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第三十七話「ドレスを作る!」


 物凄い駆け足でカーザーンへと帰って来て二日が過ぎている。社交界デビューの日まであと二ヶ月ほどだ。今からドレスを仕立てればそれほど凝った物は出来ないだろうけど一応間に合う……、はずだ。


 今から仕立てたのでは細かい刺繍や大量のフリルをあしらった凝ったデザインの物は間に合わないかもしれない。くそぅっ!折角可愛いドレスで憧れの社交界デビューするのを生まれた時から楽しみにしてたのに!俺の場合は本当に言葉通り生まれた時からずっと楽しみにしてたんだぞ!


 まぁ恨み言を言っていても仕方がない。今更言った所で時間は巻き戻らないのだからどうしようもない話だ。


 ……いや?待てよ?カーザース辺境伯家が俺のために用意していたあのドレスをカーン騎士爵家が買い取ればどうだ?それなら新しく仕立て直すことなく前の試着したドレスを仕上げれば良い。残りを仕上げるだけなら二ヶ月近くもあれば十分間に合うだろう。


「ヘルムート!ヘルムート~!」


 思い立ったが吉日。ちょっと違うか。ともかく思い立ったら居ても立ってもいられず俺は急いでヘルムートを探したのだった。




  =======




 俺は今かなり沈んだ気分で仕立て屋に来ている。何故ならば……、先日俺が考えていたことは実行不可能だと言われたからだ。


 すでにカーザース辺境伯家として注文して仕立ててもらっていたのに今更カーン騎士爵家が買い取ってカーン家が主体で注文しますって言っても説得力がないよな?


 つまりいくら本当に俺がカーザース家にお金を払って買い取ったとしてもそれは内々の話であって外の者にはわからない。そもそも仮に目の前で金銭のやり取りをした所で俺はカーザース辺境伯家の娘なわけだから同じ懐の財布から出したお金を右から左に動かすパフォーマンスをしただけだと思われてしまう。


 カーザース辺境伯家の力を借りることなくカーン騎士爵家として社交界デビューしなければならないのにカーザース家が注文していたドレスを着て行けばカーザース家の援助を受けてドレスを仕立てたと言われかねない。


 そういった誤解や意図的な悪評を流されることを避けるために結局新しいドレスをカーン家として注文することになった。今から注文してもドレス自体は間に合うだろうけど前に言った通り今からじゃ凝ったドレスは間に合いそうにない。とても悲しい……。


「フローラ様……、いえ、この場合はフロト様とお呼びした方がよろしいですね。お待ちしておりましたわフロト様」


「ヴィクトーリアさん……」


 仕立て屋に来たらヴィクトーリアが居た。そろそろ俺がドレスの仕立ての注文に来ると思って待っていたのだろうか。それなら家に手紙なり使いなり寄越してくれればよかったのに……。


「この店はクルーク商会の店ですのでどうぞ遠慮なさらずにご注文くださいね」


 えっ?そうだったの?この店には何度か来たことがある。カーザーンの仕立て屋の中では相当良い店だ。貴族街のすぐ近くにあって立地も良い。かなりお金と権力がある店なんだなとは思っていたけどヴィクトーリアさんのクルーク商会の関係の店なら納得もいく。


「それから先日の商談のお支払いですがどのように致しましょうか?すぐさま金貨でとご希望されるのでしたら後ほどお屋敷の方に届けさせますが?」


 ここはヴィクトーリアの店で俺の回りにもカーザース家の者しかいないから良いんだろうけどこんな所でそんな話をして大丈夫なんだろうか。少なくとも仕立て屋の店員達はポカンとした顔をしている。俺がカーザース家の娘とは知ってるだろうけどこんな子供相手に会頭であるヴィクトーリアが直々にお金の話なんてしてたら普通はポカンとするか冗談かと思って笑うだろうな。


「ヘルムート、前回の販売代金はいくらですか?」


 実は俺はお金のやりとりはあまり把握していない。というより物価がわからないから一体いくらくらいで取引されているのかわからないのだ。収支報告等の確認くらいならしても良いけど子供である俺が口を出してもあまり良くないだろうと思ってヘルムートとイザベラにほとんど任せっきりになっている。


 二人が悪巧みして売り上げをちょろまかすなんてことはしないだろう。今後はある程度は最終確認だけはしようと思ってるけど今までは任せっきりだったから相場もわからない。


「はい。前回卸した分の販売代金は全部で三百万ポーロです」


 細かい内訳をこの場で言うと俺達が砂糖や油を売っていることがバレてしまうので小声で合計金額だけ教えてくれた。ってちょっと待て!


「――さっ!三百っ……!」


 危うく大声を出しそうになった俺は何とか口を噤むことに成功した。物価はわからないけどポーロの価値は大体わかる。騎士爵に叙爵されて年金を貰うようになったから少しだけお金の価値についてヘルムートとイザベラに習った。


 どうやらこの国の一般的な月収は五千~一万ポーロくらいらしい。ざっと言えば現代日本円の三十分の一くらいを想定しておけば大体合っているんじゃないかと思う。ならば三百万ポーロは日本円で考えれば九千万円。ちょっと砂糖や油等を売っただけの売上金とは思えない金額だ。


 そもそもこれはクルーク商会が俺に支払う金額であって王家が払った金額はこんなものじゃ済まないだろう。間でクルーク商会が商品の輸送をする代わりにお金を受け取っているんだからクルーク商会の販売価格は一体どれほどになっているのか……。


 この世界での輸送コストというのは馬鹿にならない。現代日本のように輸送網が発達していてダンボール一つで数百円や数千円でどこでも輸送出来るというほど簡単な話じゃない。


 長い距離を輸送するというのは相応の危険が伴う。護衛の費用もかかるし馬車代もかかる。馬の維持費や馬車の修理や購入代、人件費、時にはモンスターや盗賊に襲われて損失を出すこともある。それらを上乗せして売るのだから俺から買い取った額の数倍、もしかしたら十数倍、数十倍という値段の可能性もあり得る。


 こんな大金で本当に良いのか?何か裏があって相場以上の金額が乗せられているんじゃ?


 と思ってヘルムートに視線を送ったけどこっそりこの価格で問題ないとジェスチャーで答えてくれた。ヘルムートは俺の思っていることをすぐに察してくれるから助かる。


 カーン騎士爵家に支払われることになっている年金は月二万五千ポーロ、月収七十五万円だと思えば結構な高給取りにも見える。ただし貴族でこの程度の金額ではまったく足りない。庶民よりは良い暮らしが出来そうに見えるけど色々な出費も多い貴族でこの金額では普段の生活は庶民より貧しくしないとお金が足りないだろう。


 もちろん戦などで功績を挙げれば褒賞も出るし戦に限らず何らかの成果を挙げたりしても特別手当や褒賞の類は出る。また俺は叙爵されて一年目の、しかも十歳にも満たない子供だから二万五千ポーロだけど他の家はまた金額が違うらしい。


 手柄を挙げて叙爵された者ならばその際の褒賞などもあるだろうし手柄の大きさによって同じ騎士爵家でも格に違いがある。格が違えば年金も違うし貴族になってからの年数や家族構成によっても増減するので全員が同じではない。むしろ俺は子供で初年度にしてはかなり多い方だという。


 何にしろカーン騎士爵家の年金が年間三十万ポーロであることを考えればちょっと砂糖や油を売って十年分の年金相当のお金になったことに俺が驚いたのも無理からぬことだとわかるだろう。


「お金のことはまた後ほどヘルムートとイザベラと相談してください……」


 いきなりそんな大金の話になって俺は硬くなってそう答えるのが精一杯だった。だって……、実は砂糖はまだ一杯あるんだもん……。いきなり全部を売ったらこちらが困る可能性もあるしどれだけ売れるかもわからなかったから在庫は残っている。


 もちろん一度の輸送で出来るだけ多く運んだ方が商売としては利益になるだろう。一回の往復でかかるコストは同じなのだから一度により多く運ぶ方が単価は下がる。だからなるべく多めに持っていこうとはしたけどそれでもうちには在庫が残っている状況だ。もしあれを全部売れば?そう思うと何だか不安になって夜も安心して眠れないかもしれない。


 カーザース辺境伯家の収入から考えれば三百万ポーロなんてはした金なんだろうけど今まであまりお金に触れてこなかった俺がいきなりこんな大金を手に入れると小市民だった俺はどうしていいかわからなくなる。


「あっ!それよりも実はお願いしたいことがあるのですが良いですか?」


「何でしょうか?」


 俺の言葉にヴィクトーリアが笑顔で答えてくれる。何だか優しいお婆ちゃんみたいだ。そういえばうちには祖父母がいない。あまり寿命が長くない世界とはいえ両親の祖父母がどちらもすでに他界しているのだろうか?今まで最初からいなかったから深く考えていなかったけど少し変な気はする。普通なら誰か一人や二人くらいは残っていそうなものだけど……。


 それはともかくヴィクトーリアにお願いをしなければ!


「実は……、ドレスは私が考えたものを作ってもらうことは出来ませんか?」


「フロト様が考えたものを?それはどのようなものでしょうか?」


 俺は用意しておいたデザイン画をヴィクトーリアに見せる。別に絵心があるわけでもない素人だから見やすいものじゃないだろう。でもデザインのイメージだけでも伝えられないかと思って頑張って描いてきた。


 これまでの俺のドレス等は全て父が注文したものだったから俺がいちいち細かくデザインの指示は出来なかった。父と仕立て屋が相談したものか仕立て屋がデザインしたものかは知らないけどただ採寸されて何度か試着して直して完成品を渡されるだけだった。


 でも今回は違う。今回は俺が注文するのだから俺の好きなデザインにしてもらえないかとお願いしてみることにした。技術的に出来ないことや製作時間が間に合わないことも考えて完全に俺の思い通りになるとは思っていないけどその辺りも相談したい。


「これなのですが……、実際の製作はわからないので技術的、物理的に不可能ならばその箇所を教えてください。あと製作時間もあまりありませんので期日までに間に合わないような難しい部分もありましたら教えていただきたいのです。それらを相談しながら決めたいのですがいかがでしょうか?」


「まぁ!素晴らしいですわ!是非これを作らせてください!貴方達もこちらに来て見て御覧なさい。素晴らしいドレスよ」


 ヴィクトーリアが店員を呼んだことで先ほどまで遠巻きにこちらを眺めていただけの店員達がワラワラと寄ってきた。そして俺のデザイン画を見てあーでもないこーでもないと言い出した。どうやら真剣に考えてくれているようだ。


 この後俺はかなりの時間をかけて仕立て屋の店員達とデザインや製作期間や金額を決めて有意義な時間を過ごしたのだった。




  ~~~~~~~




 仕立て屋に訪ねて来たフローラを眺めながらヴィクトーリアはフローラの後ろに控える執事を見ていた。フローラの執事、ヘルムートとは何度も会っている。寡黙で無表情ながら美形で周囲の女達が放っておかない良い男だということはわかっていた。


 しかし王都に居た頃の主従関係のような雰囲気と違って今日仕立て屋にやってきたフローラとヘルムートの様子を見てヴィクトーリアは小さく口の端を吊り上げた。


(あらあら?あれではまるで執事ではなく恋人と一緒に服を仕立てに来た女の子のようね。ルートヴィヒ殿下もルトガー殿下も今はまだあの執事の青年には太刀打ち出来ないでしょうし、これは思わぬ強敵出現というところかしら?)


 先ほどからフローラはヘルムートを何度も頼りにしていた。頼れる年上のハンサムな執事に尽くされていれば小さな女の子は簡単に恋に落ちてしまうだろう。


 ヘルムートの方も一見無表情ながらフローラの言動に反応して心が動いていることがヴィクトーリアにはわかった。時には見守る保護者であったり、時には妹を見る兄のようであったり、時には初々しいカップルのようであったり、時には長年連れ添った夫婦のようであったり、ヘルムートにはフローラに対してただの忠誠や主家の娘に対して抱く感情以上のものが含まれている。


 少し前まではやんちゃだったルートヴィヒもフローラとの婚約話が持ち上がってカーザーンを訪れてから随分変わった。今では少し落ち着いてきたとは思ったがそれでもまだまだ子供であることは変わらない。


 ルトガーに関してはもっと大変だ。まさに好きな女の子をいじめる男の子そのものであり、とてもそんな状況で恋が成就するとは思えない。


 ルートヴィヒとルトガーによるフローラ争奪戦ならばこれから三人が成長しながらお互いの関係を決めていけば良いがそこにヘルムートが加われば今のルートヴィヒとルトガーに勝ち目はなさそうだ。ヘルムートには身分の違いという壁はあるがフローラの心は頼れる年上であるヘルムートに攫われてしまうかもしれない。


 そうなったならばルートヴィヒはどう動くだろうか。ルトガーはどうするだろうか。


 ヴィクトーリアは義理とは言え血縁的にはルトガーに一番近いし実利も兼ねて心情的にはルートヴィヒがフローラとうまくいってくれる方が色々と都合も良い。しかし三人の、いや、四人の恋の模様もそれはそれで心が躍る。


 これからのフローラ達のことを思うとまるで物語を見ている観客のような気分で続きが楽しみなヴィクトーリアなのだった。



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