第三十六話「大人達に踊らされる!」
俺の用意した材料で作った物を食べさせるという前提条件は揃った。これでようやく商談に入れそうだ。
「これらの料理、お菓子は私が指示して作らせた農場や牧場の材料を使って私が考えたレシピのもとで作っています。本日はそのことでお願いがあって参りました」
俺の言葉にヴィルヘルム国王とディートリヒ公爵が頷いた。どうやらいくらか察しはついているようだ。子供二人はまだお菓子に夢中だしお金や商談には口は挟めないだろうから黙ってくれている方が助かる。
「当家ではこれらの材料を新商品として売りたいと思っています。ですが貴族が無闇に商人ギルドの領分を侵すわけにはまいりません。またいずれ商品が模倣されるとは思いますが当家としてもそれなりに利益を得た後でなければ無闇に模倣されても困ってしまいます」
「そこで王家に保護してもらいたいと?」
まだ俺は結論を言っていないのにヴィルヘルムが割り込んできた。ただそれは俺の考えと似ているようで若干違う。
「いえ、当家でもこれらの商品はまだそれほど大量に生産出来るわけではありません。そこでまずは売れる分は全てヴィクトーリアさんの商会に商品を卸したいと考えています。そして本日私がお持ちしたお菓子などのレシピをこちらの料理人の方にお教えします」
「なるほど。これらの料理、いや、お菓子といったか。これらを今後も食したければ其の方の材料を買えというわけだな」
「言葉を選ばなければそういうことになります」
大々的に売り捌けば鼻の利く商人達はすぐに出所を探して俺の所に辿り着くだろう。そしてそれらの商品の作り方を盗み模倣する。この世界のこの国では別に著作権だの特許だのと所謂知的財産権というものはない。人が考えて作り出したものでも勝手に真似して売り捌いても何の罪にも問われない。
そうなると結局資本を持っている者が勝つ。個人で素晴らしいアイデアを出して新商品を開発しても、それが売れるとわかればすぐに金と権力を持つ大手商会が大量生産して安価で売り出せば個人で作っている者は太刀打ち出来ない。
俺の商品だって製法さえわかればそれほど真似が難しくない物ばかりだ。俺の回りを嗅ぎまわればそう遠くないうちに誰かが作り方を盗んで真似されるだろう。
もちろんそうやって自由競争が活発になって新商品が普及して安価で購入出来るようになれば俺としても助かる。それに競争になればより良く品を改良して他よりも売れるように努力が進むはずだ。そうして商品やサービスというのは進歩していく。俺が独占していてもあまり改良は進まないだろうから商品が少しでも現代の物に近づいて欲しければ世間に公表するほうが良い。
何も俺だって永遠にこれらの作り方を独占して儲けようと思っているわけじゃない。元々自分で作ることにしたのはこの世界は食生活が貧しかったからだ。それが改善されるというのならば別に自分で作る必要もなくなる。
ただ俺も今の状況、いや、今後のことを考えればお金はたくさん必要になってくる。騎士爵家の年金だけじゃ到底この先暮らしていけない。今はまだいい。今は実家暮らしだから生活費なんて払っていない。だけど今後カーン騎士爵家として自立してやっていけと言われたらまったくお金が足りなくなってしまう。
弱小貴族家が失敗して家が潰れる原因は貧困によって変なものに手を出して失敗して借金になるケースが多い。俺がやろうとしているのも人から見ればそう思われてしまう類のものなのだろう。俺は今後に備えて収入源、何らかの事業等を興そうと思っている。その第一歩が今の状況というわけだ。
ここでうまく王家をお得意様にしてヴィクトーリアの商会とも良い関係を築ければ今後のカーン騎士爵家にとって必ずプラスになる。
ただそれでうまくいっても俺は王家やヴィクトーリアに借りが出来てしまう。それが今後どう響いてくるかはわからないけどこのまま指をくわえて見ていても碌な未来はない以上はやるしかない。
「陛下はお悩みのようだ。それならば当家が、いや、私が個人的に買い付けよう。いかがかな?フローラ姫」
暫く黙っていたヴィルヘルム国王にかわってディートリヒ公爵がそんなことを言い出した。
「父上!こんな田舎娘の口車に乗ってはいけません!それならば田舎娘が何か嘘を教えないとも限りませんので当家で俺が見ている前でレシピとやらを公開してもらいましょう!」
ルトガー君……、君の言っていることはあまり意味がわからないぞ?公爵家のご子息というのならせめてもう少し賢い発言をしてもらいたい……。それではまるで俺を君の家に招きたいと言っていると受け取られかねないぞ?君が俺を気に入らないのはわかったけどもう少し考えてしゃべった方が良い。
「こらこらディートリヒ。余の可愛い義娘を勝手に連れて行くことは許さんぞ」
おい……、誰が義娘だ……。いつか遠い未来に本当に俺がルートヴィヒと結婚するようなことがあったら義娘になるけどそんな未来は訪れない。何故ならば俺が断固阻止するからだ。俺は女の子とキャッキャウフフしたい。ルートヴィヒと結婚するなんて考えるとゾッとする。
「そうですか?随分迷っておられたようですので……」
「迷ってなどおらん。これらの商品と新しい料理、お菓子の価値は計り知れないのでな。むしろ王家の秘伝としたいくらいだ」
ニヤリと笑うヴィルヘルムにディートリヒもヤレヤレという感じで肩を竦めていた。これは……、ディートリヒは俺の肩を持って援護射撃してくれたということだろうか。ヴィルヘルムに決断を促すために発破をかけてくれたのかもしれない。
「ではカーン騎士爵家がクルーク商会に商品を卸し王家がそれを買い取ることとする。またカーン騎士爵家は新しい料理のレシピを王家に公開しそれを王家が作ることを認める。それで良いな?」
何か後の方はあまり意味がわからないけど別に問題はない。俺としては商品が売れてお金が入れば万々歳だ。
「はい。よろしくお願い致します。ですが少し問題がありまして……。」
こうして俺の商品は無事に王家に売れることになった。そして俺は新たな提案をする。俺だって転んでもただで起きてやるつもりはない。こうなれば毒を食らわば皿まで。乗りかかった船という言葉もある。微妙に意味が違うかもしれないけどここまで来た以上はもう行く所まで行ってやろうじゃないか。
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翌日も俺は王城に登城していた。理由はもちろん俺の料理やお菓子のレシピを王宮の料理人に教えるためだ。ルートヴィヒには今日も差し入れを贈ってやった。差し入れの内容はコロッケもどきとシュガーラスクもどきだ。
とにかく片っ端から砂糖と油を大量に使う料理を食べさせて虜にしてしまう。砂糖と油がなければいられない体にしてやればあとは勝手に俺の砂糖と油を買ってくれるだろう。その結果王族が皆太ってしまうかもしれないけどそれは知ったことじゃない。体重管理は自分達でしてくれ。
そんなわけでヴィクトーリアの商会が運び込んでくれた俺の砂糖や油を使って王宮の厨房にて料理人達に料理のレシピを教えようと思ってたんだけど滅茶苦茶にらまれている。
そりゃそうだろうな。自分の職場に仕事がまったく出来そうもない子供がやってきてこれから偉そうに自分達に指導や指示をすると言われたらどう思うだろうか?誰でも反発するんじゃないだろうか。
だけど言うことを聞いてもらえないと話が進まないので一先ず簡単に作れる物を作って試食してもらうことにした。それで納得出来なければ言うことは聞いてもらえないだろうけど少しでも認めてもらえられれば料理のレシピくらいは聞いてくれるかもしれない。
「(包丁捌きはなかなか……)」
「(手馴れているな)」
「(手際も良い。本当に貴族のご令嬢か?)」
お~い……、料理人さん達よ……。聞こえてますけど?まぁいいけど……。
「他の料理やお菓子が出来るまでにまずはこちらをどうぞ」
そう言って俺はまずすぐに出来たてんぷらを料理人達に出した。まずは作り方うんぬんよりも先に俺の言うことを聞いてもらえるようにしなければ話にならない。だから時間のかかる料理やお菓子を作っている間にてんぷらを作って食わせてみることにした。てんぷらも油を大量に使うし色々な食材を使ってアレンジ出来るから王族の食事にも出しやすいんじゃないだろうか。
「これはっ!」
「なんとっ!」
何やかんやと後ろで料理人達が感想を言い合っているけどそれを聞いている暇はない。てんぷらで気を引いている間に俺は他の料理やお菓子を完成させなければ……。とにかく急いで時間との勝負だ。
その後焼きあがった焼き菓子などや簡単な料理をいくつか食べさせたことで料理人達は俺のレシピに興味を持ってくれたようだった。その日はまず料理人達との信頼関係を築くために時間がかかったから料理はあまり教えられなかったけど翌日から俺がカーザーンに帰る日まで毎日料理人達に呼ばれて料理を教えていったのだった。
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フローラが退室しルートヴィヒとルトガーもフローラに付いて出て行ったのを見届けてから大人の三人はお互いに目配せし合った。
「余の可愛い義娘をどう見た?」
「まだ言いますか陛下……。それはともかく……、あの姫は怪物ですね」
ヴィルヘルムの言葉にディートリヒはヤレヤレと肩を竦めて答える。
「子供達と接する時はまるで無邪気な子供のように振る舞っておるが中身は古狸の大臣どもよりもよほど頭が切れるな……」
「そうでしょうね。何気ない会話を装いながらこちらの意図まで全て理解した上であえて乗せられていたのでしょう。正直私ではあの姫の底が計れませんでした」
プロイス王国一の切れ者と言われるディートリヒをしてそう言わしめるフローラにヴィルヘルムは薄ら寒いものを覚えると同時に心強いものも感じた。
「あの姫は陛下のご期待にそえそうではないですか」
「うむ。一人前と認めてやった甲斐があるというものだ」
ヴィルヘルム国王はフローラをカーン騎士爵として一人前だと認めた。だからこそ社交界デビューはカーン騎士爵家としてデビューする許可を与えたのだ。
普通の子供達の社交界デビューとは所詮親の庇護下の元でのお披露目と面通しでしかない。しかしそこにすでに爵位を貰い一端の貴族としてデビューする許可を与えるということは僅か十歳の子供でありながら自分達大人と同等であると王が認めたということだ。
それがどれほど名誉で凄いことであるのか。社交界デビューの時の周囲の反応を想像するとヴィルヘルムは我が子のことのように楽しみでならない。
「何よりもあの最後の提案……。あれはとてもまだ十歳になる前の子供の手腕とは思えませんでしたね」
ヴィクトーリアもお茶を傾けて口を湿らせてから言葉を紡ぐ。
ヴィクトーリアもヴィルヘルムも砂糖や油を買い取って終わりだと思っていた。しかしフローラはさらなる提案をしてきた。まるでそれまでヴィルヘルム達の条件を全て飲んでやったのだからこちらの条件も飲めと言わんばかりに……。
フローラが言うにはこれらの料理やお菓子には砂糖や油の他に新鮮な卵や乳が大量に必要になるという。しかしプロイス王国では畜産はあまり盛んではない。そこでカーザース家の領地にてそれらを営んで経験豊富なフローラに王都近郊で牧場を開くことを許可して欲しいと言い出したのだ。
王家にとってはフローラが齎した砂糖や油、またそれらを利用したこの画期的な料理やお菓子はとんでもない武器になる。今後王家主催の夜会や、果ては外国との会談の場などでこれらを出せば国の内外を問わず貴族達がこぞってこの料理やお菓子を求めることになるだろう。その価値は計り知れないものとなり王家の影響力は絶大なものになる。
その強力なカードになり得る食材やレシピを握っておきながらどちらも簡単に王家に献上するなどフローラの王家への献身ぶりは素晴らしいものだ。そんなものを無償で差し出させたことで王家はフローラに対して大きな借りが出来てしまった。
しかしフローラもただでは転ばない。ただでそれらを提供するだけではなくきちんと利益計算もしている。誰も自らの利益も考えない者など信用しない。フローラは損得を考えた上で王族への心証を良くしつつ自らの利益もきっちり確保する強かさがある。
そして牧場の件だ。砂糖の精製や新しい油といった新技術は自らの領地で作り製法と利益を独占する。その上で日持ちせず誰でも真似が簡単で畜産さえ盛んになればどこでも誰でも手に入れられる卵や乳は王都の近郊で作らせろというのだ。
最初のうちはフローラが作った牧場や養鶏場が利益を独占するだろう。それでそれらの商品が売れることに誰かが気付けば後追いで畜産に参入してくる者は現れる。しかしどの道畜産など特別な技術も秘密の製法があるわけでもない。最初のうちに大量の利益を得て、他が参入してきても一定以上は売れる。何よりフローラが作る物は王家が買い取る約束になっているから後から他が参入してこようとも販売価格は下がってもフローラの販売量には影響しない。
恐ろしい。一体どこまで考えて今回の交渉にやってきたというのか。その発想力、行動力。とても十歳になる前の子供とは思えない。むしろ今回踊らされたのは自分達ではないかとすら思えてくる。この国の政治と経済を担う王や宰相や最大手の商会の会頭を前にしてあれだけ堂々と意見を通せるなど他国の王でも難しい。
「それにしても……、我が息子はもうあの姫に骨抜きにされていましたねぇ……」
「あれだけ利発で美しい娘だ。止むを得まい。ルートヴィヒも完全にフローラに夢中だ」
大人達にはルトガーがフローラに気があってちょっかいをかけていたことなどお見通しだった。今まで婚約話をいくら持っていっても中々乗り気にならなかったルトガーが今日初めて会った娘に完全に一目惚れして本気でルートヴィヒから奪おうとしていたのだ。
「そろそろ私も年ですしクルーク商会を預ける跡継ぎがようやく現れてくれたのかしら」
「「――ッ!?」」
ヴィクトーリアの言葉にヴィルヘルムとディートリヒは息を飲んだ。もしフローラが立太子が内定している、つまり王になるルートヴィヒに嫁ぎクルーク商会まで手に入れたならば……、それは絶対の権力者が現れることになる。政治も、経済も、そしてカーザース辺境伯家の兵力も手に入れた絶対君主。
それだけの権限と実力を兼ね備えた君主が誕生すればこの国は良くも悪くも大きく変わることになるだろう。絶対君主が現れればこの国を支える君主や配下の者達次第で国は良い方にも悪い方にも簡単に転がってしまう。
それは恐ろしいことであると同時に未来に可能性を見出すことも出来る。悪く考えれば確かに悪い君主がとんでもないことをする可能性もある。ただし逆に良い君主が善政を敷けばこれまでにないほど国は豊かに発展するだろう。
そんな未来を夢見て三人は暫し並べられた甘いお菓子のような未来に思いを馳せたのだった。




