第三百八十四話「夜のお悩み相談!」
本当ならすぐにでもカーン騎士団国に向かう予定だったけど、思わぬ陞爵で王都ベルンでの滞在が一週間延びることになった。王城から帰る前に寄る所がある。
「フーゴ……。急で申し訳ありませんが実は早急に用意してもらいたいものがあります」
「これはこれはフローラ様。一体何用でしょうか?」
王都のカンザ商会の事務所を訪ねてフーゴに話を通す。店長というか支部長というか、王都のカンザ商会を取りまとめているフーゴに言うことじゃないかもしれないけど、とりあえずフーゴに言っておけば急いでやってくれるだろう。
「今日はフロト・フォン・カーンとして……」
「ああ、それは失礼致しました。いかがいたしましたか?カーン様」
事務所の方だから一般客がいるわけでもないけど一応フーゴにもきちんと使い分けをしておく。前までなら実質的にはどちらでもよかった。ただ立場をはっきりさせるためにフローラかフロトか使い分けていただけだ。
でも今はフロトはエレオノーレを娶る男の貴族というフリをしなければならない。いつどこで誰にどう漏れるかもわからないから、身元や性別に関しては前まで以上に慎重にならなければならない。
「実はまた陞爵することになりました」
「おお!それはおめでとうございます」
フーゴの言葉を手で制す。祝いの言葉をもらっている場合じゃない。次の俺の言葉を聞けばフーゴも慌てるはずだ。
「そして陞爵の式典は一週間後です。一週間後の式典までに私の体に合う伯爵位の正装を用意してください。あと体を隠せるものもです」
この条件はかなり厳しい。普通に考えて貴族の正装を一週間で用意しろというのは無茶も良い所だ。普通は少なくとも数ヶ月はかけて用意するものだろう。突貫で用意しても一ヶ月以上はかかると思う。実際俺が作ってるわけじゃないから知らないけど……。それをたった一週間で用意しろというのは無茶な話だ。
体を隠せるものというのは前々から多用しているし、サイズはぴったりじゃなくてもいいから何とかなるだろう。ケープのような丈の短いものでは胸元は隠れても胸が見えてしまう可能性が高い。それに腰やお尻は隠れない。最早今の俺の体型ではそれだけでも女性だと見抜かれてしまうだろう。
式典で着用してもおかしくなくて、それでいて俺の体のラインを隠せるようなもの……。中々難しい注文だ。でも俺の希望はフーゴにはわかっているはずだろう。一応あとで言葉でも確認するけど、外套などの体を隠すものに関してはそれほど心配していない。問題は正装の方だ。
最悪の場合は子爵の正装を仕立て直して伯爵の正装に作り変えるか……。それなら装飾などを変えるだけで出来るかもしれない。前の正装を仕立て直すなんてみすぼらしくなってしまうけど、間に合わないというのなら止むを得ないだろう。とにかくあらゆる方法を使ってでも何とか間に合わせなければ……。
「かしこまりました。それでは採寸いたしましょう」
それなのにフーゴは随分落ち着いている。普通一週間で貴族の正装を用意しろなんて言ったら大慌てになると思うんだけどな……。
「大丈夫なのですか?自分で注文しておいて何ですが、貴族の正装を一週間で用意するなど……」
「カーン様はすぐに陞爵されるだろうと思ってすでに公爵までの正装の準備は進めております。寸法さえ決まれば交代で徹夜作業を行えば一週間でご用意出来ます」
フーゴははっきりとそう言い切った。言ってることは滅茶苦茶な気がするけどそこまできっぱり言い切るといっそ清々しい。装飾や布などはすでに用意されているというのなら、確かに素材から用意しなければならないよりも圧倒的に早く出来るだろう。俺が公爵になるのかとか、それがいつなのかは別にして……。
「え~……、それではお願いします」
こうして俺はカンザ商会王都一号店の店員達に採寸されて、式典までに伯爵の正装を用意してもらうことになったのだった。
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一週間もベルンに滞在する時間が延びたのだからただぼーっとしているわけにもいかない。各地から送られてくる仕事はもちろんこなしているけど、それ以外にも時間を有効活用しなければ……。
もちろん学園に通って授業を……、なんてことをするはずもない。学園に行くだけ時間の無駄なのでもっと有効活用出来る時間の使い方をする。
まずはシャルロッテンブルクの建設現場だ。本当ならもうあそこで作業する予定はなかったけど、折角ベルンに滞在しているんだから手伝えるだけ建設作業を手伝う。早く作業が終わって、手の空いた職人達が次の現場に向かってくれればそれだけこちらも助かる。
特に今俺はあちこち仕事を抱えているからな……。騎士団国やブリッシュ・エール王国も建設ラッシュだからベテランの職人はいくらいても余るということはない。現地の信用出来る労働者に少しずつ技術を教えながら、新しい技術を持った職人を増やしているけど一向に楽にならない。
「お疲れ様でしたフローラ様」
「ああ、カタリーナ。ありがとう」
建設現場の手伝いを終えて戻るとカタリーナに迎えられた。歩きながら報告などを受けつつ夜は夜で仕事をこなさなければならない。日課の特訓もあるし……。もちろん母が同行しているということは朝晩の特訓は母が相手ということだ。
この前一ヶ月も二ヶ月も放ってたせいか最近は特に厳しくなっている。仕事に差し支えないようにお願いしたいところだけどそうも言えない。拗ねている女性というのが一番難しい相手だ。これなら交渉で駆け引きする方がまだやりやすい。
「手紙が届いております」
「手紙?」
執務室について椅子に座るとカタリーナが机の前に立って手紙を差し出してきた。仕事の書類じゃなくて手紙が届くなんて、一瞬父からかとも思ったけど手紙の感じからして父ではないだろうとわかった。
「…………なるほど。わかりました」
俺はすぐに返事をしたためた。手紙の差出人はマルガレーテだ。急な話だけど明後日エレオノーレを連れて遊びに来ても良いかという内容だった。断る理由はないので了承の返事を書いて渡す。
普通なら俺やマルガレーテのような立場なら今日手紙を出して、じゃあ明後日、というのは早過ぎる。でも俺が忙しくてあまり時間がないことを理解してるんだろう。今日言って明日では返事が間に合わないから、手紙のやり取りの最短である明後日に訪ねて来るということにしたんだと思われる。
友達のマルガレーテと可愛い可愛い将来のお嫁さんであるエレオノーレが訪ねて来るのに断る理由はない。忙しいのは忙しいけど、どうせ日中は建設現場に行って手伝いをするくらいだ。作業を少しでも前倒ししたいから手伝っているだけで、どうしても工期が間に合わないから手伝わなければならないという状況ではない。
カタリーナに返事の手紙を預けて溜まっている仕事に取り掛かる。マルガレーテとエレオノーレが来る前に溜まっている分を減らさないと遊ぶに遊べない。当日の仕事は朝晩にするとして、溜まっている分がますます溜まらないように頑張って仕事を減らそうと筆を走らせたのだった。
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「ごめんなさいフローラ。貴女が忙しいのはわかっているんだけど……」
「いいのよマルガレーテ。さぁどうぞ。エレオノーレ様も」
時間はあっという間に過ぎ、マルガレーテとエレオノーレがやってきた。挨拶を済ませると早速家の中に誘う。もうマルガレーテもエレオノーレもうちに慣れているからか、まるで自分の家のようにリラックスしていた。
「それで?急にどうしたの?何かあった?」
少しお茶を飲んで落ち着いてから話を聞いてみる。マルガレーテが急に訪ねて来るなんて言うということは何かあったのかなと思う。
「え~っと……、恥ずかしいからエレオノーレ様には……」
コソッとマルガレーテがそんなことを言う。どうやら他の人には聞かれたくないらしい。何の話かはわからないけど本人がそう言うのなら人払いしよう。
「エレオノーレ様、少しいつものお姉さん達と遊んでいていただけますか?」
「うんー!いってくるーっ!」
「さぁ、エレオノーレ、遊ぶわよ!」
「ふふっ、エレオノーレ様、私も一緒に遊びますわよ」
邪魔だから向こうへ行ってろ、と言ったも同然なんだけど、エレオノーレは笑顔でミコトやアレクサンドラについていった。他のメイド達も全員部屋から出す。
それにしてもエレオノーレは完全に他のお嫁さん達に懐いているな……。嫉妬しちゃう!
まぁ冗談はさておき、マルガレーテがこれほどの状況で話すことって一体どんな大変なことなんだろう?王家とか公爵家の裏話でも出てくるんだろうか?何かの政変の前触れとか?
「それで……、話というのは?」
「うん……、えっと……」
そうは言いながらマルガレーテは顔を赤くして中々先を言わない。視線を泳がせて、手を顔に持ってきたり、ソワソワしたり、このままでは話が進みそうにない。だけどこちらから無理に催促して言わせても仕方がないだろう。相手の覚悟が決まるまで気長に待つ。そうして暫く待っているとようやく口を開いた。
「あの……、ね?夜のことなんだけど……」
「夜?」
マルガレーテが何を言っているのかわからない。夜が何だというのか。夜の書類仕事か?夜の訓練か?
「ルートヴィヒ殿下と……、その……、口付けまではいったのはフローラのお陰なんだけど……、その先がどうすればいいかわからなくて……」
「あっ……、あ~……」
そうですか。そういうやつですか……。普通それを俺に相談するか?いや、ルートヴィヒが俺の元婚約者だからとかそういう意味じゃなくてね?前世も今生でも独り身の俺にそれを言うか?という意味だ。
確かに俺は前にマルガレーテとルートヴィヒをくっつけようと思ってデートを手伝った。その結果ルートヴィヒはマルガレーテにキスをして、俺との婚約も解消になった。でもその先、つまり夜の営みをどうすればいいかわからないからって、普通それを俺に相談するか?
普通はもっと身近な、両親や姉妹や自分に付いているメイドさんとかに聞くんじゃないのか?あるいは女性の作法を教えている家庭教師とかもいるだろう。何でよりにもよって経験が浅い俺に聞いてくるのか。浅いどころか女性としては経験皆無だよ。悪いか?
「え~……、私もそのような経験があるわけではないのですが……、夜に寝室で二人っきりになればあとは男性の方から動きがあるのでは?」
「ルートヴィヒ殿下は、その……、寝室で二人っきりになるようなことはされません。夜も遅い時間になると『未婚の男女が夜遅くまで一緒にいるのはよくない』と申されて早い時間に帰されてしまいます」
真面目か!ルートヴィヒ!てめぇこのやろう!こんな可愛いお嫁さんがいながらまだ手も出していないだと?いい加減にしろよ!全国の独り身の人全てに謝れ!
「それはただルートヴィヒ王太子殿下がヘタレなだけなのでは……」
「そっ、それは違います!ルートヴィヒ殿下はとても真面目な方なのです。フローラも知っているでしょう?」
「まぁ……」
いや、知らんよ?興味もないし?でも多分マルガレーテは俺が元婚約者だから知ってるだろう、みたいに思ってるんだろう。俺はルートヴィヒとプライベートで会ったり話したこともない。ほとんど公務としてしか会ったことがない他人だ。本当はどんな性格でどんな性癖かも知らないし知りたくもない。
このあとマルガレーテと散々ガールズトークが展開された。奥手なマルガレーテと、女性としての経験皆無な俺の二人だ。まともに話も進むはずがない。
ただ俺は精神的には男なわけで、前世の経験などから男の視点からは物が言える。そういう意味でいくらかアドバイスらしきことはしたけど、あまりに生々しい会話なので他には絶対に漏らせない。俺もこの時はどうかしてたんだ。よくもまぁあんな会話をしたものだと思う。絶対生涯口外しない。この会話は墓場まで持って行く。
「フローラって不思議ね。男性の気持ちが良くわかっているみたいだわ」
「――っ!?そっ、そうですか?ただの一般論や聞いた話だけで、単なる耳年増ですが……。お役に立てたのならよかったですね」
マルガレーテ……、案外鋭いじゃないか……。もしかして俺の中身が男だってわかってるんじゃないだろうな?俺は前世の経験上、男視点では夜の営みについて色々と言えるからな。ルートヴィヒと俺の考えが同じとは限らないけど、一般的な男が考えそうなことはわかる。
「それから……、今宮中では色々と良くない噂が飛び交っています。フローラも注意しておいてくださいね」
「えっ!?うっ、噂って?」
一瞬ドキッとしてしまった。もしかして俺がブリッシュ・エールに遠征していたのがバレたとか、その王に納まったのがバレてるとか?
「私にとっても他人ではなくなるのであまりこう言いたくはないのですが……、アマーリエ第二王妃様やジーゲン侯爵家、ナッサム公爵家が何かと動いているようです」
「なるほど……」
そっちか……。焦った。もしかして俺の噂でも流れてるのかと勘繰ってしまった。俺のことじゃなくて一安心と言いたいところだけど、これもこれで放っておけないな。
ジーゲン侯爵家やナッサム公爵家はリンガーブルク家の事件で少し大人しくなっていた。でもあの程度じゃ政治生命、貴族生命を絶つほどではない。少し謹慎していればいずれ解けるような軽いものだ。バイエン公爵派閥ほどの大ダメージじゃなかった。
そのうちまた何か余計なことをし始めるだろうとは思っていたけど、もう水面下ではとっくに動いていたようだな。俺に関わってこないのなら多少悪さをしていても、それを取り締まるのは専門の役職の者や王様達だ。俺がどうにかしなければならない仕事じゃない。
でも……、俺を逆恨みしていてカーン家やカーザース家に何かしようと思っているのなら、放っているわけにはいかない。何かされてから対処するのでは遅い。こちらも情報を掴んでおく必要があるだろう。
「オース公国も戦争を行なっていますし、バイエン公爵家派閥も最近また何かしているそうです。フローラも十分に気を付けてくださいね」
「はい。ありがとうマルガレーテ」
オース公国が戦争?何故?どこと?それにあれだけ大ダメージを受けたバイエン派閥がまた動いている?権力を失い、貯めた財も失い、信用も失ったはずのバイエン派閥が今更何をしようと?
どうやら少しプロイス王国の中央政界から離れている間に色々とあったようだ。これは何かときな臭いかもしれない。それに怪しい奴らの動きがまるで連動しているかのようだ。少し備えておいた方が良いだろうな。
「それではエレオノーレ様と遊びましょう。フローラも可愛い可愛いエレオノーレ様と遊ばないと折角お連れした意味がありませんしね」
「そっ、そうですね……」
どういう意味だ……。俺がロリでペドだと言いたいのか?それはともかく、俺達もこの部屋を出てミコト達と合流して、この日は日が暮れるまでエレオノーレと遊んだのだった。




