第三百六十七話「怒っていても冷静に!」
さて、出撃することは確定だけど、じゃあ今から侵攻を開始します、とはいかない。
「作戦と……、大義名分ですね」
「大義はこちらにあるのでは?」
「そうです!先に不意打ちしてきたのは向こうでしょう!」
俺の言葉に会議参加者達が声を上げる。でも俺達から見てそうだったとしても、それがすなわちブリッシュ島での軍事行動の大義名分になるとは限らない。
例えば……、すでにウェセック王国が俺達の方こそが侵略者であり、先に侵略してきたのは俺達の方だと喧伝して回っていれば、向こうや、最初にその情報を触れた者からすれば俺達が侵略者ということになりかねない。
そもそも俺達は外勢力であり根本的にブリッシュ島での活動に大義や根拠がない。それを補っていたのがウェセック王国の救援という大義だった。
でも今はその形が崩れ、そして恐らく俺達の方こそがウェセック王国を侵略してきた侵略者だと喧伝されていることだろう。俺達に攻撃してきたということはそれくらいのことは考えているはずだ。でなければいきなり俺達を後ろから撃つような真似はすまい。
大義だ何だというのは所詮勝者の自己正当化に思えるかもしれない。確かにそういう側面もある。でも何よりも民衆や占領地の者達を納得させるためのものだ。この国や土地に縁も所縁もない者が突然やってきて、今日からここは俺が支配する!とか言っても当然皆反発するだろう。
逆に、ここはうちが先祖伝来支配してきた土地でお前達を守るために俺が戦ってやるぞ!と言えば民衆は受け入れる。その結果多少被害を蒙っても守ってくれたのだと思って感謝するだろう。
俺達にはこの島に縁も所縁もなく大義名分もない。武力で支配しても民衆達の反発を買えばいつ内乱が起こるかもわからない不安定な国になってしまう。それも時間をかければ下火にはなっていくかもしれないけど、出来るだけ最初から国民に反発を買わず、協力的にやっていく方が良い。
「我々がウェセック王国を侵略する正当な理由が必要です……。そこで……、こういうのはどうでしょうか?私達がエセック王国を再興するのです」
「なるほど……」
「それなら……」
今はブリッシュ島の大半をウェセック王国が支配している。ギヨームとの戦争で揺らぎはしたけど、旧領は全てウェセック王国の物だと誰もが思っているだろう。そこでその『旧領は全てウェセック王国だ』という根拠を崩してやる。
エセック王国とはかつてブリッシュ島にあった国の一つだ。今はアルバランドとウィルズの三つの勢力に分かれているような形になっている。しかしウェセック王国の支配領域にはかつてたくさんの小国があった。その中でウェセック王国が勝ち残り領土を広げていったわけだ。
俺達がいるロウディンはかつてエセック王国の王都だったらしい。だから俺達はエセック王国の正当なる後継国家としてエセック王国を再興させる。それにより俺達がブリッシュ島で活動する正当性をひねり出す。
もちろん実際には俺達はエセック王国とは何の関係もない。それに仮にエセック王国が再興されたとしても、元々ウェセック王国の領土である部分に対する侵略の正当性はないだろう。
でもエセック王国もかつてウェセック王国によって侵略されて滅ぼされたんだから、今度はエセック王国がウェセック王国を侵略して征服しても良いよな?
「私がエセック王国のカーザー王となり、ブリッシュ島を統一します。大義名分はそれで良いでしょう」
「はっ!それで十分かと」
エセック王国の再興だの伝承のカーザー王だのというのは所詮民衆向けのプロパガンダだ。こういうものは分かりやすく、しかもウケが良いものがいい。幸い俺はプロイス王国で姿を隠すために仮面とマントを用意している。顔も体型もわからないように仮面を被れば俺が女だということも隠せるだろう。
「それではエセック王国の再興のための準備を任せます」
「はっ……、それでは……、旗は如何致しましょうか?」
「旗?エセック王国の旗を使えば良いのでは?」
俺達はエセック王国を名乗るのだからエセック王国の旗を再利用した方が良いだろう。その方が他の者達にもわかりやすいはずだ。
「すでにエセック王国が絶えてから久しく……、最早その旗を知る者もそうおりますまい。それならばある程度似せつつ新しくわかりやすい御旗をご用意なさる方がよろしいかと」
「なるほど……」
そりゃそうか。最近滅んだのならともかく、何十年も何百年も前の話なら旗を覚えている者も減っているだろう。何らかの伝承などで知っている可能性はあるけど、それだってどれだけ正確に伝わっているかはわからない。それなら似ている別物でも良いか。完全に同じではなく、ある程度デザインを踏襲しつつ新しいものの方が再興したという感じも強いかもしれない。
「元々のエセック王国の旗は?」
「盾の中に剣です」
まるっきり同じではなく、でもある程度似ていてうちの旗を見た者がそれとわかるように……。
「それでは盾の中に鷲にしましょう」
「それは良い!」
「では旗はそのように……」
カーン家は鷲のマークの……、栄養ドリンクのメーカーじゃないけど……。鷲を使っているから丁度良い。今の旗の鷲を切り抜けばエセック王国用の旗もすぐに用意出来るだろう。普通自分の家や国の旗を切り裂くとか切り抜くなんて、と思うけど今は緊急時だから仕方がない。
プロイス王国の旗を切ったりしたら怒られるかもしれないけど、カーン家やカーン家商船団の旗なら誰に文句を言われるものでもないだろう。旗の手配はすぐに人が走ったからこれで大丈夫だ。
「それではウェセック王国攻略作戦を考えましょうか」
「ここからウィンチズターまで陸路で侵攻するのは難しくないでしょう。そして艦隊を出すのなら南の海も封鎖出来ます。カーン砲を使えばウィンチズター攻略は簡単だと思われます。ですが殲滅となれば少々梃子摺るかと……」
おいおい……。市民まで皆殺しにするつもりか?俺はそこまでするつもりはないぞ……。
「殲滅する必要はありません」
「はぁ……」
皆不安そうな顔で視線をさまよわせているな。さっき俺が怒ってたから見せしめにウィンチズターを皆殺しにするとでも思ったんだろうか。巻き添えが出ても知ったことじゃないけど、こちらから積極的に皆殺しにしようとまでは思ってないぞ。その誤解があるまま作戦行動に出たら虐殺とかに発展しかねない。きちんと意思疎通しておこう。
「私の怒りから、見せしめにウィンチズターを皆殺しにすると思ったのかもしれませんが、こちらから積極的にそこまでするつもりはありません。ただ巻き添えで犠牲が出ても遠慮はしませんが……」
「なるほど……」
一応皆納得してくれたのか、お互いに顔を見合わせている。俺に皆殺しにしてこいとか言われたらどうしようとか思ってたんだろうか。でもそれじゃ意味がない。今回のウェセック王国攻略には重要な意味がある。皆殺しにしてしまったらその意味を成さない。
「良いですか?私の目的はもちろんブリッシュ島統一ですが、今後我らに逆らう者を出さないための戦いでもあるのです。ここでウィンチズターを皆殺しにしてしまってはその意味がありません」
「どういうことでしょうか?ここで今回の戦争に加担したウェセック王国の者共を皆殺しにした方が今後の統治に有利に働くのでは?」
ふむ……。わからないか……。
「確かにそういう側面もありますが、それではウィンチズターで始末した者の分しか反逆者は消えません。それに無闇に民衆を虐殺しては他の地域で反発を受ける可能性もあります。力で押さえつけ恐れさせても、人の心までは支配出来ません」
俺の言葉に皆が耳を傾ける。
「今回の首謀者や反逆者などウィンチズターを制圧した後で捕まえて処刑すれば済む話です。だから戦争で討ち取る必要はありません。良いですか。ウィンチズター戦で我々がすべきことは……、圧倒的な我々の力を見せ付けることです」
一部の者はまだ首をひねっている。ここまで言ってもわからない者もいるか……。まぁ軍略家と政略家じゃ立場も考え方も違うしな。
「今ウィンチズターには各地からハロルドに従って集まった領主やその配下がいます。それらの者を皆殺しにしても数百人、数千人の敵兵を殺すだけです。ですが……、彼らに圧倒的な実力差と、徹底的な絶望を与えて領地に帰せばどうなるでしょうか?」
「「「――ッ!?」」」
何人かが驚いた顔で立ち上がった。ようやく俺の意図を察したらしい。
「何十人、何百人という帰還兵達が、エセック王国には、カーザー王には絶対に敵わないと震え、怯え、今後絶対に逆らわない方が良いと領地で言い触らしてくれれば……、その何倍、何十倍もの人間に我々の力が広まります。逆らう意思を完全にへし折り、絶望している者を丁重に領地へ帰してやりなさい。彼らは進んで我々の征服の手助けをしてくれるでしょう」
「「「「「…………」」」」」
会議室が静まり返る。誰もしゃべらない。……ちょっとしゃべりすぎたかな?
「お嬢……、あんた本物の悪魔だよ……」
どういう意味なのか……。俺は極力余計な戦闘も労力もかけず、最短時間かつ最少労力でいかに効率的にブリッシュ島を統一するかを提示しただけだ。むしろ各地の領主達がそれで俺達に逆らうことを諦めれば余計な犠牲者が減らせる。これほど犠牲を最少にした策もないだろう。
「それを前提に作戦を立てましょう。イグナーツ、疲れているでしょうけれどウィンチズター周辺の地形を教えてください」
「はっ!」
イグナーツの部隊は一度ウィンチズターまで進軍している。途中の地形や町の周りの地形はある程度把握しているだろう。それを聞いた結果大体の作戦は決まった。
「ロウディンを出発した部隊で南以外の三方を包囲させ、砲兵により城壁を破壊。ウィンチズターに篭る敵を逃がさないように閉じ込めましょう」
「それでは殲滅戦では……」
さっき殲滅しないって言った所なのに包囲して殲滅するような作戦に驚いている者がいる。でもそれはどこまで敵を攻撃するか次第だ。肝心なことは敵を逃がさず徹底的な恐怖と絶望を与えて心を折ることだ。そのための包囲であって逃げ出そうとする者は捕まえるなり殺すなりすればいいけど、全員を殺す必要はない。
「包囲されて逃げ場もない中で、海上からはガレオン船による艦砲射撃、陸からは砲兵による砲撃。城壁に篭れば安全だと思っている者達を嘲笑うように城壁を破壊し、圧倒的火力を見せ付けます。ウィンチズターに篭る者達は逃げ惑うことでしょう。ですが陸も海も封鎖されどこにも逃げられません。そんな中で未知の兵器であるカーン砲や鉄砲に追い立てられたならば……、どれほどの恐怖を味わうでしょうね?」
「なるほど……。それではあえて致命的な攻撃は与えずジワジワと嬲り殺しのように追い詰めていくということですな……。なるほど……」
な~んか……、皆シーンとしている。何で?犠牲者を最小限にし、最大限の効果を発揮させる。もちろん町を破壊されて住民達の反感は買うかもしれない。でも……、もう逆らう気すらしなくなるほどに徹底的に負ければ馬鹿なことも考えないだろう。その後で適当に復興として飴を与えれば掌握もしやすいんじゃないだろうか。
「それと敵を逃がさないことにはもう一つ意味があるのですよ……。戦闘後、私は今回の件の首謀者、協力者、その家族や一族郎党に到るまで、全て処刑します。ですから誰一人逃がすつもりはないのですよ。ウィンチズターの戦闘で本人が死亡してしまうのは仕方ありませんが、みすみす逃すことがないよう、各自肝に銘じておきなさい」
「「「「「はっ……、ははっ!」」」」」
全員がビシッと敬礼した。うむうむ。皆の心は一つになったようだ。こちらの連携が拙いと余計な失敗の元になりかねない。全員の共通認識を作り、報連相を密にしなければな。
「敵が動いてくる前に包囲を完了させましょう。コルチズターの防衛戦力は待機のガレオン船に任せます。陸軍はコルチズター、ロウディンの防衛は考えずに準備が出来次第全力出撃です。今度は足の遅い砲兵を連れて行きますので移動速度と護衛には注意してください」
あと何かあったかな……。
「ああっ、そうです。ウィンチズター包囲ですが西側はガレオン船からの強襲上陸にしましょう。この際ですからウィンチズター西方に海岸堡を確保し強襲上陸訓練も行ないます。今回は少し離れた場所で良いので演習には丁度良いでしょう」
敵前上陸というほど目の前に上陸する必要はない。あえて離れた後方に上陸させて一度実戦の中で訓練させてみよう。敵が上陸に反応して打って出てくる可能性もある。その辺りの警戒や護衛は十分に考えないとな。訓練させるつもりで被害が出てたら意味がない。
こうしてウェセック王国戦争、ウィンチズター攻略作戦は練られ、順調に準備が進んで行ったのだった。




