。
今は何とか仕事が回っているけど、もしこれで何か予定外の問題でも発生した場合対処が追いつかなくなる可能性が高い。歯車には隙間、所謂遊びというものがなければきちんと回らない。仕事も同じく、ギリギリ三人で出来る仕事だからと三人しかいなければスムーズには進まないものだ。それにトラブルがあったら即破綻してしまう。
三人で出来る仕事でも四人、五人と多めに人手を配置しておき、余裕をもって仕事を捌いていかなければならない。それに仕事が出来るベテランだけを固めて仕事を次々に終わらせていくのではなく、新人などを加えて教育と実務経験を積ませて育てる必要がある。そういう意味でも人数は多めに余裕を持たせなければならない。
翻ってうちはどうか?うちの仕事のほとんどは俺がしている。というとオーバーというか、偉そうというか、勘違いしている経営者や上司みたいになってしまうけど、実際そうだから仕方がない。
よくいる勘違い経営者や上司で、自分がいなければ仕事が回らない!なんて思って偉そうに踏ん反り返っているけど、実際にはそいつがいない方がむしろスムーズに仕事が回るのに、勘違いで偉そうにでしゃばってくる馬鹿もよくいる。
俺はなるべくそうはなりたくないから、専門性の高い仕事は専門家に任せているし、職人や担当者に任せられることは出来るだけ任せている。ただ俺は最高意思決定者なわけで、そういう者達が上げてきた計画や事業を全て確認して決裁しなければならない。
そういう意味では全ての仕事は最終的に俺が全部決めているわけで、俺がいなくてもそれぞれが勝手に仕事を進めるのなら出来るけど、勝手にカーン家の仕事を担当者達がそれぞれやるというわけにはいかない。そんな権限を与えては各々が独自に行動して、家として統一された方針の下に決められた方向へ進んでいくということが出来なくなる。
それ以外にも権限を分けるというのは反乱などの危険も孕む。王様が全てを一人で決定することは出来ないとしても、逆に代官達にあまりに権限を与えすぎれば反乱の種になるだろう。その辺りのバランスを取りつつ、適度に下に仕事を回して、管理と監視を行なえる体制を作らなければならない。
「……ふむ。カンベエ、内政、軍政、全ての分野における当家の主要人物を集めてください。召集するのはこの者達です」
「はっ!それではさっそく……」
俺が渡したリストを持ってカンベエが部屋を出て行った。カーン家とその所領は大きくなりすぎた。いつまでも俺のワンマンで動かせる規模じゃない。だったら……、もっと抜本的に統治体制を見直していかなければな……。
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一週間後、俺が召集をかけた者がケーニグスベルクに集まっていた。こちらも新市街はまだ建設出来ていない。とりあえずカンザ商会の会議室に集まってもらったけど人が多いな。まぁ止むを得ない。ここに集まるより騎士爵領のキーンかカーンブルクの方がよかっただろうけど……、俺が向こうに行ってる暇がないからな。
「よく集まってくれました」
「「「「「はっ」」」」」
「フローラ様がお呼びとあればどこであろうとも馳せ参じます」
ここには信用出来る者しか呼んでいない。古くから俺に仕えてくれているような者や、命を懸けてでも当家のために働いてくれるような者達だけだ。ここにいる皆と当家の体制について話し合いたい。
「カーン家は大きくなりすぎました。今までのように私一人で全てを管理し、指示を出すのは困難になりつつあります。そこで……、組織改革を行い皆に私を支えてもらいたいと思います」
皆静かに聞いてくれている。言いたいこととかがあれば言ってくれてもいいんだけどな。とりあえずうちの体制について俺の考えを述べていこう。
「一先ず私が考える体制を説明していきます。何か意見があれば遠慮なく述べてくださいね。それではまずカーン家の体制から……」
俺が最初に語り出したのはカーン家自体の体制だ。領地の支配体制とかではなく、それらを支配するカーン家の体制から整えなければならない。
まず現在はカーン伯爵家となっている。そしてその当主は俺、フロト・フォン・カーンだ。カーン家の領地においては俺は領主であり、ブリッシュ・エール王国においては王でもある。そして全ての領地や王国の運営は俺一人で担ってきた。でもそれももう限界だ。
「カーン家においては、家事を全て取り仕切る家令を置こうと思います」
家宰とか、家老とか、どんな呼び方でもいいけど家の一切を取り仕切る人を置こうと思う。色々名前を考えているうちに、とりあえず家令ということにした。別に名称は何でもいい。後で変えてもいいし、俺が仮に考えただけだ。
家事を全て取り仕切るって、家事って掃除、洗濯、食事とかそんな話じゃない。当家のことに関する一切のことだ。客人を招いての接待とか、パーティーを開くからその準備とか、カーン家が行なうあらゆることに対して対応する。だからある意味においては絶大な権限とも言えるだろう。
「家令はヘルムート。貴方です。これからも当家のことを全て任せます」
「はっ!必ずやご期待に副えてご覧にいれます!」
内政や軍事には直接関わらなくとも、カーン家の全てを取り仕切るとなれば相当忙しいだろう。それに俺とヘルムートの頃の間は良くても、今後代を重ねた時に家令が権限を持ちすぎて主家を意のままに操るということも有り得る。そこである程度の安全弁が必要だ。
「家令相談役はイザベラ。副家令はカタリーナに任せます」
「「はい。お任せください」」
経験豊富なイザベラが相談役として家令の話を聞いたり、教え導いたりする。また相談役と副家令が家令を管理、監督、監視することで一人の暴走を防ごうというものだ。いわば三竦みであり、お互いが牽制しあうことでどれか一つの役職の増長や暴走を防ぐ。
ヘルムートとカタリーナは同じ家の実の兄妹じゃないかと思うかもしれないけど、今代については別に大した問題じゃない。カタリーナは兄ヘルムートが何か怪しい動きをすれば俺にきちんと報告するだろうけど、そういうことは心配していない。
今後その役職を引き継いでいった者達が相互に監視し合う体制を作りたいだけだ。だからヘルムートやカタリーナの関係性がどうこうというのはこの場合問題じゃない。
「続いて……、カーン家当主の補佐をする丞相はカンベエ、貴方です。そして……、副丞相はアレクサンドラ」
「ははぁっ!」
「承りましたわ」
俺の言葉にカンベエは大袈裟なくらいに頭を下げた。ヤマト皇国式の反応は少しオーバーすぎる。
俺がカンベエに与えた丞相というのは、領地や国の宰相とはまた違う。現代日本なら丞相と宰相には言葉として大した違いはない。でもカンベエに与えた丞相というのはあくまでカーン家当主を補佐する仕事というものだ。領地や国の大臣たる宰相とはまた意味が違う。
副丞相はもちろん丞相の補佐がメインの仕事ではある。だけど家令と副家令と同じく、副丞相が丞相を監視することで暴走や反乱を防ぐ。
「カーン家陸軍大将はイグナーツ、近衛師団長はオリヴァー、特殊部隊長はアルマンです」
「「「拝命仕りました」」」
まぁこれはそんなに大した話じゃない。元々そういう役割を担ってきていた者達だ。ただそれを正式に役職として名前と権限を与えて内外にはっきり示すだけだ。
「カーン家海軍大将はシュバルツ、艦隊司令長官はラモール、そして海軍隷下の探検家組合長はシュテファンです」
「任せてくれ」
「はっ!」
「がっ、頑張ります!」
まぁシュバルツとラモールに関しては今までやっていたこととそう変わりない。ただ艦隊司令長官はカーン家当主の直下の指揮官という立場にはなった。海軍でありながら、単純にただ海軍に命令されてその通りに動くわけではなく、他に脅かされることなく独立した指揮官というわけだ。これも海軍が全権を握らないように長官と監視させあうシステムとなる。
探検家組合はこれから暗黒大陸や新大陸発見に向けて出発する探険家達を纏める組合となる。その組合の長としてシュテファンを据える。シュテファン自身も探検家として出て行くから、探険家達への指示の権限を明確にしておく必要があるだろう。また現地で判断出来るだけの権限も与えておかなければならない。
「カーン家当主直属軍として軍団長をムサシ、副団長をジャンジカとします」
「「はっ!」」
本来ならば近衛兵こそが君主の直属の部隊として存在している。その形でいけばオリヴァーが直属軍とその団長ということになるだろう。でもうちは少々形が異なる。
近衛師団はあくまで陸軍の一師団にすぎない。直属軍は完全にカーン家当主の指示に従い手足となって動く独立部隊だ。陸軍の指揮には従わない。まぁ戦地で共闘すれば作戦には従う形にするけど、指揮系統が別の独立した軍だと思えばいい。
「ここからは大臣を発表します。経済大臣はフーゴ、財務大臣はヴィクトーリア、外務大臣はミカロユス」
「身に余る光栄です」
「これから共に頑張りましょう、フローラ様」
「任せておくが良い!」
カンザ商会王都支部長のフーゴを経済大臣に任命する。カーン家の経済は実質的にカンザ商会が取り仕切っているも同然だ。だからカンザ商会のナンバーツーであるフーゴを経済大臣にする。ナンバーワンはどうしたって?ナンバーワンは俺だよ……。俺を大臣に任命してどうするよ……。
そしてクルーク商会のヴィクトーリア……。前に話し合いが持たれた通り、クルーク商会はカンザ商会と統合することになった。現在両商会は徐々に統合を進めている。これまでは会頭として働いてきたヴィクトーリアも徐々にその仕事から退きつつある。ただヴィクトーリアほど有能な人材をすぐに隠居させるほどうちに余裕はない。
商会を取り仕切ってきた能力を見込んで財務大臣を担当してもらう。もちろん一人で全てを取り仕切るわけでもないし、カンザ商会やクルーク商会の財務を行なってきた者達も補佐と監視に入ってもらう。お互いに監視し合うことで牽制して……、といういつものパターンだ。
そしてミカロユス……。こいつはポルスキー王国をこんなことにしておいて、自分だけちゃっかり一番出世してるんじゃないかと思わなくもない。だけど外交手腕に関しては確かにそれなりのものを持っている。それだけは認めざるを得ない。
もちろんまた暴走してとんでもないことをしないように監視は厳重にしなければならない。名目上外務大臣としているけど実質的にはただの一外交官程度でしかない。ただ相手が外交官というのと外務大臣というので態度が変わるだろうから外務大臣を与えているだけだ。
ミカロユスはカンベエとも随分親しくなっていたから今後もカンベエに手綱を握らせる。そもそもカンベエは丞相なんだから他の者達全員を管理と監視する役目を負っているからな。
「ミコトとルイーザはそれぞれ魔法部隊長、クラウディアは直属軍に所属してもらいます」
「任せなさい!」
「頑張る!」
「フローラの護衛は僕だね!」
ミコトとルイーザは二人が鍛えてきた魔法部隊をそのまま指揮してもらう。他の者に指揮させてもうまくいかないだろうしね。そしてクラウディアは一応名目上直属軍所属とする。別にムサシやジャンジカの麾下に入って指示に従えというわけじゃない。俺の直属だったとしても名目上、というわけだ。
「これらは全てカーン家の直属の組織です。領地、国に関わらず、全てを超えた上に存在する組織です。そして……、ブリッシュ・エール王国の宰相はゴトー、貴方に任せますよ」
「はい!カーザー王様のために粉骨砕身励む所存です!」
騎士爵領、男爵領、騎士団国はプロイス王国の領土だ。それにカーン家の直接の所領ということになる。それに比べてブリッシュ・エール王国はカーン家が王家とはいえ全てが直轄地というわけじゃない。
またプロイス王国内の一領地にすぎないなら勝手に大臣だの何だのは設定出来ない。でもブリッシュ・エール王国は俺が国王なんだから大臣でも将軍でも好きに任命出来る。一先ずプロイス王国内の領地はカーン家の体制のまま運営していく。ブリッシュ・エールは王である俺と宰相のゴトーを中心に王国を築き上げていかなければならない。
他にいくつか代官を置いたり、不備を補ったり、副官のようなものをそれぞれに決めさせたりして、新体制は着々と決まっていったのだった。




