第三百六十一話「日程が!」
午前中であっさり条約調印となってしまった。これから先どうすればいいのかわからない。まさかたった一日、いや、半日も経たずに終わるとは思わなかったからな……。
今から調印の祝いの準備をしても流石に昼食には間に合わない。昼食は普通にして、今夜は条約締結祝いのパーティーにしようか。なんだかんだで数日はかかると思ってたからまさか今日になるとは思ってなかったけど……。
一度使節団を別室に案内してからカンベエやミカロユスと相談する。二人もそれで良いと言っていた。
「それでは料理人達には今夜は条約締結の祝い料理を振る舞うようにと指示しておきましょう。あとは……、使節団の方はいつ帰られるのでしょうか?こちらの観光や視察の希望は?」
「はっ……、茶畑などを視察したいと……」
「う~ん……」
茶畑自体は視られても構わない。そもそも向こうから輸入したチャノキだ。こちらに接木や挿し木で植えている間に多少品種に変化があったとしても大した問題じゃない。
問題なのは茶畑に行くとビニールハウスや綿花栽培を見られる可能性がある。それから茶畑の近くには紅茶工場があるわけで……、紅茶の製法などを探りに来ているのだとすれば見られては困る。
向こうからは技術支援を受けている癖にこちらのものは見せないのかと思われるだろうけど、うちの技術はおいそれと外に出して良い物が少ない。土木や建築関連なら多少は流出させてもいい。それでインフラ整備が進めばうちにもメリットがあるからだ。
でも商品の製法や火薬類などの機密が漏洩することはまずい。うちの命運に関わるレベルで重大だ。兵器の優位がなくなれば、少数しかいないうちでは大国に対抗出来なくなる。商品をコピーされたらうちの商品が売れずに死活問題だ。
「カンベエ、ミカロユス、当家の機密を漏洩しない範囲で、出来るだけ不自然にならないように視察の案内をしてあげてください。今開拓中の段々畑の茶畑の方なら問題ないでしょう」
「はっ!お任せください」
何も見せないというわけにはいかない。でも全てを見せるわけにもいかない。難しい加減ではあるけど、カンベエとミカロユスならどうにかしてくれるだろう。一応二人とどこの視察なら良い悪いと打ち合わせを入念に行なったのだった。
~~~~~~~
元々今日の昼食は用意されていたから問題ない。昨晩と同じ面子で卓を囲む。今夜のパーティーのことも伝えてあるから今頃厨房は慌てていることだろう。正式に条約締結されれば近々パーティーになることは伝えていたけど、それがまさか今夜になるとは思っていなかったはずだ。
パーティーではなくとも今夜も使節団との食事会があることはわかっていただろうから、それほど大きな混乱でもないとは思う。ただ普通の食事会用に考えていたメニューをそのままというわけにはいかないだろう。まぁそれは料理人達がどうにかしてくれるだろうから俺が心配することじゃない。
「それで……、使節団の今後の予定は?」
使節団や外交官達と予定を話し合ってきたはずのカンベエ達に聞いてみる。さすがに、じゃあ調印も終わったんで明日帰ります、ということはないだろう。
「はっ!これから一週間ほど滞在し、こちらの視察や交流を深めたいとのことでした」
「一週間ですか……」
ブリッシュ島への往復も考えたらあと一週間もいては十日以上向こうから離れることになる。残り日数や王都への帰還も考えたら無理だ。
俺もこちらでの視察や指示や研究に参加したいから多少の滞在は良い。むしろしなければならない。でもこれから一週間のほほんと使節団と視察して回る暇はないな……。
「私は最初の三日だけ視察に回ります。その後はここを離れるので残りはカンベエ達でどうにかしてください」
「ヤマト皇国使節団の帰りは見送られないということですか?」
まぁ外交儀礼的にはそれはないわな……。ホストが次の予定があるからと来賓を放ってどこかにいくなんて……、勝手に視察して勝手に帰れと言われたら普通は怒るだろう。でも俺にはそんなに暇はない。さすがに一週間も付き合っていられない。
「代わりに……、母に使節団やスバル様のお相手をしてもらいましょう。それならばまだ体裁は繕えるでしょう?」
ホスト役である俺より上ということになる母が使節団につくのならば、ホストである俺がいないという失礼も多少は緩和されるだろう。それにスバルは母のことが好きなんだから俺よりも母と一緒の方がうれしいだろう。
「母にも見せられない場所はたくさんあるのでその辺りは考えてくださいね。それと私が同行する三日の間も、私はあくまでカーン家の視察を優先します。使節団に見せられない所に一人で行ったりしますので、その辺りの調整もしてください」
俺は前半の三日を使節団と同行しつつ、俺がしなければならない視察や指示を全てするつもりだ。当然その間は使節団と別行動になるわけで、その辺りはカンベエとミカロユスに使節団の接待を任せる。滅茶苦茶なスケジュールになってしまうし、少々使節団に失礼なこともあるだろうけど我慢してもらいたい。
カンベエとミカロユスの三人で、先ほどよりさらに踏み込んで予定を組み立てていく。使節団がどこを見たいとか、どこを回るとか、その隙に俺がどこへ行くとか……、かなり面倒臭いスケジュールになったけど止むを得ない。
ヤマト皇国は蔑ろには出来ないし、かといって全てをヤマト皇国に割くことも出来ない。ヤマト皇カムイが来ていたらこんなふざけた対応は出来なかったけど、スバルならまだいいだろう。母を見せていればそれで勝手に満足してくれそうだしな。
~~~~~~~
条約締結祝いのパーティーはそれなりに盛大に行なわれて、参列者も満足してくれたようだ。急遽開いたパーティーにしてはよく出来ていたと思う。料理人や家人達の頑張りに報いてやらなければならないだろう。
さすがに昨日の今日だからかスバルも飲みすぎないようにしていたようだ。というよりよくもまぁ今夜もまた酒が飲めるなと感心した。俺なら二日酔いの日の晩にもう一回酒を飲めと言われても飲めない。
しかもスバルは嫌々飲んでいたんじゃなくて、本人が喜んで飲んでいた所が凄い。昨日よりは減らしていたとは言ってもそれでも結構な量を飲んでいたし、ヤマト皇国の者達は酒豪が多いのかもしれない。
パーティーにはお嫁さん達も参加していたけど、ミコトとスバルは少し言葉を交わしただけでほとんど接触していなかった。あれでも一応兄妹なんだからもっと会話でもあってよさそうなものだけど……。
「明日からの視察ですが……、ミコトはお兄様であるスバル様とご一緒されなくてもよろしいのですか?別に無理に私達に付いてこなくとも……」
「あのね!スバル兄はそんなに狙ってきてなかったと言っても私達は継承権争いで殺し合いをしてたのよ?いくら兄でも、いいえ、兄だからこそ話すことなんてあるわけないじゃない!あんなのと一緒にいるくらいなら一人でいる方がまだマシよ!」
う~ん……。俺からすれば上の兄のフリードリヒに対するようなものか?まぁスバルはフリードリヒほど酷くはなかったようだけど、第二皇子のタケルなんかはうちのフリードリヒと同じようなものだったんだろうな。
実際に殺し合いを行ったわけじゃないとは聞いてるけど、いつ他の兄弟に暗殺されるかもわからない中で生活していたんだ。今更話すこともないだろう。恨み言を言ったり敵対しようとは思わないようだけど、わざわざ近づきたい相手でもないわな。
「わかりました。それでは明日からの予定を……」
お嫁さんたちにもある程度予定を話しておく。どうせ家で待っててって言ってもついてくるだろうし、機密とかの通せない場所だけはお嫁さん達といえど待っててもらうことになるけど、お出掛け自体は一緒に行っても問題ない。
それは皆ももうとっくにわかってるから特に反対は出なかった。簡単に予定を話し合ってから今夜も大きいはずなのに狭いベッドで眠ったのだった。
~~~~~~~
翌日、朝の準備が済むと早速出掛ける。まぁ俺にとってはもうかなり遅い時間だ。日課の訓練も仕事も終えているから何も心配はない。溜まってる仕事は中々減らないけど、そちらも処理は進んでいるし、使節団がさっさと帰ってくれたら……、と言いたい所だけどそれは言えないな。
ゲオルク兄はカーザース領に帰った。俺達の視察について来ても意味はないし、カーザース領の運営もある。母は俺がいなくなった後もスバルの相手をしてもらう予定だからついて来ている。
今日はまずキーンへ向かった。これは視察の兼ね合いというよりは俺の都合だ。俺が一刻も早く研究所に行ってアインスと話がしたかったからに他ならない。
「これがプロイス王国の港!?なんて広さだ……。それにあの船の大きさ……。信じられん……」
使節団たちがキーンの港に並べられているガレオン船を見て驚いている。これは威圧するためにわざと並べている物だから狙い通りだ。
実際はここに並べられているガレオン船はまともに動かない。船自体はちゃんと出来ているけど乗組員が足りないからだ。もちろん何隻かは動かせるけど、ここに並んでいるガレオン船全てを万全に動かすだけの兵員がいない。
今うちは船が余って人手が足りない状況だからな。動ける船と兵員はほとんどブリッシュ島に出払っている。ここに並べてあるガレオン船はキーン軍港に係留していたガレオン船をまわしてきたものだ。同じ船員達がここに船を持ってきては陸路でキーン軍港に戻って、また船を操船してここに並べるという苦労をして運んでくれたものだ。
見せ掛けのハッタリではあるけど、こちらの狙い通り使節団達は驚いてくれていたのでよしとする。実際何隻かは騎士団国やブリッシュ島との往復でさっきから出入りしている。並べられている船も人が出入りしているから、あれらが船員不足で動かせないハリボテだとは思わないだろう。
そもそもガレオン船は他の船に比べて色々特殊な部分がある。だからそこらの船乗りを連れて来ていきなり操船しろと言っても難しい。出来なくはないけど万全には使えないだろう。でもそんなことを知らない使節団からすれば、最悪の場合はこの港で働いている船乗り達を乗せれば動くと思うはずだ。
「それではお母様、カンベエ、ミカロユス、あとはお願いしますね」
「またフローラちゃんだけこっそり楽しいことをしてくるのね?」
「お任せください」
母の言うことに本気でうろたえていたら先へ進めない。というわけで後のことは皆に任せて俺はキーンの西にあるアインスの研究所へ向かう。使節団にも一応断りは入れているから問題ないだろう。俺だって予定や都合があるからな。案内だったとしても常に使節団についているとは限らない。
世話役はつけているんだから別行動する時もあるだろう。国賓が来たからと総理が常に国賓に付き添っているわけじゃない。世話役は付き添っているだろうけど、他の人はそれぞれ仕事をしながら、予定の部分だけ顔を合わせているだけだ。
そんなわけで俺だけ離れて研究所へとやってきた。勝手知ったる自分の施設なので誰に遠慮することもない。
「アインス」
「おー!おー!これはこれはフローラ様!お待ちしておりましたぞ!」
一応今日訪ねて来ると先触れは出していた。ここの視察は最優先だ。知らせも出さずに来てアインスと会えませんでしたじゃ意味がない。
「例のものが出来ていると……」
「手紙で書かれていた成果、大変素晴らしい!」
お互いに一斉にしゃべり始めて話が混乱する。しかも言ってる内容がチグハグだし……。
「銃身の強度を上げなければなりませんね。そのためには基礎工業力を……」
「試作は出来ております。量産するには工程や手間がかかるために大量生産には向きませんが……」
さらにお互いが相手の話に答える。二つの内容の会話が同時進行している感じだ。でもどちらも止めない。とにかく話したいことが多すぎて、二つといわず三つでも四つでも同時に話を進めたいくらいだ。
「あらあら~……、そんなに一度にたくさんのお話をされても他の人はわかりませんよ~。お二人はそれでわかるのでしょうけど~……、一度落ち着いてゆっくりお話しましょう~?」
「アンネリーゼさん?こちらにいらしていたのですか」
アインスの嫁さんのアンネリーゼが相変わらずおっとりしたしゃべり方でやってきた。俺とアインスはとにかく早口であれもこれもといくつもの話が同時進行で、しかも別々のタイミングで話している。他の人が聞いても俺達が何を言っているのか意味がわからないだろう。会話がかみ合っていないように聞こえるだろうしな。
「ふぅ……。それでは……、一度落ち着いてお話をしましょうか。アインス博士、アンネリーゼさん」
「ふむ……。仕方ありますまいな」
「はい~。それではお茶を淹れますね~」
アンネリーゼのお陰で一度落ち着くことにした俺達は、研究所の奥に入って椅子に座ってテーブルを囲んだのだった。




