第三百八十五話「一つ所に留まる暇はない!」
まずはこれまで色々と活躍してくれている隠密部隊『影』を召集する。護衛任務から情報収集まであらゆることでいつも裏で働いてくれている者達だ。王都に出てきてから正式に発足した部隊だから出来てからの歴史は浅いけど、これまで果たしてくれた役割は相当大きい。
俺自身はもちろん友人や仲間達まで影ながら護衛してもらい、幾度となく助けてもらった。また他の貴族達と争っている時には情報収集や情報操作、欺瞞工作など様々に働いてもらっている。
「まずは現時点でわかっている範囲でアマーリエ第二王妃やその派閥、またナッサム、ジーゲン派閥の情報を。それからバイエン公爵派閥の情報もお願いします。あとオース公国の情報も現在知り得ている範囲で良いので教えてください」
「はっ!」
俺が特に指示していない時は『影』は広く満遍なく情報収集を行なっている。その過程で何かあればある程度は報告してくるけど、うちに関係ない噂程度ならいちいち報告してこない。俺だっていちいち貴族内のどうでも良い噂まで報告されてたら煩わしいだけだからな。
ただ今回はマルガレーテが忠告してくれたのに『影』からは何の報告もなかった。まずは『影』が掴んでいる情報を聞いてみて、それからどう対応するか考えるとしよう。
『影』からの報告によるとアマーリエ、ジーゲン、ナッサムはここ最近頻繁に会っているようだ。でもアマーリエの実家はジーゲン侯爵家であり、ジーゲン侯爵家はナッサム公爵家の分家筋なんだからこの三者が会っていても何も不思議ではない。むしろ実家や本家筋と会って何が悪いと言われてしまうだろう。
『影』達もその三者が最近頻繁に会っている情報は掴んでいたようだけど、その内容についてまでは把握していなかった。かといって俺からの指示もないのに勝手にナッサム公爵家のような大貴族の邸宅に忍び込むわけにもいかない。もし失敗すれば大問題どころじゃないからな。
一応カーン家に影響があるかもしれないから直接乗り込む以外の方法で情報収集は行なっていたようだけど、他の情報筋からでは有力な情報は得られず、三者が密会して一体何が話し合われているのかはまだ掴めていないらしい。
バイエン派閥についても似たようなものだ。最近動きが活発になっているというのは掴んでいるけど、その中身については何も判明していない。かといってその情報を集めるために無理な潜入をする状況でもない。
ナッサムもバイエンも、今の動きがうちと何の関係もないかもしれないのに、ただ怪しい奴らが活発に動いているというだけで、俺の指示もなく強硬な手段を取ったり、潜入調査したり出来るはずもない。結局今はまだ調査中ということで具体的に奴らが何をしているかは不明なままだった。
その点オース公国はわかりやすい。どうやら少し前から戦争を行なっているということだった。
オース公国の南西側にはメディテレニアン、地中海がある。そして南東方向は半島になっているようだ。その半島をバルカンス半島といい、さらに南や南東方向にあるオスマニー帝国という国が徐々に勢力を伸ばしつつあるらしい。
オース公国としても国家防衛のためにオスマニー帝国の勢力伸張は避けたいわけで、現在バルカンス半島を挟んでオース公国とオスマニー帝国は対峙していると言える。その脅威に事前に対応するためオース公国はバルカンス半島を手中に収め、公国本土から離れた地でオスマニー帝国を迎え撃とうとしている。
もちろん理想的にはバルカンス半島を全て手中に収め、沿岸部でオスマニー帝国を迎撃するのが一番良いだろう。しかし現在でもすでにオスマニー帝国の勢力はバルカンス半島まで伸びており、それを追い出すには結局オース公国とオスマニー帝国で直接戦闘になってしまう。
そういった先のことはともかくオース公国としては、このままオスマニー帝国が勢力を伸ばしてくるのを黙って見ていられない。ということでバルカンス半島にある他の勢力や国家を手中に収めんと戦争の真っ最中らしい。
ちなみにこれを俺達は無関係だと無視していられない。プロイス王国とオース公国は、中身はいがみ合っているとしても、一応曲りなりにも同盟関係にある。同じ民族として主導権争いはあるけど、外に対しては同じ民族として結束して対抗する。
しかもオスマニー帝国はこの辺りの宗教とは別の宗派であり宗教対立もある。歴史的に因縁の相手であり、オース公国の支援はプロイス王国だけじゃなくてフラシア王国ですらする。オスマニー帝国に対してはこの辺りの国家が協力して対処する案件だ。
そのオース公国がオスマニー帝国との対決のために動いているのならそれは支援せざるを得ない。バルカンス半島側にある国家や勢力と戦争をしている今は他の国は支援しないだろうけど、プロイス王国は立場上オース公国を支援する必要がある。
さすがにこれだけ大規模な国家規模の戦争だから表向きの情報に関してはちゃんと入ってきているようだ。ただこれも他国の問題のために詳しい内情まではわからない。人員を送って情報収集にあたるとしても、一体どれほどの情報が得られるかも未知数だ。
「わかりました。ご苦労でしたね。それではこれからはナッサム派閥、バイエン派閥、オース公国の情報を中心に集めてください。もし何か掴めそうなら強硬手段もある程度は許可します。その際は事前に連絡と相談を行なってください」
「はっ!」
『影』達がスッと消える。マルガレーテが言っていたような動きがあることは確認出来た。うちには関係ないと言いたい所だけどそうもいかないだろう。ナッサム、バイエン派閥は俺に恨みもありそうだし、何か善からぬことを企んでいるとすれば俺達に危害を加えてくる可能性は十分にある。
それからオース公国へ直接支援のための出兵はないとしても、何かと支援するために王家が貴族家に負担を求める可能性は高い。金や食料の支援くらいは覚悟しておかなければならないだろう。
まったくもって面倒臭い……。俺なんて誰にも支援してもらわずにブリッシュ・エールに遠征してきたぞ……。オース公国だって単独でどうにか出来る自信があってしているんだろう。失敗したって本人達が間抜けなだけで知ったことじゃない。放っておきたいけど……、そうもいかないだろうな……。
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式典を明日に控えて、俺はカンザ商会へと足を運んだ。伯爵の正装が出来たらしいので確認のためだ。
「どうですか?フーゴ」
「はい。こちらでございます」
店の方じゃなくて事務所の方へ行くとフーゴが奥へ案内してくれた。そして見せられたのはよく出来た伯爵位の正装だ。結構よく出来ている。まさかこれを一週間で作ったとは誰も思わないだろう。
「よく出来ているではありませんか」
「ありがとうございます。それでは早速ご試着なさいますか?」
「そうですね。最後に確認しておかなければなりませんしね」
見た目的には問題ないように見えるけどどこかおかしな点があるかもしれないし、サイズが合わないかもしれない。着て動いた瞬間ビリッ!という可能性もある。まぁカンザ商会の仕事だからそんなことはないと信用しているけど、実際に着てみて確認するのは当然のことだ。
フーゴに出てもらいカタリーナと、カンザ商会の女性従業員に着付けてもらう。見た目は確かによく出来ている。俺が見てきた中でも結構良い布に、裏地まで凝っている。元々裏地なんて見えない上に俺の場合はさらに姿もまともに出すことはない。それでもこれだけ凝っている。見えない所にまで気を使う仕事ぶりだ。
装飾もよく出来た細かい金細工、銀細工で、金糸などもふんだんに使われている。ブリッシュ・エール王としてはどうかとも思うけど、カーン伯爵としてなら十分だろう。
「いかがでしょうか?フロー……」
「……」
「フロト様」
カタリーナがフローラと呼ぼうとしたからジロリと見たら言い直した。カタリーナは出来る限り俺をフローラと呼ぼうとする。他の皆はTPOを弁えてくれるけどカタリーナだけは頑なすぎる。もちろんどうしても駄目な場合はちゃんとフロト呼びするけど、本人の勝手な判断で、こちらがギリギリグレーくらいに思っている場面でも呼んでくるから性質が悪い。
ここがカンザ商会の中だからとフローラとフロトを曖昧にしていいわけではない。いつも言ってるのにフローラ呼びに関してだけはカタリーナはどうしても折れてくれない。他のことなら優秀なメイドさんだけど、そうも口が軽いのなら重要なことは任せられなくなってしまうんだけどな……。
「カタリーナ、呼び方に関して気をつけてくれないのならば、重要な場所への同行も、重要な仕事を任せることも、何も出来なくなってしまいますよ?それともそれが貴女の望みですか?私はその望みに応えれば良いのでしょうか?」
「――ッ!?もっ、申し訳ありません!」
俺がきつめに注意すると慌てて頭を下げた。それが出来るのならどうして普段から注意してくれないのか。何か拘りがあるのかもしれないけど、それで主人の足を引っ張るのならばメイドとして致命的であり失格だろう。
「今の私は難しい立場にいます。次はありませんよ?」
「はいっ!」
本当に下手な所でうっかり、なんてことになったら一気に立場を失いかねない。俺だけのことなら良いけど、この件に関しては王家やエレオノーレにまで迷惑をかける可能性がある。最悪の場合俺は国を捨てて亡命してもいいけど、俺を女と知ってエレオノーレを嫁に出そうとしているなんて知れ渡ったら、王家やエレオノーレが大変だ。
「はぁ……。まぁいいでしょう。それでは少し動いてみますね」
正装の出来を確かめるために少し体を動かしてみる。特にどこかが突っ張るとか動き難いということもない。いやまぁ、窮屈な正装だから動き難いのは動き難いけど……、それはこの衣装の問題じゃなくて正装の構造の問題だから仕方がない。
手足を動かしてもどこかが破れるということもなく、しゃがんだら股が破れた、ということもない。良い出来だ。ダボダボすぎず、完璧な仕上がりとなっている。
「良い出来です。手直しも必要ないようですよ」
俺がそう言うとカンザ商会の従業員達にパァッと笑顔が咲いた。仕上がりに不安があったんだろうか。これだけ良く出来ているのに文句を言う客はいないと思うけど。
正装の仕上がりに満足した俺はフーゴ達に礼を言って代金を支払い帰ったのだった。
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陞爵の式典はそれなりに盛大に行なわれた。伯爵位ともなれば騎士爵や男爵のようにお手軽にとはいかない。さすがに陞爵の式典のマナーは詳しくないけどそれほど難しいものでもない。今までの式典とそう大差もなかったし、事前に説明されて少し練習すればどうにかなるレベルだ。
式典自体は盛大な方だったと思うけど参加者は比較的少ない。それはそうだろう。一週間前に急に式典をすると通知されても参加出来る者は限られている。王都かその近郊にいて手の空いている者、もしくは急に仕事を空けても大丈夫な者だけだ。たぶんこの急な式典の決定も王様やディートリヒの策略だろう。
事前に式典の通知をして十分な時間を空けてしまったら大勢が参加してくる可能性が高い。伯爵ともなれば貴族内でも注目度は相当高いだろう。新参の伯爵の顔を見てやろうと式典に出てくる貴族は多いはずだ。それに重要な国事である陞爵の式典に、参加出来るのに参加しないのでは貴族の務めを果たしていないことになる。
普通なら最優先で参加すべきことであり、今回のように日程的にそもそもどうやっても一週間で会場に来れない、というような言い訳を用意してやらないことには、よほどの理由でもない限りは全員強制参加も同然だ。
翻って俺は出来るだけ他人に見られない方が良い。正体も性別も隠しているから大勢に見られるより出来るだけ少ない人数で式典をした方が望ましい。普通の貴族なら晴れの舞台でもあるわけで、本来なら盛大にしてもらうほど良いだろう。でも俺は将来エレオノーレと結婚するためにも男性で通す必要がある。
そんなわけで王様とディートリヒは、出来るだけ参列者が少なくなるように短期間で発表して式典を行なうようにしたんだろう。普通の貴族ならこんな扱いに怒るかもしれないけど俺にとっては望ましい。
特に問題もなく式典は終わり、王都での滞在期間も終わった。俺は急いでカーン騎士団国へ向かわなければならない。いや、別に向こうで何か問題が起こってるわけじゃないけどね?でも元々学期中の三ヶ月間しか時間がないのに、すでに一週間も追加で王都に残っている。向こうにいられる時間がどんどん減っているんだから急ぐ方がいい。
騎士爵領が段々手が離れてきて、俺がいなくともある程度回るようになってきたと思ったら、今度は騎士団国を押し付けられ、自分の都合とはいえブリッシュ・エールを得て……、終わりがない……。
学期の期間は四ヶ月あるけど最後の一ヶ月は試験だから自由に出来るのは三ヶ月だ。すでに日数も経っているし早く行動に移ろう。二年の後期も全て欠席だ。次に学園に行くのは二年の最後の試験と終業式くらいだろう。
今回もぐずったエレオノーレに絵日記をあげたけど……、今回はページの細工が出来ていない。今までの規格通りだと一冊ではページが足らず、二冊では超えすぎる。三冊目の最後のページを俺で飾る細工は不可能だ。ここまで一冊目、二冊目と最後のページを俺で飾ったはずだけど、残念ながらここまでだろう。
「さぁ、それではカーン騎士団国へ向かいましょうか」
「まったく忙しないわね」
「仕方ありませんわ」
バタバタと移動だらけだけど、次の問題解決に向けてすぐに俺達は移動を開始したのだった。




