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第三百六十九話「最後通牒!」


 ウィンチズター沖を通り抜けた強襲上陸艦隊は西の岬の影に入り、敵前強襲上陸を敢行していた。とはいえこの位置はウィンチズターからそれなりに離れており、敵前強襲上陸と言えるほどであるかどうかはわからない。フローラがある程度安全を確保出来るだろうと踏んだ距離と場所だ。


 それでも敵の間近に上陸することに変わりはなく、戦場のどこにも安全な場所はないとはいえ、陸路を進む部隊よりは危険が伴うだろう。


「ポンツーン船を出せ!早くしろ!」


 強襲上陸艦隊指揮官ラモールの指揮の下であっという間に上陸が進んでいく。浮き桟橋となるポンツーン船がいくつもの桟橋を作り、そこに次々と揚陸されていく。砂浜に直接小船で揚陸するよりも圧倒的に早い。


「まったく……、大した物だ……。あの船もフローラ様がお作りになられたと聞いたが……」


「本当ですね……。あれで俺とそう歳が変わらないんだから信じられませんよ」


 ラモールの言葉にシュテファンが反応する。今回強襲上陸に参加しているのはほとんどが騎士団国の者達だ。上陸部隊の中で砲兵と鉄砲隊は騎士爵領の部隊が担っているが、それらを護衛する歩兵はジャンジカの部隊となっている。またこちらの艦隊のほとんどもシュテファンなどの騎士団国の水兵達が担当していた。


 つまるところ今回の強襲上陸の目的は騎士団国の新兵達に経験を積ませるためのものなのだ。艦隊の護衛や上陸を援護しているのはベテランの騎士爵領の者達だが、実際に上陸作戦を行なっているのは騎士団国の者達だった。


 護衛のジャンジカ部隊が先に上陸し海岸堡を確保する。次に鉄砲隊や砲兵が下ろされ簡易の陣地構築が行なわれた。すぐに移動してウィンチズター西側の封鎖に加わることになるが、陣地構築や拠点防衛は基本中の基本だ。


 もし万が一にも戦闘が長引けば、敵の裏側に上陸したこの部隊は海からの補給に頼るしか道がない。その生命線である補給を確保するためにはこの場所の確保をしっかり行なわなければならない。


 順調に準備が進む中、にわかにジャンジカ部隊が騒がしくなった。ウィンチズター方面を監視している海軍からは敵が打って出てきたという連絡はないが、どうやら何かあったらしいとラモールやシュテファン達にも緊張が走った。


 もっと見通しの良い所ならともかく、海岸のすぐ先に森があるこの地形では敵に接近されても気付きにくい。何より沖で待機している艦隊からの援護射撃があまりあてにならない。そのためにウィンチズター方面を監視している船が別におり、もし万が一敵が上陸阻止のために出陣してきたらすぐに連絡が届く手筈になっていた。


 だが監視からは連絡がないのに森が騒がしくなるということは、もしかしたら先に待ち伏せでもされていた可能性もある。いつでも行動に移れるように身構えていたが……、しかしその理由は思わぬものだった。




  ~~~~~~~




 森から出て来た者が二名、ラモールの乗る強襲上陸艦隊の旗艦に乗り込んでいた。


「なるほど……。そういうことでしたか……。それは大変だったでしょうな」


「ええ……」


「我々もどうしたものかと……」


 森から出て来たのは南西奪還を任されたハロルド配下の者だった。ハロルド達本隊はウィンチズターに到着してから腰を落ち着けていたが、まだ解放されていない南西や西部奪還のためにさらに侵出していった者達がいたのだ。


 一人は旧フラシア軍の取りまとめをしているエンゲルベルト・フォン・マルク。エンゲルベルトはまだ残っているフラシア軍に投降を呼びかける書状を書いて伝令部隊に託していた。しかしそれだけで確実に全員が降伏するとは限らない。それに降伏した後の旧フラシア軍を纏めるという役割もある。


 そのためエンゲルベルトは書状を出すだけではなく、後からゆっくりと西部方面に向かって侵出していた。そしてその旧フラシア軍と一緒に行動していたのが、北東の砦までハロルドに従っていた腹心の一人、チャールズ・ハットン子爵だった。


 チャールズは南西、西部方面の奪還のために兵を引き連れ、各地の領主やフラシア軍に降伏や帰順を呼びかけていた。ようやく任務も終わり戻ってきた所、ウィンチズターの政変を、偶然逃れてきた者に聞いたという。そこでどうしようかと途方に暮れていた所で、この船と上陸部隊を見て接触を図ってきたということだった。


「今回の騒動はハロルド王の意思ではないと言われるが……、我らの作戦はもう止められん。それに家臣を止め、制御出来ぬのは王の責任でもある。せめて我らの攻撃でも生き延びられるように祈られるのだな」


「そっ……、そんな……」


 チャールズはラモールの言葉に何か言いかけ……、そして口を噤んで俯いた。


「そう……、ですね……。せめて……、王が無事でありますように……」


 ラモールにはこの作戦を止める権限はない。それに今からフローラに連絡を回しても間に合わないだろう。一応連絡そのものは出すが、それで作戦が中止や延期になるなど甘い考えは持たない方が良い。そもそもラモールの言う通り、配下を掌握出来ていなかったというのなら、それはそれでハロルドにも責任がある。


 フローラは積極的に皆殺しにするつもりはないと言っていた。それならば運が良ければ生き延びることもあるだろう。城の奥深くにでも篭っていれば、今回の作戦ではそうそう死ぬことはないのではないかと思われる。


「それで……、エンゲルベルト殿はどうされる?」


「我々は確かにハロルド王に協力していたが、それもフローラ様の指示があってのこと……。我らが従うのは我らを下したフローラ様だ。この作戦……、我々も協力させてもらう」


「でっ、では我々も!我々も包囲に参加します!」


 こうして南西、西部方面に侵出していたチャールズの部隊五百名と、エンゲルベルトの部隊約千名が強襲上陸部隊に協力することになった。


 本来なら一番薄いかと思われた西の包囲は、他の地点よりも充実した戦力となり、十分な海岸堡確保とウィンチズター包囲が同時に出来るようになったのだった。




  ~~~~~~~




 北東方面を見張っていた監視塔の兵がようやくウィンチズターに迫ってきている敵軍の旗を確認した。望遠鏡を実用化しているのはフローラのみなので、肉眼頼りのウェセック王国兵では中々その判別がつかなかったのだ。


「接近中の軍の旗を確認!盾の中に鷲です!」


 すぐに各地に伝令が出される。しかし盾の中に鷲などという旗には覚えがなかった。どの貴族も紋章官もまったく思い当たるものがない。


「どこかの新興貴族か?」


「どさくさに紛れて旗揚げした馬鹿か、ギヨームの残党かもしれん」


「なるほど……。フラシア王国にはそのような旗は?」


「…………ありません」


 ロバート一派の貴族達は推測を述べ合うが答えは出ない。貴族同士は付き合いがあるので仲の良い貴族や会ったことがある貴族の旗くらいは覚えている。しかし付き合いのない相手や会ったことのない相手、ましてや外国の貴族の旗や紋章まで覚えているはずもない。


 それを覚えているのは紋章官の仕事だが、ここにいる紋章官達の誰も、他国の旗や紋章も含めてまったく思い当たるものがなかった。よくある意匠なので似たようなものはあるが、今言われている旗と同じ物に該当する物はない。


「やはり敵か?」


「それはそうだろう。伝令も先触れも出さずにここまで迫っておるのだ。どう考えても敵以外あり得ん」


 一部の貴族達はまだ敵か味方かもわからないと考えていたが、多少戦に覚えのある者達はもう完全に敵だと看做していた。報告によれば北東方向の街道から迫ってきていた敵は、ウィンチズターの城壁を囲うように北と東に部隊を分けて薄く広がっているという。これが敵の包囲でなくて何だというのか。


「敵の数は多く見積もっても数千……、実数は精々千か二千というところか……?」


 はっきり把握しているわけではないが、見張りの兵が数えた限りでは多くて数千ということだった。そんな寡兵で、さらにそれを分けて薄く広げるなど馬鹿な選択としか思えない。


「ウィンチズターはかつて数万の大軍に包囲されても落ちなかった鉄壁だ。我々よりも少ないたかが数千で包囲しようなど片腹痛いわ!」


「ならば打って出るか?」


 現在ロバート一派が掌握している兵は五千を超えている。敵が千や二千で、さらにそれを分けているのならば、確かにこちらから打って出て討ち取るという手もあるかもしれない。


「伝令!伝令!西より所属不明の軍が迫っております!その旗は盾の中に鷲!」


「西からも?どういうことだ……」


 北東方向から敵が来たというのはまだわからなくはない。北東にはイグナーツ部隊が逃げ出した。その関係の軍がいても不思議ではないだろう。


 しかし南西、西部方面はつい最近ハロルドが解放のための軍を出したばかりだ。その軍が戻ってきたというのならともかく、北東からやってきた敵と同じ旗を掲げた軍がどうやって西からやってきたというのか。


「先ほどの……、船がどうとか言っていた報告……。上陸されたのか?」


 ようやく情報が繋がって理解し始める。先にあった船が通ってどうこうという報告はこのことだったのだろう。そちらにもいくらかの兵が現れたとしても、陸路で精々二千ほどしか用意出来ない相手だ。どうせ大した数ではないだろうと高を括る。しかしそれは次の報告によって揺らいだ。


「西から現れた敵はおよそ二千!何やら黒い荷を運んでおります!」


「二千……、これで全て合わせて四千か?」


 まだ完全に掌握出来ていない兵も合わせれば自軍は六千か七千、あるいは八千くらいはいるかもしれない。王都であるウィンチズターの防衛や治安維持に当たっている者もいるからだ。貴族の兵はほとんど纏め上げているが、王に属していた兵の掌握は完全とは言えない。


 それでも敵に包囲されていると言えばウィンチズター防衛のためにそういう者達も協力するだろう。仮に敵を四千、自軍を八千とすれば二倍の兵力差がある。さらにこちらは堅牢な城に篭っている。普通に戦って負けることはまずない。


 しかし敵が四千もいるとなっては下手に打って出るのは難しい。包囲している敵を分断し、各個撃破する作戦が話し合われるが、打って出るのに多くの兵を使えば王都の守りが薄くなり、その隙に他の方向から攻められたらどうするのかという話になる。


 結局ここにいる者達は自分達の安全が最優先なので多くの兵を出撃させることを躊躇った。幸い食料は大量に備蓄された所であり、兵数でも勝り、堅牢な城に篭っていることから、敵が疲弊するまで篭城の後、機を見極めて反撃に転ずる、という消極的戦法が採られることとなった。


 そもそも機を見極めるだの反撃に転ずるだのと言っているが、それが具体的にいつ、どうなれば、何を、どうする、ということは決まっていない。適当に城に篭って結論の先延ばしをしようと言っているだけだった。


「おっ、おい!見てみろ!」


「おおっ!何だあれはっ!?」


「信じられん……」


 城の会議室で話し合っていた者達は、南の海に浮かぶ超巨大船達の姿を確認して驚いた。見張りからあった報告はこれのことだったのだ。確かに超巨大船だ。遠くにあるはずの敵船の方が、港にあるウィンチズターの船よりも圧倒的に大きく見える。


「馬鹿な……、馬鹿な……」


 海に浮かぶ巨大船を見て……、リチャード・セルシはここ最近常に感じていた悪い予感が当たったことを確信した。東西南北を完全に包囲されている。暢気な他の貴族達は、たかが四千程度の敵にこの城郭都市が落とされるわけがないと思っている。兵の少ない方が包囲するためにとさらに兵を分けているのを笑っている。


 しかし……、リチャードはそんな風に思えなかった。沖から近づいて来る巨大船を見て確信した。自分の選択は間違っていたのだ。だがもう遅い……。


『私はエセック王国国王、カーザー王です。ウィンチズターに篭る愚か者に告げます』


「なんだこの声は?」


「一体どこから……」


 今、ウィンチズターの中にいる者全てに、まるで耳元で囁いているかのように声が届いた。男とも女とも、若者とも老人ともわからない声。しかしその声は確かにウィンチズターにいる全ての者に届いていた。


『ウィンチズターには、ハロルド王と同盟を結び、ギヨーム軍撃破とハロルド王帰還を支援した我が兵に対し、同盟破棄の通告も宣戦布告もなく弓を引いた愚か者がいます。その者と、その協力者を一人残らず差し出しなさい。さもなくばウィンチズターは灰燼に帰すことになるでしょう。期限は今から一刻。その期限を過ぎても犯人が差し出されない場合は攻撃を開始します』


「ふんっ!何が攻撃だ!この堅牢なウィンチズターに、たかが数千の兵で何が出来る!」


 一人の貴族がそう嘯いた。それに続いて他のロバート一派の者達も、そうだそうだ、と気勢をあげた。


『私はエセック王国のカーザー王。もしこの要求が満たされない場合は、ウェセック王国から我が国への宣戦布告と看做し、我が国はウェセック王国を滅ぼします。期限は一刻。愚か者を差し出すか。ウィンチズターに住む者全ての命で購うか。どちらにするかよく考えなさい』


 声が聞こえなくなってから暫く……、会議室は静まり返っていた。嫌な要求だ。つまりは自分達を差し出せと言っている。


「あんな要求をするということは自分達が勝てる自信がないからでしょう!我々が内輪揉めするのを狙っているのです!」


「そっ、そうだ!あんな脅しに屈することはない!」


「この城に篭っている限り我らに負けはない!」


 再び勢いを取り戻したロバート一派を眺めながら、リチャード・セルシは自分達の死をはっきり予感したのだった。



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[一言] 終了のお知らせ( ˘ω˘ )
[一言] この方達は、自分達にとって身元不明で戦力が定かではない敵の軍が迫って来てるのに、この無駄に傲り高ぶった自信はどこから沸いてくるのだろうか…。この警戒心の無さと慎重さの足りなさは、上に立つもの…
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