第三百五十八話「そうだったのか!そうだっけ?」
デル海峡を通過してすぐにキーンへと戻ってきた。ヴェルゼル川を上ってフローレンに向かった方が圧倒的に早い。でもそれはフラシア王国領内のヴェルゼル川を通航しなければならず危険が大きい。
こちらの船を見られてしまうし、最悪の場合は攻撃を受ける可能性もある。船というのは狭い場所を通航している時が一番無防備だ。さすがのガレオン船といえども、狭いヴェルゼル川を通航している時に岸から攻撃されたら損害を蒙ることになるだろう。
何よりブリッシュ海峡で戦闘をした船の所属がプロイス王国だとバレてしまう。そうなると国際問題に発展するわけで、俺が勝手にブリッシュ島に遠征に出ているのが王様達にバレてしまう。さらにフラシア王国とプロイス王国の戦争になったら最悪だ。
いや……、真の最悪は、プロイス王国もフラシア王国も俺の敵になって両方から攻められることか……。それが一番最悪だな。そしてあり得ないとは言い切れない。だからヴェルゼル川の方が近くても、そちらを通るのは今はなしだ。
キーンに戻った俺はすぐさまカーンブルクへと向かった。本当は研究所とかにも行きたい所だけど後回しだ。今回の交渉は失敗出来ない。寄り道することなくカーンブルクの屋敷へと戻ってきた。
「申し訳ありませんフローラ様!」
「え~っと……」
カーンブルクの屋敷に戻ってきた俺を見るなりカンベエは土下座をした。まるで意味がわからない。
「何か問題がありましたか?」
「はっ……、実は……」
カンベエが事情を話し始めた。どうやら事前交渉がうまくいかなかったようだ。
具体的に言うと、うちはヤマト皇国との条約をカーン家とヤマト皇国が結んでいるのと同程度の条約を、プロイス王国とヤマト皇国の間でも結ぼうと考えて交渉していた。でもヤマト皇国が言うには、カーン家との条件は特別なもので、カーン家だからこそこの条件で結んだものであり、プロイス王国相手にここまで譲歩するつもりはない、ということらしい。
確かにカーン家とヤマト皇国の条約はほぼ対等な条約だった。うちはカーン家という小さな領主なのに、この条約はまるで国家間の条約のような対等で公平なものだ。
でもそれはヤマト皇国がカーン家が相手だから、という特別な譲歩をしてくれていただけで、プロイス王国との国家間条約において、ヤマト皇国がプロイス王国にそこまで譲歩する理由はないと言ってきたということだ。
使節の本隊はまだ来てないけど、うちへの援助はもう届いているという。要請していた技術者や職人はすでに到着して、関係各所に人員を配置して技術指導をしてもらっているようだ。
そして使節の本隊ももうすぐ到着するという。俺が帰って来たのは本当にぎりぎりだった。狙ってたわけじゃないけど偶然だ。向こうがいつ来るかもはっきりしてなかったからな。
「まずは……、その事前交渉の内容を教えてください。それを見てみないことには何とも言えません」
「はっ……」
カンベエは恐る恐るヤマト皇国から示された条件が記された書類を渡してきた。それにざっと目を通す。
「なるほど……」
「申し訳ありません!全ては私の力不足!いかような処分でもお受けいたします!」
俺が読み終わると同時にカンベエは再び頭を下げた。ブシであるカンベエに腹を切れと言ったら本当に切るだろうな。そしてそんなカンベエをミカロユスはふてぶてしい顔で見下ろしていた。ミカロユスは頭を下げる気は一切ないようだ。
「頭を上げなさいカンベエ」
「…………はっ」
俺にそう命令されたら従うしかない。顔を上げたカンベエにフッと微笑みかける。
「カンベエ、よくやってくれました。大成功です」
「………………は?」
ポカンと意味がわからないという顔をしている。そうか……。カンベエはわからないか。ミカロユスはわかってるから頭を下げていないんだろうな。
「だから言ったであろう!これがフローラ殿の狙いだと!」
「いや……、しかし……」
偉そうにそういうミカロユスにカンベエが困惑した顔を向ける。カーン家とヤマト皇国との間で結ばれている条約は対等……、いや、それ以上のものだ。
内容的にはほとんど軍事同盟並の内容であり、カーン家が第三国に戦争を仕掛けられた場合はヤマト皇国は支援することが明記されている。こちらから仕掛けた戦争では手助けはしてくれないけど、攻められたら支援しますと書いてあるわけだ。
しかも技術支援や物資支援など様々な内容が取り決めされている。それは平時でもの話であり、だからこそ今回技術者や職人を派遣してもらったというわけだ。
つまり事実上対等どころかカーン家が一方的に得をする内容が盛り込まれている。普通に読めば、それは力関係も表していると考えるだろう。カーン家がヤマト皇国の庇護下に入った。そういう風に思われてしまう。
でもうちとの条約ではカーン家の主権を完全に認める条項まである。軍事支援、技術支援、物資支援はヤマト皇国が一方的に負うのに、カーン家の主権は保障されており明文化されているというとんでもない内容だ。
今回プロイス王国代表として結ぶつもりで事前交渉した結果決まった内容は、ただの相互不可侵条約。お互いに戦争を仕掛けて敵対するのはやめましょうね、という内容だ。カーン家とヤマト皇国が結んでいる内容に比べて随分後退している。
カンベエはこの交渉をまとめるにあたって、本当にカーン家とヤマト皇国の条約並のものをプロイス王国とも結んでもらおうと交渉したんだろう。まぁ普通に考えてヤマト皇国がそんな条件を飲むわけがない。何の縁も恩もないプロイス王国にそこまで譲歩してやる理由はないからな。
それはプロイス王国もわかっているわけで、プロイス王国が落とし所として決めていたのは中立条約や不可侵条約だ。だから今回ヤマト皇国が出してきた条件でプロイス王国側には何の不満もない。
継続交渉として相互訪問や、人材交流、技術交換などを話し合う、ということまで付属されていることを考えれば、プロイス王国としてはこの条約は飛びついてサインしたい内容だ。
「……ですので、これで何の問題もありません。私が国王陛下や宰相殿下から仰せつかった条件は全て満たしています。むしろそれ以上の成果ですよ」
「そっ……、そうでしたか……」
ようやくカンベエもほっとした顔をしていた。カンベエが必死に食い下がってくれたお陰で付属の条件が付け足されたんだろう。むしろよくやってくれたと褒めたいくらいだ。
「カンベエ、ミカロユス、よくやってくれました。それで……、使節の本隊はいつ到着予定ですか?」
「はっ……。明日天降りを通ってくるそうです。迎えの馬車はすでに派遣しているので、明日の夕刻までには到着するかと」
さすがカンベエ、抜かりがないな。流石に山の上まで馬車は行けない。馬車は麓で待っているとして、誰か迎えがあの神社まで行ってるのだろうか。多分事前に派遣されてきているヤマト皇国の者だろう。その者が案内して麓で馬車に乗ってここに来ると……。
俺と一緒に来た者達のことを考えたら確かに明日天降りを通ってきても、日中にはこちらに到着しそうだ。明日使節達を迎えられる準備をしておかなければならない。
「使節を迎える用意は出来ているのですよね?」
「はい。抜かりありません」
それはそうだろうな。俺が戻ってこれないかもしれない状況だったんだ。いちいち俺に聞いてから行動はしないだろう。なら俺も今夜はゆっくり休むとするか。
「そうですか……。それでは今日はもう下がって良いですよ」
「「はっ!」」
カンベエとミカロユスが下がったのを確認してから書類に目を通していく。これは別に今回の交渉とは関係ない溜まっていた仕事だ。必要な仕事はブリッシュ島にも送られてきていたけど、向こうに送れない仕事や、それほど重要じゃなかったり、急ぎではない仕事はこうして溜まっている。
戻ってきたタイミングでしか処理出来ないものは優先して処理していかなければ、二ヶ月間も仕事が溜まったら取り返しがつかない量になってしまうだろう。今でもかなり大変だ。俺も本当なら今日はもう切り上げて明日に備えて休みたい所だけど……、これが終わらない限り寝られないな……。
~~~~~~~
「んっ、ん~~~~っ!」
机から顔を離して腕を上げる。ベキボキと……、は鳴らないな。凝って……、もいないな。この若い体は素晴らしい。つい癖でこういう動作をしてしまうけど、肩を回しても首を回してもボキボキといわない。体が柔らかいからか肩凝りとかに悩まされた覚えがない。
これだけ大きなメロン……、いや、そろそろスイカ?をぶら下げているというのに肩が凝らないなんて、世の女性に言ったらきっと怒られるだろう。母も肩凝りがないと言ってたし、そういう家系なのかな。アレクサンドラは割と肩凝りがあるみたいだし、それが普通なんだろう。
「フローラ!終わった?」
「え?ええ……」
俺が書類を片付けているとお嫁さん達が五人揃ってやってきた。結構遅い時間なのにどうしたんだろう。もちろんまだ深夜とかそんな時間じゃない。ただこの世界では日が落ちればもう寝る前みたいなところがある。今の時間もこっちの世界では十分遅い時間になるだろう。
「それじゃいきましょ!」
「さぁフローラ様」
「えっと……、失礼します?」
「え?え?あの……?」
有無を言わせずお嫁さん達に両脇を固められてどこかへ連れて行かれる。確かに書類仕事は終わったけど、まだ他にも色々としなければならないことがあるんだけど……。
「さぁ入りましょ!」
「…………お風呂?」
俺が連れてこられたのはお風呂場だった。いや、まだ脱衣所だけどね?そこは突っ込まなくても良い。俺を連れ込むと皆さっさと水着に着替え始めた。そして俺にも水着を押し付けてくる。
「フローラ様、お一人ではお召し替え出来ませんか?それでは私が……」
「おっと待ちたまえ!ここは僕が……」
「こういう仕事はやっぱり私みたいな平民がすべきだと思います」
「わかりました!自分で着替えますから……」
俺が戸惑っていると皆で誰が俺を着替えさせるかで揉め始めたので、皆を仲裁してから渋々着替える。これは水着といってもほとんど布面積がない。泳ぐためのものじゃなくてお風呂に入る時のためのものだからな……。スク水みたいに体を覆ってたら洗えないわけで、自然と布面積が小さくなるのは当然だろう。
「フローラ様まいりましょう」
「はぁ……」
何か皆本当にお風呂が好きだな。俺もようやく久しぶりにこの広いお風呂に入れるのはうれしいけど、それにしても皆そんなにお風呂に飢えていたのか。
まぁ……、俺は前世男だったし、多少汚れたり汗臭くてもそんなに気にならない部分もあるけど、やっぱり年頃の女の子である皆は長期間お風呂に入ってないと色々気になるんだろうな。女の子ってやっぱり大変だよな。
「さっ!それじゃフローラはそこに座って……。あっ!ここじゃフロトって呼んでも良いんじゃない。さぁフロト!座って!」
確かにどっちでもいいけど、わざわざ言い直さなければならないことなのか?まぁいいけど……。
「フローラ様……、お覚悟」
「いきますわよ」
何かおかしい……。俺だけ座って皆に囲まれている。これは……、孔明の罠か!
「これまでの間に溜まった汚れをぜ~んぶ落とすね」
「僕に任せておけばいいよ」
「ちょっ、ちょっと待ってください。皆さん何をするつもりで……」
手をワキワキさせながら……、飢えた狼達が五人で俺に迫ってくる。おかしい……。皆で楽しくお風呂に入って、長旅の汚れを落とそうということじゃないのか?何故俺一人だけが狙われている?
「問答無用!」
「お覚悟!」
「逃がしませんわ!」
「えいっ!」
「僕の胸に飛び込んでおいで~!」
「ひぃ~~~~っ!」
~~~~~~~
ぐったりしたままベッドに倒れこむ。でもそこにはテカテカしているお嫁さん達がさらに待ち受けている。俺はお風呂で散々皆に洗われた。それはもう隅々まで、綺麗に、丁寧に、隈無く……。
「シクシク……。もうお嫁にいけません……」
あんな辱めを受けたんだからもうお嫁にいけない!最初から男だからお嫁に行くんじゃなくて貰うほうだけど!
「何言ってるのよ。フロトは私達のお嫁さんなんだから私達がお嫁さんを可愛がって何が悪いの?」
「そうです。フローラ様はもう私達のお嫁なのですから何も問題ありません」
いや、それはおかしい。問題しかない。そもそも皆が俺のお嫁さんなのであって、俺が皆のお嫁さんなんて初めて聞いたぞ。
「フローラはとっても敏感ですわよね」
「えっと……、私の場合は何て言うのかな?妾の逆……」
「別にただの愛人でいいんじゃないかい?愛人なら男でも女でも関係ないだろう?僕だって身分から考えたら愛人さ」
いや……、何で皆そんなにあっさり納得してるんだ?それはおかしいだろう?
「皆さんが私のお嫁さんですよね?」
「「「「「ううん。フローラ(フロト)が私達のお嫁さんだから」」」」」
「…………」
…………そうだっけ?




