第三百七十四話「統一戦争!」
アルバランド王、マルコルム・カンモレは頭を抱えていた。フラシア王国の誘いに乗ってウェセック王国のハロルドを攻めていたアルバランド軍は、謎の攻撃を受けて壊滅した。精鋭二千を含む主力軍五千が、たった一戦でほぼ壊滅し、這々の体で僅かに一部が戻ってきただけだった。
今ウェセック王国が内紛で荒れているから好機として南進するどころか、このままでは国防もままならない。最早アルバランド王国にはまともに戦う力は残されておらず、軍を立て直すにしても半年、いや、年単位の時間を要するだろう。
幸い南のウェセック王国は内紛の真っ最中だ。それが収まるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。他の国や勢力に主力が壊滅していることを悟られさえしなければ、一年大人しくしていれば何とか持ち堪えられるはずだ。
しかし会議は紛糾していた。誰の責任だ、何が悪かっただ、そもそも壊滅した軍の報告がおかしいだ、と足の引っ張り合いばかりで、報告があってからのこの一週間で何もまともに決まっていない。
マルコルム王も、貴族や大臣達も、一体何があったのか正確なことは理解出来ていない。報告によればハロルド達が篭る砦を攻めている最中に、東の海から現れた巨大船に何らかの攻撃を受け、ほとんどの兵が死傷し、逃げ出した兵も散り散りとなってどこかへ逃げてしまった。戻ってきたのはほんの僅かな兵のみだ。
報告の内容があまりに荒唐無稽なために、貴族や大臣達は指揮官達が敗戦の責任逃れをするために言い訳をしているだけだと決め付け、話し合いにもならずにただ相手を非難しているだけに終始していた。そんな状況で何も決められるはずもなく、会議を繰り返していながらも無駄な時間を過ごしているだけだった。
「とにかく今は原因の究明を……」
「何をいっている!こんな報告をしてくるような奴らが正直に話すとでも思っているのか。問い質しても時間の無駄だ!全員罷免しろ!」
「まぁまぁ……」
またいつも通りの会話が繰り返され、結局何も決まらず、誰が悪い、何が悪い、と責任の擦り付け合いをするだけだった。そしてそれはマルコルムも他人事ではない。
「そもそもこの遠征を決められたのはマルコルム王だ。となればやはり最終的な責任があるのは王ではないかな?」
ニヤリと、いやらしい笑みを浮かべてそう追及される。理由もなく表立って王を非難すれば重罪にもなるだろうが、王に非があればまた別だ。それを指摘してどうにかするのも周辺の仕事でもある。アルバランドでも王といえどその権力は万全ではない。何かあればどう転ぶかわからない立場だ。
だからこそこういう王の失点に繋がることは責められることも多々ある。場合によっては強制的に代替わりになる可能性もあるかもしれない。マルコルムも慎重にならざるを得なかった。
「今日は解散だ……」
今日もまた何も決まらず、ただ誰が悪い、何が悪いと言い合うだけで終わってしまった。どうせウェセック王国が立ち直るまでにはまだまだ何年もかかるだろう。その間に結論を出せば良い。そう考えてアルバランド王国の者達は誰も今の自分達の危機について真剣に考えていなかった。
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さらに数日が経っても相変わらず何一つ決まっていない。いつもの会議の繰り返し……。しかし今日は一つ、いつもと違う出来事が起こった。
「でっ、伝令!伝令!」
「何事だ、騒がしい。今は重要な会議を開いている最中だぞ」
まったく重要ではない会議を一週間も十日も繰り返しているだけだが、本人達は至って真面目に本気で重要な会議をしている気になっている。そんな会議室に伝令が慌てて駆け込んで来た。貴族や大臣達は無作法な兵士に顔を顰めるが、王や軍上層部の者達はそのただならぬ雰囲気に何かを感じ取っていた。
「どうした」
「はっ!謎の巨大船がフォース湾内に侵入!現在この王都エイデアンに向けて侵攻中です!」
「「「「「――ッ!?」」」」」
伝令の報告に会議室にいた者全員が凍りついた。いや、ほぼ全員というべきか。ハロルドの砦を攻めていた一部の軍部のみがただ静かに目を瞑っていた。それ以外の者達はまさか本当にそんな物があるなど未だに信じていない。
しかし伝令がそんな嘘を吐くはずがない。そんな嘘を吐いても伝令が罰せられるのみであり、騒ぎを起こせば一族まで連座させられかねない。そんな馬鹿で無意味なことをするはずもなく、ならば答えはその報せが本当だということだけだろう。
ブリッシュ島は南北に長い形をしている。しかし長方形や楕円形ではなく、南のブリッシュ海峡側が広く、北のアルバランド側が狭い、大雑把に言えば三角形のような形をしていた。しかしその三角形ももちろん綺麗な三角形なわけはなく、デコボコや切れ込みのような湾や川があちこちにある。
アルバランド王国の王都エイデアンは、ハロルドが篭っていたウェセック王国北東の砦からさらに沿岸沿いに北上し、まるで島が切り裂かれて裂けているかのように東西に入っている大きなフォース湾の沿岸にある。
もし件の砦での戦闘に出てきた船ならば、ブリッシュ島沿いに北上してくるだけで王都エイデアンまで辿り着いてしまうだろう。
「巨大、巨大というが一体どれほどだというのだ。そもそも何隻だ?」
「我が国の船の数倍はあります!その数、八隻!北上していた敵艦隊はフォース湾に入り西へ進路を変えたとのことです!まもなくエイデアンまで侵攻してきます!」
伝令の報告に一気に会議室が緊張に包まれる。しかしこれまでの一週間以上、十日ほどの間に何も決められなかった者達だ。この緊急時でも何も決めることなど出来ず、ただ無為に時間を浪費したのだった。
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報告があってから僅かな時間の後、王城からフォース湾を見てみれば、そこには信じられないほど巨大な船が何隻も並んでいた。
「ふっ、船は大きければ良いというものではない!」
「そうだ!それにいくら上陸してきてもあの程度の数ならばどうにかなるはずだ!」
精鋭を含む主力軍を失ったとはいえ、王都にはまだそれなりに防衛戦力は残されている。いくら巨大船でも乗せてこれる兵の数には限りがあるだろう。ならば防衛に徹すれば、あるいは上陸阻止に全力を挙げればまだ戦える。普通の者達はそう思っていた。
「報告した通り……、あの船は火を噴き、途轍もない魔法を投射してきます。もし今からあの船と戦になれば……エイデアンは瓦礫の山となるでしょう……」
ハロルド攻めに参加していた指揮官の一人がガタガタと震えながらそんなことを言った。その尋常ではない様子に周囲の者達もゴクリと唾を飲む。
「何を弱気なことを!そんなことだからフラシア王国との共同作戦でありながらおめおめと逃げ帰ってくることになるのだ!あんなものが何だ!」
しかしやはりと言うべきか。中には敵の脅威を見抜けずそんなことを叫ぶ者も大勢いた。特に長らく戦場に出ていない高位貴族や大臣達はあまりに王宮内での生活に慣れすぎた。権力闘争ばかりに明け暮れ、本当の戦場を忘れてしまっている。
「フォース湾の監視からの伝令が届いてからあの船が現れるまでにほとんど時間差がなかった……。あの船の性能は信じられないものだろう……。この者達の言うことの方が正しいように思われるがな……」
「貴様らは軍部同士で庇いあっておるだけであろうが!」
他の軍上層部が真っ当な意見を言っても、敗戦の将を庇っているだけだとか、伝令が遅れただけで軍部の失態だとか、どうにも話にならない。しかしそんな不毛な話もすぐに打ち切られることになった。
「湾内に侵入してきた敵船より先触れがありました!使者を上陸させたいとのことです!いかがいたしますか?」
次の伝令が飛んできてそんな報告を行なう。どうやら自分達が王城から湾を眺めに出てくる前に、すでに敵は小船を上陸させていたようだ。もちろん今の状況で使者を断ることは出来ない。
軍部の報告が正しいのか、貴族や大臣達の予想が正しいのか。それはわからないが、どちらにしろ出来れば今は戦いたくない。ならば交渉でどうにかなるのならば交渉の席に着こうと返事を送ったのだった。
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巨大船からやってきた使者は随分上等な格好をしていた。今この場でこの者を殺し、身に付けている物を奪えば一財産になるのではないかと思えるほどだ。そして使者の第一声でアルバランド上層部は一瞬で凍りついた。
「我々はアンゲランド王国のカーザー王の使いとしてやってきた。アルバランドに告ぐ。降伏せよ。さもなくば先のここより南の地での争いと同じことがここでも起こることになる」
まだお互いの名乗りも何もなく、使者はいきなり言いたいことだけを簡潔に述べた。その内容はまさに脅しであり、問答無用で降伏を迫るものだった。一部の貴族達はいきり立つが、マルコルム王がそれを制して言葉を発する。
「いきなり随分なことだ。それが……、アンゲランド王国?とやらの流儀か?」
まずは相手の出方を探ろうと様子を見る。この使者を殺して船に送り返してやるのは簡単だが、相手の狙いがそれである可能性もある。使者を殺すというのは非常に重い決まり破りであり、それは即ちいきなり全面戦争になってもおかしくない行為だ。
相手がわざとこちらを怒らせ、使者を害させるつもりならこういう態度も頷ける。実際そういう手を使うことも、使われることもあるので珍しくはない。この程度で安易に挑発に乗って使者を殺してしまっては交渉の場には立てない。
「アンゲランド王国は、エセック王国とウェセック王国を纏めた我らが王、カーザー王様が建てられた新しい国だ。この島はウィルズとアルバランドを除けばすでにアンゲランド王国によって統一されている。そして我が王はアルバランドとウィルズもアンゲランド王国として統一される意思を示された。よって貴様らはアルバランドを明け渡すか、戦争によって滅ぼされるか、どちらかを選ぶしかない」
「…………」
マルコルム王は暫し考え込む。情報が錯綜していてよくわからない。恐らくハロルド達を支援し、南部に侵攻していたアルバランド王国主力軍を破ったのは、エセック王国と名乗った勢力なのだろう。そしてそのエセック王国がウェセック王国を全て奪い、新しくアンゲランド王国として成立させた。
さらにその勢力がこのブリッシュ島の統一を目論み、アルバランド王国やウィルズにも侵攻しようとしている。そこまでは何となくわかる。
たったこれだけの間にフラシア王国に侵攻されていたウェセック王国を解放出来たとか、ウェセック王国を奪いアンゲランド王国とやらを建てたとかいう荒唐無稽な話が全て本当だとしてだ。しかしそれならそれでわからないことがある。
「ふむ……。それでは何故使者を送ってきた?すでに我らは戦争状態だ。何も言わずに攻めてきても誰も文句は言うまい?」
そうだ。ここから南の砦ですでに両国は矛を交えている。ならば今更宣戦布告もあるまい。いくら国名を変えたとしても国家と名乗るのならその連続性は否定出来ない。となればすでに交戦中の国との戦争もそのまま継続されるのみだ。新しく宣戦布告しあう必要はまったくない。
「我らが王は余計な人死には望まれない。貴様らが今の立場を退き、アルバランドを無用な戦禍に巻き込まなければそれで良し。さもなくばすでに国境に集まっている陸軍。そして今この湾内にいる海軍によってアルバランドへの侵攻を開始する。我らとしてはどちらでも構わない」
相手も南部の戦争が終わった直後で争いたくない。だから交渉で纏めようとしているのかと思いきや、返ってきた答えはあまりに酷いものだった。
「降伏しても我らの権利は認められないと?それならば降伏する意味がないであろう?」
使者は降伏すればアルバランドの上層部は全て排除されると明言した。それならば降伏するはずがない。折角今の地位や権利があるというのに、誰がわざわざそれを捨てるというのか。今の地位が保障されるのならば、大国相手に一時的に降伏したり従属することもあるだろうが、全て剥奪されると言われて言う事をきく者などいない。
「今までアルバランド王国は幾度となくウェセック王国に降伏し、臣従しながら、何度も裏切ってきた。だから我らが王は貴様らを信用しないことにした。自らの権力や財のために国を戦禍に巻き込むか、ほんの一握りの腐敗した貴族達が平民に戻るだけで国が戦禍に巻き込まれないか、それを選ぶだけのことだ」
「貴様!黙ってきいておれば先ほどから!」
「控えよ!」
とうとう我慢の限界に達した貴族の一人が声を上げた。しかしマルコルム王が止めて静まる。すでに国境に陸軍がいるということも驚きはない。最初から戦争をするつもりで準備してきているのならば、こちらが断れば即座に侵攻が開始されるのは本当だろう。
確かに使者が言うようにアルバランド王国はこれまで何度もウェセック王国と戦争を繰り返し、時に勝ち、時に負け、降伏して臣従したこともある。しかし時が経ち態勢が整えば再度攻撃を開始し何度も戦争を繰り返している。だからアンゲランド王国のカーザー王とやらは降伏や臣従しても今の体制を認める気はないということらしい。
「残念ながら王一人では決められぬこともある。そして我が配下はそのような条件は飲めない。それが答えだ」
「わかった。ならば力ずくでアルバランド王国をこの世から消し、愚かな体制に終止符を打たせてもらう。一刻後から攻撃を開始する。精々最後の時を楽しむことだ」
使者はそれだけ言うとさっさと船へと戻って行った。貴族や大臣達からは一斉に不満が漏れる。しかし王が要求を断ったので王への非難はない。相手の非礼や条件の馬鹿馬鹿しさに批判が集まる。
やがて一刻が経ち……、アルバランド王国王都エイデアンはあっという間に瓦礫の山となった。また南部の国境から侵攻を開始した陸軍により内陸部の町は次々に落とされていった。エイデアンを破壊した海軍は沿岸部への攻撃を続け、その後僅か三日でアルバランド王国は地図からその姿を消したのだった。




