第三百五十九話「使節団到着!」
朝起きていつもの日課を済ませると、朝食の前にも出来るだけ仕事を処理してから皆で朝食を済ませる。食後もまた仕事だ。ヤマト皇国の使節が到着する前には先触れが来るから慌てることはない。そもそも向こうが何時に出発してくるのか知らないけど、移動してくるだけでもそれなりに時間がかかる。
先触れが到着したら準備にかからなければならないけど、それまでは出来るだけ溜まっている仕事を減らしておかないと、使節が来たら来たでまた仕事が滞る可能性もあるからな……。
『お待ちくだ……。フローラ様に……』
『……が会いに……必要ないでしょう?』
扉の外から徐々に近づいてきている声が聞こえる。内容ははっきりとはしないけど、大体想像はついた。それに足音や気配からして、今近づいてきているのは……。
「フローラちゃん、随分長い間どこに行ってたのかしら?」
「おはようございますお母様」
やっぱり母だったか。母のことは足音や気配で大体わかる。まぁ向こうが本気で気配を隠してたら接近されてもわからないけど、気配をだだ漏れにして普段そこらにいる時でも母はすぐわかるほど特別だ。
「やぁフローラ、仕事中にごめんね」
「御機嫌ようゲオルクお兄様」
どうやら兄も一緒だったらしい。こちらは兄の気配だとはわからなかった。扉の外には二人を止められなかった家人が申し訳なさそうに立っている。問題ないことを伝えて下がらせた。室内に入って来た二人の方を向いて手を止める。
「お母様とお兄様が参られるなど、何かありましたか?」
「あら?お母様が可愛い娘に会いに来てはいけないのかしら?」
「いえ、そのようなことはありません。お母様にお会い出来てとてもうれしいです」
さっき母が妙なことを言っていたけど、動揺を表に出すことなく受け答えする。ここで動揺したら何か隠してますと自白しているようなものだ。あくまでシラを切り通す。
「訪ねて来たのは今日だけじゃないんだけどね。いつもフローラは不在だって言われて追い返されていたんだよ」
「それは申し訳ありません」
そんな報告は受けていない。これはまずいな。もし俺が定期的にでも戻ってきていたのなら母や兄の訪問を知らないのはおかしいだろう。もし俺がそれを知らなかったとすれば、長期間不在だったと自白したも同然だ。
イザベラ、ヘルムート、カタリーナ辺りのメイドや執事がいればきちんとそのような連絡もしてくれただろう。誰がいつ訪ねてきたとか、そういった報告があったはずだ。でもここに残っていたのは直接俺にあれこれ報告出来ないような立場の者達ばかりだった。そして俺は昨日戻ってきたばかりで忙しく、全ての報告は聞けていない。
たぶん残っていた家人達が今頃イザベラやヘルムートに伝えている頃だろう。俺に知らせが回ってくるのはその後になる。母達が来ていなければ午前中には聞けただろうけど、運悪くなのか、狙ってなのか、知らせが回ってくる前に母と兄が来てしまったというわけだ。
「フローラちゃん、何か企んでない?」
「え~……」
母に直球ど真ん中に投げ込まれて視線が泳ぐ。プロイス王国にも両親にも内緒でブリッシュ島に遠征してますとは言えない。だからここは……。
「はぁ……。恐らく今日の午後、日が落ちるまでには魔族の国の使者がこちらに到着します」
「えっ!?魔族の国!?」
ゲオルク兄が驚いた声を上げる。こっちも十分驚きの内容だろう。ブリッシュ島のことを黙っておくために、他の驚きの内容を伝えればいい。どうせこちらはそのうちバレる。なら今このカードを切っておこう。
「はい。私はプロイス王国より密命を受けて魔族の国との不可侵条約を結ぶために奔走しておりました。今日中には魔族の国より外交使節が到着し、近日中には正式に調印される見込みです」
「なるほどねぇ……」
兄は俺の言葉に感心したように頷いていた。母はまだ何か感じ取ってそうだけど、こちらが余計なことを言わない限りはわからないだろう。
「ふ~ん……。まぁいいわ。それじゃそういうことにしておきましょ」
う~ん……。もしかして母は何か気付いているのかもなぁ……。でもはいそうですかと認めるわけにはいかない。今回の件に関しては明らかに俺が違法行為をしているからな。父や母に知られたら怒られるとかそんな問題じゃない。
もし……、俺が反乱やプロイス王国の法を犯したとバレ、罪に問われる時に、家族まで知っていたとなれば連座させられる可能性がある。今ならカーン家が勝手にやったことで、カーザース家は知らなかったと言えば連座させられることはないだろう。だから……、絶対に家族には言えない。
「もちろんお母様とゲオルクもその魔族の国の使者とやらと会っても良いのよね?」
「えっ!?」
う~ん……。何故会いたいなんて……。交渉自体が嘘だと疑って?それはないだろうけど……。狙いがわからない。
「交渉や調印の席に同席はさせられませんが、使節を迎えての歓迎会や晩餐会ならば……」
ここが落とし所だろうな。例え両親であろうとも、条約の交渉や調印の場に無関係の者を同席させるわけにはいかない。今回の条約は俺がプロイス王国に全権を任されている。領地が近いとはいえカーザース家は無関係のことだ。だから精々今夜の晩餐会とか、使節滞在中の接待や接触くらいしか許可出来ない。
「それでいいわ。それじゃ今日からお母様もこちらに泊めさせてもらうわね」
あああぁぁ~~~っ!それが狙いかぁ!ここの主である俺が母の滞在を認めたのだからここに居座ろうということだな……。使節が帰った後も母だけ居座れば、俺がどこかに行くのならそれがわかると……。
親の心子知らずと言うけど、子の心も親は知らないと思う。母は俺が何か隠してそうだから暴いてやろうくらいのつもりかもしれないけど……、この件だけは知られるわけにはいかない。
俺が勝手に外征して国家反逆罪とかで裁かれてもカーザース家には罪が及ばないように……、絶対に知られるわけにはいかないんだ。
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母と兄はこの屋敷で滞在することになり、俺は再び仕事に取り掛かった。毎日運ばれてくる分や、これまで溜まっていた分を少しでも処理しなければ、あまりに溜まりすぎれば手に負えなくなる。
それに交渉はさっさと終わらせて、アインスの所にも行きたい。一応手紙は送ったけど、出来れば直接話したいこともたくさんあるからな。
ヤマト皇国から来た技術者達との交流も確認したいけど今回はそこまでの時間はない。土木・建築や木材加工、農業や製紙業など様々な技術者や職人が来てくれている。彼らは派遣されているだけで移住者じゃないからいずれ帰ってしまう。彼らが帰るまでに出来るだけ多くの知識や技術を吸収してもらいたいものだ。
午後のおやつ時になってから先触れが到着したので準備に取り掛かる。屋敷の受け入れ態勢はとっくに皆が準備してくれているから俺がすることなんてない。俺がすべきことは自分の身だしなみくらいのものだ。仕事を一度片付けてから身だしなみを整える。
「どうかしら?フローラちゃんが用意してくれた服、似合うかしら?」
「ええ、とても綺麗ですよお母様」
本当に綺麗だ。とても俺達のような歳の子供がいる母親とは思えない。こんなお嫁さんを貰った父が羨ましい。まぁうちのお嫁さん達だって……、見た目は綺麗だ。見た目はな……。
な~んか最近はうちのお嫁さん達はちょっと何か残念というか怖いというか……。思ってたのと違うというのはあるけど……。それはどこでも一緒だろう。母だってこうして黙って着飾っていれば綺麗だけど、戦場で槍を持ったり、家でも父と言い争えば怖いわけで、それはどこでもそうだと思う。
兄も正装に着替えて使節の到着を待つ。まだ暫く時間があるから慌てることはない。俺としてはギリギリまで仕事を片付けたいけど、そんな慌てた状態ではいらぬ失敗の元になるだろう。だから一度手を止めて、気分を落ち着けて、こうして静かに待つ方がいい。
久しぶりに母や兄と談笑しながら待っていると使節が到着したという知らせが入った。慌てることなく屋敷から出て使節団を迎える。うちの馬車が停車して降りて来たのは……。
「おおっ!久しぶりだな!フロト!」
「これは……、スメラギ・スバル様……。まさかスバル様直々においでになられるとは……」
ミコトの兄、第一皇子で皇太子のスバルが直々に敵地のど真ん中に来るとは……。いくら今回が平和条約締結のためのものだと言っても、いつ何時どんなアクシデントが起こるとも限らない。プロイス王国とヤマト皇国の条約締結に反対の第三者が妨害のために使節を襲わないとも限らないというのに……。
「重要な条約調印の全権大使だからな!そこらの者には任せられんだろう!」
「それは……、カムイ皇様のお心遣い、痛み入ります」
前回は俺は好き勝手させてもらったけど、今回はプロイス王国の代表としてだからな。あまり下手なことは出来ない。深々と頭を下げた俺にスバルは驚いた顔をしていた。それから言葉を続ける。
「立派な宮殿だな。我が城より立派だ。戦時の防衛力は低いだろうが……、このような場所にこれだけのものを建てるということは、敵はここまで攻め込めないという絶対の自信の表れだろう」
「ありがとうございます」
まぁ……、ここまで攻め込めないという自信があるというより、石を積んだ防衛なんて無意味だと思ってるからしてないだけだけど……。俺から言わせれば石の城壁や城なんてカーン砲で崩れるカモなわけで、石造りの城に篭ってくれたらむしろ楽な戦いになる。
日本の城は小さいと思われがちだけど、今残ってるようなものはほとんど天守閣とか一部の施設であって、本来の城は堀や曲輪など全ての施設を含めたらとても広大なものだった。西洋の城より遥かに広いものもたくさんある。
特に戦国時代の日本の兵力は世界最強であり、鉄砲などの銃火器の保有量、改造された性能、大砲、動員出来る兵力など、まさに同時代で世界に類を見ない軍事大国だった。そのため戦国期のイメージを恐れて江戸期に他国が日本を植民地化しようとしなかったわけだからな。
その日本の戦国期の城は大砲に本丸などを砲撃されないように、広大な堀や城壁、曲輪で防衛していたのであり、多少の創作はあるとしても大坂冬の陣で徳川家康が大阪城を攻め切れず一度講和し、大砲の射程内に城内をおさめられるように外堀を埋めさせたのは有名な話だ。
そんな経緯から俺はいくら堅い壁で周囲を覆っても無駄だと思っている。敵を接近させず、敵の攻撃の射程内に入らないことが重要であって、接近された際の防御というのはそれほど重要視していない。
「ところでそちらの美しい姫はどなただろうか?」
「……え?」
スバルがモジモジしながらチラチラと後ろを見ている。俺の後ろにいる美しい人と言えば一人しか思い浮かばない。でも姫じゃねぇわな……。というか顔を赤くしてモジモジしてるなんてまさかスバルの野郎、人の母に欲情してるんじゃないだろうな?
「まぁ!美しい姫だなんてお上手ですこと。私はマリア・フォン・カーザース。フローラの母でございます」
「マリア・フォン・カーザース…………。『血塗れマリア』!?」
暫く呆けた顔をしていたスバルは途中で慌てた顔になって声を上げた。イメージしか聞いていなかったスバルはこんな綺麗で細い女性が血塗れだなんて思ってもみなかったんだろう。母の見た目と渾名が一致しないのは同意だ。
「こちらは息子です」
「ゲオルク・フォン・カーザースです」
「あっ、スメラギ・スバルです……。よろしくお願いします……」
母の名前を聞いてからスバルはガチガチになっている。それから母から発せられる威圧が凄い。俺までブルッてしまいそうになるほどだ。母はわざとスバルを威圧しているな……。あまり舐めるなよってことか……。
「そっ、それではこのような場所にいつまでも立たせたままというわけにもまいりませんので、どうぞこちらへ」
「あっ、ああ……」
血塗れマリアに威圧され萎縮している使節団を案内して屋敷に招く。母としては魔族の国に対して思う所があるんだろうか?それともまだ交渉がまとまっていないと思って、俺の交渉がうまく行くように威圧してくれたのだろうか?
どちらにしろあまり事を荒立てて欲しくないんだけど……。
後で母にちょっと注意する必要があるかと思いながらも、今は母にだけ内緒話が出来る状態ではないので、何とか揉め事が起こりませんようにと願いながら、使節団を屋敷へと招いたのだった。




