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第三百六十八話「分け前寄越せ!」


 ロバート・レスター伯とそれを支持する勢力は有頂天だった。後からハロルド王に協力した者達ほど論功行賞で貰える褒美が少なくなる。だから自分達の貰いが少ないと自覚している者達はとにかく必死でロバートにゴマをすっていた。


 その結果最古参の一角と思われるイグナーツとかいう者は排除され、自分達が上れる席がいくつか空いたのは間違いない。


 さらに……、驚いたことにウェセック王国に巣食うイグナーツ一派をロバートとその協力者達が排除したというのに、ハロルド王はわけのわからないことを喚き出した。そこで仕方なくロバート達は王と、その最初期からいた腹心達を全て捕えて幽閉することにしたのだ。今では王と最側近達は地下牢に入っている。


「もはや時代はロバート様のものとなっております!ここは一つロバート様が次なる王として立たれるべきかと!」


「そうですな!ロバート様が王になられるべきです!」


「おお!我らが王よ!みなが待ち望んでおりますぞ!」


「うむうむ」


 太鼓持ち達の言葉に気を良くしたロバートは大仰に頷く。しかしすぐに王になるとは言わない。自分が王になるというのも悪くはないが、王になればそれはそれで面倒が増える。何より大義もなく王位を簒奪しては今度は自分が周囲から攻撃されかねない。どうしても王位に就くのならハロルド王からの禅譲という形にしなければ、簒奪者だと言われるわけにはいかないのだ。


「諸君の気持ちはよくわかった。しかしそう答えを急ぐものではない。それはこれからじっくり話し合っていこうではないか。まずは国に巣食う賊であるイグナーツ一派を駆除出来たことを喜ぼう!」


「はっ!」


「ロバート様がそう言われるのでしたら……」


「まぁ我々は……」


 太鼓持ち達はお互いに目配せし合いながら様子を探る。太鼓持ちもただひたすら持ち上げれば良いというものでもない。あまり大袈裟にしすぎたり、持ち上げすぎたりすればかえって悪くなる時もある。周囲の意見や本人の様子を見つつ、適度な落とし所を探らなければならない。


 そんな才能があるのならばもっと別のことにでも使った方が有意義かもしれないが、そこで他人の太鼓持ちをするからこそ、太鼓持ちの太鼓持ちたる所以というやつだろう。


 ロバートも周囲の反応を窺いつつどのくらいを落とし所にしたら良いのか慎重に探っていた。何も考えずに無邪気に、それでは今日から俺が王だ!と名乗るほどには馬鹿ではなかった。


「それで……、イグナーツから奪い返した物資はどの程度だったのだ?」


 乾杯して酒を飲み交わしながら一人がそんなことを聞いた。それに他の者達も一斉に食いついた。先の戦闘でイグナーツ部隊を追い払い、集積していた物資を取り返している。何故イグナーツ部隊がウェセック王国の物資を管理していたのかはわからない。


 幸い奇襲によってイグナーツ部隊を追い払えたので、ほぼ無傷で物資の奪還に成功したと聞いている。その物資が入ってくれば自分達にも分け前があるだろう。むしろそれを分けてもらえると思ってイグナーツ部隊攻撃に参加したようなものだ。


「一部見たこともない食料も混ざっていたそうだが、何でも一ヶ月篭城しても食えるくらいの量があったらしいぞ」


「「「おおっ!」」」


 全員の目の色が変わる。協力して出撃させた部隊の数で取り分が決まるのだとすれば、自分の取り分はどれくらいかと皮算用を始めた。


「しかし……、何やら土を入れた物や丸い玉を入れた物も相当あったそうだな。それらは一体何なのだ?」


「物資の横流しをした不足分を誤魔化すのに混ぜていたんじゃないのか?」


「なるほどな……。所詮は小悪党か」


 イグナーツ部隊から奪い返した物資の内容は主に三つだった。一つは食料類、もう一つは奇妙な土、最後に丸い玉。食料はわかるが残りの二つは何かわからないと報告が上がっていた。現場の者達でもわからないのにここにいる貴族達にそれがわかるわけがない。


 自分達も物資の横流しなど当たり前のように行なっていた連中だ。他の者も当然それくらいしてると思い込んでいる。そして物資を横流ししてしまったら総量が合わなくなる。だから見せかけに土や玉を入れた箱を並べて数を誤魔化していたのだろうと結論付けた。


「それで物資の回収は?」


「食料は城の地下倉庫に運び終わっておるぞ。土と玉と天幕はそのままだ。欲しければ外まで取りにいくがいい」


「「「わははっ!」」」


 冗談を言って笑い合う。ロバートの協力者達は今浮かれに浮かれていた。イグナーツ部隊は鎧も捨てて逃げたのだ。だから実は戦利品は食料以外にも色々とあった。


 食料はウェセック王国の物なのだからウェセック王国が接収する。しかし戦場で手に入れた物は各領主達に権利がある。イグナーツ部隊は鎧や金品も捨てて行ったのですでに協力者達は十分に利益を得ている。


 一部は兵士達がくすねたものもあるだろうが、基本的に略奪品については領主と兵で取り分が決まっており、きちんと報告すれば兵士達もそれだけ自分達の懐が潤う。誤魔化してバレた場合は重罪に問われるので、よほどのことがない限りは兵士達もある程度申告する。


 立派な鎧や剣、馬具、金や宝石まで、様々な戦利品が手に入っている。その上、これから食料の分配があるかと思うと顔がにやけるのが止められない。


「しかしハロルド王は何故あのような者達に大事な国の食料の管理を任せていたのだ……」


「そうだな……。もう一つの食料管理の方は複数の担当者を当ててお互いに監視させていたというのに……。イグナーツ共は自分達だけで管理していた。だから中身を横流しして土や玉に入れ替えていたのだろう!」


「実に許せん!」


 そうだそうだと声が上がる。ハロルド王は何故か軍の兵糧管理を二つに分けていた。自分達が任されていた兵糧管理は、複数の責任者を置き、お互いに監視させ、不正が出来ないようにされていた。横流しが発覚すれば担当者全員が処罰されるために、お互いに相手の罪を被りたくないと監視し合う。


 それなのにイグナーツ部隊が管理していた兵糧はイグナーツ部隊単独で管理していた。だから誰も監視しておらず、兵糧を横流しして数の合わない分に土や玉を詰めていた。何故ハロルド王があのような者達を優遇していたのかわからない。


「どうしたのだ?セルシ卿?顔色が悪いぞ?」


「あぁ……、いや……、大丈夫だ……」


 一人隅の方で顔色を悪くしている男が居た。リチャード・セルシ伯。ウィンチズターから北西の、ウィルズ国境付近に領地を持つセルシ伯は、今回の騒動でハロルド王に帰順するのは位置的に遅くなってしまった。お陰でロバート伯に協力することで何とか利益を得ようとしたのだが……。


「卿らは……、イグナーツ部隊の天幕を直に見られたか?」


「はぁ?何を馬鹿なことを……」


「何故我々が外になど出向かなければならんのだ」


 ほとんどの者がセルシ伯リチャードの言葉を鼻で笑って聞き流す。しかし……、リチャードは見た。実際にイグナーツ部隊との戦闘を目撃し、回収作業も見届けた。だからこそわかる。これは何かおかしい。


 まず……、イグナーツ部隊の統率は異常なほどにとれていた。普通友軍と思っていた相手にいきなり包囲され矢の雨が降ってきたら、ほとんどの部隊はまともに動けず降伏するだろう。


 それなのにイグナーツ部隊はあっという間に包囲の一箇所を強引に突破して退却していった。その手腕は信じられないもので、もしそれほど英雄的な指揮官がいたのならもっと有名になっているに違いない。あれほどの者が今まで無名だったのが信じられない。


 そして……、イグナーツ部隊の天幕は明らかにウェセック王国の天幕とは異なるものだった。他の部隊は伝統的なウェセック王国の天幕を使っているというのに、何故イグナーツ部隊だけ布も組み方も木材も異なる天幕を使っていたのか。


 さらに……、回収した物資の木箱……。木箱の作りや規格がウェセック王国のそれとは違うものだった。


 本来なら有名になっているであろう素晴らしい指揮官が今までその名前を知られることもなく、天幕はウェセック王国とはまったく異なる物を使い、物資を運搬している木箱の規格もウェセック王国とは異なる。


 リチャードは嫌な予感しかしなかった。そもそもこの戦争の始まりもフラシア王国の侵略から始まったとも言える。ギヨームはフラシア王国が送り込んできた尖兵にすぎない。ならばイグナーツがいずこかの国が送り込んできた尖兵でないと言い切れるだろうか?


 ここにいる者達はイグナーツ部隊を壊滅させたと喜んでいる。しかし実際にはほとんど無傷で逃げられたようなものだ。多少の手傷は負わせただろうが、壊滅にはほど遠い軽微な損害しか与えていない。


 リチャードは嫌な予感しかしなかった……。しかし今更どうすることも出来ない。最早ロバートに加担した以上は一蓮托生。このまま行くしか自分が生き残れる道はないのだ。


「それで……、壊走したイグナーツ部隊の討伐はどうなっている?」


「ロウディン以東はまだ奴らの勢力圏だと言うじゃないか」


「今イグナーツ討伐に向けた軍の再編と準備を行なっている。まぁあと一月、二月もすれば出陣出来るだろう」


 その言葉を聞いて他の者達は『おおっ!』と声を出す。一月、二月で出陣の準備が整うなどとんでもない早さだ。いくら相手が壊滅寸前で落ち延びた敗残兵とはいえ、それでは準備不足ではないかと心配する声もあった。


「奴らが食料から何から全て用意してくれていたからな。準備は大幅に短縮出来る。早ければ一月、遅くとも二月あれば総攻撃を開始出来るだろう」


 それを聞いてロバート一派はまた盛大に酒を呷った。イグナーツ部隊が今から援軍を募ったところで一月や二月でどれほども集まらないだろう。それにこの情勢下ではウェセック王国の諸侯は誰もイグナーツにはつくまい。ならばもうこの戦争は勝ちが決まっている。


 イグナーツが去り上の席が空くだけではなく、ロウディンなどの裕福な領地が余る可能性も出て来た。これからの働き次第ではロウディンやコルチズターを得られるかもしれないのだ。ロバート一派の者達は舌なめずりが止まらなかった。




  ~~~~~~~




 その日、最初に異変に気付いたのはウィンチズターの漁師達だった。ウィンチズター沖合いを東からやってきた超巨大船達が西へと通り抜けていく。数隻が通り抜け西へと向かったが、その後近づいてきた超巨大船によって、その漁師達は身柄を拘束され、港へ帰ることが出来なくなった。


 超巨大船側が情報を持ち帰られることを恐れて漁師達の身柄を確保したが、ある意味においてはこの漁師達は幸運だった。何故ならば彼らは……、この後起こる惨状の真っ只中に立たされることがなくなったのだから……。


 その次に異変に気付いたのはウィンチズターの城壁で見張りをしていた者達だった。監視塔の者は東から接近して来る集団の土煙を捉えていた。さらに西の岬の方面に巨大船が接近しているのが確認されていた。それらの報告はロバート一派に上げられていたが、ロバート一派は誰もまともに対応の指示を出さなかった。


 陸路の方向からするとロウディン方向に繋がる街道から来たのだろうが、その方面にはまともな敵など残っているはずがない。敵だとすれば精々壊走していったイグナーツ部隊くらいだろう。イグナーツ部隊は少数な上に、すでに先の戦闘で壊滅状態だ。こんな時期にやってくるはずがない。


 ならば考えられるのはロウディン方面にいた領主達が自分達に恭順の意を示しにでも来たのだろう。それ以外にその方角から大軍がやってくるなど考えられない。


 もし仮に敵だったとしても、この堅牢な城郭都市であるウィンチズターが攻め落とされることなどない。ギヨーム達フラシア軍ですらウィンチズターを攻め落とせなかったのだ。ハロルド王が都落ちしたのはウィンチズターに篭城して戦わず、野戦に打って出て敗れたためにそのまま敗走したのだ。


 あの時野戦に打って出ず篭城戦をしていれば勝っていたのは自分達に違いない。ハロルドが無能だっただけで、ここを敵が攻めてくるというのなら篭城して敵を弱らせてから打って出て殲滅してやる。そんな考えがロバート一派には広がっていた。


 また西の岬の向こうに超巨大船が近づいていたというのも意味がわからない。そもそもその超巨大船というのが何なのか。冗談にしても笑えない。程度の低い兵士が多いからそんな馬鹿げた報告が上がってくるのだろう。せめて報告してくるのならどこの国所属の何型の船かくらいはきちんと報告させなければならない。


 船を見たこともない内陸の兵士ならば、少し大きい船を見ただけでも超巨大船だと驚くのだろう。そもそも岬の向こうへ近づくのが見えたから何だというのか。陸路で迫っている者同様、もし敵ならばこの堅牢なるウィンチズター城を盾にして敵の疲弊を誘い、弱った所で止めを刺してやる。


 この時はまだ王城内にも、ロバート一派にも、ウィンチズターの市民達の間にも、そんな弛緩した空気が流れていたのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 滅亡直前までカウント( ˘ω˘ )
[良い点] 漁師さん達、セーフ~。 悪魔の宴から難を逃れたね~。 [一言] 破滅までのカウントダウンが……。
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