第三百六十三話「諭す!」
銃とその弾丸は解決出来そうだ。弾の加工はそう難しくない。銃身の圧縮さえ出来るようになれば量産も可能だろう。ミニエー銃が普及すれば鉄砲隊の威力は桁違いに跳ね上がる。それは近世や近代に近い兵器を持つ軍と中世並みの軍が戦うほどの違いだ。実際ミニエー銃は近世末期、近代直前くらいに作られたはずだ。
そしてライット・システムを利用することで施条した砲を使うことが出来る。このライフリングによって回転する椎の実型の砲弾というのが重要だ。
「砲弾の試作も進んでいますか?」
「はい!神よ!すでに実証実験に入っております!」
いや、だから俺は神じゃないって……。まぁいい。それでアインスが納得しているのならそう思っておいてもらおう。そういう行き過ぎた忠誠心が裏返った時が一番怖いけど……、今は良い方に作用すると信じて放っておこう……。
椎の実型の砲弾になることで俺が以前から考えていた信管を内蔵した砲弾が使えるようになる。以前言ったように丸い砲弾でも榴弾自体は出来なくはない。ただし導火線を外に出して、射撃前に点火したりしたものが途中で破裂して対象に突き刺さるというような危険な代物だ。
他にも面制圧や対人砲弾としてぶどう弾やキャニスター弾という種類の弾がある。でもこれは現代で言う散弾、ショットガンと同じ発想のものだ。
たくさんの子弾を砲に詰めて、射撃すると砲身から出た瞬間に飛散してしまう。だからショットガンと同じで近距離の面制圧には強いけど、遠距離になると弾がまともに届かず効果がない。あくまで近接された時の面制圧や対人攻撃用に使うためのものだ。
ぶどう弾は大きめの砲弾で主に対艦用であり、敵船の設備や人員を攻撃するためのもの。キャニスター弾は銃弾のような小さな物を詰めて砲兵に接近してくる敵歩兵や騎兵に向けて放つ物だけど、そんな細かいことはまぁいいだろう。
現在の砲弾は全て徹甲弾のようなものだ。単純に質量と運動エネルギーで相手の装甲などを撃ち抜く。石造りの城や砦を崩すには良いかもしれないけど、対艦攻撃としては貫通力が過剰すぎる。
小型、中型の木造船ばかりのこの時代にうちのカーン砲では威力が過大すぎて、近距離で撃てば簡単に貫通して通り抜ける。
一見貫通出来るなら良いように思うかもしれないけど、敵に効果的にダメージを与えるには単純に貫通してしまうより、内部で弾が破裂して危害を撒き散らす方がより効果的だ。今は多数の砲で蜂の巣にすることで船底などにも穴を開けて沈没させている。
ほとんど衝角戦や白兵戦しか経験したことのない時代に、遠距離からの火砲による攻撃で船体を穴だらけにしているから、相手もまともに対応出来ずにあっという間に沈没しているだけだ。
これがこちらの攻撃を研究されて対応されれば、例えば船に緊急穴埋め用の物を置いておいて、応急処置で穴を埋めてしまう、なんていう対策をされかねない。そうなれば今までのように簡単に一方的に沈めるというのは難しくなるだろう。
じゃあどうすればいいのか。もちろん船体に穴を開けて沈没させるのも大事だけど、何よりも前述通り弾が内部に入ってから破裂して、中の施設、設備、乗組員などを破壊、死傷させることが効果的だ。どんなにダメージコントロールの優れた船でも、それを操作する乗組員がいなくなれば沈没は免れない。
その効果的な攻撃をするためには俺が考えている信管が重要だ。信管は一言で言えば雷管の機能をさらに拡張した機能を持つ砲弾、というところだろうか。
一番シンプルに言えば砲弾の先端に信管をつけて、その信管に衝撃を与えたら中の装置が起爆する。ただしそれでは雷管と同じで叩けば起爆するというだけになってしまう。その上で信管は、起爆するタイミングを操作したり感知したり出来るもの、というものだ。
信管は雷管と同じように衝撃を与えると点火薬が発火して、それを起爆薬に移し、装填薬を爆発させる。これは雷管と変わらない。ただし信管で重要なのは、いつ爆発するかを操作出来ること、や、安全装置が働いている間は爆発しない、などの機能を備える。
俺がアインスに指示した信管の構造は、点火薬を叩く撃針は折り畳まれたバネの上に乗っている。そのバネは伸びきると真っ直ぐになって硬くなり、撃針を思い切り押し込めば点火薬に衝撃がいく構造になっている。でも普段はバネを折り畳んでいるので多少叩いても撃針への衝撃は、バネで吸収されて点火薬まで衝撃を伝えない。
この撃針部分は横向きについている安全装置によってロックされている。でもこの遠心力式安全装置は、砲弾が回転すると遠心力でバネが縮み安全装置が引っ込む構造になっている。これによって回転をかけて砲弾が発射された時だけ安全装置がはずれて撃針が伸びて、撃針を叩けば衝撃が点火薬に伝わるようになるというわけだ。
そのまま点火薬から起爆薬へ、そして起爆薬から装填薬へとすぐに伝わり爆発させるのが瞬発信管であり、途中で迂回路を設けて一度点火薬の火を遠回りさせることで、撃針が叩かれてから装填薬が爆発するまでのタイミングを遅らせるのが遅発信管となる。これら二つは着発信管と言われて、両方の機能をいつでも切り替えられるのが普通だ。
砲弾に切り替え装置があり、点火薬からすぐに起爆薬に火が移るか、迂回して僅かに時間を遅らせるかを切り替えられる。
遅発信管の良い所はさっき言ったような船を攻撃する時に効果を発揮する。瞬発信管では外壁に当たった時点で即爆発してしまう。それでは中に危害を加えられず外側に破片をばら撒くだけだ。遅発信管だと外壁に当たった時から起爆が始まっても、多少のタイムラグの間に外壁を突き抜け、敵がいる内部に達してから爆発させることが出来る。
これが出来るようになれば『目標の中に篭る者達を攻撃すること』が出来るようになるというわけだ。
さらに時限信管として導火線で設定した時間の間を置いて途中で爆発させれば、例えば敵の上空で子弾をばら撒く榴散弾などで攻撃出来るようになる。
子弾を直接込めて、射撃直後に子弾が飛び散ってしまうぶどう弾やキャニスター弾では遠距離には使えない。そこで椎の実型の砲弾に子弾を詰めて、時限信管によって指定された時間で起爆させ、中の子弾をばら撒けば遠距離での面制圧が圧倒的に強力になる。
榴弾が弾自体に炸薬を詰めて、弾が破裂することで危害範囲を広げるのに対して、榴散弾は中の子弾をばら撒いて攻撃するという感じだろうか?正確な定義なんて知らないけど……。
ともかくこの信管が出来ることで、砲兵の安全性、運用効率、軟目標への攻撃力、面制圧力、全てがアップ出来る。
「追々は後装式を開発したいところではありますが……。まずはこの新型砲と新型砲弾の開発を急ぎましょう」
「お任せください!必ずや完成させてご覧にいれます!」
うぅ……、アインスの視線が熱い。まさに盲信と言えるほどに……。これがやがて狂信に変わり、そして俺に裏切られたと思った時……、一気に狂信が反転したらとても怖いことになる。そういうことは歴史上何度も起こっている。
俺に出来ることは、アインスがあまり盲信しすぎないようにコントロールしつつ、アインスの期待を裏切らないように精一杯頑張ることだけだな……。
「あっ!それとこれを作っておいてください」
「これは……」
俺が渡した図面を見てアインスは首を傾げていた。そりゃそうだ。極端に言えばただの筒だからな。それを何種類か図面にして渡している。一番シンプルなものは本当にただの筒という感じだろう。
「これは私の実験用なので……」
「ああっ!そういうことですか!わかりました!ご用意しておきましょう!」
察してくれたアインスに頷いてから研究所を後にする。他にも色々としたいことはある。蒸気機関の開発もどうなってるだろう……。気になるけどそんなことを全てしていたら多分俺は永遠に研究所を出ることが出来なくなる。
なので未練はあるけど断ち切り、ヤマト皇国使節団達と合流するべくキーンの町へと戻ったのだった。
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予定通りの視察を続けていた使節団とうまく合流することが出来た。その後は俺も一緒に視察について回る。一日目の視察を終えてキーンの別邸にやってきた。
使節団は客室で休み、俺はこちらに持ち込ませていた仕事を片付ける。今日の研究所は有意義だった。つい熱中しすぎてしまったくらいだ。
ただ次々に兵器開発していくのは良いけど、それよりも全体として基礎工業力や生産力を高めなければならない。いくら優れた兵器を開発しても数が揃わず運用出来なければ意味がない。西に東に遠征に出ている今の状況を考えれば、いかに少ない兵でも十分に戦える状況を作り出すかが肝心だ。
「失礼いたします。フローラ様、夕食の準備が整っております」
「わかりました。ありがとうカタリーナ」
呼ばれたので手を止めて食堂に向かう。俺一人なら仕事がキリの良い所まで……、とかいえるけど、今は使節団もいるから俺の都合で遅れるわけにはいかない。使節団を迎えての食事も随分な回数になっている。もういい加減使節団は使節団だけで食っててもいいんじゃないかと思うけど……。
まぁ俺は途中で使節団を放っていなくなるから、それまでは付き合ってやるか。それでチャラにしてくれとは言えないけど、飯にも付き合わない、途中でいなくなる、じゃ使節団に対して印象最悪になるだろうしな。せめている間くらいは飯くらい一緒にしておく方がいいだろう。
「なぁフロト……」
「はい?」
夕食の席でスバルに声をかけられたから顔を上げてそちらを見る。同席している使節団達も何事かと顔を上げていた。
「お前の所に本当に支援が必要か?はっきり言ってここは異常すぎる。領都の屋敷だけが豪邸かと思えば、この別邸も宮殿かと思うほどに立派だ。数年前に拓かれたとは思えないほどに町は発展している。それにあの巨大船の数々。俺達が乗ってる馬車もそうだ。あんな揺れない馬車なんて聞いたこともない。むしろうちが支援してもらいたいくらいだ」
「あ~……」
うちはヤマト皇国に比べれば小規模だ。だから舐められないようにそれなりに虚勢を張らせてもらった。でもどうやらそれは効き過ぎたらしい。当然戦争になれば人口も国力も圧倒的に違う。うちが単独でヤマト皇国に勝てる見込みはゼロだ。これは断言出来る。
それから確かにうちがリードしている分野も色々とあるだろう。俺の知識で開発した物はこの世界には本来なかった物ばかりだ。当然その技術的優位というものはある。
でもヤマト皇国経由の動植物を輸入して栽培したり養殖したりしたい。酒や調味料だっていくら真似しても向こうに一日の長があるだろう。木材加工や金属加工だってそうだ。どっちが優れるというのはなくとも、別の技術体系同士を混ぜて新しいものを生み出すというのは、技術革新において大きな効果を齎す。
「農業や養蚕に関しては完全にこちらが教えていただく立場ですが……、木材加工や建築技術などは双方の技術者が交流することで、より優れたものをお互いに発見できればとの思いもあってのものです。当方だけが一方的に利益を受けるものではないと思っての申し出でしたが……」
「そうだよなぁ……。そりゃそうだ。だがここに来た奴らはついこの前までそうは思っていなかった。皇国が一方的に施してやるもんだと、カーン家が下で庇護下に入れてやったんだって思ってた。ここに来た奴らは現実を目の当たりにして嫌でも意見が変わっただろうが、皇国に残ってる奴らはまだそう思ってる馬鹿も多いだろうな」
「でっ、殿下……」
スバルの歯に衣着せぬ物言いに使節団員達が慌てていた。まぁヤマト皇国の大半の者がうちを侮ってるだろうなとは思っていた。だからこそ多少ハッタリも込めておいたわけだしな。
「今日の視察でもうちから来た職人達も驚いてた。最初はド素人に時間をかけて教えてやらなきゃならないなんて、国の命令じゃなきゃ嫌だった、なんて言ってた職人達がよ。ちょっとこっちの職人達と話してりゃ、すぐに話が活発になって技術を見せ合ったり、意見を言い合ったり、あっという間に白熱してたよ」
「そうですね……」
俺も途中からしか見てないけど、確かに視察に行ってみればそんな場面ばかりだった。別の設計思想や発展体系の中で培われてきた技術同士が触れ合って、お互いに良い所を吸収しあってさらに発展していく。それが進んだのなら今回技術者達を派遣してもらった意味もあったというものだ。
「ヤマト皇国内でも徐々にカーン家を侮る者は減っている。でもまだまだだ。また……、機会があればうちの者を受け入れてやってくれ。ちょっとでもこの国に触れたら意見が変わる者もますます増えるだろう」
「はい……。そうですね……。相互理解が進むように……、私達が考え行動していかなければなりません」
スバルの言葉で使節団員達はシュンとして俯いていた。少なくともスバルは随分うちに友好的なようだ。スバルが次期ヤマト皇になってくれるのなら、暫くの間はうちも安泰かな。




