第三百七十六話「知らない間に終わってた!」
アンゲランド王国建国を宣言したのはいいけど仕事が忙しすぎる。騎士爵領、騎士団国の仕事も溜まってくるのに、アンゲランド王国の統治体制の整備だの、法の制定だの、官吏や代官の任命だのととにかく仕事が多すぎて俺がまったく動けない。
「カーザー王様、アルバランド及びウィルズ平定は我らにお任せください」
「……そうですね」
これまでの戦いから考えて全ての戦場に俺が出撃している必要はないことはわかった。俺がいなくともうちの軍が負けることはほぼない。もちろん無損害で勝ち続けられるほど甘いものじゃないだろうけど、少なくともきちんと運用すれば、ガレオン艦隊、砲兵、鉄砲隊に被害が出ることはない。
敵と正面衝突すれば通常の歩兵や騎兵には多少の損害は出るだろうけど、そんな被害まで許容出来ないと言っていたらそもそも戦争なんて出来ないわけで……。
ただそれは良いとしてもいきなりアルバランドやウィルズを攻める兵力はあるのだろうか?今はまだアンゲランド王国内も完全には安定していない。中には不穏な動きをする者もいるだろう。治安維持や反逆者に対するために国内にもある程度は信用出来る兵力を置いておかなければならない。
「仮に……、アルバランドかウィルズを攻めるとして……、その兵力や作戦はどうするつもりですか?」
「はっ!陸軍の主力はカーン軍の砲兵と鉄砲隊とし、直掩の精鋭護衛部隊もカーン軍から出します。あとは制圧用に旧ウェセック軍を引きつれ数をもって制圧します。また海軍はガレオン艦隊を沿岸部に派遣し、進路上の敵拠点を攻撃しつつ陸軍を支援します」
たぶんあまり精度は良くないだろうけど、一応ブリッシュ島と言われている地図を示しながら説明される。確かにアルバランドもウィルズも沿岸に重要な都市や王都が多い。まぁ人間の活動上当然と言えば当然だろう。交通の要衝や川沿いなどに人は住み着くものだ。王都や大都市ともなればその条件は必須ともいえる。
戦争によって元の王都を捨てて僻地へ逃れたとかでない限りは、自然とそういう立地になるだろう。ならば敵の主要都市や王都は沿岸から砲撃出来る。王都や主要都市が落ちれば敵は大混乱となり、国境に張り付いていた陸軍が雪崩れ込めば一気に形勢は決まる。確かに作戦としては悪くない。
「作戦はわかりましたが……、私としてはあまり余計な戦火を拡げたくはありません」
「カーザー王様の慈悲深いお言葉、アルバランドやウィルズの者達が聞けば感涙に咽ぶことでしょう」
そんなオーバーな……。とはいえあまりのんびりもしていられない。俺が生きている間に出来るだけのことを進めようと思ったら、一分一秒でも惜しいくらいだ。ブリッシュ島統一に時間をかけていたら俺の目的は達成されない。それにブリッシュ島の戦火も長引くことになるだろう。それならある程度は一気に進めてしまった方が良いのか……。
「それではカーザー王様、こういうのはいかがでしょうか?まずは降伏の使者を出すのです。そこで我らに従うなら良し。逆らうのならば攻め落とす。これならば相手が自らの未来を自らの手で選べます」
う~ん……。でも降伏しろって言って降伏するか?そんな簡単に言うことをきくなら今までにとっくにケリがついてるんじゃないのか?
大体ブリッシュ島の歴史について習ったけど、ほとんどが戦争、降伏、臣従、裏切り、戦争、降伏、臣従の繰り返しだ。現体制を残して臣従させても、向こうが力を回復したと思ったらまたいつ裏切って戦争を仕掛けてくるかわからない。
そもそもこんな歴史は地球でも嫌というほど繰り返している話だ。相手の体制を残してただ言葉の上で服従させたと言っても何の意味もない。また力が回復したら戦争の繰り返しになる。それは歴史が証明している。ならば……、相手の体制を破壊してしまうしかない。
でも王族や貴族が、自分達の特権を剥奪され、領地を没収されると言われて従うか?従うわけがない。どれほど圧倒的な実力差があろうとも、どうせ自分は全てを奪われて野垂れ死ぬのなら、国民全てを巻き添えにして最後まで徹底抗戦してやる!とか言う奴も出てくるんじゃないだろうか。
「私は現状の各国の支配体制をこのまま残すことを望みません。ですが特権や領地を失うとわかっていて各地の王族や貴族が従いますか?従わないでしょう。それでは結局戦争になるだけです」
「それでは……、まずはカーザー王様がこれから敷かれる統治体制を説いてはいかがでしょうか?その中で現支配者層も恩恵を受けられるとなれば説得の交渉も出来ましょう」
なるほど……。完全に全ての権利を剥奪されて、領地を奪われて、アンゲランド王国の中では平民扱いになります、と言われても反発されるだろう。でもアンゲランド王国の支配体制が納得のいくもので、その中で自分達も出世出来る可能性があると言われれば、無理に戦争をするよりも従う者も出てくるかもしれない。
「それでは少し私の考える統治体制を纏めてみましょう。それをもって各国に交渉を行うということで良いですね?」
「「「ははっ!」」」
俺の言葉に皆了承して引き下がっていった。皆がいなくなってから一人で考える。俺が敷こうとしている体制……。
アンゲランド王国は折角建国時の流れで貴族達の力を削ぎ王の中央集権が可能となった。今後ブリッシュ島ではこの流れを繋ぎたい。アルバランドやウィルズを征服する過程で、相手の降伏と現体制の維持を認めたら意味がない。折角の流れが後退してしまう。
かといって特権も領地も没収してアンゲランド王国に従えと言っても誰も従わないだろう。
そこで重要になるのがアンゲランド王国の体制だ。アンゲランド王国は王、つまり俺の絶対的強権で成り立つ国にする。でも王が一人で戸籍調査から徴税から治安維持から裁判まで全てをこなせるわけじゃない。当然そこには王の信任を受けて王権を代行する者が必要になる。
だから官吏や代官として、才能や実力のある者は誰でも雇うということにしよう。これなら高度な教育を受けている貴族達はかなり有利だ。今は小さな村の領主をしているような者でも、才能さえあればうちではもっと重用され大きな仕事が出来るようになる。
これなら戦っても絶対に勝ち目がない状況となれば、破れかぶれで戦争を挑むよりも、一度体制を放棄してアンゲランド王国の官吏を目指そうとなるんじゃないだろうか。
どの道俺は暫くロウディンから動けない。仕事があまりに多すぎる。このペースでいけば残りの二週間ちょっとを使ってもブリッシュ島の統一までいけるかどうかだろう。それなら俺の親征が可能になるまでに、先に使者を出して交渉しておくのも悪くない。
使者が殺されたら大変だけど、交渉をして失敗してもこちらは何のリスクもないんだから、皆が言うように使者を出すことにしようか。とりあえずこちらが相手に提示する条件も決まったことだし、皆に権限を与えて少し任せてみよう。
~~~~~~~
「フローラ!休憩しましょ!」
「ミコト……」
相変わらず俺がロウディンで書類仕事に追われていると、ミコト達がわらわらと俺の執務室に入って来た。いきなり何百万もの人口が増えてそれどころじゃないんだけど……。
「さぁフローラ!疲れただろう?僕がお茶を淹れてあげよう!」
「やめてくださいクラウディア。貴女が淹れたお茶はフローラ様のお口には合いません。余計なことはせず私に任せてください」
クラウディアが俺にお茶を淹れようとしてくれたけど、カタリーナにピシャリと言われてティーセットを取り上げられてしまった。確かにお茶は淹れる人によって大きく味が変わってしまう。前世の俺ならお茶なんて誰がどう淹れても同じようなもんだろうと思ってたけど、実際こうして味わってみればまったく違うことに気付く。
「えっとね、今日はカーザーンの牧場のチーズが届いてるんだよ。懐かしい味だよね」
そう言ってルイーザが可愛い笑顔でチーズを差し出してくれた。紅茶にチーズ?と思わなくもないけどまぁいいだろう。
「うっ……、わたくしはそのままのチーズはあまり得意じゃありませんけれど……」
アレクサンドラはちょっと顔を顰めていた。ピザのように焼いたりしたら食べられるようだけど、生?というのも変だけどそのままカットしただけのチーズとかはあまり得意ではないらしい。トーストとかに乗せて焼いたら喜んで食べるのに不思議なものだ。
「フローラ!こっちにもお風呂作ってよ!皆で入れないじゃない!」
「え~……、まぁ……、王宮などは建設予定ですよ……」
そんな急に言われて何でも用意出来るわけがない。確かに数百万の民を手に入れて労働力は格段に上がった。でも技術も材料もない。うちの職人は皆、運河建設だの、シャルロッテンブルク建設だの、カーン騎士団国建設だの、道路敷設だのと大忙しだ。
労働力は増えているとはいえ、うちの最先端技術を身に付けた職人には限りがある。あちこちで次々に仕事をして職人も増えてはいるけど、うちの拡大ペースに職人の数が追いついていない。
あまりにあっちもこっちもと手を付ければ結局どこも人手不足、職人不足で中々終わらないなんてことにもなりかねない。それなら一箇所ずつ集中して潰して仕事を減らしていくのも手だろう。
もともとブリッシュ島にあった城や宮殿もあるにはあるけど、うちの設備に比べたらあまりに劣る。とてもじゃないけど住めたもんじゃない。新しい俺の王宮の建設は必須だ。あと新市街を作って上下水なども完備しなければ、都市計画がまともに進められない。
すでにある町を全部やり直すというのは非常に手間だ。それは長い時間をかけて少しずつ改修していくしかないとして、一気に進めるためにはやっぱり近くに新市街を作って、一気にそっちに乗り換えるしかない。
「ですが……、ミコトは何故そんなにお風呂に拘るのですか?今でもお風呂には入れていますよね?」
簡単な仮設風呂だけどきちんとお風呂は用意している。狭いし不便だけど、この時代にしては仮設風呂でも十分贅沢だ。満足いくものではなくとも、我慢出来るくらいではあるはずだけど……。
「やっ!違うのよ?私は別にまたフローラと一緒にお風呂に入って洗ってあげようとか思ってるわけじゃないの!」
あ~……、そういうやつですか……。俺は何故かしょっちゅうお嫁さん達にお風呂で襲撃されて、そりゃもう揉みくちゃにされてるからね……。まだ健全なお付き合いしか出来ない俺達としては、お風呂でのコミュニケーションも大事ということか。
「まぁ……、それはまたいつかですね。少なくともブリッシュ島から出るまでは辛抱してください」
さすがに俺達がお風呂場で洗いっこしたいからすぐに風呂を作れとは言えない。お風呂そのものは入れているんだから、カーン騎士爵領に戻るか王都に戻るまで我慢してもらうしかない。
~~~~~~~
もうロウディンで缶詰になってからどれくらい経っただろうか。一週間か十日近くか。結構な日数が経っている。そろそろアルバランドかウィルズに親征に行かなければ、長期休暇の間にブリッシュ島統一が間に合わなくなってしまう。
「カーザー王様、よろしいでしょうか?」
「はい」
そろそろ動かなければと思いつつもどうしたものかと考えながら、ウィルズとアルバランドのどちらから先に攻めるか考えていると、報告にやってきたらしいので迎え入れる。気配で感じていた通り何人かが入ってくるので何事かと思いながら報告を待っていると……。
「申し訳ありません。ようやくブリッシュ島の統一が完了いたしました」
「…………はい?」
あんだって?今何て言った?
「よもやこれほど時間がかかってしまうなど、カーザー王様のお怒りはご尤もでございます」
いや、怒ってないよ?ただ何を言ってるか意味がわからないだけで……。
「統一……、アルバランドもウィルズも支配下に置いたということですか?」
「はっ……。降伏勧告に使者を出しましたがアルバランド王国も、ウィルズの有力国家グウェネッド王国も勧告に従わず……、止むを得ず戦争により征服いたしました。できるだけ戦火を拡げたくないとおっしゃられたカーザー王様のお心遣いが伝わらず……、我らの力不足でした……」
いや……、いやいや……。何言ってんの?全然わかんない……。え?俺は俺の手が空くまで動けないから、それならちょっと使者を出して交渉しておいてもいいかもね、って言っただけだよ?そのまま征服してこいなんて言ってないけど?あれ?
…………あっ!でもあれか?色々と権限を求められて許可したわ……。そうか……。あれってそういうことか。俺が皆に権限を与えたから何も違反してないんだ……。だって俺が許可したことになってんだもん……。
え~……。俺の知らない所で勝手にブリッシュ島の統一が終わったの?いや……、そりゃ良いことなのかもしれないけど……、何これ?何か達成感も何もない。知らない間に島統一してましたとか言われても……、何というか微妙な気分だ。
そして……、アンゲランド王国は建国から僅か一週間少々、十日足らずでブリッシュ王国へと名前を変えた。アンゲランド、アルバランド、ウィルズは地域名としてこれからも残っていくことになるけど……、アンゲランドはあっという間にその名前に幕を閉じたのだった。俺結構悩んでつけたのにな……。




