第三百八十二話「順調順調!」
昨日は大変素晴らしい目に遭わされてしまった。この状況をどうにかしたいけどどうにも出来ない。やっぱり一対五というのがずるいと思う。ミコト辺りはともかく他の四人なんて一対一だったならもっと俺の方がグイグイ攻められるはずだ。
だけどこちらが一人に構っていたら残りの四人に一斉に攻められてしまう。それではさすがの俺でも勝ち目がない。結果いい様に弄ばれるのはいつも俺というお約束になりつつある。この状況をどうにかしなければ……。
「フローラちゃん、随分長い間どこへ行っていたのかしら?」
「げっ!お母様……」
キーンの別邸で一晩休んで朝の日課に向かう途中で母とばったり会った。昨晩まで母はいなかったはずだ。恐らく昨日俺がキーンに帰還してから誰かがカーザース邸にも連絡を出したんだろう。もしそれが母の密偵だったとすれば笑っていられない状況だ。
確かに俺はカーザース家の娘ではあるけど、カーン家の当主でもある。カーン家の情報がカーザース家の密偵によって向こうに筒抜けでは見過ごせない。
親子なんだから、とか、協力し合っているんだから、というのは関係ない。俺が両親に報告した情報だけが向こうに流れているのなら良いけど、こちらが流していない情報まで向こうに掴まれているのは大問題だ。
「お母様に向かって『げっ』はないんじゃないかしら?……まぁいいわ。それじゃ行きましょうか」
「ひぃっ!」
朝の日課に行こうとしていた俺を連れて母がどこへ行くのか。その答えは決まっている。この後俺は母に散々しごかれ鈍っていると滅茶苦茶怒られたのだった。
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今朝は酷い目に遭った。しかも鈍ってるっていうけど俺はほとんど毎日鍛錬は続けてるんだけどな……。俺が鈍ってるんじゃなくて母が段々遠慮や力加減がなくなってきてるだけのような気がしないでもない。
「朝食が終わったら朝の便でステッティンに向かいます」
「そう何度も言わなくてもわかってるわよ」
いや、ミコトさん?貴女つい先日も事前にこうして説明したことを聞いてないとか知らないって言ってませんでしたか?だからこうやって何度も説明してるんですけど?
「お母様はどうなさるのですか?」
「まぁ!フローラちゃん酷いわ!お母様にそんなことを言うなんて!お母様もフローラちゃんについて王都に行くに決まってるじゃないの。それなのにそんなことを言うなんてついてくるなというのね?酷いわ。酷いわ」
「そのようなことは言っていないではありませんか……」
一ヶ月近くも放ってたことを相当怒っているらしい。でも万が一プロイス王国に攻められても良いようにブリッシュ・エール王国を征服してきて王になりました、なんて言えるわけもない。
父は生粋のプロイス貴族であってプロイス王国や王家への忠誠心が半端じゃない。母も父と一緒になって西の国境を守っている要石だ。もし愛国心の欠片もなければそんなことはしていないだろう。この両親にそんなことが知られたらどうなるかわかったもんじゃない。
もちろん俺からプロイス王国を裏切ったり攻め滅ぼしたりしようというつもりはまったくない。だけど今の俺の立場は微妙だ。カーン騎士爵領、カーン男爵領、カーン騎士団国とプロイス王国内でも相当な領地と権力を握っている。実際そこらの公爵や侯爵とそう変わらないレベルになりつつあるだろう。とくに騎士団国が広すぎる。
それなのに俺は王家と何の関係もない。王様達は俺をルートヴィヒの婚約者ということで勢力を拡げることを容認していたんだろう。俺がルートヴィヒと結婚すればそれは即ち俺の勢力は丸々王家の勢力に上乗せされるんだからな。
でもその皮算用は崩れてしまった。ルートヴィヒはマルガレーテと結婚することになり、一応名目上俺を男に仕立て上げてエレオノーレを嫁がせるという形になったけど、それで本当に王家が納得しているかと言えばしてないだろう。
もし俺がルートヴィヒと結婚して子供をもうければ、例え俺が王家と血縁関係もなく王家と距離を置こうとしても、生まれた子供が俺の地盤を継いだ上で王になれば全て王家のものになる。でもエレオノーレと俺を結婚させても子供なんて出来るはずもなく、俺が築いた勢力は王家に引き継がれない。どう考えても俺は最早王家にとって邪魔者の一人だ。
最初は俺を育てて他の大貴族に対する牽制にでもしようと思ってたんだろうけど、今となっては俺自身がその『王家が牽制しなければならない他の大貴族』の一人になってしまっている。このままプロイス王家や他の大貴族が俺を黙って放っているはずもない。
こちらから反逆するつもりはなくとも、向こうも何もしてこないだろうと楽観して備えておかないのは愚か者のすることだ。もし万が一にでも相手が何かしてきた時の備えは絶対にしておかなければならない。
「それでは時間になったらお母様も含めて全員で船に乗り込みましょう」
「「「は~い」」」
皆の返事を聞いた俺は手早く朝食を済ませて時間まで仕事の処理に追われたのだった。
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キーンからステッティンまで船でやってきた俺達は馬車に乗って王都ベルンへと向かう。船でオデル川をのぼるのは時間が不確かだからあてに出来ない。くだりならほとんど決まった時間でくだれるだろうけど、のぼりだと何かあったら遅れる可能性も高いからな。
事前にルートは決まっていたからステッティンで待っていた馬車に乗って王都に向かい、予定通り一日で王都までやってこれた。いつもならこの後何日か余裕があるけど今回は本当に余裕がない。明日が始業式の日だ。ギリギリ間に合ってよかった。
「どうせ始業式に出たらまた学園に通わないんでしょ?わざわざ行く意味あるの?」
「それは……、まぁ……」
ミコトの言うこともわかる。実際最近は始業式と終業式と試験しか学園に出ていない。正直学園は無駄な負担になっているだけで、学園がなければもっと自由に動けるところを縛られているだけだ。
でも俺が学園に通っているのには二つの理由がある。もちろん一つは俺はカーザース家の娘として学園に通っている。だからカーザース家の名に恥じない、名を傷つけないように学園生活を送らなければならない。世間様に見せられないような成績を修めてしまったらカーザース家の名に傷がつく。
そしてもう一つは王家への配慮だ。俺がきちんと学園の試験を受けてそれなりの成績を修め、学園生活に縛られていると王家に見せておくのは重要なことだろう。俺が学園に顔を出していないのは王様達だって知っている。何しろそれでいいと言ったのは向こうだからな。
だからって一切学園に行かず、試験も受けないのでは俺が好き勝手に行動していると向こうに取られるだろう。学園は王家が運営しているものでもある。俺が最低限学園に顔を出し、優秀な成績を修めておくことは王家へのアピールになる。俺が従順で、忙しい中でも王家や学園を大事にしてると見せておけば少しは心証も良いだろう。
「私は学園の授業には出ませんがミコトやアレクサンドラは王都に残って授業に出ても良いのですよ?」
「フローラがいないのに学園に通っても仕方がありませんわ」
いや……、そうなのか?学園は勉強をするために通う場所であって、そこに俺がいるかどうかは関係ないだろう……。そうは思うけどアレクサンドラの言葉はうれしいので素直に受け取っておく。
「とりあえず……、今日はゆっくり休んで長旅の疲れを落として、明日は始業式に出席しましょう」
本当に移動ばかりで疲れる。体力的には平気でも心が休まらない。また少ししたら王都を出ることになるけど数日は滞在することになる。ここで少し心と体を休めてから次は騎士団国だな……。
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始業式が終わったら俺のすべきことはカーン男爵領シャルロッテンブルクの建設現場視察だ。まぁ視察だけじゃなくて作業もしなければならないけど……。
エレオノーレとの約束があるからすぐに王城に向かわなくちゃ!と思うかもしれないが焦ってはいけない。まだ渡した絵日記のページが残っている。今回も絵日記のページが終わる最終日に感動の再会を果たし、二冊目の絵日記も最後は俺で締めくくる。そのためにはまだ会いに行くのは早い。
その数日を利用して俺はシャルロッテンブルクの視察と作業に従事するというわけだ。戻ってきてみれば町はともかく宮殿の方は随分出来上がってきていた。あと崖の上の砦も遠目には形になってきているように見える。もちろん実際の完成まではまだまだかかるだろうけど、砦はともかく宮殿の方は来年度に一応の完成予定だ。
今の進捗状況を見れば、本当の意味での全面的な完成ではないのかもしれないけど、一応完成ということで町開きと領主、つまり俺が住める状況にはなる、ということだろう。
「おっ!にぃちゃん久しぶりだな!また魔法で掘ってくれよ!」
「すみません。今日の工区は決まっているので……」
「そりゃそうだろうな!にぃちゃんの腕なら引っ張りだこだろうぜ!がははっ!」
全身をローブで覆って、また前みたいに労働者のフリをして現場に入ると、以前から親しくしてくれていた職人に声をかけられた。というかあちこちから声をかけられる。こういう所は人の入れ替わりも激しいのに覚えてくれているんだな。まぁ魔法で地面を掘り返す奴はいないから覚えていても当たり前か……。
あちこちの職人が言うように俺に魔法で地面を掘り返してくれという注文は多い。でも今回はそんなことをしている暇はない。町の建物とかは町開きの後で建てたって問題ないわけで、まずは町開きの時までに必要な物を優先して建てなければならない。特に今苦戦しているのが崖の上の砦だ。
砦には色々と秘密がつきものだ。抜け道とか、隠れ場所とか、避難場所とか……。構造だって守りやすく攻めにくいものでなければならない。攻めて来た余所者は迷うような造りとかも必要だろう。
そういう機密の塊である砦建設には信用出来る者にしか任せられない。結果職人の数が足りず仕事も中々進まない。よく聞くような、建設に関わった者を全員最後に始末して秘密を守る、的なことをするわけにもいかないしな……。貴重な職人をそんなことで始末していたら国が育たない。
だから俺がこれから優先して手伝うのは砦建設の方だ。下の町の方は地下埋設物はほとんど終わっているし、街道も出来ている。あとはそれぞれの家の基礎を掘ったり、上下水と連結したりするだけだ。それは俺じゃなくても出来る仕事だろう。
「おーい!にいちゃん!こっちだ!この岩を積んでくれ!」
「はーい!」
崖の上に行くと早速そこの責任者に仕事を頼まれた。あくまで現場の責任者だから俺の正体とか中身は知らない人だ。ただ砦の基礎や地下を作る時にも手伝ったから、今日から俺が手伝いに来るということを知っているにすぎない。
頼まれた岩を持ち上げて、言われた場所に下ろす。ちょっと位置を修正したり、隙間にローマンコンクリートを入れたりと、他の職人達と息を合わせて……、まぁ俺はただ岩を運んで下ろすだけだけど……、仕事を進めていく。
「いやぁ!魔法ってすげぇなぁ!こんな大きな岩、いつもなら縄で吊って数人掛かりでようやく下ろしてるってのに」
「はははっ……。そうですかね……」
ごめんなさい……。岩を動かしてるのは魔法でも何でもないんです……。身体強化は使ってるけどただ力ずくで持ち上げて下ろしてるだけなんです……。これを魔法だと思ってるのなら大間違いなわけで……。確かに地面を掘り返すのは土魔法を使ったけど、今はただの力ずくだから何だか申し訳ない気になってしまう。
「次はこいつをその上に頼む」
「はい」
言われた通りに岩を積んでいくけど……、これって意味があるのかな?大砲で攻撃されたら簡単に崩れてしまうような気がしないでもない。最早、時代的には石造りの砦に篭るような時代ではない気がするけど……。
でも見た目の威圧としても大きくて立派な砦というのは重要らしい。俺はあまり意味がないと言ったんだけど、やっぱり町の背後の高い崖の上に、立派な砦が聳え立っていればそれだけで威圧効果がある。戦争を回避するには相手に『力ずくで攻めたら大変だし損の方が大きい』と思わせることだ。だから見た目も大事ということだろうな。
それにこの砦は色々と新しい設計がなされている。石も普通のサイズの石を積むんじゃなくて、岩と言えるほどの巨大なものを積んでいる理由もそれらしい。小さなブロックをたくさん積めば、一気にガラガラと崩れてしまう。でも大きなものを数個積んだだけなら無数の小さなブロックのように簡単に崩れないだろう、ということを期待しているようだ。
他にも厚みを増したり、中に何重にも空間を設けたり、色々と新しい工夫がされている。この砦が砲撃に対してどこまで効果があるかはわからないけど、一応敵が砲撃してくることも考慮に入れた砦だというんだからそれを信じるしかない。
数日間建設現場に通った俺は砦の岩積みが随分進んだことに満足して今回の作業を終えた。明日は王城に行って、きゃわわなお姫様に会いに行く日だ。




