第三百七十八話「お嫁さん達!」
エールランド侵攻を行なっているブリッシュ王国軍の中に一際異様な一団がいた。まだまだ少女のような女の子が何人も集まっている一団だ。他にいるのは屈強そうな兵士や、軽装に何やら変わった形の黒い杖を持つ者などが忙しそうに動き回っている。それなのにそこだけまるで秘密の花園のように華やかだった。
「それでは皆さん作戦通りお願いしますわね」
「ああ!任せてくれたまえ!」
「がっ、頑張る!」
アレクサンドラの言葉にクラウディアとルイーザが答える。ミコトは肩を竦めただけで、カタリーナは少し離れた場所でもう一人の少女の傍に侍っていた。
「そんなに緊張するほどのことじゃないわよ。最初は私とルイーザでぶっ放しましょう」
「はっ、はいっ!」
ミコトが緊張しているらしいルイーザの肩に手を置いてそう声をかけると、ルイーザは力強く頷いた。
「あの……、皆さん……、本当に攻撃部隊に加わられるおつもりでしょうか?」
一人不安げなフローラがお嫁さん達に話しかける。
「当然ですわ!」
「心配してくれるのはうれしいけど無用だよ!」
「はぁ……」
皆の答えにフローラは不安を吐き出すかのように溜息を吐いた。これまで戦場で活躍したことがない皆は、フローラの反対を押し切って自分達も戦争に参加させろと言い張った。当然フローラは反対したが、自分達は籠の鳥ではないと言われては断りきれず、結局エールランド攻略戦にお嫁さん達も参加することになったのだった。
アレクサンドラは戦闘能力は低い。剣も魔法も得意とはいえず、屈強な男に襲われただけで自衛もままならないだろう。しかしだからといって無能というわけではない。肉体労働が得意ではないアレクサンドラは、内政も軍政もとにかくあらゆる知識を身に付けてきた。直接戦闘では役に立てなくとも、アレクサンドラは軍師や内政官として役に立とうと頑張ってきたのだ。
ミコトとルイーザはフローラから強力な魔法を習って身に付けている。ミコトは魔族なので一般的な人間よりも魔法に優れているのは何もおかしくはないが、元はただの人間であるルイーザですら普通の魔族を遥かに凌駕する魔法を身に付けている。
さらに二人が育てた魔法部隊が存在し、今回お互いに引き連れてやってきていた。今まではお互いに秘密にしていたが、今回初めてミコトの魔法部隊とルイーザの魔法部隊がお互いに顔合わせすることになった。それが一体どれほどの活躍を見せるのか。
クラウディアは元々近衛師団の騎士だった。当然これまでに戦場に出たこともあるし命懸けの戦いをしたこともある。対人での戦争よりは対モンスターの討伐が多かったが、これまでに人を斬ったこともある。一番危険な場所だが一番経験もあるため本来なら一番頼りになる……、はずだろう。
しかし後方で指揮を執るアレクサンドラや、後方から魔法を放つだけのミコトやルイーザに比べて、直接突撃して白兵戦を行なうクラウディアが一番心配だった。
「クラウディア……、やはりやめておいた方が……」
「フローラ!心配してくれるのはうれしい。でも僕は元々騎士なんだ!その騎士が戦場に立つことをやめたら騎士ではなくなってしまう。これはフローラもわかってくれるんじゃないのかい?」
「それは……」
フローラの視線が泳ぐ。クラウディアの言っていることの方が正しい。他の兵士や騎士にも家族はいるだろう。それぞれの家族はその兵や騎士を心配しているだろう。しかしだからといって『じゃあ家族が心配してるんで戦場に立つのはやめておきます』とはならない。特に騎士は命を懸けて戦場に立つ義務がある。
家族の下へ生きて帰ろうと思うのは悪いことではない。しかし命懸けで危険だからやめろというのは違う。騎士はそういう爵位や地位を与えられるから騎士なのではない。騎士としての務めを果たすからこそ騎士なのだ。
フローラが言っていることは、自分のお嫁さんが心配だから騎士の務めも誇りも捨てて、安全な後方でのうのうとしていろと言っているに等しい。他の兵士や騎士を犠牲にしても自らの大切な者だけ後方に下げるというのは、上に立つ者としてして良いことではないだろう。
それにそれはクラウディアの騎士としての誇りも傷つけることだ。フローラの気持ちもわかるが、だからといってクラウディアを止めたり、後方に下げるのは違う。
「大丈夫だよ!フローラが与えてくれた部下達もこの日のために鍛えてきたんだ!任せておいて!」
ミコトとルイーザによる魔法部隊創設はかなり昔に遡る。それを見てクラウディアも自分の部下が欲しいと言い出した。そこで一部の兵士や見習いをクラウディアの配下として編成された部隊が存在する。この部隊も今まで戦場に出たことはないので今回が初陣だ。
「フローラ様、クラウディア様のことは我らにお任せください」
クラウディア隊の副官がフローラにそう申し出る。そこまで言われてはフローラも覚悟を決めるしかない。
「わかりました……。皆さんくれぐれも無茶はしないようにお願いしますね」
もちろんフローラは万が一のことがあれば即座に介入するつもりだ。それでもまずはお嫁さん達に任せようと引き下がったのだった。
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フローラ達のいる部隊はウィルズからエーリッシュ海峡を渡って、エールランド島南東にある大都市、ポートライルゲを攻略しようとしていた。港町であるポートライルゲは本来ならばガレオン艦隊によって砲撃可能である。
しかし弾薬節約と、ガレオン艦隊がエールランド島の裏側にまで侵攻しなければならないことから、ポートライルゲ近郊に上陸したフローラ達の部隊が陸上から攻略することになっていた。
ポートライルゲを攻略した後は陸路で内陸部に侵攻していき、エールランド島全土を攻略する。沿岸部を攻略していくガレオン艦隊と、各地の主要港から上陸し陸路より攻略していく陸軍によって、エールランド島は一週間以内に攻略することとなっている。
普通に考えては一週間でこれほどの広さのある島を攻略することなど出来ない。しかしそれに似たようなことをこれまでしてきているカーン軍ならば、それくらいのことは出来て当たり前だと誰もが思っていた。
「それでは作戦開始ですわ!」
「いっくよ~!『燃えろ』!」
「いくわよ!『焼き尽くせ』!」
ポートライルゲにはすでに降伏するように使者を出している。当然相手は降伏を拒否したので、まずは遠距離からの攻撃としてルイーザとミコトが魔法を放った。
ポートライルゲの城門二箇所は一瞬で巨大な炎に飲まれ、門を守備していた兵士諸共あっという間に消し炭にしてしまった。その直後にポートライルゲは降伏の使者を出してきたのだった。
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「ミコトとルイーザがやりすぎたから僕達の出番がなかったじゃないか!」
「そんなことを言われても……」
クラウディアの言葉にルイーザは気まずそうに視線を彷徨わせる。
「何よ。誰も被害を出さずに手っ取り早く片付いたんだからいいじゃない」
ミコトの言うことは尤もなので誰も反論は出来ない。しかしクラウディアは納得いかなかった。
当初の作戦では、まずミコトとルイーザと二人の魔法部隊によって遠距離から魔法攻撃を行い敵に損害を与える。敵防衛部隊に混乱が生じている隙にクラウディアと配下の部隊によって直接斬り込み、ポートライルゲを攻略する予定だった。しかし結果は最初の魔法で敵が戦意喪失し降伏した。
「わかりましたわ……。それでは次の町の攻略は作戦を変えましょう。次はクラウディアさんとその部隊に斬り込んでいただきましょう」
「それならいいよ」
アレクサンドラの作戦を聞いて、クラウディアは納得した顔で頷いたのだった。
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ポートライルゲを攻略した一行はそこから北上して内陸の町チルチャニスへと到達していた。こちらにもすでに降伏勧告は行なわれ、拒否されているので武力侵攻することは決まっている。
「今度こそ……、今度は僕達が一番槍だからね!」
「はいはい……。もうわかったわよ……」
あまりにしつこいクラウディアにミコトもげんなりしていた。ポートライルゲでの戦闘が相当ご不満だったらしい。ここに来るまでもずっと不満を口にしていた。ようやく戦える、腕を揮えると思っていたら出番もなく終わってしまったらと思うと気持ちはわからなくはないが、あまりにしつこすぎる。
「それではクラウディア隊による斬り込みを開始しますわよ」
「任せてくれ!」
アレクサンドラの指揮の下、クラウディア隊は魔法による援護もなく突撃を開始する。カーン軍としてはあり得ない動きだが、エールランド、いや、世界的に見ても魔法はあまり盛んではない。敵がしてくる攻撃は精々弓矢か投石なのでそれほど心配ではなかった。
カーン軍ならば先に魔法や大砲や鉄砲による遠距離攻撃で露払いを行なうので、ほとんどの場合はそれだけで戦闘が終わってしまう。防御側の時も城壁上から砲撃したり、鉄砲攻撃を行うので同じだ。兵士や騎士による白兵戦がほとんど起こらないために、クラウディアのような騎士タイプの出番はほとんどない。
今回は特別に用意してもらった出番だ。ここで張り切らなければいつ張り切るというのか。
「いくぞ!僕に続け!」
クラウディアの声にクラウディア隊の者達が鬨の声を上げて続く。それを受けてチルチャニスの守備隊は城壁上から得意の弓を構えた。
「間抜けめ!我らの弓を甘く見たか!まだ引きつけろ……。今だ!放て!」
城壁の上からチルチャニス守備隊の放った矢がクラウディア隊に迫る。しかし誰も慌てなかった。
「こんなもので僕達を止められると思うなよ!」
「げぇっ!矢を剣で叩き落すだと!?」
守備隊の指揮官は突撃してくる敵が、雑兵一兵卒にいたるまで全員が悠々と矢を叩き落していることに驚いた。これだけ矢を放って敵に一本も当たっていない。まるで意味がわからない。盾で防いでも負傷者が出るはずなのに、盾も使わずに一切当たらないなどどういうことなのか。
「しっ、しかしまだ城門がある!あの人数では城門を破るまでに時間がかかるだろう!その間に投石で押し潰してやれ!」
敵が城門を破ろうと破城槌で攻撃している間は自分達は攻撃し放題だ。上から石を落としてやるだけでも相当な損害を与えられるだろう。ましてや敵は少数だ。城門に取り付かれても突破されるまでには相当時間がかかるに違いない。そう思っていた……。
「切り裂け!バルムンク!」
先頭を走る細身の騎士がそう叫びながら剣を振るった。まったく意味がわからない。城門に対して騎士一人が剣を振るって何の意味があるというのか。だが……。
ズズズッ……、ガァーンッ!
巨大で硬い城門は、ズルズルと斜めにずれたかと思うと簡単に崩れ落ちた。バツを描くように斜めに二度切られた城門は完全に切り裂かれている。後ろにいた兵士達もまとめて斬られていることに気付き守備隊は一瞬で大混乱に陥った。
「うっ、うわぁっ!クラウ・ソラスだ!」
「クラウ・ソラス!?」
「逃げろ!」
エールランドに伝わる伝説の『光の剣クラウ・ソラス』だと恐れ戦いた守備隊は勝手に逃げ出す。しかし逃げられない。あり得ない速さで駆け抜けてくる細身の騎士にあっという間に追いつかれ、次々に切り伏せられる。盾も、鎧も、剣も意味がない。盾と剣で受けたはずの者が鎧まで丸ごと一刀両断にされていく。
「うわぁぁあぁあぁぁぁっ!」
「たっ、たすけっ……」
雪崩れ込んできた敵兵は次々に守備隊の要所を押さえていく。城壁、城門はすぐに奪われ、屯所や指揮所まで襲われる。最早組織だって行動することが出来なくなっていたチルチャニスが降伏するまでに、多くの兵が敵突入部隊によって犠牲になったのだった。
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「クラウディア!やりすぎですわ!敵の指揮系統まで破壊してしまっては降伏も出来ませんでしょう!」
「申し訳ない……」
チルチャニスでの戦闘は圧勝に終わった。しかしこちらが無損害で圧勝したから良いというものではない。アレクサンドラの作戦では、圧倒的な自軍の力を見せつけ敵の戦意を挫き、早々に降伏させるつもりだった。
それなのにクラウディア隊は敵の指揮官や命令系統をあっという間に破壊してしまった。当然そうなれば上層部による降伏の判断もされない。各地でどうしていいかわからない守備隊が独自に行動し、結果として降伏させるまでに余計に時間がかかってしまった。
味方には被害はなかったが攻略までに時間がかかったことと、相手側に多数の被害を出してしまった。今後の統治を考えれば、力を見せ付けておくのは良いがあまり余計な恨みを買うのは得策ではない。それに次々攻略していかなければならないブリッシュ軍にとっては時間と手間をかけたくない。
「私の指示が聞けないのならばもう作戦から外しますわよ!」
「ごめんなさい……。次はちゃんと気をつけます……」
いつもはそこまで厳しくないアレクサンドラに怒られてクラウディアはシュンとする。アレクサンドラも何もクラウディアが憎くて言っているわけではない。むしろクラウディアのことを案じているからこそ作戦通りに行動して欲しいと注意している。
「過ぎたことをこれ以上言っても仕方ありませんからもう言いませんが……、本当に次からは気を付けてくださいまし」
「面目ない……」
シュンとしたクラウディアを下がらせてアレクサンドラは早速仕事に取り掛かる。アレクサンドラの仕事は何も指揮だけではない。占領後の地の管理や支配体制の確立もアレクサンドラが担っている。
確かに今戦争に負けた直後のために相手が大人しいというのはあるだろう。目の前で圧倒的な実力差を見せ付けられて降伏したのだから、今すぐまた逆らおうという者は少ない。しかしそれだけではなくアレクサンドラの戦後処理が適切だからこそ、占領地もすぐに混乱が収まりブリッシュ王国に従うようになっていた。
いつもならばフローラが行なっている業務をアレクサンドラが行なっても、何一つ問題なくスムーズに処理されている。アレクサンドラは少しでもフローラの役に立てるようにと、肉体労働が出来ない代わりにこういったことを徹底的に勉強してきたのだ。
「いかがですかフローラ様。皆の頑張りは?」
「はい……。驚きました……」
傍に控えるカタリーナにそう言われたフローラは素直な感想を口にした。言い方は悪いが正直に言えばフローラはお嫁さん達を侮っていたのだろう。しかしお嫁さん達は自分が心配するほど弱くはなかった。弱いというのは何も腕力や魔力などの話ではない。心の話だ。
お嫁さん達が大切だからとただ奥に囲って籠の鳥にしていれば良いというものではない。お嫁さん達も皆それぞれ意思を持った人間だ。だからこそ……、お嫁さん達の意思も尊重しなければならない。それもこれだけの実力を示されたら認めないわけにはいかない。
ミコトとルイーザの魔法はまだまだだ。フローラから見れば児戯にも等しい。クラウディアの剣術などフローラが受ければそれだけで相手が勝手に自滅するだろう。
アレクサンドラの行なっていることは結局はフローラの真似でしかない。しかし最初は誰でも先人の知恵の模倣から入るのだ。いきなり何でも新しいことを思いつく者など存在しない。
皆は間違いなく努力し、出会った頃よりもずっと頼りになるようになっている。ただ大切だから、可愛いからと危険なことをさせないのは間違いだ。フローラはようやくそのことに思い至った。王族や高位貴族ですら跡継ぎを戦場に立たせるのだ。いくらある程度は安全な位置とはいえそれでも王太子ですら戦場に出ることはある。
それを危険だからとさせないのは親が子供を必要以上に過保護に育てる虐待と同じだ。
「ですが……、カタリーナは活躍しなくてよかったのですか?」
「はい、私の居場所はフローラ様のお傍なのです」
「そうですか」
「はい」
最後に少しだけカタリーナと見詰めあい、フローラはふっと笑った。
フローラ一行は順調に内陸部に侵攻し、沿岸部を攻略していったガレオン艦隊と、重要拠点から上陸を果たした他の陸軍部隊の活躍もあり、エールランド島は一週間で全土が統一されることになった。
ブリッシュ王国はまたしても十日と経たずにその国名を変えることになった。新たなその名はブリッシュ・エール王国となったのだった。




