第三百八十九話「森へピクニック!」
今後の方針も決まって準備も進んで万々歳ではあるんだけど……、戸籍調査、測量、地図作成、沿岸部整備、灯台整備、海図作成、税制、新法の発布……、やることが多すぎる!俺はいつから書類を片付ける仕事に就いたというのか!
まぁ……、領主や国主なんてこんなもんか……。
それからカーン騎士団国全体の街道をどうにかしたい所ではあるけど、今いきなり全土の街道に着手するほど人手も時間もない。ダンジヒ、ケーニグスベルクからワールスザワまで向かう街道を最優先だ。この道が出来ないことには南東方向への遠征は出来ない。
あとは竜騎兵……。皆の前でぶち上げたのは良いけど実はまだ目処は立っていない。
まず必要になるのがカービンだ。カービンとは騎馬用に銃身を短くした小銃のことをいう。今では単純に銃身が短い銃をカービンと言うけど、元々は騎兵用に短くした銃という意味だ。
銃身を詰めること自体は難しくない。馬上での取り回しのために銃身の短い取り回しのしやすい銃を開発すればいいだけだ。問題なのはカービンではなく……、弾詰めだ。前装式では面倒すぎる。馬上で銃を立てて前から弾を込めていたら失敗もあるだろうし手間すぎるしで実用的じゃない。
それにパーカッションロック式だと、雷管、キャップが馬の走る動きや衝撃で落下するだろう。うまく雷管を固定しておくのが難しい。
竜騎兵を成功させるためには後装のボルトアクション式小銃を完成させなければならない。
基本はすでにある程度出来ている。紙製薬莢も実用化されつつあるからもう少しの改良でどうにかなるだろう。今のは単純に弾一つで全ての動作が出来るというだけのいわばキットになっているだけだからな。
アインスからの報告でかなり研究が進んでいると言っていたから、調子に乗って皆の前で先に公表してしまったけど……、ちょっとはやまったかなぁ……。アインスから続報も開発成功の知らせもないし……。ドライゼ銃が出来ないことには竜騎兵計画も頓挫かな……。そもそも何よりも……。
「あああぁぁぁぁぁ~~~~っ!もう我慢の限界です!」
「あの……、フローラ様?」
俺がいきなり声を上げて立ち上がったからカタリーナがオロオロしている。何だか可愛い。カタリーナでもこうやって慌てたりするんだな。って、だからそんなことを言ってる場合じゃない。
「カタリーナ!今からイチャイチャしましょう!もう女の子成分が足りなくて我慢の限界です!禁断症状です!ハァ!ハァ!もう無理です!頭がどうにかなってしまいます!」
俺はカタリーナににじり寄った。俺がジリジリとにじり寄るとカタリーナがジリジリと下がる。しかしここは俺の執務室だ。逃げ場などない。すぐに壁際に追い詰められたカタリーナの表情が絶望に染まる。
ここのところずっと、ずーっと、おっさんの相手をして、おっさんの相手をして、おっさんの相手をして、俺はおっさんの相手しかしていない!もう何日も女の子とイチャイチャしていない!いい加減にしろ!俺が何のために働いていると思っているんだ!
あ?国のため?んなわけがない。俺は別にプロイス王国に忠誠なんて誓った覚えは……、まぁ陞爵の式典では国王陛下に忠誠を誓うわけだけど、心の底から王国や王家に忠誠なんて誓ってない。俺の生まれや立場上やむなく協力しているのであって、その中で俺にとって都合が良くなるように働いているだけだ。
それもこれも全て女の子とイチャイチャして現代的な生活を送る、そのためだけに頑張っていると言っても過言ではない。
それなのに!それなのにその肝心な女の子達との生活が出来ていない!同性婚を認めさせたり、俺達の生活を安全で快適にするために頑張れば頑張るほど、俺は何故かお嫁さん達と触れ合えなくなっていく!こんなことが許されていいのか!
否!断じて否!そんなことが許されて良いはずはない!
だから……、ハァ……、ハァ……、カタリーナと……。
「カタリーナ~~~~っ!」
俺はジャンプしてカタリーナに向かってダイブする。両手と両足をそれぞれ合掌したような姿勢で。そう……、有名な奴のダイブだ。もちろん俺は奴ほど玄人じゃないので服まで一瞬で脱いでダイブすることはできない。だから完全なるダイブではないけど……、そんなことはどうでもいい!
「――ッ!?」
俺のダイブを見てカタリーナが驚愕の表情を浮かべる。しかしもう逃げ場はない。にょほほっ!捉えた!
「フローラ殿、荷物が届いて……」
その時……、ノックもなく扉が開かれた。俺の目の前にいたはずのカタリーナの姿が木製の扉の影に隠れ、スローモーションのようにゆっくりと扉が俺に迫ってくる。いや、俺が高速で扉に迫っている。
「ぶっ!」
べチャッ!
という音と共に……、俺は扉に激突し、勢いで扉を破壊してもぎ取り、扉を開けたカンベエももげた扉に吹っ飛ばされた。カタリーナだけ立っていた位置がよかったのか、偶然にももげた扉に巻き込まれることもなくその場で無事に蹲っていたのだった。
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さっきは散々な目に遭った。だから扉を開ける時はノックしろというのだ。ノックをしていてもすぐに扉を開けられたら意味はない。そうじゃなくて、中から開けて良いという返事があるまで開けるなという意味だ。それならあんな事故は起こらなかったというのに……。
「それで?」
「はっ……、フローラ殿に……、荷物が届いております」
不機嫌を隠そうともせずジロリと睨みながらカンベエに用件を聞くと実につまらない用件だった。そんなことのために俺とカタリーナの甘い……、ことはないな。欲に塗れた爛れた時間を邪魔してくれたというのか。
「そのようなことで……」
「ですが……、以前フローラ殿が……、アインス殿からの手紙や荷物は最優先せよといわれたので……」
段々カンベエの声が小さくなっていく。肝っ玉の小さい男だ。言いたいことがあるのならはっきり言えばいい。……って、何だって!アインスから!?それを先に言え!この馬鹿者が!
「アインスからならば早くそういいなさい!さぁ!港に向かいますよ!」
言うが早いか、俺は窓を開けて向かいの建物の屋根に飛び乗った。あとは屋根の上を走り、飛び越え、一直線に港へと向かったのだった。
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アインスの荷物を受け取った俺はお嫁さん達を連れてケーニグスベルクから離れた森に来ていた。目的は狩りだ。今回アインスはいくつか俺が注文していた品の試作品を送ってくれた。それらを試すために森にやってきたというわけだ。あと、最近あまり触れ合えていないお嫁さん達との触れ合いの機会でもある。
「はぁ~~っ!良いですねぇ……。愛しいお嫁さん達に囲まれて……、自然豊かな森へピクニックに来られるなんて!」
「ここは本来野掛けなど出来る場所ではありませんが……」
何かジャンジカがキョロキョロと挙動不審になりながらそんなことを言う。一部の護衛とお嫁さん達しかいないからあまり遠慮する必要はない。護衛にはムサシもいるし、何かびびってるけど一応ジャンジカもいるしどうにでもなるだろう。
「自然も豊かで、緑が美しい。こんな森に来てピクニックも楽しめないというのですか?」
「ここは危険なモンスターの出る森で、ポルスキー王国の者は誰も近寄りませんよ……」
あぁ……、そう言えばここはモンスターもいる世界だったな。あまりに害が少なすぎてすっかりただの野生動物くらいにしか認識していなかった。実際俺達が森に入っても襲われていないし……。モンスターというか獲物を狩りに来たくらいにしか考えていなかったな。
「あの湖は美しいですね。あそこの近くで設営しましょうか」
「いや……、あの……、フローラ様……、あそこには主が……」
ジャンジカが何かモゴモゴ言っているけどはっきりしない。言いたいことがあるならはっきり言えというのに。こういう男はモテないだろうな。
「まぁ私達もいるし何か出ても大丈夫でしょ!さぁ!久しぶりにフローラと遊べるんだから目一杯遊ぶわよ!」
「そうですわね」
「うんうん!」
「僕はあくまで護衛だから皆は楽しむと良いよ」
「……」
何かクラウディアとカタリーナは堅いなぁ……。もっとリラックスして皆みたいに遊べばいいのに。
連れて来た護衛や荷物持ち達が湖の近くで設営を開始する。今日は、というか、何と!実は今回は泊りがけだ。今日のうちに帰らなきゃ!とかそんなことはない!お嫁さん達と伸び伸び遊べるように仕事は休みを貰ってきた。まぁ領主や国主の仕事に休みなんてもんはないんだけど……。
いいんだよ!父と母だってモスコーフ公国への睨みが必要なくなったと思ったら、二人でずっとケーニグスベルクでイチャイチャしてるんだから!本当にそのうち弟か妹が出来ても不思議に思わないぞ、俺は。
「綺麗な湖ですねぇ……」
「あぁ!フローラ様!その湖には主が……」
俺がトコトコと湖に近づいて覗き込むと、水底から何かが這い出し水面を押し上げた。
「まぁ!大きな魚ですね」
ヘビか鰻か穴子か、詳しいことはわからないけどそういう細長い魚だ。頭の部分に角がある。何かこの世界のモンスターは狂い角熊といい角を生やすのが流行っているのか?
「すっ、水竜!フローラ様!主です!」
「ほっ!」
俺を一口で丸呑みできそうな大口を開けて迫ってくる。だけどそれって弱点を晒してるようなもんだよな。腕を振り上げて口を開けて俺を飲み込もうとしていたヘビの頭を腕で貫く。途中で勢いがなくなったヘビはビクンビクンしながらドサリと湖の畔に落ちた。
「これは食べられるのでしょうか?」
「「「…………」」」
設営していた男達がポカンとして見ている。手を抜かずにきちんと設営してもらいたいものだ。
「えええぇぇぇーーーーっ!?水竜を素手でっ!?」
さっきまでゴニョゴニョとしゃべっていたジャンジカは、今度は森中に響くのではないかという大声を上げたのだった。
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さっきのヘビは食べられるかわからないとのことでとりあえずジャンジカ達に任せることにした。そして俺はまず今回この森にわざわざ来た一番の目的を果たすために準備をする。
「フロト、あっ、フローラ、これは何なのかな?」
「ルイーザも興味がありますか?うまくいけば後でルイーザにも触らせてあげますよ」
まず俺は一番最初にただの筒のようなものを取り出した。所謂鉄パイプに近い。ただ片側は閉じられている。これは俺が前にアインスに作ってくれと頼んだ物の中でも一番シンプルなものだ。
「ここに火薬と……、弾丸を詰めて……、構えます。そして……、筒の中の火薬に火魔法を……」
バアァーーーンッ!
という物凄い音がして中の火薬はきちんと燃え、先端から弾丸が飛び出した。ライフリングもしていないから弾道は安定せず、標的にしていた的には当たらなかったけどその奥にあった木に当たってその威力を見せ付けた。
今までのライフリングされていないカーン家の銃よりも威力が高い。やっぱり完全に密閉されているからだろうか。その分銃身部分に負荷がかかるけど、この筒はプレスによって強くしたものだから今回は銃身が裂けるということはなかった。これで一先ずこの方式でも耐えられる銃身が作れることは確認出来た。
「びっくりするじゃない!」
「すっ、凄いね……」
皆驚いたようでちょっと怒られてしまった。そりゃ説明もなく急に近くで大きな音がしたら驚くよな。まぁ、実験はまだまだ続くから音ももっとするんだけどね。
「それでは次はこちらにいきましょうか」
今度はさっきのようなただの鉄パイプ状のものじゃなくて、持ち手などや肩当部分がついた銃のような形をした物で試す。こちらも銃身部分は結局さっきと同じだから成功するのは当たり前だ。ただどういう形が持ちやすいかの実験でしかない。
他にも前装式以外の方式のものを試してみたけど強度やガス漏れに難があった。銃身が裂けなくても、機構部分が壊れたり、吹き飛んだり、隙間からガスが漏れたりとあまり良い結果は得られない。やっぱりこのタイプで運用するならまだ暫くは前装式でないと駄目か。
「ミコトとルイーザなら出来ると思いますが試射してみますか?」
「やってみたい!」
「わっ、私はちょっと……」
何か知らないけどミコトはちょっとビビッてるらしい。それに比べて性格的にこちらの方が腰が引けてそうだと思っていたルイーザが随分乗り気だ。
「ルイーザは怖くないのですか?」
「え?えっと……、ちょっと怖いけど……、これでフロト、じゃなくてフローラの役に立てるなら私も使えるようになりたいの!」
真っ直ぐに……、ルイーザは力強い瞳で俺にそう言い切った。性格は大人しくて怖がりに育ったものだと思ったけど……、どうやら根底の部分というのはそう簡単には変わらないらしい。そこには昔見た姐御肌のルイーザがいた。
「あっ!そんなのずるい!だったら私もやるわよ!フロ……ーラのためなら!」
「クラウディアは魔法が使えませんが、アレクサンドラやカタリーナは?」
「私は遠慮しておきますわ」
「私もそれは合わないように思われます」
「そうですか……。それではやはり魔法が得意なルイーザとミコトだけ練習しましょうか」
見えない火薬部分に点火するのは最初は苦労していたけど、ミコトもルイーザも練習しているうちに点火自体は出来るようになった。ただ……、銃を支えて狙いをつけるということは出来ない。点火と同時に銃が暴れて弾もどこへ行くかわからないし、銃も飛ばしてしまって使い物にならないということだけはわかったのだった。




