第三百九十一話「トラウマ克服!」
はぁ……、昨晩は気持ち良い……、じゃなくて、酷い目に遭った。俺は相当体力があるはずなのに何だかクタクタというか、力が入らないというか……。単純に体力を使い果たして疲れているというよりは別の原因だけど……。
「フローラ様、朝です。起きてください」
「…………何故皆さんはそんなにテカテカしているのですか」
俺はまだぐったりしているというのに皆は何というかテカテカしている。しかも妙にテンションが高く元気だ。
「それは良いではありませんか。さぁ、フローラ様も早く準備してください」
「はいはい……」
あまりゴチャゴチャ言っていても仕方がない。起きようと決めた俺はのそのそと布団から出る。カタリーナに手伝ってもらって着替えを済ませた俺達がテントから出ると……。
「おはようございます……」
「おはよう、ジャンジカ、ムサシ。……全員どうしたのです?」
何かテントの外に出たら皆赤い顔をしてやや前かがみになりつつ視線を逸らしている。明らかに挙動不審だ。しかも何か視線が気持ち悪い。
「いやぁ……、そのぉ……」
「はっきりしませんね。男なら男らしくはっきり言えばどうですか?」
何か今回のピクニック……、キャンプ?ではジャンジカの株がダダ下がりしている気がする。はっきり物も言わないし頼りにならないし……。
「では申し上げます。昨晩のフローラ様とその奥方様がたの行為が激しく、こちらまで声や物音が聞こえておりましたので、皆夜も眠れず、またフローラ様と奥方様がたの行為を想像してしまい真っ直ぐ見れなくなっているのです」
まごまごしているジャンジカに代わってムサシが男らしく答える。こういう所がムサシとジャンジカの違いだろうか。ヤマト男児のためかムサシはやっぱり男らしい。
「ああ……、そういう、…………え?」
…………え?何て?
昨晩のお嫁さん達とのピーやピーが聞こえてたから、それでそれを想像してしまって俺達を見れないって?
「あっ……、あああぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!いやぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!」
俺の口から出たとは思えない甲高い悲鳴を残して、俺は顔を覆ったまま森の方へと駆けて行ってしまったのだった。
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ああぁぁ~~~!恥ずかしい!向こうがこちらをまともに見れないって言うけど、こっちだってまともに回りの者達としゃべれない。滅茶苦茶恥ずかしい。それでもいつまでも森を走り回っているわけにもいかず、渋々戻ってきた俺は皆と一緒に朝食を摂る。
「朝から焼肉とは中々濃い上に重いですね」
「とてもおいしいよ」
さすが体が資本の騎士だけあってかクラウディアは平気そうにパクパク食べていた。朝食は昨日の残りの水竜の肉を焼いたものがメインだ。普通に考えたら朝っぱらから焼肉ってどうよ、って思わなくもない。
実際、朝弱くて低血圧とかがありそうなミコトとアレクサンドラは食が進んでいない。ルイーザとカタリーナは黙って食べている。まぁ俺も重いとか言ったけど、若さもあるのか朝から焼肉でもそんなに苦ではなかった。護衛達も平気なようだ。
「それでは今日は狩りを行いましょうか」
「昨日の銃でかい?」
一人上機嫌にパクパク食べているクラウディアが聞いてくる。どうやら相当ドライゼ銃を気に入ったらしい。早く撃ちたくて仕方がないという所だろう。
「はい。実際に銃でどの程度のモンスターと戦えるか、狩りが出来るか、を検証したいので、出来るだけ他の武器を使わず銃で狩りをしたいと思います」
もちろん身の安全が最優先だから危険があれば剣でも魔法でも使う。ただ狩りで最初に魔法をぶちこむんじゃなくて銃で攻撃してみるというだけのことだ。
まぁ……、銃を使うより剣や魔法の方が安全で確実っていうこと自体が何ともシュールというか、笑ってしまいそうになるけど……。地球でならライフルで武装してる方が絶対強い。それなのにライフルよりも剣とか言ってる時点で何だか変な気分だ。
「ふっふっふっ!どうやら私のムラマサが火を噴く時が来たようね!」
何か知らないけどミコトが危ない顔になってそんなことを言っている。しかも『私のムラマサ』って何だよ……。昨日の短銃のことを言っているのはわかるけど、別にミコトにあげたわけでもないし、ムラマサなんて名前でもないぞ……。
「いいえ、今日は私のセバスチャンが活躍するのですわ!」
おい……、アレクサンドラ……。色々突っ込み所はミコトと同じなんだけど『私のセバスチャン』って何だよ。名前がおかしすぎるだろ……。しかもその短銃って結局ミコトが言ってるのと同じだよね?同じ銃だよね?
「えっと……、えっと……、それじゃ私の……」
「ルイーザ、無理にあの二人に張り合う必要はないのですよ……」
このままじゃ終わりそうにないから強引に締めることにして、朝食を終えると早速狩りに行く準備を始めたのだった。
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ベースキャンプには何人か残して俺達は森の中を歩いていた。狩りをしようと獲物を探す。
「あ!あそこにいますね」
「えっ……?あれって……」
その獲物を見てルイーザがガタガタと震え出した。どうやら結構トラウマになっているようだ。確かにあの攻撃力は今でも下手に一撃食らえば致命傷になりかねない。十回戦えば十回勝つ自信はあっても、出来れば正面から肉弾戦で戦うのは嫌な相手だ。魔法とか遠距離攻撃でぶっ飛ばすならいいけど……。
「狂い角熊ですね」
そう。見つけたのは幼少の頃、俺に大怪我を負わせて今もルイーザにトラウマとして残っている因縁の相手、狂い角熊だった。こちらから派手に騒いだりしてびっくりさせなければ基本的には大人しいらしいけど、一度ターゲットと決めたら死ぬまで追いかけてくるというしつこさも併せ持つ。しかも熊というのは非常にタフだ。
地球でもハイイログマ、グリズリーは小さな銃で多少撃ってもなかなか死なない。よほど急所にうまく当たれば小さな銃でも殺せるかもしれないけど、ライフルやマグナムでも持っていないと相手にしてはいけないような相手だ。ましてやこの剣と魔法の世界であるこちらではもっと強い可能性が高い。
「ヘッドショットを狙いましょう」
「『へっどしょっと』?」
クラウディアが首を傾げる。まぁこっちじゃ聞きなれない言葉だろう。
「一撃で確実に仕留めるために頭の……、その中でも重要な部分を撃ち抜くのです」
高等な狙撃技術が必要になる上に、この手持ちのドライゼ銃で狂い角熊の頭を撃ち抜けるとは限らない。もしかしたら当たっても頭蓋骨に弾かれて致命傷にならない可能性もある。
手負いの獣がやっかいなのは古今東西、世界が変わったって変わらない。もし手負いのまま逃がすなんてことになったら最悪だ。手を出すのなら絶対に仕留めなければならない。
「クラウディア、今回は私とルイーザに譲っていただけますか?」
「…………ああ、いいよ。任せよう」
そう言ってクラウディアは担いでいたドライゼ銃を渡してくれた。それを受け取ってルイーザに持たせる。
「え?あの……?」
「ルイーザ、よければ私と一緒に仕留めましょう。あの時の心の傷を乗り越えるのです」
ルイーザ一人ではドライゼ銃の反動を抑えられない。俺と二人で……、あの時の苦い思い出を乗り越えよう。そう瞳にメッセージを込めてルイーザを見詰める。もちろんルイーザがそんなこと出来ないというのなら別の方法を考えるけど……。
「……うん。やろう!」
最近は大人になってお淑やかな女性になっていたルイーザが、あの頃のような、年下達をまとめていた姐御の頃の顔になって頷いた。
「それではやりましょうか。私とルイーザがこの小銃で狂い角熊を狙います。当たったとしてもどの程度の傷を負わせられるかはわかりません。なのでアレクサンドラはこちらの短銃を持って備えてください。他の皆さんは剣や魔法で備えをお願いします」
剣も魔法も使えないアレクサンドラに短銃を持たせて、残りの皆はそれぞれ剣や魔法など得意な方法で備えてもらう。このドライゼ銃で狂い角熊にどの程度のダメージを与えられるかは不明だ。もし怪我だけ負わせて暴れられたら面倒なことになる。出来れば通用して欲しい。一発で決めたい。
「いいですかルイーザ……。しっかり狙って……」
「うん……」
ルイーザが銃を構えて俺がルイーザの後ろから銃とルイーザを支える。反動で銃を飛ばしてしまったり、狙いが逸れないように支えるのが俺の仕事だ。ルイーザは照準器を見て狂い角熊の頭を狙う。
後ろから見ているだけだから照準器をはっきり見ているわけじゃないけど、俺の体感としても照準は合っているような気がする。あとはルイーザのタイミングで声をかけて撃つだけだ。
「す~~~っ……、はぁ~~~~~っ……。いくよ、フロト」
「ええ。いつでも良いですよ」
俺がそう言うと、ルイーザの呼吸が止まってグッと力が入った。
撃つ……。
そう思った瞬間……。
バァーーンッ!
という音が森に響き渡る。そして向こうの方では巨大な狂い角熊が暴れる暇もなく頭から血を噴き出しながら倒れた。どうやら完全に脳幹を破壊出来たようだ。狂い角熊の脳幹がどこにあるのかはわからない。当たったのは偶然だろう。それでも今間違いなくルイーザが一撃で狂い角熊を仕留めたんだ。
「やりましたねルイーザ!」
「やった……?本当に……、私が……?」
まだ実感が湧かないらしいルイーザの手をとって倒した狂い角熊の所まで近づく。もしこれが死んだフリだったなら俺がルイーザを守って止めを刺せばいいだけだ。
「完全に死んでいますね。見事なヘッドショットでした」
「やった……。やった!やったよフロト!私があの狂い角熊を倒したんだよ!」
ピョンピョン飛び跳ねながら俺に抱き付いてくる。どうやらようやく実感が湧いてきたようだ。
まぁそもそも本当のことを言えば、ルイーザの魔法なら銃なんて使わなくても狂い角熊なんて跡形も残さず倒せるんだけどな。でもルイーザはトラウマになっているせいか狂い角熊を必要以上に恐れすぎている。そのトラウマがこれで少しは払拭されたらいいな。
「次!次は私の番よね!」
「そうですね。それでは次の準備をしましょうか」
倒した狂い角熊だってこのままここに放っていくというわけにはいかない。お付きの者達に処理を任せながら次の作戦を考える。でも中々次の獲物は見つからなかった。やっぱり銃声が大きすぎて、一度撃つと他の獲物が逃げてしまうようだ。その日夕方近くまで森を彷徨って獲物を探したけど思ったよりは狩れなかった。
狩った獲物は護衛達に処理させて運び、ベースキャンプと合流するとテントを片付けて撤収する。そんなに何日も森に篭っていられるほど暇じゃない。暗くなる前に森を出てギリギリ人のいる場所まで戻った俺達は一晩途中の村で明かして、翌朝ケーニグスベルクへと戻った。
「ところで持って帰った獲物はどうするのですか?」
処理をして持って帰ってきた獲物だけどどうするつもりなのか俺は知らない。俺達はただ狩りと銃の性能テストをしただけで、狩った獲物をどうするつもりなのかは聞いていなかった。
「一部の肉は食べられます。また毛皮などは商品になりますのでカンザ商会に卸す予定です」
「そうですか」
ヘルムートの言葉に頷く。ロシアがシベリア方面へと進出していったのも毛皮を求めてだもんな。わざわざあんな寒い所まで毛皮を求めて行くくらいなんだから毛皮というのは色々と貴重なんだろう。モンスターの肉だっておいしいものがあることも知った。水竜はかなりおいしかったからな。
銃の性能も期待した以上だったし、獲物を持って帰ったお陰で多少のお金にはなっただろう。今回のピクニック、キャンプ、でもそれなりに費用はかかっている。弾だってタダじゃないし……。そういうものが少しでも回収出来たのならよかった。
「フローラ殿!書類が溜まっておりますぞ!」
「あ~……、はい……。そうですね……」
カンベエに言われるまでもなくわかっている。俺の執務机どころか部屋中に、客用のテーブルの上にまで書類が山積みだ。たった二日空けただけでこれほど仕事が溜まっているとは……。
カーン騎士爵領の仕事は随分楽になってきた。だけどカーン男爵領の報告書や要望書、カーン騎士団国の仕事に、今はさらにブリッシュ・エール王国の仕事まで次々運ばれてくる。これはそろそろ本格的に仕事をどうにかしないと、本当に大変なことになりそうだな……。




