第三百八十八話「命令だから仕方がない!」
今後の方針を話し終わり、母の肩を抱いて出て行った父を見送ってカンベエと二人っきりになる。父と母は仲が良すぎる。最近はお互いに色々と忙しくてあまり会えていなかったし、まさかあの歳でまた今夜もハッスルするんじゃないだろうな?
今更弟か妹が出来たら驚くどころじゃないぞ……。それにもっと若い時だったなら何も心配はしなかったけど、母の年齢を考えたらもうこの歳で出産するのは危険だろう。医療の発達した現代地球でも高齢出産は何かとリスクが高い。ましてやこんな医療も未発達で、異世界で魔法もあるくせに回復魔法もないような世界ではリスクが高過ぎる。
二人が仲睦まじいのは大変結構なことだけど、あまりハッスルしすぎて今更子供を授かるなんてことは避けてもらいたい所だ……。まぁあの母なら案外ケロッと産んでしまうのかもしれないけど……。
ともかくこちらは仕事なのでいつまでも遊んでいられない。早速カンベエに報告を聞く。
「それで……、フラシア王国の方はどうなりましたか?」
もちろん報告書は読んでいるけど、直接交渉を行ってきた本人の口から聞くのが一番だ。ミカロユスはモスコーフ公国に働きかけているのに、カンベエが残っているのは報告のためだろう。
「はっ!二年間の休戦協定に合意いたしました」
うん。それは報告通りだ。こちらとしても内政に二~三年は時間を要する。二年の休戦というのはギリギリの所だろう。かといってあまり長い休戦になるとそのまま戦争が有耶無耶になったり、完全に終戦協定の交渉に入ってしまう可能性がある。
俺としてはプロイス王国がフラシア王国に奪われている北西の地域、サクゼン地方を取り返そうと思っている。ここでざっくりフラシア王国に奪われている領地を整理しておこう。
まずヘルマン海に面している一番北側、カーン騎士爵領、カーザース辺境伯領の西側にあるのがサクゼン地方だ。サクゼン公爵という名前がある通りうちの西側の奪われている地域も、うちの領地も、本来は全てひっくるめてサクゼン地方となる。でもその西側が現在はフラシア王国に奪われている状態だ。
そのサクゼン地方の南側にあるのがウェストファレン地方。ここもこの地方の本来含まれている西側部分がフラシア王国に奪われている。さらにその南側のレインラント地方の大半と、さらに南のエルサ=ロスリンゲン地方は全てフラシア王国に奪われている。ぶっちゃけて言えば西側の国境ほとんど全てをかなり奪われている状態だ。
これらの地域にはヴェルゼル川やレイン川が流れておりヘルマン海に出るには非常に重要になっている。割譲した当時は海に出ることなんて想定していなかったんだろう。それにプロイス王国は歴史的に内海であるハルク海に重きを置いていた。荒い海であるヘルマン海にはあまり興味はなかったのかもしれない。
それに魔族の国に対抗するために他国を引き入れる必要もあったんだろう。フラシア王国に魔族の国と国境を接させて防衛の負担を負わせようと思ったに違いない。でもそれにしては割譲しすぎだ。
もしフラシア王国に魔族の国と接するようにしようと思ったらサクゼン地方の一部だけでよかった。それなのに一体どんな交渉をすれば西側の国境をこれほど削られるほど割譲するという話になるのか。当時の外交官や担当者達を激しく問い詰めたい。
まぁ……、どうせ裏金でももらって便宜を図っていたんだろう。今もそうだけどプロイス王国は中央集権とは程遠い。ヘルマン民族として外敵に対して結束しようという時はそれなりに纏まるけど、平時ともなれば王国や王家なんて寄り集まっている中で一番有力な家、という程度の認識しかないんだろう。
その点フラシア王国は早くから国家という概念と国民の団結、中央集権に成功していると言える。プロイス貴族からすればフラシア王国とプロイス王国を天秤にかけて、適当にうまい汁を吸える方に時々で味方すればいい、という程度の概念しか持ち合わせていない。フラシア王国にとっては実に都合の良い操り人形になってくれるだろう。
そんなわけでかつて大幅譲歩してしまったために西側の国境はほとんどが下がっている。俺はこれを全て取り返す。特にヴェルゼル川、レイン川からヘルマン海に出るまでのルートは最重要だ。これが確保出来なければプロイス王国は、いつまで経ってもヘルマン海に出るためにデル海峡を通過しなければならない。
いつかフラシア王国と戦争するつもりなら永続的な和平は邪魔な足枷だ。それよりもある程度こちらの都合の良いタイミングでいつでも戦争再開出来るくらいの形を維持しておきたい。こちらが仕掛ける前に向こうから裏切る可能性もあるから備えは怠れないけどな。
「フラシア王国の反応はどうでしたか?」
こういう質問こそが重要だ。報告書では交渉内容や結果は書かれているけど余計なことはあまり書かれていない。でも相手と交渉してきた者の生の感想というのは非常に大切だと俺は思う。
「フラシア王国の者達は理解出来ないという顔をしておりましたぞ。あの顔はフローラ殿にもお見せしたかったですな!」
「ふふっ。そうですね。見てみたかったですね」
カンベエに詳しく話を聞く。どうやらフラシア王国側は降伏や講和の交渉に来ていると思ったらしい。そりゃ遠征軍は全滅。海軍も艦隊を失う大損害だ。そもそも戦闘を継続するのも難しいだろう。そこへきて相手が使者を送ってくれば、普通は降伏勧告か講和の交渉に来たと思うだろう。
もちろん降伏や講和といっても、全面降伏しろとか、ただ無条件に手打ちにしようという話じゃない。これだけの大戦果を挙げているんだから、フラシア王国が賠償金を支払って講和というのが落とし所というところだろう。でも実際に持ちかけられたのは理由もよくわからない二年間の休戦協定だ。
恐らくフラシア王国ではその交渉内容を聞いて、ブリッシュ・エール王国が何らかの理由により戦争が継続出来ないに違いない、今こそ反撃する時だと騒いだ者がいたことだろう。
現場とすれば陸軍は大損害、海軍は艦隊喪失でとてもじゃないけど戦える状態じゃないと主張したはずだ。
両者の間を埋めるべく散々話し合いが行なわれ、結論としては動員出来る兵力がないために一先ず休戦に応じて兵力を回復し、休戦明けに整えた戦力で反撃を行なう、とかそういう結論に達したに違いない。カンベエの話と、現地で仕入れたスパイ達の情報からも大凡そのような流れになったことが確認されたようだ。
「報告ご苦労様です。それでは今日はもう下がって良いですよ。……あぁ、ポルスキー王国とポルスキー王国の南東にあるルーシャ諸国の情報を集めておいてください。後日会議で話し合いますので詳しい者も呼んでおいてくださいね」
「はっ!」
俺の指示を受けてカンベエが下がる。一先ずフラシアの方はこれで暫く大人しくなるだろう。その間に整えておかなければならないことが山ほどある。それに王様からの命令の件もあるからな……。
王様はカーン騎士団国をモスコーフ公国に対する盾にしようと考えているはずだ。それからさらに南東に出てブラック海までのルートを確保させようと考えているに違いない。こちらに滞在出来るのはあと二ヶ月半とちょっと、という所だ。その間に色々と準備を始めておかなければならない。
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情報や人が集まったらすぐに会議を開いた。何もこの二ヶ月の間に南東へ侵攻していこうとは思っていない。ただ南東に進むのならばそのための準備が色々と必要になってくる。準備には時間がかかるから早めに取り掛かるに越したことはない。
「集まりましたね。それでは始めましょう。まずはポルスキー王国とさらに南東のルーシャ諸国について報告してください」
「はい。それではまずポルスキー王国から……」
今まではあまり重要じゃないと思って聞いていなかった情報も聞いていく。ポルスキー王国はルーシャ諸国との関係の部分や国土や地理について聞くだけだ。今後うちが分割して統治し、しかもさらに南東に向かわなければならないのなら、その辺りは把握しておかなければならない。
今日聞いた報告をざっくり纏めると、まずポルスキー王国より南東の地にはルーシャ諸国と呼ばれる国々がある。それはキーイフルーシャという国が始まりのようだ。キーイフという地方を中心にしたキーイフルーシャという国が辺り一帯を統一し大きな勢力を誇った。でもやがてキーイフルーシャの力も衰え分裂する。
キーイフルーシャの衰退と分裂以降はその辺り一帯に様々なルーシャ諸国が群雄割拠することになった。今もいくつかのルーシャ諸国があるようだけど地域を纏めた国は存在しない。
モスコーフ公国も元をただせばこのルーシャ諸国の一つが起源らしい。ルーシャ諸国はお互いに争いあい、あるルーシャはモスコーフ公国を頼り、また別のルーシャはポルスキー王国を頼る。そうして様々な勢力が入り乱れて合従連衡を繰り返している。
さらにブラック海に近い南部の沿岸は牧草地となっており遊牧民が生活しているようだ。その辺りはどの勢力も傘下に収めておらず無政府状態。好き勝手に遊牧と略奪を繰り返す遊牧民が時折北上してきてこちらにも手を焼いているらしい。
「ではまず我々はポルスキー王国を南東へ抜けて、ポルスキー王国に接するルーシャ諸国を傘下に収め、さらに無国家状態である南部沿岸地域の遊牧民を従える必要があるということですね。それらが成れば北にある残りのルーシャ諸国もモスコーフ公国の影響下から抜け出させ、場合によっては当家がいただくと」
「そうですな」
「出来るのならばそれが良いでしょう」
今情報を話させた元ポルスキー王国の者は少し小馬鹿にした様子で鼻で笑った。どうやら出来ないと思っているようだな。まぁ自分達が何年も何十年もかけて出来なかったんだ。俺達が簡単に出来るとは思えないんだろう。
ここからは機密の話になるので情報をしゃべらせただけの者達は下がらせる。さっきの奴らが俺達が出来もしないことを話し合っていると馬鹿にするのは勝手だ。ただこちらの機密や内部情報をあんな馬鹿そうな奴らに教えてやる理由はない。
「先ほどの者達にはあまり才能が感じられませんでした。使うとしてもあまり重用せず重要でない仕事をさせて様子を見なさい」
「申し訳ありません……。あの者達は仕官しているわけではないのですが……」
どうやらさっき説明していった者達は所謂学者にあたる者のようだ。旧ポルスキー王国の学者達で地理や歴史や政策などを研究しているらしい。今回情報収集をするにあたって、俺に説明させるために連れてきたみたいだけど態度は今の通りというわけだ。
自分達の国があっさり滅ぼされても現状が見えておらず、こちらにあんな態度を取るようではバイアスのかかった、独断と偏見と差別に満ちた研究しか出来ていないだろう。未開の地の蛮族、とか相手を侮るのはその手の偉ぶった学者達による発信が大きい。それを聞いた貴族達が真に受けて乗せられるわけだからな。さっきの話もある程度話半分に聞いておいた方がいいだろう。
「それではルーシャ諸国征伐作戦、ロート作戦を話し合いましょうか」
「赤作戦ですか」
「まずすぐにダンジヒ、ケーニグスベルクからワールスザワ方面に向けての街道の全面改修を行ないます。現在我が領になっている所まで迅速に進めてください。そして第二次ポルスキー王国分割によりワールスザワから南東方面にかけてが割譲されたならば、ルーシャ諸国方面まで街道を伸ばします」
俺の話に皆が地図を見ながらあれこれと話し合う。土地の測量も必要だな。海図と一緒に地図も必要だ。それも始めなければならない。
「街道により進軍路と兵站確保を行ないます。これまでと違って内陸部の侵攻となるため当家のガレオン船の支援は受けられません。そこで新しい兵種を配備したいと思います」
「新しい兵種?」
皆不思議そうに首を捻っている。俺達が今後向かう先はステップの草原地帯だ。それに陸路ばかりで内陸で戦わなければならない。敵を沿岸におびき寄せて艦砲射撃を浴びせたり、沿岸部の都市を砲撃したりは出来ない。
「騎馬の機動力と鉄砲隊の火力を併せ持つもの……」
「なっ!?」
「まさか……」
皆が驚いた顔でこちらを見ている。今の一言でも大体想像がついたんだろう。俺がやろうとしている新兵種に……。
「騎馬鉄砲隊、竜騎兵を新たに組織します」
「おおっ!」
「竜騎兵!」
俺の言葉に皆も期待に満ちた目で頷いていたのだった。




