第三百八十話「帰る!」
ようやくブリッシュ島、エールランド島の統一が終わった。これで一仕事終わってめでたしめでたし……、とはならない。ロウディンに戻ってからの方が大変だ。
ブリッシュ島とエールランド島の統治体制の確立に、戸籍調査に、検地に、税制改革に、各種法令の整備、公布と周知も必要だな……。あとは……。
「ああぁぁ~~~~っ!」
ガシガシと頭を掻き毟る。ハゲる!ハゲてしまう!仕事が減らない!いや、むしろ雪だるま式に増えている!一体いつになったら俺はゆっくり出来るんだ?王様達は皆こんな大変な思いをして統治しているのか?これなら領主なんてやめてゲームやラノベみたいに冒険者稼業でもやりたい!
いや、待てよ?もし俺が領主じゃなければ、あれも、これも、それも、地球での物が再現出来ていなかっただろう。今俺の周りに色々と地球のものを参考にして再現した物があるのは、俺が領主として強権を発動して作らせてきたからだ。もし俺が冒険者とかでフラフラしているだけならこれほど物に恵まれなかっただろう。
この世界の生活水準しか出来ない代わりに自由気ままな冒険者か。大変な思いはするけどこれだけあれもこれも好き放題に開発出来る領主か。う~ん……、どっちもどっちだな……。
まぁそもそもこの世界にはゲームやラノベ的な冒険者というものはない。モンスターを駆除して生計を立てる者や傭兵達はいるけど、ゲーム的な冒険者とかはないからな。
なんて現実逃避している場合じゃない。仕事も山積みだしやらなければならないことはたくさんある。手は止めることなく考え事をまとめていく。
ブリッシュ・エール両島は経済的にも技術的にもかなり遅れている。人口は多いけどほとんど自給自足のようなものだ。もっと先進的な法整備と、貨幣経済の浸透、工場や農場を拡げて殖産興業もしなければならない。なによりまずは調査が必要だな。
戸籍調査をして人口の把握と、それらの課税や社会保障への利用。また検地を行なって農地の広さを確かめて、あと単位の統一も必要だな……。
今まではプロイス王国の一領内だったから独自に貨幣を作ることは出来なかったけど、ブリッシュ・エールでは俺が王なんだからうちで貨幣を鋳造しなければならない。
徴兵に、訓練に、治安維持に、国境警備に……、あっ!そう言えばブリッシュ海峡側はフラシア王国と国境が近いな……。沿岸砲台でも設置するか……。
いくらうちの艦隊が他国に比べて優位だとしても、港に停泊していたらただの木で出来た的だ。動けなければ何の意味もない。敵の監視体制や即応力を高めておく必要がある。船なら出港までに時間がかかるけど、沿岸砲台なら常駐している兵が即座に砲撃出来るだろう。
幸いこの国は王権が圧倒的に強い。王家、つまり俺の直轄地も広大だしそういう点では他国に比べて相当有利だろう。砲台や灯台、街道敷設は、まずは王家直轄地から優先的に進めていくか。
ブリッシュ島だけなら小さかっただろうけど、エールランド島まで含めて統一したから、これだけの広さがあればプロイス王国やフラシア王国に近いくらいの大きな国になっただろう。正確な地図がないからわからないけど、これは結構な大きさだと思う。
それに加えて俺は騎士爵領と騎士団国があるから……、領土だけで言えばそれらを除いたプロイス王国より大きいかもしれないな。ただ経済力も技術力もまだまだ足りない。それはこれからのブリッシュ・エール王国の統治にかかっていると言える。
「フローラ殿、少しよろしいか?」
「どうぞ。カンベエ、ミカロユスどうしましたか?」
俺が仕事を片付けているとカンベエとミカロユスが入って来た。この二人はロウディンで事務仕事を相当手伝って元ハロルド派の文官や官僚達に随分喜ばれたらしい。ミカロユスは普通の貴族並程度だったらしいけど、カンベエは優秀だからずっと置いて欲しいという嘆願まであった。
カンベエは色々と仕事があるし、俺の片腕……、まぁ片腕か、くらいには頼りにしているから一箇所の事務仕事だけに専念させるわけにはいかない。
「これからのフラシア王国との交渉について、フローラ殿と直接話そうと思い参りました」
「ああ、そうでしたね……」
そのために二人もこちらに呼んだのに忙しすぎてそちらにまで手が回っていなかった。俺の方針はもう決まっている。後は二人にそれを納得してもらうだけだろう。
「フラシア王国とは当面戦争にならないようにうまく交渉してください。停戦でも休戦でも何でも構いませんが出来れば……、そうですね……。二~三年ほどは戦争にならないように」
「何故でしょうか?敵の船をかなり沈めていると伺っております。今攻めれば敵も戦力に乏しいのでは?この機を逃せば敵はまた勢力を回復、いえ、次はもっと当家に対抗出来るように戦力を拡充してしまうのでは?」
まぁカンベエの言い分もわからないでもない。敵がどれほど消耗しているかはわからないけど、いくらフラシア王国のような大国でも、報告で聞いている数の船と兵を失っていれば今すぐ動かせる戦力は相当減っているだろう。でも……。
「相手を侮ってはなりません。確かに遠征してくるだけの兵力は失われているでしょう。ですが本土を守るとなれば相手も必死になります。もしこちらから攻め込めば残っている持てる力全てを使って全力で抵抗してくるでしょう。そうなれば広大な国土を持つフラシア王国への侵攻は当家にとっても泥沼の戦争になりかねません」
「それは……」
カンベエは何か言いたそうにしている。たぶん敵の王都まで電撃的に侵攻して早期攻略、講和、とかを考えているんだろう。そういう方法で倒せるかもしれないことは俺も承知している。でもあまりにリスクが高過ぎる。失敗すれば泥沼の戦争にはまり込むだろう。
そうなればまだ出来て間もないブリッシュ・エール王国の方が内部崩壊しかねない。勝っているうちは従っていた国内の者達も、フラシア王国との戦争で当家が苦戦すれば国内で余計な動きをする可能性もある。国民も厭戦気分が広がって早期撤退を望む可能性もあるだろう。
一度そうやって退いてしまえばカーン家の権威が失墜するのも早い。統一後間もなく、力ずくで統一したこちらの方がまだ国内が整っていない。勝っているうちは良いけど負けたり、負けまでいかなくても足踏みになっただけでも危険だ。
「それに……、勝って何を得ようというのですか?戦争には明確な目的が必要です。ただ何となく気に入らないから相手を殺すというのでは終わりがありません。フラシア王国と戦争をする理由は何ですか?終わりはどこですか?何を目指し、何を得て、どう終わらせるのか。それがなければ戦争をしてはいけません」
「はっ……」
前にも似たようなこと言ったはずだけど……、まぁカンベエはまだ若い。それにこの世界では領地や国を拡大していくのは当然の方針なんだろう。俺は不用意に必要もない領地を増やしても意味はないと思っているけど、それはこの世界の常識から考えたら異質な考えだ。こういうズレは配下の者達と話し合っておかなければならない。
「良いですかカンベエ。確かにフラシア王国は今弱っているでしょう。ここで攻め込めば潰せるかもしれません。ですがフラシア王国を潰した後はどうするのですか?まさかカーン家が統治するとでも?」
「それがよろしいでしょう。そうなればカーン騎士爵領とブリッシュ・エール王国までフラシア王国を通って繋がることになります」
それはそうだけどな……。ゲームじゃないんだからそんな簡単な話じゃないだろう……。
「この短期間の間に当家は拡大しすぎました。騎士団国とブリッシュ・エール王国だけでも持て余していて手が回らないというのに、今これ以上拡大しても統治など到底出来ません。騎士爵領からブリッシュ海峡までの沿岸部をそのうち手に入れるのは良い案ですが今はその時ではないでしょう」
俺も今のプロイス王国内の領地がこのままでいいとは思わない。ハルク海にしか出口がなく、デル海峡を通るか、ヴェルゼル川の下流、フラシア王国領内を通るか、レイン川からフラシア王国、ホーラント王国領内を通るのか、そんな出口しかないのはまずいだろう。
でも今戦争を吹っ掛けても自国内もまとまっていない。長期戦で勝てる見込みはないだろう。かといって短期決戦で必ず仕留められる保障はない。
「まぁ……、心配はいりませんよ。ブリッシュ・エール王国はこれから国力が増大します。富国強兵に専念すればフラシア王国が戦力を整える以上にこちらが充実するでしょう。何よりこれから時間が経つほどに当家は新兵器開発が進みますからね」
「はっ!それではフラシア王国とはある程度妥協して停戦もしくは休戦で手打ちにすればよろしいのですね?」
「そうですね……。ただ何十年と続く不戦は無理でしょう。何よりこちらの態勢が整えばこちらから打って出る可能性もあります。短期的な……、例えば一年更新の休戦協定とか……、そういう形が理想です」
現在フラシア王国に奪われている旧プロイス領は必ず奪還する。そのためには将来的にフラシア王国とは戦争になる可能性が高い。交渉で返還してくれればいいけど恐らく無理だろうからな。その時にこちらが不戦条約や中立条約を破ったという形は避けたい。何も違反することなく国際法を守って戦争を始められる状況が必要だ。
「それではそのように交渉いたしましょう」
「うむ。まぁ我らに任せておけ」
二人と交渉についての打ち合わせが終わった。かなりよく言い聞かせたから大丈夫だろう。今は下手にフラシアと争うよりも国内整備が先だ。出て行った二人を見送りながら、俺はまた溜まっている仕事の処理に精を出したのだった。
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ブリッシュ・エール王国内の仕事はまだまだ片付いていない。でもずっとここにいるわけにもいかないので戻ることにする。するべき仕事は済ませたし、後は送られてくる書類の処理だけでも暫くは時間が稼げるだろう。
最優先は戸籍調査と検地と殖産興業だ。もちろん殖産興業の中には貨幣経済の浸透や、街道敷設、工場農場建設などが含まれている。時間がかかることはどれだけ早く手をつけても早過ぎるということはない。ついでに王都の移転だな。移転というほどでもないけど新市街建設というべきか。
「それでは私は一度戻ります。留守は頼みましたよ」
「はい。お任せください」
ゴトーが頭を下げると後ろに居た者達も揃って頭を下げる。こちらの統治を任せるのは主に元ハロルド派の者達だ。彼らは最初に俺達が出会った砦に篭っていた連中だから付き合いも割と長い。それにあれだけ一緒に苦労してきたんだから裏切る可能性も低いだろう。
何より知らない間に彼らは何故か妙に俺を信頼しているというか、信用しているというか、とても熱いまなざしでこちらを見詰めてくるようになった。多分異性として見られて……、という目ではないと思う。それよりももっとこう……、憧れとか忠誠的な?わからないけど……。
何で彼らがこんな風になったのかは知らない。何か勘違いとかしてそうだけど、現時点では俺にとって都合がいいからわざわざそれを訂正はしないでおく。不在の間に国を奪われて後ろから刺されるなんてごめんだからな。彼らがしっかり俺の留守を預かってくれるというのならこのままの方が都合が良い。
居残り組に挨拶してから船に乗り込み出航する。これからも定期便は通るし、こちらにも色々と運んでくることになる。制海権だけは確保しておかなければな……。
「ようやく皆でお風呂に入れるわね!」
「ミコトはそればかりですね……」
そりゃ俺も嫌いじゃないよ?可愛い女の子達がきわどい水着になってキャッキャウフフだ。それを嫌いな男なんて少数派だろう。でも……、いや、まぁいいか。俺も戻ったら楽しもう。それが一番だな。
「いつも私が洗われてばかりですからね。今度戻ったら私が皆さんを洗ってあげましょう」
俺はアレクサンドラのスイカを見詰めながらその時のことを想像する。きっと楽しいに違いない。
「フロト?いやらしい顔になってるよ?それに大きければいいというものでもないさ!僕の『すれんだーぼでぃ』というのも良いと言ってくれてたじゃないか」
クラウディアが変なポーズをとりながらそんなことを言ってくる。確かにクラウディアの引き締まった体も良い。こう……、ムキムキというほどじゃないけど程よく筋肉質な……、スポーツ選手みたいな健康的な体だ。
「そういう意味では私が一番でしょうけどね!」
「「「「「……そーですね」」」」」
ミコトの言葉に全員が、何というか、感情の篭らない声で答えた。だって……、ミコトはすっとんとんじゃないか……。
「ちょっと!皆揃ってその反応はどういう意味よ!」
反応通りですけど……、とは言えるはずもなく、船の上には女の子達のキャッキャという声が響き渡っていたのだった。




