第三百六十四話「まんねり!」
ミコトやカタリーナ達五人は集まって話し合っていた。
「このままじゃまずいわよ!」
「どういうことでしょうか?」
ミコトの言葉にカタリーナが問い返す。他の三人も何事かと思って耳を傾けていた。
「いつもいつも水着でお風呂に突撃するか、ベッドで一緒に眠るだけ……。このままじゃまずいのよ!まんねりなの!」
「「「「まんねり……?」」」」
「まんねりとは何でしょうか?」
四人ともミコトの言った言葉の意味がわからず、話していた流れでカタリーナが代表で聞いてみる。
「まんねりは……、ほら、あれよ……。……まんねりはまんねりなの!フロトがそう言ってたの!」
「フローラが……。あぁ……、あれのことですわね」
アレクサンドラも思い出したように頷いて、説明の出来ないミコトに変わって皆に説明をし始めた。
ある時フローラが朝の訓練を終えてから『最近は同じ訓練ばかりでマンネリで……』という話をしていたのを聞いたことがある。そのことから察するに『まんねり』とは恐らく……。
「同じことの繰り返しで……、飽きた、とか、刺激が足りない、というような感じでしょうか?」
「そうだね。話の流れからするとそんなところかな?」
アレクサンドラの言葉を聞いてカタリーナやクラウディアが意味を想像する。フローラは時々意味のわからない言葉を言ったり、他国の言葉と思われる言葉を言ったりする。聞きたがりのミコトがそれはどういう意味かと問うことも多いが、ミコトは知ったかをすることもあるので素直に全てを聞くわけでもない。
そういう時はこうして皆で状況を考えて何となくどういう意味なのか話し合うこともあった。今回の『まんねり』もそうだ。
「ちょっと待って……。フロトが私達との関係がまんねりだって言ったの?それって……」
ミコトの言葉の意味に気付いたルイーザが顔の前に手を持ってきて覆い、青褪めさせてそんな言葉を言った。それで皆気付いたような顔をしてお互いに顔を見合わせる。
「フローラ様が……」
「僕達に……」
「飽きた……、ということですの?」
カタリーナ、クラウディア、アレクサンドラの言葉にミコトは目を瞑って頷く。
「このままじゃまずいわ……。ブリッシュ島とやらに行ったらまた忙しくなってフロトはますます私達に構ってる暇はなくなるわ。このままじゃ私達……、捨てられちゃうわよ!」
「そんなっ!?」
「どうすれば……」
皆であーでもないこーでもないと話し合うが結論など出ない。恋愛経験のほとんど皆無な者達の集まりだ。そんな時にどうすれば良いかの意見が出せる者などいない。
それどころかアレクサンドラなどの一部の耳年増はさらに余計なことを言う。
「そういえば……、男女の閨事も、いつも同じではすぐに飽きてしまうと皆さんおっしゃっておられましたわ!」
「いっ、いやだよぉ!フロトに捨てられたら生きていけない!」
ついにルイーザは泣き出した。いつも自分は平民だからと一歩引いているが、それは愛情が薄いから引いていても平気なのではない。捨てられたくないために、必死で我慢して立場を弁えた行動を取っているだけだ。自分は何番でもいいとか、愛人でいいと言っているのも、ただただ捨てられたくないために我慢しているだけだった。
それが『もしかしたら捨てられるかもしれない』と思った時、一番にそれが爆発してしまった。残った四人も動揺していたが、ルイーザが一番に泣き始めたことで何とか冷静さを保ちつつ、よしよし、とルイーザの頭を撫で慰めた。
「ですがまさかフローラ様がそのような……。本当に……、本当にフローラ様がそのように言われたのですか?」
信じられないとばかりにカタリーナがミコトに詰め寄る。しかしミコトははっきり頷いた。
「ええ。フロトがそう言ってたのを聞いたわ」
「「「…………」」」
五人に絶望が漂う。他のどんなことでも絶望などしない五人だが、この五人が唯一恐れるのはフローラに捨てられることだ。それが今現実となって自分達に襲い掛かってきている。
「だから!飽きられてるんだったら新しい刺激を与えれば良いのよ!そうでしょう!このまま黙って捨てられるつもり?次にまたブリッシュ島に行く前に……、カーン領にいる間にもう一度私達に振り向かせるのよ!」
「そっ、そうですわね!」
「ああっ!その通りだ!」
「ぐすっ……、うん……」
「それでは考えましょうか……。フローラ様篭絡作戦を……」
その日五人は徹底的に話し合ったのだった。
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フロトが教えてくれた遊び、ジャンケンで一番手を勝ち取ったミコトがまずは仕掛ける。早朝の訓練が終わって執務室で仕事をしているフロトの前にミコトがやってきた。
「ねぇフロト、ちょっと良いかしら?」
「はい?どうしたのですか?ミコト」
手を止めて顔を上げ、キョトンとした顔で小首を傾げる。何て可愛らしいのだろうか。シャンとしている時は凛々しく美しいというのに、こうして無防備な顔をしているととても可愛らしい。
「ちょっとこっちに座って」
「はぁ?」
仕事で忙しいだろうに、ミコトにそう言われたら執務机の前から立ち上がってソファにやってきた。フロトはソファで向かい合って座ると思ったのだろうが、ミコトはフロトの横に立ちソファに押し倒した。
「あの……?ミコト……?」
「ふふふ」
困惑しているフロトには答えずにその上にのしかかっていく。ミコトの作戦は場所を変えることだった。いつも襲うのは水着でお風呂か、寝間着でベッドだ。まんねりというのはいつも同じことを繰り返しているとなるらしい。だからたまには違う場所や違う格好でするのが良いはずだ。
「――ッ!?ミコト!?」
上にのしかかり、そっと肌を触れ合わせる。手を『恋人繋ぎ』で指を全て絡ませて握れば、それだけでフロトは赤くなって慌てていた。
「今すぐ誰かがあの扉から入ってくるかもしれないわよ?それなのにこんなに興奮してるの?」
「ミっ、ミコト……」
ますます上にのしかかっていってもフロトは抵抗せず、ただ赤い顔をして視線を彷徨わせていた。『勝った!』。ミコトがそう思ったのも束の間……。
「フローラ殿、使節団がお待ちですが……」
「あっ」
「あっ……」
「「「…………」」」
ガチャリと扉が開いてムサシが顔を出した。カタリーナがこの部屋に訪ねてくる者を足止めする予定だった。いや、実際に今も足止めされている……、カンベエが……。
しかし使節団を待たせているので気を利かせて、フロトの護衛であるムサシも伝えにやってきたのだ。そしてヤマト皇国人は何故か扉をノックしない。ヤマト皇国の扉が障子や襖などだからなのかノックするという風習がなかった。
もちろんヤマト皇国でも最低限の礼儀作法はある。入室したりする前に中に声をかけたりするのは当然だ。しかしこちら式の扉と入室の作法となるとつい忘れてしまいがちなのだろう。何度言っても皆良く忘れる。そしてついに悲劇が起こった。
「…………おいどんは何も見ておりもはん」
急になんちゃって訛りの変な言葉になったムサシは扉を閉めた。
「あっ……、ああぁぁぁぁぁ~~~~っ!!??」
そして顔を真っ赤にして両手で覆ったフローラの悲鳴が屋敷中に響き渡ったのだった。
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ミコトの策は失敗した。五人は次なる作戦に移行する。
「私は失敗してないわよ。カタリーナがきちんと足止めしてないからでしょ」
「私は事前の打ち合わせ通りカンベエの足止めをしておりました。自分の役割はきちんと果たしています」
ミコトとカタリーナがどっちが悪いと言い合っている。聞いていてもキリがないので放っておいて残りの三人は次へと移っていた。
「さぁフローラ!私の胸に甘えなさい!」
「えっ!?アレクサンドラ?一体どうしたのですか?」
ミコトの失敗はいつもと同じことをしたのが敗因だ。まんねりを打破しなければならないというのに、ミコトはいつもと同じように迫った。あれでは場所が変わった以外は何も変わっていない。だからアレクサンドラは普段の自分を変えることにした。
アレクサンドラは気の強そうな悪役令嬢顔ではあるが、実際は性格も大人しいし、そういうことをする時も奥手でされるがままになっている側だ。そういう意味では受身のフローラと近い。二人揃って受身体質なので、二人でそういう雰囲気になっても初々しい反応ばかりで中々進展しない。
そこでアレクサンドラは思い切って攻めてみることにした。いつも見ているミコトの真似をするように強引にフローラに迫る。
「良いから早くするのですわ!」
本当は自分が恥ずかしすぎて我慢の限界なだけだが、それを出してしまっては作戦は失敗だ。だから強引にフローラを抱き寄せる。とにかく必死でフローラを抱き締める。ひたすら抱き絞める。
「ふぐぅっ!」
「あんっ!そんなに息を荒くしたらくすぐったいですわ!」
フガフガと言っているフローラの息が胸にかかってくすぐったい。我慢してひたすら絞めていると……、やがて静かになった。
「アレクサンドラ!失敗だ!やりすぎだ!フロトが落ちているよ!」
「ええっ!?どっ、どうすればっ!?」
アレクサンドラの爆乳に包まれて、苦しさとうれしさと気持ち良さの葛藤の中で、ついにフローラは窒息するまで我慢し続け意識を失っていたのだった。
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「これだから牛乳はっ!」
ミコトがガミガミとアレクサンドラを怒っている。しかしそれは作戦が失敗したことよりも、個人的に乳に恨みがあるからな気がするが誰も突っ込みは入れない。残る者達は再び次の作戦に移っていた。
「やぁフロト!そろそろ疲れただろう?僕と一緒にお茶にしよう」
「はぁ?先ほど休憩したばかりですが……、まぁ良いでしょう」
休憩が終わったばかりだというのにクラウディアも妙なことを言うものだと思いながらも、お嫁さんに誘われて断る理由もない。何かと忙しいフローラはお嫁さんと触れ合える時間も限られている。誘われたら出来るだけ応じるようにしていた。
「さぁこっちへ!」
そう言って女性にしては長身な方であるクラウディアはグッとフローラの腰を抱き寄せて体をくっつけた。そのまま手を取り腰を密着させて踊り出す。
「休憩なのに踊るのですか?」
「……ああっ!まぁね!」
クラウディアは特に何か考えがあってこうしているわけではない。ただ御伽噺などの王子様とお姫様はいつもこうして踊ってるような気がするから、そう思って踊り出しただけだ。でも休憩しようと言っておきながらいきなり踊るのは我ながら意味がわからないとクラウディアも思った。
「ふふっ」
「どうしたんだい?フロト?」
踊る二人は会話を交わす。笑ったフロトにその真意を問いかけた。
「足の運びが甘いですよ王子様?ほら……、こう……、一、二、三、一、二、三……」
「おっ?わっ?とっ?」
まるでクラウディアが踊りの稽古をつけてもらうようにフローラにリードしてもらう。暫くそうして踊っているとクラウディアも次第に上達してきた。
「そう。上手ですよクラウディア。これでいつでも踊りの男性役が務まりますね?」
「うっ……」
見上げながらにっこり笑ってそう言われて……、クラウディアはますますフローラにメロメロになった。ただダンスを踊ってクラウディアがフローラにメロメロにされて満足しただけ……。当初の目的からすれば作戦失敗だったが、クラウディアだけは個人的にとても満足したのだった。
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「あんたが満足してどうするのよ!」
「あはは~、そうだね~」
ミコトが怒っているが完全に浮かれているクラウディアには効かない。ヘラヘラ笑っているクラウディアにミコトはますます怒るが、それでも効かないクラウディアへの一方的な言葉責めは終わりそうになかった。残った者はまた次の作戦へと移行する。
「フロト……、あのね?」
「はい?どうしましたルイーザ?」
使節団達と離れている隙を見てルイーザはフローラに接近した。日が傾きかかった海を見ながら二人で話す。
「昔はよく……、二人で農場で働いた後にこうして夕暮れ近くまで話してたね」
「そうですね」
二人で昔を思い出す。カーザーンの農場で午前中は農作業を行い、昼からは二人で魔法の勉強をしていた。いつも帰るのが惜しくて、ずっと一緒にいたくて、ルイーザは日が暮れてしまうギリギリまで粘ろうとしていた。
フローラは単純にルイーザが勉強熱心だと思っていたかもしれないけど、ルイーザは二人でいる時間が楽しくて、少しでも長く居たくて、魔法の勉強をしている時だけが二人の時間だったから頑張っていただけだった。
「そうだ……。私どうしてもフロトみたいに凄い魔法が使えなくて……、今手詰まりなんだ……。どうしたらいいかな?私もあの時のフロトみたいな……、凄い火魔法が使えるようになりたいな」
「あ~……、ルイーザには空気……、酸素の話はしましたよね?」
フローラの言葉にルイーザは少し考えてから頷く。フローラからは様々な知識を教えてもらっている。実際良くわからない部分もあるが、わからなければそう言えば実験までして見せてくれることも多い。
「魔法はイメー……、想像力……。どうやって魔法が働き、どういう効果が出るのか、それをはっきり思い浮かべるほどより高い効果が現れます。『ふいご』の実験を思い出してください。火に空気を、酸素を送り込む。するとより激しく燃え上がる。火魔法だから火だけを思い浮かべるのではありません。火に酸素を送り込み、より強い炎を起こさせる。さぁ……」
目を瞑って、次第に暮れてきている海の方を向いてかすかに微笑んでいるフローラの横顔に見惚れていると、急に目を開けたフローラと目が合った。
「――ッ!?わっ、わかった!やってみる!う~~~んっ……、火よ!焼き尽くせ!」
フローラと行なった実験、火を燃やす。火を強くする。ふいごで空気を、酸素を送り込む。その時のことを思い出しながら海に向かって魔法を発動させた。
ゴウッ!
と巨大な火柱が突然海に発生した。キーンの町中からその巨大な火柱が見える。もしかしたら隣町とはいえ結構離れているルーベークからもその光が見えたかもしれない。少し離れた場所にいたヤマト皇国使節団は、あんな何の変哲もない少女がありえない威力の魔法をいとも簡単に使ったことに腰を抜かした。
『カーン領では、何の変哲もない普通の町娘ですら信じられないような威力の魔法を当たり前のように使う』
そんな噂がヤマト皇国には流れることになった。
「どっ、どうかな?」
いつもよりは良い出来だと思う。そう思ってフローラの方を見てみれば……。
「ええ。いつもよりよく出来ています。さすがはルイーザですね」
ニッコリ笑ってそう言われて……、ルイーザは日が暮れるまでフローラと海を眺めながら手を繋いで満足したのだった。
~~~~~~~
「ちょっと!結局全滅じゃないの!最後はカタリーナよ!どうにかしなさい!」
「…………」
もはや日も暮れてキーンの別邸にて、今日の視察は全て終えて戻ってきている。最後の砦であるカタリーナは何も言わずに四人のいる部屋から出て行った。
「ふふっ、今度はカタリーナですか?」
「…………」
執務室で仕事をしていたフローラはやってきたカタリーナにそう語りかけた。
「お気付きでしたか」
「それはもう……。四人とも急にやってきていつもと様子が違えば何かあるのかと思いますよ」
一人や二人ならともかく四人も続けておかしなことを繰り返せば、どんなに鈍感でも気付かないはずがない。
「カタリーナ……」
手招きされたので机を回ってフローラの傍に立つ。カタリーナが近寄ると立ち上がったフローラが……。
「――ッ!?」
そのままカタリーナを抱き締めた。突然の出来事にカタリーナはどうして良いかわからず固まる。
「フローラ……様……」
「皆さんが何を企んでいたのかはわかりませんが……、何があろうとも皆さんは私の可愛いお嫁さんですよ」
「…………」
そう言われて……、暫くカタリーナはフローラに抱き締められて大人しくしていた。ドクンドクンと鼓動を感じる。それはフローラから伝わってくる鼓動なのか。それとも自分自身の鼓動なのか。あるいはその両方か。
「フローラ様……」
「カタリーナ……」
少しだけ体を離して見詰め合う。そして……。
「フローラ様が私達五人のお嫁さんです」
「…………私、折角良いことを言って良い雰囲気にしたんですけど?」
折角一番良い所までいっていたカタリーナは、何だかんだでその機会を自ら潰した。しかしそれは空気が読めていなかったわけではなく……、結局の所はカタリーナも自分一人だけが抜け駆けするのは仲間である四人に申し訳ないと思ったからだった。




