第三百七十五話「ブリッシュ島統一!」
アルバランド方面が戦禍に巻き込まれている頃、ブリッシュ島西部のウィルズ方面にもアンゲランド王国の魔手が伸びていた。
ウィルズ地方はブリッシュ島西部にあるコブのように突き出た地方だ。もちろん形はコブのように丸いわけではないが、正確な地図もないので完全に正確な地理を理解している者はいない。
そのウィルズ地方はアルバランド以上に小国や小勢力が乱立し、完全に統一された体制は存在しない。ただしその中でも比較的大きな勢力を誇る有力国家は存在する。
グウェネッド王国国王リウェリン・グルーフィッドはウィルズの半分以上、北部のほとんどを支配していた。そして南部に度々攻め込んではウィルズ統一を目指し、自らウィルズ大公と名乗っていた。そのリウェリンの下には不穏な報告が相次いでいた。
「南部諸侯はほぼ全てアンゲランド王国に征服されたようです……」
「う~む……」
北方のアルバランド王国に比べればアンゲランド王国南部に近いウィルズは、ウェセック王国、アンゲランド王国の情報が比較的早く伝わってきていた。あっという間にウェセック王国を再統一したエセック王国なる勢力は、すぐにアンゲランド王国の建国を宣言し、まだ未統一のブリッシュ島統一に乗り出したとの情報は早くから入っていた。
だがまさかウェセック王国やフラシア王国との戦争が終わって間もなく、あるいはフラシア王国とは戦争が終わってすらいないと言えるこの時期に、早くも武力侵攻してくるなど予想外もいいところだった。
ただウィルズ地方にとって救いだったのは、アルバランド王国と違ってウェセック王国と直接開戦していなかったことだ。グウェネッド王国はレスター伯と密約を交わし同盟を結んでいたが、まだ表立ってウェセック王国には戦争を仕掛けていなかった。
だからエセック王国、ウェセック王国の後継国家であるアンゲランド王国とも開戦状態ではなく、アルバランド王国に比べればまだ比較的穏便な手段がとられている。
とはいえその条件は苛烈であり、現支配体制の完全解体や、貴族や王族などの特権階級の権利剥奪など、普通に考えたら飲めないような条件を提示されている。それでも従うしかないと諦める国もあれば、徹底抗戦を主張し、実際に滅ぼされている国もある。
ウィルズから見れば陸の国境は東のみだ。それ以外は海に囲まれている。しかし南を回ってきたらしい船により南部は沿岸からも侵攻されており、元々グウェネッド王国リウェリン王、ウィルズ大公に従っていなかった者達はあっという間に降伏してしまった。
これまでウェセック王国との戦争においてはウィルズ諸侯は団結して戦ってきた。ウィルズ地方は統一されていないが、それでもウェセック王国は自分達にとって共通の外敵であると認め、その敵に対しては協力してきたのだ。
だが最早グウェネッド王国以外のほとんどの地域はアンゲランド王国に降伏し、その支配下に組み込まれてしまっている。元々ウェセック王国とウィルズ地方だけでも国力差、人口差は大きかったというのに、南部の半分までがすでに敵になっているのだ。どう考えてもグウェネッド王国に勝ち目はない。
「ウィルズ大公様、アンゲランド王国より使者が参っております」
「きたか……」
そしてついに、グウェネッド王国にもアンゲランド王国の使者がやってきた。その話は今更聞くまでもなく降伏勧告だろう。戦争になれば勝ち目はない。しかし現在の王族貴族の権利を一切認めないというアンゲランド王国の要求はあまりに苛烈すぎる。自らの地位や財産を失うことがわかっていて素直に従う貴族はそうはいない。
ここ、グウェネッド王国の王都カエルナルフォンはウィルズ地方の北西部の端に位置する。南側の海から侵攻してくるにはグウェネッド王国の沿岸部を通らなければならず、敵艦隊がやってくるまでには暫く時間を稼げるだろう。
しかし陸路では東の国境から真っ直ぐ向かってくればそれほど厚みはない。南北に長く、東西に厚みが薄いウィルズ地方は、東の国境から全面的に攻め寄せられては長くはもたないだろう。
戦争になったところで勝ち目があるとは思えない。しかし貴族達に全ての権利を放棄しろと言っても言うことを聞くとも思えない。これまでのウェセック王国相手ならばある程度戦争しつつ、時に臣従し、時に反旗を翻し、自分達の主張を通すことも出来た。
だがこのアンゲランド王国はあまりに容赦がない。現体制の完全否定……。それでは従う者も少なかろう。それがわかっていながらこれほど強引に推し進めている理由がわからない。今の支配体制を認めて、臣従させれば簡単に統治も出来るであろうに……。リウェリンはそんなことを考えながらアンゲランド王国の使者の待つ部屋へと向かった。
「アンゲランド王国に一つ問いたい」
使者と会い、お互いに名乗りあった後でリウェリンはそんな言葉を口にした。アンゲランド王国の使者は少し首を傾げてから先を促す。
「どうぞ」
使者の衣装はウィルズ大公リウェリンよりも明らかに豪華なものだ。これはあえて使者に豪華な衣装を着せて国力の差を見せ付けているのだろう。だがそれがわかった所で実際にある国力の差は如何ともし難い。ハッタリではなく本当にそれだけの国力差があるのだから……。
「何故アンゲランド王国はこれほど苛烈な要求をされるのか?そのような要求では従わぬ国も多かろう。降伏勧告といいながら、実のところは無理な要求を突きつけ戦争を促しているようにしか思えぬ」
リウェリンの言葉にアンゲランド王国の使者は目を丸くしていた。そしてヤレヤレと首を振って肩を竦める。一国の王に対して使者が取る態度ではないが、だからといって責めることも出来ない。
「どこからどのような情報を集められたのかはわかりませんが……、何か勘違いされておられるのでは?アンゲランド王国のカーザー王様は何も苛烈な要求などされておりませんよ?」
使者の言葉にリウェリンは立ち上がって声を上げた。
「降伏勧告と言いながら、実質的には国を明け渡せと言っているではないか!現在の体制も全てなくし、王も貴族も領地を明け渡せという!このような条件を飲める国などない!だからこそ各地で戦争になっておるのであろうが!これは事実上飲めない条件をあえて出して戦争を吹っ掛けているとしか思えん!」
リウェリンの言葉を聞いてから使者は静かに口を開いた。
「どこの誰に吹き込まれたのかはわかりませんが……、それはまるで我らが王の意思を理解していない愚か者の言ですね。良いですか?今から私が言う言葉を良く聞きなさい。それでは我らが王からのお言葉を伝えます」
そう言って使者が語った言葉は……、やはりリウェリンに入って来ていた情報と一致しているように思えた。降伏してアンゲランド王国の下に入った国は、王族も貴族も領地を奪われ、支配権を奪われ、いわば平民になれと言われているに等しい。
「それのどこが私の言ったことと違うというのだ!」
とうとう堪らずリウェリンはそう叫んだ。しかし使者は再びヤレヤレと首を振って肩を竦めた。
「まるで違います。確かに今の支配体制は解体されカーザー王の下で統治されることになります。ですが現支配者方を完全に排除するとは言っておりません。有能かつ意志を持つ方であれば登用の試験を受け、採用されれば統治を任せるなり、代官を任せるなりすると言っているではありませんか」
「それは実質的に旧支配者を排除するということであろう!」
確かにその後の支配体制についても説明されている。貴族も平民も関係なく、才能と実力があり、意志がある者は登用試験を受け、それに合格すればアンゲランド王国の官吏として登用される。その職も様々にあり、ただの役場の公務員から領地の管理、あるいは何らかの責任者まで、それぞれの才能と実力に見合った地位が与えられると説明されている。
しかしそのような制度があろうとも、それは実質的には恣意的に気に入らない者を弾くための制度にしか思えない。ならば現支配層の者達を次期体制に組み込まないようにすることも簡単だ。
「それは違いますね。我らが王は、ただ生まれが良いというだけで、親から領地や権利を引き継ぎ、何の能力もないのに広大な領地を支配している無能者はいらないと言われているだけです。本人に才能と実力があるのならば、今よりもよほど良い待遇で迎えられるでしょう。貴方のおっしゃっておられることは、無能者が今の地位や権力に固執しているだけという風にしか聞こえません」
「なっ!?」
王に対してたかが使者の分際で何という物言いかと全員が絶句する。
「我らが王がおっしゃられていることは、現体制下のもとでのうのうと暮らしている無能者は排除するとおっしゃられているだけです。自らの統治に、実力に自信があるのならば我らが王の条件など簡単に飲めるでしょう。それが飲めないというのは自らに能力がないと自覚しているからではありませんかな?」
「ぐぐぐっ!」
色々と言いたいことはある。リウェリンはこれまで己の才覚のみでのし上がってきた。確かに親や祖父から地盤を引き継いだ。しかしリウェリンが広げた領地も多く、グウェネッド王国はかつてないほどに領域を拡げている。それは全て己の才能だ。実力だ。その自負がある。
「レスター伯と裏で密約を交わし同盟を結んでいたとはいえ、グウェネッド王国はまだアンゲランド王国に対して宣戦布告も武力侵攻も行なっていなかった」
「「「――ッ!?」」」
使者の言葉にリウェリンの他、グウェネッド王国の重臣達まで驚き目を見開いた。何故レスター伯とのことが露呈しているのか。
アンゲランド側からすればレスター伯は身柄を確保し、様々な捜査が行なわれたので、その裏にあったことはほとんど掴んでいる。あちこちに働きかけていたことや、グウェネッド王国との密約、貴族達への脅迫などほとんど裏の悪事を掴んでいる。
だがグウェネッド王国側からすれば、まさかレスター伯との密約がアンゲランド王国に漏れているなど夢にも思っていなかった。場合によってはこの密約を理由に戦争を吹っ掛けられてもおかしくないような案件だ。それが今使者の口から出てきて動揺を隠せない。
「ですので我らが王はウィルズに対しては比較的寛容に対応されています。三日待ちましょう。その間に答えを出してください。カーザー王様の要求を断るか、三日を過ぎても返事がない場合は……、戦争の意思ありとして宣戦を布告します」
「なっ……、そっ……」
あまりの言葉に思考が纏まらずまともに答えられない。あまりに一方的な宣言。これのどこが寛容な対応だというのか。要求は何一つ緩んでおらず、他の小国に対するのと条件も変わらない。ウィルズの大国であるグウェネッド王国に対する対応とは到底思えない。
「ああ、そうそう。時間が経つほどに不利になるということはご理解くださいね。時間を稼げば稼ぐほど我が国の兵力はここへ集まってきます。私の得た情報ではすでに先日アルバランド王国は完全に降伏したそうです。ウィルズ南部を平定した我が国の部隊も統治体制を確立して次々集まってくることでしょう。時間をかけてもグウェネッド王国には援軍はなく、我が軍はより集まる」
「――っ!――っ!」
最早何も言えない。アルバランド王国が本当に降伏したのかどうかはこの場では知りようもない。だがこの使者がそんなつまらない嘘を吐くだろうか。それに何の意味があるというのか。
今更アルバランドを落としただ何だとグウェネッド王国を脅す必要性はまったくない。例えアルバランドが残っていようとも滅ぼされていようともグウェネッド王国にとっては同じことなのだ。すでに周囲に集まってきている敵軍だけでも到底敵う相手ではない。最初から答えなど決まっていた。
国民を巻き添えにして、支配層の権利を守るために国土を灰にするか。自分達が潔く身を引き、完全にアンゲランド王国に従うか。
そして……、予想通りグウェネッド王国上層部はアンゲランド王国の要求を断り徹底抗戦を唱えた。その日より二日後、グウェネッド王国はアンゲランド王国に完全降伏し、その名前は地図から姿を消した。
こうしてアンゲランド王国建国から僅か一週間足らずで、アルバランド、ウィルズ地方は完全にアンゲランド王国の支配下に置かれることになった。ブリッシュ島を統一したアンゲランド王国は僅か一週間で国名をブリッシュ王国に改めることになったのだった。




